2009年8月19日水曜日

喜び 「人生は一緒の方がいい(2)」

   色々なコメント、書評を頂いて新刊「人生は一緒の方がいい」(つながりを深める40日)を4月に刊行しましたが、この本は11種類目の本になります。“健全な人生、健康な教会形成”を目指して、少しはバランスのあるメニューが整ってきていれば幸いです。企画をする側としては、色々な方々のご意見を頂くと「そうだったか?」と目が開かれたり、「意図した通りだったかな!」と喜んだりで、どちらにしても感謝しております。今回は、スタッフから「書評にとりあげられたものを掲載するのはどうですか?」と促され、「それも良いね!」と思い早速書くことにしました。

     自分が出来なくても皆で一緒に  先々月(6月)、横浜にあるキリスト教書店を訪問し、書店員の方にお話をお聞きしました。所属教会はスモールグループが盛んで、ご一緒に色々と読んでの感想だったと記憶しています。
「新刊「人生は一緒の方がいい」については、自分が出来なくても“皆で一緒に”というのが、励ましとほっとさせてくれるところがあります。『5つの目的』は、私がやらねばと迫って来るのですが、一人ではとても無理でも、皆で一緒にやればいいんだと考えると、気楽に出来そうですね。」
これは、この本の一番大切なところをずばりと指摘してくださいました。

  雑誌や新聞に”新刊の書評”として載せられたものの中から、ご紹介致しましょう。リバイバル・ジャパンの6月1日号に掲載された内容です。
「著者は、「目的のある人生」を生きていくのは、孤独な人生ではないことを第二弾である本書で読者に問いかけています。‐‐‐‐1課ずつ明快な聖書箇所を引用しつつ「一緒に生きる」ことの素晴らしさを生き生きと描き、読者を「一緒に生きる」ことへといざなっていきます。‐‐‐‐本書は、聖書が描いている「人との関わり」の価値がよく理解され、他者と一緒に生きることを大切にする人生観が養われ、結果として真実な、安全な交わりの実践の場としてのスモールグループが用いられていくことを主眼としているようです。セルグループやスモールグループを用いたミニストリーを展開してみたものの、なかなかうまく機能しないという悩みを抱えている教会リーダーにとって、聖書に基づいた本質的なものの見方を考え直すための好著といえるでしょう。」
発売して数ヶ月間、どのような反響になるかなと思いながら、楽しみに見ていました。この書評のように受け止めてくださった教会や信徒の方々から、スモールグループで読むことにしたというお話をいただいています。聖書が描く「人との関わり」の価値をよく理解し、他者と「一緒に生きること」ことの重要性は、私にとっては、「5つの目的」を読んでから目が開かれました。「一緒に生きる」ことの大変さもありますが、つながりなくしてはさびしい人生になります。

      ヤマアラシのジレンマ
次におもしろい書評をご紹介します。「恵の雨」2009年8月号に掲載されたものです。
「『ヤマアラシのジレンマ』という寓話がある。『二匹のヤマアラシが温めあおうと近づいたら、お互いの針で刺し合ってしまった。あわてて離れると、やはり寒い。』というコミュニケーションの魅力と煩わしさを表した話だ。本書は、人が互いに交わりを持ち、一緒に成長し、仕え合い、共に礼拝し、伝道することを神は望んでおられるという。では針の問題はどうすればいいのか?寓話が出した答えは、『適度な距離を保つ』という妥協案だったが、本書が提示するのは『キリストのことばを心に住まわせ、競争意識を持たず、要求よりも理解に務める』など、聖書が教える根本的な解決だ。神様に頼れば『針があるからこそ成長できる』と言うことさえできる。」(ヤマアラシの写真は、ウイキペデイアより引用)
人と交わりを持ち、他者と「一緒に生きる」ことを目指せば、お互いの針が必ず気になってくるものです。しかし、神様に頼ることによって成長できる素晴らしい世界があるのです。

「鉄で鉄を研ぐように、人の心も他の人の心との触れ合いによって成長する。」(箴言27:17 現代訳)

2009年8月19日    小坂圭吾

2009年8月5日水曜日

感謝 「日本プロテスタント宣教150周年(2)」

        札幌・函館ツアー
  今年の春に思い立って函館に行きました。3月ごろのツアーは、安くて質の高い旅行ができ、往復の飛行機代相当分の料金で、2泊3日の良質な旅行が出来ます。目的が合えば大変お得な“奉仕料金ツアー”で、二つの目的を持って出かけました。      
  3月19日(木)、羽田から朝一番の新千歳空港行きJALにのりました。第一の目的は、札幌で自由行動を生かして“キリスト教書店を訪問”です。(HP・全国キリスト教書店の“書店紹介ページ”に掲載)書店の方とのお話で、札幌の教会もスモ-ル・グループの活動が盛んであることをお聞きしました。近年、全国的にスモ-ル・グループが盛んであると推察していますが、信徒同士の深い交わりを通して、ある意味で多様な意見、考えを受け入れる土壌を養っているとも言えます。礼拝でメッセージだけを聞いて終わりとか、表面的なつき合いレベルの交わりで終わりとしないで、正直に心を開いて分かち合う交わり、時には衝突することも恐れない交わりが必要です。表面的でなく正直な交わりを育てるのは大変ですが、愛に生きる本当の交わりがそこにはあります。
  書店訪問後に、札幌時計台前のコーヒーショップで一息入れます。この時計台は、もともと札幌農学校(現・北海道大学)の演武場として建設されたそうで、札幌農学校での青年クリスチャン新渡戸稲造、内村鑑三らが、互いに本音でぶつかり合い切磋琢磨して過ごしたところです。周りはまだ雪が残っており、遠く明治時代に思いを馳せました。

        箱館から函館に   第二の目的は、函館見学です。若いころから旅行好きで日本全国を歩き回り、あちこちの大都会、中小都市、田舎をそれなりに肌で感じ、土地の状況や教会の事情をそれなりに理解していますが、それが、PDJの企画に役立ち感謝しています。
  ところで、翌3月20日(金)登別、昭和新山、洞爺湖をめぐって函館へ、翌々日には大沼公園、トラピスチヌ修道院(女子)、五稜郭、函館港を見学です。函館に行き「え?」と思ったことが、明治時代までは、函館ではなく箱館でした。五稜郭を拠点に抵抗した幕末維新の動乱・箱館戦争が終了し、明治時代が動き出して箱館から函館になります。
  ペリーが来航した翌年1859年、長崎、横浜とともに箱館(函館)が開港され、外国の水兵や船乗りは、土産を買い求めながら、キュウリやナスを生でかじったり、木魚をたたきながら踊る水兵もいた由。好奇心旺盛な函館っ子は、すぐに打ち解け人々の生活に外国文化が少しずつ浸透します。洋館や教会が立ち並ぶ石畳の坂道、色々な教派の教会や仏閣が並んでおり、異国情緒あふれる函館の街並みが出来上がります。

        キリストにおいて一つ   1874年1月ハリス宣教師夫妻が函館に赴任されて、開拓伝道が始まります。「キリスト教禁制」の高札は撤去されていたとはいえ、外国人にとっては命の危険もあった時代です。札幌では、W・S・クラーク博士が1876年札幌農学校設立のために招かれます。博士の感化でキリスト教に改宗し、イエスを信じる者の契約に署名をした札幌農学校の1、2期生ら青年クリスチャンの群れを「札幌バンド」と言い、新渡戸稲造、内村鑑三らがそのメンバーです。彼らは、クラーク博士が帰国後、ハリス宣教師より信仰的指導を受け、洗礼を受けたのです。

 日本宣教の夜明けに派遣された宣教師の方々にとって大きな問題は、言葉が通じないことです。「私の曽祖父バラ宣教師は、日本語が一番の弱点でした。とにかく日本語がバラバラです。」とバラ宣教師のひ孫さんが、ユーモアに当時の宣教師の苦労を語っておられます。さまざまなご苦労を乗り越え日本伝道に奮闘されたその熱い情熱と使命感に感じいります。そのことを思うときに、全ての教派が一つであることを確認し、共に働こうと活気づくこのとき、教会改革の新しい意識を持つことが出来ればと祈ります。皆で一緒にやることを考え、“とにかく一緒にやろう”とすることに意義があります。もはや「キリストにおいて一つ」であることの認識が土台にあり、日本宣教のために、皆で一緒に助け合い小さな事からでも始められたらと願います。

「あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです。」(ガラテヤ3:28 新共同訳)

2009年8月5日    小坂圭吾