2009年3月4日水曜日

今を生きる 「がんばる、がんばり過ぎない(1)」

  「100年に一度」の経済危機
「100年に一度」の経済危機と言われ、世界経済が坂を転げ落ちるように下落の一途をたどり始めて半年以上になります。世界各国の経済は確かに嵐が吹きすさんでいます。ヨーロッパ、ロシアそしてアメリカの経済の落ち込みぶりは、当然ながらひどいようです。日本経済は、メデイアの報道だとかなり危機的かなと思い込みがちですが、各国と比較するとまだましな方です。ともあれ、資本主義の行き過ぎた事に対して、全世界においてブレーキがかかっています。中東産油国特にドバイではバブルに浮かれ人工島や世界一高いビルを建設し、少し行き過ぎだと思っていましたが、案の定ストップがかかりました。原油もピークの4分の1まで落ちました。全世界で自動車や電機業界は激しい落ち込みですが、自動車について言えば、「国内では、車はこれ以上増えて欲しくない」と思っている人が多いのではないでしょうか?地球温暖化が進み、今年の春はまさに異常!温暖化に対しての色々な施策や技術が開発されていくことを願います。行き過ぎの大いなる是正は、経済学で言う「見えざる手」のわざ(神のご介入)として、正常になる良いチャンスです。

         日本人の好きな言葉“がんばる”
「100年に一度の危機」ならば、「100年に一度のチャンス」と捉えることもでき、ここは“頑張る”時でもあります。とかく、我慢する/耐える/頑張ると言う気持ちを失わせる様なことが多々あり、社会全体が転げ落ちるように悪い方向へと行きつつあるように感じます。データに基づいてお話をするまでも無く、私たちの実感です。このような中でこそ、知恵を出してやり抜く、頑張る時代なのでしょう。私たち日本人の好きな言葉“がんばる”について、大辞林の辞書を引きますと〔 頑張る:困難にめげないで我慢してやり抜く 〕とあります。
この言葉で思い出すのが、2000年9月のシドニー・オリンピックにおける女子マラソンの高橋尚子選手です。過酷な訓練で心と体を鍛え上げ、オリンピックの大舞台という重圧の中、42キロを終始安定して走り抜きました。「すごく楽しい42キロで、自分の体と相談し対話しながらだったので、緊張というより集中していました」と走った直後のインタビューで淡々と語るさわやかな姿!走ることが好きでたまらない彼女は、マラソンあるいは陸上競技という一見暗い辛いイメージのスポーツを実に明るいものにしてくれました。「自分の体と相談し対話しながら集中し」かつ臨機応変に走る高橋尚子選手は、“頑張っているとは感じさせず”に楽しく走り抜いていたのが、強烈な印象として残っています。
        “がんばる”のギアチェンジ
私たちの人生は、この地上から天国というゴールを目指してのマラソンと考えることが出来ます。人生80年、90年の長距離マラソンですから、それなりの心構えが必要なように思います。私たちの毎日は、多忙で色々なことに追いまくられており、自分で追いまくっていると考えられる方は、案外少ないでしょうか。とにかく頑張る事に精を出している毎日かもしれません。「がんばる」という言葉が好きな日本人は、働き志向、がんばり志向の強いDNAが、親から植え付けられているのではないかと思われます。テレビのインタビュー等に出てくるスポーツ選手の言葉ばかりでなく、色々な場面で「‐‐‐頑張ります」の言葉がしばしば最後についてきます。ビジネスにおける私も「がんばる私」であったように思いますし、20世紀の日本人はとにかく頑張って生きてきたように感じます。特に「若い時は頑張らなくてどうする!」との声が聞こえてくるようです。
私たちは、とかく快楽な方へ安易な方へ楽な方へ自然と流されていきがちです。(私もそんな一人です。)ですから「さあ、頑張ろう」と自分に気合を入れることは確かです。昨日もある本を読んでいて「覚悟を決め、自分の役割に徹しないといけない!」と気合が少し抜けていたかなと教えられました。そんなとき、気合をどのように入れるかが大切なように思います。「がんばる」ことは素晴らしいことです。トップギアにいきなり入れるのではなく、車であれば、「まずローに入れセカンド、サードそしてトップギア」に入れる様に、ゆっくりと速度を上げていく。「がんばり過ぎない」様にギアチェンジをうまくやりながら、ときには速度を落として、目標を目指し一心に走り抜きたいと思います。

「私は、ただこのことに励んでいる。つまり、後ろのものを忘れ、前のものに向かって前進しており、キリスト・イエスによって私たちのために用意されている神の栄冠を得るために、目標を目指して一心に走っている。」(ピリピ 3:13-14 現代訳)

2009年3月4日    小坂圭吾