2009年11月18日水曜日

今を生きる 「時を考える」

       時(とき)について
今年の夏に、数年ぶりに「伝道者の書」を読み、“むなしい人生”について書いている内容の深さ、おもしろさにあらためて感動しました。まさに人生論の集大成で、第3章には「時」のことが書いてあり、少し調べてみました。

広辞苑による「時」についての説明は、“①過去から現在へ、更に未来へと連続して、とどまることなく過ぎゆく現象。時間。②一昼夜の区分。時刻。刻限。③特定の時期。④時勢にあうこと。等”が書かれてあります。そして、「時は金なり」の使い方についての説明があり、時間は貴重・有効なものだから、無駄に費やしてはいけないとあります。そのほか「時を争う」「時、人を待たず」「時に遭う」色々な使い方についても説明があります。まずは、“時の中の時間”について考えてみようと思います。

      時間管理
ピーター・F・ドラッカーの名言集「仕事の哲学」の中に、“時間管理”について述べているところがあります。私たちは、自分の時間の中で、無駄な時間をそれほど使っているとは思っていません。ドラッカーは、「成果には何も寄与しないが無視できない仕事に時間を取られる。膨大な時間が、実はほとんどあるいはまったく役に立たない仕事に費やされる。」と書いています。時間は、誰にも平等に与えられた一日24時間です。

ある若い人に、「私たちは、無駄な時間を過ごしているのだよね!」と言ってみたところ、「え、例えばどんなこと?」と聞かれました。ほとんど意識してないのでしょう。若い時から中堅時代には、時間はいくらあっても足りないくらいですが、実に、無駄などうでもよい事に時間を費やしているものです。自分の経験から言いますと、読まなくても良かった本、おもしろくも何の益もなかった映画、ついつい時間をとられたインターネットの検索、見なくても良かったテレビ番組、出席しなくても良かった会合、委員会等々、やめても問題の無いものは、山ほどであります。

            無駄なものを捨てる  
私たちの1日の生活は、実にさまざまで複雑です。無駄な事に時間を浪費することは、いつの日か習慣のようになり、歯石のようにたまります。歯石は、掃除をしない限り落ちません。今年も年に1度の歯石の掃除に、そろそろ行こうかと思っています。

1週間、1ヶ月のスケジュールを見ると、いつの間にか時間の浪費に過ぎないようなことがたまり、ドラッカーは、これに対して処方箋を書いています。「最低でも年に2回ほど、3、4週間継続して何をしたかの記録を取る必要がある。記録を見て、日々のスケジュールを見直し、組み替えをしなさい。」「まったくしなくても何も起こらないなら、その事はやめてしまうべきである。」と勧めています。私もこの助言を頂いて、それほど詳細ではありませんがスケジュールを記録した手帳を見ながらCHECKしますと、無駄で止めたほうがよいものが見つかりました。

無駄なことを抽出するばかりか、これはやらない事にしようと決めることも大切です。優先順位をつけることは、大事なことを選び出すことですが、逆にやらないことを決めることでもあります。「何をやらないのか」を決めることが、案外簡単な場合もあり、そうすると時間がどんと浮くこともあります。そうする事により、時間の使い方を見直して、心の余裕とゆったりした時間、重要な事にはしっかり時間をかける事が出来ます。本来のやるべきことに時間を注ぐことが出来るのです。
 時間について考えてきましたが、このようなテーマで書くのも時がある、何事をするにも時があるとの聖書の言葉を思い出します。時には、あるいは年に時々、自分のスケジュールの大掃除をすることを大切にしたいと思います。

「この地上には、何をするにも時がある。生まれる時、死ぬ時、植える時、収穫の時、ーー
 保存する時、投げ捨てる時、ーー」(伝道者の書3:1-2、6 現代訳)

2009年11月18日    小坂圭吾