2008年9月15日月曜日

祈り 「継続は力なり」

      小野道風 と雨蛙私の子供の頃には、どこの家庭にも一組くらいの花札は置かれていました。花札は、1月から12月までの季節に花鳥風月の画をあしらった外国にはない、美しい日本のカルタです。写真は、この花札の中の一枚で“雨”と言い、柳に小野道風 (おののどうふう)と雨蛙(あまがえる)が描かれています。小野道風 は、平安時代の名筆家の一人にあげられています。道風は、書家を目指して、子供のときから師匠のもとへ一日も休まずに通いました。「姿勢を正しく、筆はまっすぐに持ち、字の一点一画にも心をこめて書きなさい」と教えられ、手習いにはげみますが、何年通っても、自分の字に自信を持てません。

「もうだめだ。書家になれる見こみはないのでもうやめよう」と心に決め、雨がしとしとと降る中を師匠の家から帰って行きます。道すがら、一匹の雨蛙が柳の枝にとびつこうとしているのを見かけました。柳の枝は、風に吹かれて揺れ、蛙はぴょんぴょんとび上がっては落ちてしまいます。道風は、くり返しくり返しとび付く蛙の姿を見守り、あきらめるだろうと思った次の瞬間、蛙が柳の小枝にとびつき満足そうでした。 「そうだ、自分もあきらめないで続けよう!」こう心に誓った道風は、筆を取り直し、やがて日本一の書道の大家になったとのことです。

       いまだに継続中あきらめないで続けることの大切さは、いうまでも無いことです。私の場合、柳の枝に飛びついたり落ちたりで、いまだに継続中が英語です。学校教育で学び、大学受験も英語があり、大学時代には“英会話がこれから重要だ!”とわかりつつも中途半端で卒業しました。ビジネスマン時代は、必要に迫られ、英語のマニュアルを読む、英会話も時々習う、英語を使ってのグローバルミーテイングのために宣教師に1年習って磨く等をして、曲りなりにこなしてきました。私にとっての英語は、必要に迫られ、蛙が柳に向かってとびつき小枝にとびのるも、しばらくすると必要が少なくなり落ちてしまうのです。あまり支障もないので、これも仕方無しと自分を受け入れております。継続しやりきるには、そこに何かしらの決意とか、情熱とかが無ければならないような気がします。      

        苦難は忍耐を 途中で投げ出すことなく、やりきることができた事の中で、私のビジネスマンとしての最初の三年間が忘れられません。就職をして最初の仕事は、コンピューター部門のシステムエンジニアでした。その頃は初代コンピュターの時代で、当時の職場で使用されていたIBM大型コンピューターはというと、15年ほど前のパソコン並の性能です。技術の進歩には驚かされます。仕事はハードで、神経の擦り減るような毎日が続きました。出来の悪いのも手伝っていたのでしょう。マニュアルはすべて英語で、辞書を引きながら解読です。大学で勉強したコンピューターの知識はほとんど役に立たず、先輩に教えてもらいながら、必死について行こうと努力です。仕事もよく分からない状況での孤軍奮闘、徹夜の連続で、あるとき体調を崩してしまいました。心晴れぬ日々が二年ほど続いたでしょうか。必死に聖書を読み、祈る日々でした。

「神様、本当に辛い毎日!!できることなら、この会社を辞めて仕事を放り出してしまいたいです。‐‐‐でも、今辞めると生涯負けになりますので、この辛い峠を越えるまでとにかく耐えられるように助けて下さい。」そのように祈りつつ仕事に取り組むこと三年、気がつくと一人前になっていました。辛い峠を乗り越えてからは心も晴れ、会社を辞めずに仕事を続けることができました。継続してやればものになるものです。今思えば、一緒に苦労し助けてくださった先輩がおられたこと、そして信仰によって支えられ続いたのだと思います。我々ビジネスに携わる者の間では、このように本当に辛い仕事を乗り切った経験について「地獄を経験した」と言って、その後の人生において大きな宝となっています。

「そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです。苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。」 (ローマ 5:3-4 新共同訳)

2008年9月15日    小坂圭吾