2009年1月7日水曜日

喜び 「新しい年は笑いから」

        新年を迎えて 新しい年になり、ふと気がつきました。新年・正月には、笑いのテレビ番組や新聞記事が多いのですね。毎年のように楽しい笑いの番組を提供しているはずですが、どういうわけかそんな気がしました。テレビ番組の中でもその笑いの薄っぺらさが目立つものは、歓迎できませんが、心から楽しく笑える番組は大歓迎です。正月ならではの企画で、よく考えたものだと感心しながら見て聞いて大いに笑いました。人間の根源的な本質の中には、笑いというものがあるのだと思います。景気がもっと悪くなるとのニュースが多い中で、とにかく笑って元気にそれらを吹き飛ばして生きたい!笑いがあってこそ、私たちは元気になりますね。大変だからこそ、ユーモアや笑いが必要でしょうし、どうせ大変なら愉快に笑って過ごした方が、力が出てくるというものです。

     油断大敵 元旦のお昼過ぎですが、左奥歯のかぶせ物がポロリと外れました。触ってみると、虫歯の治療後の穴がボコと開いているではありませんか。「これは、なんだ?!!」と思わずガックリ!?笑い事ではありません。1年前に歯医者さんから、“100歳までこのまま使える”と励まされたばかりです。油断大敵!まさか約30年前に治療したかぶせ物が、虫歯が原因で外れるとは?物を自由に噛めず、時々口内を傷つけたりして不自由そのもの、どうも我慢が出来ません。インターネットで歯医者を検索!横浜市歯科医師会が、年末年始も休まず歯医者の方々が出て、緊急治療をやってくださる!! 
 3日朝に出かけて、無事に応急処置です。沢山の方々が来ておられ、「正月休みにこんな場所があり感謝ですね」とお隣に座られたおばあちゃんとほっとした会話をしました。年始明け5日に、掛かりつけの歯医者で朝一番に治療してもらいました。「いやー小坂さん、良かったね。虫歯が痛む前に、かぶせ物が取れてラッキーだったよ!」それまでの自分がどこかに飛んで、笑顔に戻りました。この数日間、忍耐の無い自分の姿を思い起こして、笑わざるをえません。
       
    失望・落胆 毎年定期的に歯の検査とクリーニングをしてもらい、その2ヵ月後にこの有様ですから、「どうしてこんな事になるの?」全ては神様の手の中にありと思いつつも、不自由さといやだなとの思いや愚痴も出て、ちょとした失望・落胆です。失望・落胆と言えば、『悪魔のタタキ売り』のお話を紹介しましょう。

 ある時、悪魔が現役を引退をする(?)決意をし、それまで使い古した商売道具を“タタキ売り”に出すことにしました。タタキ売りの現場には、悪意や憎悪、嫉妬、羨望、強欲、好色、欺瞞など魅力あふれる品物が陳列されています。ところがその横に何の変哲もない道具があり、よく見ると他の道具よりはるかに使い込まれた跡があり、誰かが質問をしました。
「これはいったい何ですか?随分高い値札がついていますけど――」
「それは“失望”だよ」悪魔は答えました。
「でも、そんなものが他の道具より高価だというのは、どういうわけですか?」見物人がしつこく尋ねると、悪魔はそのわけを説明してくれました。
「それはじゃな。他の道具じゃとても歯が立たん時でも、これを使えば人間の心を簡単にこじ開け、その良心の中に入り込める取って置きの道具じゃ。いったん“失望”が入り込めば、あとは他の道具を使って思いのままに仕事ができるという具合なんじゃ。どうだ買うかい?」

 悪魔は、私たちを失望・落胆させようとたくらんでいます。悪魔をあなどってはなりません。人は生きている限り、大小は色々ですが失望、落胆する目に遭います。そのときにどうするか?――その失望、落胆から目をそらさず、まずはしっかりとそれに向き合い、神様にそのことを申し上げましょう。信頼できる人にそのことを聞いてもらうのもいいでしょう。泣くこともまた大事です。そのことを確認してこそ、神様から力が与えられます。心のスイッチを切り換え、立ちあがる力は、神様が下さいます。神様から、“笑いと感謝と喜び”をいただきたいものです。それらを心にギュウ(牛)と詰めこみたい。モウこれ以上は入らないまでに詰め込みたいーー。
そして、今年も元気に歩んで生きたいのです。

「その時、私たちの口は笑いでほころび、私たちの舌は、喜びの歌を叫んでいた。」 (詩篇  126:2 現代訳)

2009年1月7日    小坂圭吾