2020年4月14日火曜日

み言葉「神さまが守ってくださる」


近所の桜通り
新型コロナウイルス~緊急事態宣言

4月7日に、新型コロナウイルス感染の猛威を受けて、少し遅すぎた感のある「緊急事態宣言」が出されました。誰もが不安になっている中、正しく恐れることはとても大切です。特に不確実な情報に振り回されることがないように、正確で信頼できる情報を入手したいものです。

世界保健機関(WHO)が警鐘を鳴らしていることは、次の通りです。「我々は、感染症と闘っているだけでなく、真偽のいりまじる過剰な情報が氾濫することとも闘っている。フェイクニュースは、ウイルスよりも早く拡散する危険なものである。」

新聞、テレビ、インターネット、雑誌などの情報源を通して、誇張されたり、矛盾したり、科学的な根拠がないもの、根も葉もない情報の拡散がなされています。トイレットペーパーや日用品の買い急ぎをする人が、一時見受けられ、今の日本では全く心配はないのですが、誠に残念な行動です。

不安な時こそ正確な情報を

インターネット上のコロナに関する記事で、全く役立たない、くだらないと思われる事柄が、散見されます。誰かを非難する内容も見受けられますが、人を非難しても問題解決にはつながりません。総務省・情報通信政策研究所のアンケート調査(2019年実施)で、メデイアの信頼度を聞いています。

新聞について「信頼できる」という回答が686%ですが、テレビ(63.7%)、インターネット(32.2%)、雑誌(16.8%)という数字です。ネット時代でも、いかに新聞への信頼度が高いかが分かります。

これは、新聞報道に携わる方々への信頼もありますが、活字にすることは、原稿を書く→推敲する→第3者が校正するという段階を踏むために、いい加減なものが排除され、間違いが少なく信頼のおけるものにつながるのだと思います。このような時、自分を守るため自分に必要な情報を集めて実行することが役に立ちます。

健康管理に十分留意する、しばしば言われている三密(密閉空間/密集場所/密接場面)を避ける、丁寧に手の消毒・手洗いをする、マスクの着用、外出後は手洗いとうがいをする等で感染から予防をすることができます。自分にできることを具体的に知って行動すれば、不安が和らぎます。



神さまの守りを信じる~詩編91編

聖書・詩編91編に次のような言葉があります。

「聖い神を避け所とする人は、全能者の陰に休みを得る。私は主に申し上げよう。『私の避け所、私のとりで、私が信頼している私の神さま。』主は、狩人が仕掛けるようなわなや、恐ろしい伝染病から、あなたを救いだされる。」(詩編9113 現代訳)
主なる神さまは、私たちを守ってくださる方であり、避け所、とりでとなってくださるお方です。何という安心なことでしょうか。

「主はその羽で、あなたを覆われるので、あなたはその翼の下に避け所を得る。その真実は、あなたを守る大盾、小盾である。あなたは夜の恐怖も恐れず、昼に飛んでくる矢をも恐れない。また、暗闇にはびこる伝染病も、真昼に襲う災害も恐れない。たとい、千人、万人があなたのそばに倒れても、災いはあなたに近づかない。」(47節)

新型コロナウイルスの感染~このウイルスほど良くできたものはないとは専門家の人たちの言で、手ごわい!~、全くどのように感染してくるかわからない暗闇にはびこる伝染病、しかし、神さまが私たちを覆ってくださり、守ってくださるのです。これから終息するには、数か月以上はかかるのではないかと思われます。

「もし、あなたが私の避け所である主、聖い神のもとにあるならば、災いは、あなたに臨まず、不幸も、あなたに近付くことがない。」(910節)

この神さまの言葉をしっかりと受け取って、それを信じることができるならば、神さまは、その通りに実現してくださいます。私たちは、それを信じることができない弱い者かもしれません。聖霊の助けをいただいて祈り、信じ切れない私を助けて下さいと祈り続けることです。

「お前は、まだ私を信じることができないのか?」と叱責を受けるかもしれませんが(イエスさまの弟子たちも同じような経験あり)、それにもかかわらず、そのように祈り行動する者にも、主なる神さまは、助けの手を差し出して下さる、守ってくださるのです。間違った情報に惑わされず、神様の守りがあるようにお祈りします。



2020年4月13日 小坂圭吾



2020年3月23日月曜日

今を生きる「新型コロナウイルスの危機に思う」


新型コロナウイルスの危機

新型コロナウイルスの感染が世界中に広まり、WHO(世界保健機関)は、世界的な大流行を示す「パンデミックにあたる」と発表しました。“パンデミック”との表明は、2009年の新型インフルエンザ以来です。

その時「100年に一度」の経済危機と言われ、世界経済が坂を転げ落ちるように下落しました。今回は、それ以上に世界各国の感染状況が厳しく、世界経済も嵐が吹きすさんでいます。

なぜ、これほどまで全世界がパニック状況に陥るのでしょうか?第一は、新型ウイルスだから良くわからないのでパニックになりやすく、治療薬も無いので怖いということです。ワクチン(予防接種)や治療薬の開発には、真剣に取り組むも半年、1年以上もかかるそうです。

2009年の新型インフルエンザは、世界中に大感染をしましたが、治療薬が見つかり、そんなに怖いものではないことがわかり収束しました。第二に、インフルエンザ以上に、新型コロナウイルスは感染力が強いのです。

本人が感染していると意識してなくても、無症状でもほかの人に感染しますし、感染者の80%は、無症状か軽症の人なのです。ヨーロッパ、アメリカに、感染が急激に広がったことからも分かります。

行き過ぎの是正
今回の世界全体に及ぼす打撃は、第二次世界大戦以来、最大の危機かもしれません。まずは、新型コロナウイルスのパニックが早く収まり、多くの方が亡くなった悲しみや不安や恐れが、癒されていくことをお祈りします。

これまで一番気になっていたのは、人類の成してきた各種の開発と破壊等による地球温暖化ですが、深刻な状況に進んでいました。パニックが沈静化し、これを契機に今までの色々な行き過ぎの是正がなされることをも願います。

このような中でこそ、知恵を出してやり抜く、頑張る時代なのかもしれません。私たち日本人の好きな言葉がんばるについて、大辞林の辞書を引きますと【頑張る:困難にめげないで我慢してやり抜く】とあります。

どのように頑張ればよいのでしょうか?毎日のように暗い話が流れて来て、日々の生活も制約を受けることも多々あります。このようなとき、変わらぬものと言えば、私たちにとっては、聖書の言葉です。私たちを慰め、励まし、力を与えてくれる聖書の言葉は、どんな状況にあろうとも変わらぬ希望であり、約束です。

ギアチェンジ:主が私の右におられる

「いつも主にあって喜びなさい。」(ピりピ 44

聖書が勧める重要ポイントは、「喜びなさい」、しかも「いつも」Alwaysです。私達の毎日の生活は、いつも喜んでおれる状況ではないでしょう。喜びいっぱいの時もありますが、人生は、苦しいことの方が多いかもしれません。

今回のような“新型コロナウイルスの感染”拡大で、思いもかけない事柄が、私たちに押し寄せています。不安があり、うまく進まず、やる気が出なくて大変だなあー。実に色々な困った状況が、起きているかもしれません。

このような中にあっても、主にあって“いつも喜びなさい”との勧めです。聖書は、そんな無理、出来そうもないことを勧めているのでしょうか?

これは、いつも嬉しそうにしていなくとも、心の深みにおいて消えることのない「生きる喜び」をもつことを意味しています。私達が喜んだり悲しんだりするのは、多くの場合、物事の表面におこっている現象だけを見て一喜一憂するのです。

一昨年の秋、関西空港の近くに停泊していた大型貨物船が、当時の大型台風によって漂流され、関西空港に通じる道路が壊されて不通になりました。大きな船が停泊するとき、大きな錨をドーンと深い海におろします。錨を深く下ろせば、船は動きませんが、そうでないと漂流してしまいます。

私たちの毎日の生活の中には、嫌なこと、悲しい、苦しいことが、必ず起こってきます。それらに振り回されないで歩むには、私達の創造主である神様に、人生を航海していく上での錨をしっかり下ろす、結びつく以外にはよい方法はありません。“主にあって”とあるのは、その意味です。


ダビデは告白しています。「私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆらぐことがない。」(詩16:8)

私達に生きがい、喜びを与えてくださる主なる神様に、人生を航海していく上での錨を下ろす、つながることです。そうすれば、人生における表面的な現象に右往左往することなく力強く歩んでいくことが出来ます。

聖書を読む、神のみ言葉に接して神に祈る、神さまと交わりお話をすることが大事になります。そうすることを通して、今日私が何をすべきかが導かれ、力が与えられていくのです。


2020年3月23日 小坂圭吾

2020年2月17日月曜日

健康余話「心は七分目で軽く」


京都・嵐山
咳エチケットのマスク

先週、都内に向かって電車・バスに乗って出かけ街を歩くと、マスクをしている方が、例年以上に多かったです。やはり新型コロナウイルスによる肺炎の感染が、大きく影響しているようです。

寒いのが苦手な私は、早くからマスクをして、花粉の頃になるとマスクは必須です。10数年前は、マスクをする人はそれほど多くはなく、ちょっと気恥ずかしい感じでした。新型コロナウイルスだけでなく、例年のインフルエンザも要注意で、どちらにしても体調管理と予防が欠かせません。

予防には、マスクと手洗いが必須ですが、手洗いには石鹸を使い、親指、指と指の間、爪までも洗うようにとの指導を見て、なるほどと思わされました。咳やくしゃみをするとそのしぶきが飛び、1回で飛散する飛沫粒子は咳で約10万個、くしゃみで約200万個とも言われます。                                             

そこに沢山のウイルスが含まれていて、感染するのです。マスクは、感染の拡大を防ぐ「咳エチケット」とでも言うことが出来ます。

ストレスが色々な不健康のもと

「養生をするには、まず心気を養うことである。心と気をおだやかにし、怒りと欲を抑え、いらいらや心労を減らし、心を苦しめず、気をそこなわないのが、心気を養う方法である。」 (貝原益軒『養生訓』より、現代語訳)

身体に強い関心を持って養生せよと説いた貝原益軒ですが、養生の術として、心の平静を保ち、心の不安を除くことが第一と言っています。今で言うストレスをのぞき、平安な心で過ごすことが健康のもとなのです。

長い人生で、誰もが病気になりますが、その病気の原因に「ストレス」があり、不健康のもとをつくっています。「ストレス」には「悪いストレス」だけでなく「良いストレス」もあります。「良いストレス」とは、夢、目標、やるべき仕事、スポーツ、良い人間関係など、自分を奮い立たせる、勇気づける、元気にしてくれる刺激とその状態のことで、人生を豊かにしてくれます。

「悪いストレス」とは、過労、悪い人間関係、不安など、自分の体や心が苦しくなる、不愉快な気分になる、やる気をなくす刺激とその状態のことをいいます。「良いストレス」も度を過ぎると不健康になり、ストレス解消、たまったストレスをのぞくことは不可欠です。

心は七分目で軽く、感謝する

ストレス」について心がけている事ですが、それは、「腹は八分目、心を七分目で軽く」です。心については「計画や目標は七割達成できたら、まずまずと満足する」ことです。

このことを息子に話したら、「今の立場は、それでいいのだろうが、若いときは難しいのではないの?100%達成ではないの?」と反論されました。確かにそうかも知れないなと思いますが、そのときは納得したのですが、しばらくこのことを熟成させました。

結論は、やはり七割達成で満足!がよいと考えるに至りました。何事も、貪欲に取り組むことがよいことだと考えがちです。特に若いときに百点満点を狙って、70点だと甘いのではないかと思いがちです。

考えて見ますと、その時点で70点ならそれで満足する心、感謝する心を持った方がどれ程よいかわかりません。もちろん百点を目指していても、少し心を切り替えて『続きは明日できる』と感謝を持って終わるほうが、ストレスが少ないことは言うまでもないのです。

ストレスを強く感じる人には、常に百点満点でないと納得できない人が多いといわれます。『頑張る』という言葉で自分を追い込んだとしても、ときには肩の力を抜いて『ほどほど頑張ればそれでいい』というのはどうでしょうか。

『今日できなかった』ではなく、『続きは明日できる』という肯定的な表現が、気持ちを楽にしてくれます。うまくいかないことを急いで解決しようとしないで、しばらく放っておいて熟成を待つのもストレスの解消です。

私は、50代の半ばにビジネスをしながら、神学校に行く決心をしました。「その当時、人生80-90年だから、今ここで学びをしておいたほうが先にキット役立つだろう」。そのとき、私の尊敬する知人(牧師)が「是非、心を軽くして学んでください!」と言ってくださいました。

短い言葉でしたが、心の深くに入りました。普通4年で卒業ですが、経営の一端を担う仕事の責任もあり、1年は中断というときもありましたが、「ちょっとだけお休み!」と考えて、挫折することも無く、7年もかかりましたが無事卒業しました。心を軽くして!心は七分目で!これからも歩んでいきたいと思います。

「感謝の心を持つ人になりなさい。」(コロサイ 3:15 新改訳)

2020年2月17日 小坂圭吾

2020年1月24日金曜日

今を生きる 「良書を繰り返し読む」


葉山海岸
アメリカ歴代大統領

今年は、アメリカ大統領の選挙があります。歴代の大統領の中で卓越した力を発揮した米大統領と言えば、リンカーン大統領です。彼は、奴隷解放を宣言し、南北戦争を戦い抜き、国家分断の危機を乗り越えてきた世界中の人々が敬愛する大統領です。
リンカーン大統領が就任式の宣誓に用いた聖書ですが、前オバマ大統領は、それを就任式(20091月)で使いました。200年もしっかり保存されていることに、さすがだと思わされました。

オバマ大統領の就任式での開会の祈りを「人生を導く5つの目的」の著者:リック・ウオレン牧師がされました。太平でなく内外に困難山積の時代に就任したアメリカ大統領は、初代ワシントン、16代リンカーン、32代ルーズベルトですが、彼らは卓越した指導力を発揮した人々です。

一方、景気が良くて人々が浮かれている時代の大統領は、ほとんど忘れ去られたおり、何か考えさせられます。現トランプ大統領は、アメリカを二分するような政策が多く、歴史は彼をどのように評価するのでしょうか。 
良書を読む
先日、5~6年ぶりにお会いしたクリスチャンの方から、昨年、毎週日曜日の朝78人で『人生を導く5つの目的』をテキストにスモールグループを再開したとのお話を聞きました。

「みんなかなり前に読んだ本ですが、それ引っ張り出して来て、毎週学んで1年で終える予定です。」と話して下さいました。「この本は、4年ほど前に改訂新版を出しました。旧版は40章ですが、2章追加して42章になっています。」とご案内をしましたら、「じゃあ、若い人に案内をしましょうかね。」

この本は、2002年に英語版が出版されて以来、85ヶ国語を超える言語に翻訳され、全世界で8千万部以上が読まれています(4年前のデータ)。日本でも毎年着実に用いられており、近々再版を出す予定です。
今年になって、私も30数年前に読んだ「カーネギー話し方教室」(D・カーネギー著)の本を書棚から取り出して、読み始めました。きっかけは、ある雑誌に“古典の名言”と題して、デール・カーネギーの本の中から“話し方について、緩急をつけること、間を置くことに気をつけること”が紹介されていました。
昨年から人前で話すことがまた多くなり、話し方が気になり、学び直そうと取り出したわけです。ところが、30数年前の本ですから、開くとすぐに背中のノリが悪いのか、バラバラになってしまいました。もう絶版になっていますので、その後の訳の本を購入して読んでいます。 
繰り返し読む
本の読み方には、次のような読み方があります。速読(時間がない時、大量の情報の中からポイントを絞り読みたい時) 通読(基本的な読み方、初めから終わりまで通してサラッと読む) 熟読(ペンを持って重要な所に線を引き、考えながら読み込む)が代表的なやり方です。
                 
聖書を読むやり方は、最初のころは通読、それから熟読そして繰り返し熟読する方法ではないでしょうか。聖書ばかりか、「これだと言う本」を繰り返し読むことの大切さを感じています。

読む先に忘れてしまう私ですが、多くの方が、次々と本を読んでも忘れてしまうことが多いのではないでしょうか?良い本に出会うこと、「これだという本」を見つけて、何度も繰り返して、自分への適用を考えながら読む。環境や年齢の変化によって、その都度内容や伝わってくるものは違います。

特に、人生に関する良書を通して、その著者の経験を分かち合い、共に人生を体験することができます。著者の体験を通した洞察や困難な状況を乗り越えた経験則は、私たちの目を大きく開いてくれ、助けとなります。
「これだと言う本」を繰り返し読むことについては、1年に数冊読めれば良いのでしょう。心の実力をつけるために、ゆっくりと繰り返し読む人生に関する良書を、積み上げていければと願っています。
私たちクリスチャンにとっては、言うまでもなく最良の良書は、聖書です。毎日のデボーションは、繰り返し熟読そのものです。聖書のみ言葉は、読めば読むほど、私たちの人生のあらゆる事柄に指針となり、灯を与えてくれます。神を信じる道を守ってくださる主のみ言葉に、朝に夕に親しんでいきたいものです。
「そのような人たちは、御言葉を喜び、昼も夜も御言葉を深く思う。」(詩編 1:2 現代訳)
2020年1月24日 小坂圭吾