2008年4月10日木曜日

礼拝人口1%を打ち破る(1) 

  礼拝人口1%の原因は?先日、三谷康人氏(エリヤ会初代会長、元カネボウ薬品社長)と親しくお話をする機会を持ち、色々と意見交換と調査データに基づいたお話を頂きました。長年感じていたことが裏打ちされ、頂いた資料も用いながら今回のレポートを書くことにしました。

ノンクリスチャン99%の実態調査をしたところ、キリスト教に好意や関心を持っている人が多いことが分かりました。過去に教会に足を運んだ人や元クリスチャンを含めてキリスト教関心層が約10%(約1200万人)になります。信仰持つならキリスト教が第一で30%を超えているという調査結果もあり、結婚式を挙げる人の過半数以上がキリスト教式です。最近のギャラップ調査でも、キリスト教が好ましいと答えた人が23%でした。このようにキリスト教は人々から、好意を持たれているにもかかわらず、礼拝人口1%を打ち破ることが出来ません。その原因を再度調査したところ、2つのことが分かりました。
①教会の敷居が高いという印象のために教会に行きにくくしている。
②信徒が教会生活に慣れてくると次第に外の友人が減り、ノンクリスチャンへの伝道の働きかけがされなくなる。
これらを打ち破ることについて考えていきましょう。
            
          教会の敷居が高い第一の“教会の敷居が高い”ということについてですが、“なぜ教会は敷居が高いと思うか”について以前教会に来ていたノンクリスチャンの人たちに調査したところ多い順に次のような回答を得ています。①信者との宗教観の違いを感じる②日本文化に馴染めず違和感がある③日曜日に教会に行くと休めない④堅苦しい となっています。これらの①②をみるとノンクリスチャンに対して、教会に気楽に入れるよう暖かく細かに配慮し、違和感を持たないように迎える必要性を感じます。“違和感を持たない”というところが特に重要なようです。

“教会の礼拝は、いつでも無料でどうぞ!”というのが、意外と違和感なのかも知れません。私の親しい知人ですが、数年前に住居を移転したために新しい教会を紹介してほしいと3つほど紹介しました。先日、そのひとつの教会に行ったと聞き、そのとき彼が言うことに驚きました。「いざ、新しい教会に行こうと思うと、かなりの決心と勇気が必要だよ!」と語ってくれ、長い間教会に行っている人でもそう感じているのです。気楽に行けなかったのは、無意識の中で敷居が高いという風に感じるひとつの点かなとも思います。教会を紹介してもらい、場所は分かったが誰がいるのかもさっぱり分からず、自分に合うのか色々不安であることに変わりはありまん。

         違和感を持たない
私もPDJの関係で新しい教会に行くときがありますが、初めて行く時には確かにエネルギーが要ります。しかし、その教会に知人が一人でもあれば、それほどエネルギーは必要がないように思います。一方で、キリスト教以外の色々な講演会(2-3時間)に年に何回も出かけますが、あらかじめ予約して行くのですが、始めてのところでもそんなに負担も感じることもなく出かけられます。

この違いは一体何だろうかと思わされます。彼と電話で話したときも、礼拝とかに予約とかチケットとかあれば、こんなにエネルギーを使わなくていけるのかも知れないと話してくれました。それもひとつの妙案だと感じました。一般的な講演会の場合、たとえ無料であっても予約無しで受けつけてくれるものはひとつもありません。予約もなくかつ無料のものについては、私たちは無意識のうちに不安を感じているのかも知れません。行くときは必ず予約を入れることで、「行くぞ」とのスイッチが入るように思われます。キリスト教特別講演会やクリスマスイベントやゴスペルコンサートなどは、チケット(無料、有料どちらでも)を手に入れて行くのが安心感もあるのだろうと思います。特に初めての方々に来ていただく場合は、この配慮は重要なように思います。

ましてや、初めて教会に誘うときは、ぜひとも一緒に行く配慮が欠かせないのであろうと思います。キリスト教について好感は持っても、宗教観の違いを感じ、日本文化に馴染めないと思って違和感を持つ人が多い中で、知っている人が同行することは必要です。また、初めて教会に来られた人に声をかけてあげることの重要性は言うに及びません。これらのことが違和感を持たない、あるいは少なくする事になるのです。(続く)

2008年4月10日     小坂圭吾     (PDキーワード:外側から内側へ)