2009年10月5日月曜日

今を生きる 「やり抜く」

                       
    国会議事堂訪問
  先月9月14日(月)、民主党議員のお世話でJASS(日本セカンドライフ協会)の仲間と国会議事堂を訪問しました。衆議院議員選挙後の特別国会開催に向けての準備もされつつありました。1936年(昭和11年)に完成した国会議事堂は、70年来のリニューアル工事で、昔の汚れを落として白い輝きを取り戻して、花崗岩の外壁が現れています。約30年前にアメリカのワシントン国会議事堂を訪問したときのことを思い出し、それと比較して、さすがに日本らしい立派な造りであると思いました。床は大理石、赤じゅうたん、窓と天井にはステンドグラス、中央広間の壁画等々です。議事堂の正面向かって右が参議院、左が衆議院となっています。参議院議場と衆議院議場はほとんど同じですが、参議院のみ議場の正面中央が国会開会式のときに天皇陛下が臨席されるお席があります。中央広間には、議会政治の基礎を築くのに功労のあった伊藤博文、大隈重信、板垣退助の銅像が建っています。台座の4人目は、誰にするか決まらなかったために空席でしたが、「政治に完成はなく、未完の象徴」との意味もあるとのことです。

      走り抜く
  今回、民主党の圧勝により政権交代がなされ、顔ぶれが一新し改革がなされます。色々と紆余曲折があるにせよ、“大切なことを何が何でもやり遂げてほしい”と願います。走り出してまだ1ヶ月も経ちませんが、私たちは色々と変化を感じています。身近のところでは、妻が政治に関するニュースをしっかり見聞きするようになりました。「キット、多くの人が注目して私のように政治を見るようになっているでしょう!」とは彼女の弁です。先日の日曜礼拝後に昼食会があり、何人かの人々に意見を聞いてみました。「とにかく、政治がわかりやすくなった。各大臣が自分の言葉で語っているので、実に良くわかる!」「政権公約を大きく打ち出したのだから、やらざるを得ないだろう。是非、やり遂げて欲しい!」今までの負の遺産を大きく方向転換をしようとするのですから、色々な抵抗があることでしょう。当たり前のことを当たり前にやらなかった自民党・官僚政治であったかな!と今さらながら思います。私たちも実に保守的で、良いことであっても変革する事をためらいます。今度の新しい政権は、政権公約の実現を目指して、走り抜いて欲しいものです。                                                                          
      天国を目指して 
 今朝、ゴミを捨てるついでに朝の散歩に出かけたところ、近所にお住まいのカトリック信徒のSさんにお会いしました。「私も80才になりました」と言われ、「見るからにお若い感じです」と申し上げました。正直、そんな歳にはとても思えません。時々、公園等で教会等の事について、立ち話をさせていただきます。「いやあ、中身は年相応になっています」とのこと。公園で、いつものようにお互いに鉄棒にぶら下がりました。私の教会の恩師も80代前半、生涯現役と言っておられます。60代半ばの私は、これらの方々を見るにつけ、自分でがんばるのではなく、信仰によって走り抜きたいと思わされます。

  私たちも、自分の仕事、家庭、教会等において、自分のやるべき働きに一所懸命取り組んでいます。目指すゴールは天国ですが、この天国へのマラソンを走り抜きたいと思っています。若い時は、自分で走り抜こうとする事が多く、それでも何とかなる時もあります。しかし、やることが一杯でいらいらしている自分、疲れきっている自分が多いのではないでしょうか。その事に気がつき、神様にお祈りしますと不思議と平安と力が与えられます。神様を忘れて自分でがんばる姿は、神さまのエネルギー、スタミナを欠いた状態、車でいう“ガス欠”です。自分で変にがんばらないためには、主との関係をしっかり保ち、祈りが大切です。そんなこと当たり前!そうです。当たり前のことがきちんとできれば、熟達したクリスチャンなのだと思います。自分でがんばろうと力を入れなくとも、案外、物事はスムースに進みます。“スムースに”と言う意味は、ジグザグはありますけれども、主の御手の中で導かれていきます。人生というマラソンにおいて、このエネルギー不足、スタミナ不足にならないように毎日、あるいはそれに気づいた時、お祈りによって神さまのエネルギーを補充していただきましょう。
 
「主はいつも地上をご覧になっていて、主に心を向けている人がいれば、その人に力を与えてくださいます。」( 歴代誌2、16:9 現代訳)

2009年10月5日    小坂圭吾