2012年12月15日土曜日

感謝「2012年クリスマスを迎えて」

   はじめてのクリスマス   
今年もクリスマスを迎えました。はじめてのクリスマスと言えば、予備校生の時に、京都で下宿をしていた時のことを思い出します。同じ下宿先の予備校のクラスメイトが、クリスマスに教会に誘ってくれたのです。小さな家の教会でしたが、それがはじめて行った教会でした。

集会の内容は何も覚えていませんが、その後、大学に入ってキリスト者学生会(KGK)へと導かれ、現在の教会に行くようになり、信仰に導かれました。せいぜい7-8人くらいの集まりだったと思いますが、あの小さな教会の温かさだけは、今でも記憶に残っています。

思い起こしてみれば、受験勉強で忙しい中、よくぞクラスメイトは私を教会に誘い、私もまた教会に行ったものだと思います。自分では意識していませんでしたが、何かを求める気持ちが教会に足を向けさせたのでしょう。そのときの導きは、「いっしょに光の中を生きよう」という神様の呼びかけだったのかもしれません。

       温かい交わり
あの小さな教会については、その夜の光景と温かい交わりだけが記憶に残っています。7-8人程度のクリスマス礼拝でしたが、小さな交わりだったからこそ、温かく迎えてもらえたという記憶が残っているのかもしれません。長い間、大きな教会の中で奉仕をしてきて、今一番感じていることは、どんなに教会の規模が大きくなっても、「やはり小さな交わりが一番だね!」ということです。年を重ねるにつれて、その重要性をますます感じるようになりました。小さな交わりの中でなければ、本当のふれいあいや、絆を感じることはできないと思うからです。

     教会形成に大切な3つのこと
教会形成において大切なことを3つ上げるなら、次の3つを上げることができると思います。第1は「スモールグループの形成」、第2が「信仰生活の基礎づくり」、第3が「聖書理解を深める取り組み」です。PDJとしては、このことを念頭に置きながら、今日まで活動を展開してきました。

第1の「スモールグループの形成」については、PDJの設立当初から、「小さな交わりやスモールグループの活動を、書籍・教材・テキスト等の提供を通して支えていきたい」と願ってきました。必要なものはかなり整ってきたように思います。ほとんどの書籍や教材が、スモールグループでの使用を考えて編集されているからです。

来年の1月には、新刊「健康なスモールグループが教会を育てる」を発売致します。12年間で300グループから3500グループに成長したサドルバック教会のスモールグループの秘訣がわかる貴重な一冊です。スモールグループ、ハウス・チャーチ、家庭集会等を担当しておられる方は、ぜひ手に取ってみてください。

 第2の「信仰生活の基礎づくり」については、クリスチャンライフシリーズとして、
 ・クラス101「神の家族にようこそ」
 ・クラス201「霊的成長をもたらす4つの習慣」
 ・クラス301「あなたの賜物が輝く5つのステップ」
 ・クラス401「人生の使命を発見する」
という4冊シリーズを完結させました。これは、信仰の基礎でもあり、使い方によっては上級編あるいは応用編にもなり得ます。もちろん、「人生を導く5つの目的」が、信仰の基礎づくりとその後の成長を導く主軸であることは言うまでもありません。

第3の「聖書理解を深める取り組み」ですが、これはいわば神学的な学びに通じるところがあります。これまでに出版してきた本を使っても、聖書理解を深めることはできますが、聖書の体系的な理解を促す本として、「信仰の土台(仮題)」(全4冊シリーズ)を順次刊行していくことになりました。サドルバック教会のトム・ホラディ師とケイ・ウォレン師(リック・ウオレン師夫人)による共著で、聖書の基本教理を11のテーマに分けて学ぶ、キリスト教信仰の知的理解を促す学びです。実生活への適用を重視しているという意味で、新しいタイプのテキストです。

     ここ数年の出版について
昨年から今年にかけてどんな本を出したのかとお尋ねもありますので、新刊および再刷りとして刊行したリストを下記に記します。

「勇気ある無条件降伏~神にすべてを明け渡す時~)」(2011年3月)
本書は、リック・ウォレン師夫人のケイ・ウォレン師による著作です。彼女が自身の半生を通して学んだこと、キリスト教の真髄ともいうべきものが書かれています。幼い頃のトラウマの克服、乳がんとの戦いなど、著者の真実な告白に心を打たれる一冊です。

「人生の使命を発見する(クラス401)」 (2011年11月)
クリスチャンライフシリーズの第4弾です。だれでも、その人でなければ語れない世界に一つだけのライフ・メッセージ(人生の物語)を持っています。自分の証しと福音を携えて出て行く者となるために必要な準備を、順を追って学びます。

再刷りとしては、下記を発行しました。
「回復への道」(3刷、2011年1月)
神が意図された自分を取り戻していくための「回復への道」を、山上の説教「八つの幸い」の教えから学びます。グループそして個人で多くの方々に用いられていることを感謝しています。このリカバリープログラムは、勝利ある人生を生き抜くためには、実に重要であると一層感じています。先日も、香港の日本人読者からクリスマスカードが届き、本書の感想を寄せていただきました。出版以来、多くの方々から根強い支持をいただいている一冊です。

「回復の喜びー参加者ガイド②」(2刷、2012年9月)
回復と成長のためのスモールグループ用テキストの2冊目です。

「神の家族へようこそ(クラス101)」(新装・2刷、2012年9月)
表紙のデザインと本文の書体を一新し、より親しみやすいテキストに生まれ変わりました。教会や信仰についての基本的なポイントをわかりやすく説明した教会生活入門です。クリスチャンライフシリーズは、教会形成の骨組みをつくる教材でもあり、さらに多くの教会で用いられることを願っております。

この1年を振り返ると、予想もしないことがやはり色々とありました。その恵みを思いながら、主に感謝をささげます。これから寒さも厳しくなる折、クリスマスシーズンで色々とお忙しいこともあり、心身共に主に守られて過ごされますようにお祈りいたします。  

2012年待降節に
                          パーパス・ドリブン・ジャパン(PDJ)
                              代表 小坂圭吾

2012年11月16日金曜日

健康余話 「今、何を後悔していますか?(2)」


                  体を鍛える
スポーツで体を鍛えると言えば、私の場合、特にこれと言ったこともやらずに大人になりました。30代の後半になり、子供の水泳に付き合っていたのがきっかけで水泳をやり始めました。平泳ぎだけは何とか泳げますが、泳ぐ形があまり良くなく、様になりません。体を鍛えるということでは、今はウオーキングが主力で、水泳は月に数回くらい行く程度です。

水泳で温水プールに行きますと、不思議だね?と思うことがいくつかあります。まず、温水プールの天井がほんとに高い、なぜでしょうか?理由は、天井を高くして水蒸気を室内に溜めないようにしているのですね。何故なら、温水プールは風呂と同じで雑菌が繁殖しやすい環境ですから、暖かい水蒸気を出来るだけ高い天井まで飛ばす事で、室内の衛生管理をしやすくしているからだそうです。

二つ目は、区営や市営などのプールに行くと、「サウナ」でなく「採暖室」があります。なぜこんなに低い温度なのか?とずっと疑っていました。私が行く温水プールの採暖室は60℃前後で、プールで冷えた体を温めたり、おしゃべりを楽しむ部屋です。冷えた体を温めるために作ったにしては、温度が少しぬるすぎます。しかし、60℃で15分も入っていれば、汗がジワリと出て体に良いことが分かってきました。実は、先ほど書きました石原結實先生の本にも、このように体を温めるのは良い方法だと書いてあり、水泳の仲間にもそのことをお話して、互いに泳いで採暖室で温まろうと励みになっています。

     腹八分目にする
後悔のトップ20の第4、5番目を見ると「腹八分目にする」「間食を控える」ことが出ています。甘いものが好きで間食もする私は、肥満体質ではなく、その一歩手前の体質で何とか踏み留まっています。食事の内容に注意することは、妻のおかげで十分に守られていますが、間食の習慣がなかなか止められず、夜の間食を止めるよう妻から何度も言われました。

今年の春に、健康保険組合からの1通のお知らせが来ました。人間ドックを含む特定健診を受けた人に『健康チャレンジ』とのお知らせです。メタボリックシンドロームではなくても、腹囲が基準を超えているので、「健康チャレンジ」をするようにとのお勧めです。日頃から、もう少し体重を減らした方が良いとの認識は十分に持っていましたので、保健指導を受けることにしました。チャレンジ目標として体重を1・5KG減らすこと、そのためには、間食を半分に減らすこと、週に3回の運動(ウオーキング、水泳、ストレッチ)を継続することにしたのです。

6か月間実行して目標を何とか達成。やれやれ!長い間続いていた夜の間食は無くなり、昼食は半分近くに減らしました。結果、摂取カロリーが減り体重も腹囲もぐっとしまり、今も継続しています。私たちは、カロリー摂取量が多すぎると言われ、年とともにカロリーを制限し、食事の調節が必要になってきます。いかにバランスを考えて食事をするか、体に良いものを積極的に食べることが問われるのです。

     健康の4要素
私たちが健康で過ごしていくための要素を考えてみると、
(イ)適度な運動、(ロ)正しい食事、(ハ)心の平安、(ニ)十分な睡眠 
が必要と言われています。

(イ)と(ロ)については、すでに“後悔のトップ20”の上位にあることを述べました。“後悔のトップ20”の第6位以下20位までを見ますと、(ハ)心の平安についての項目としては、ストレスの解消法を見つけておけばよかった/よく笑い、くよくよ悩まず過ごせばよかった/悩み事を相談できる相手を見つけておけばよかった、があがっています。(ニ)十分な睡眠については、日本人の平均睡眠時間を見ますと、それなりに休めているからでしょうか、睡眠時間が不足だったと言うような項目はありません。質と言う点から見れば、早寝早起きをすればよかった/不規則な生活をしなければよかったが該当するように思います。

総じて、シニアの方々の経験(本音)から言えば、健康の4要素にわたってバランスよく留意していく事を警告していると思われます。そんなにバランス良くと言われても、簡単に出来そうになく、今できることを精いっぱいやっていくしかありません。あの時ああしておけば良かった!?ということは、出来れば避けたいものではあります。あの時は最善の判断をしたはずが、人生を振り返る年齢になれば、あるいはその過ちに気づくかもしれません。最悪もまた最善に導かれるプロセスとも言うことが出来ます。「後悔は先に立たず」とは言いますが、今気が付いたその時に、心から悔い改めてやり直しても、決して遅いことはないと信じます。

「悔い改めにふさわしい行いをするように。」(使徒26:20 )

2012年11月16日    小坂圭吾

2012年10月29日月曜日

健康余話 「今、何を後悔していますか?(1)」


   リタイア前にやるべき事
年をとって自分の人生を振り返り、“後悔することは少ない方がいい”のは言うまでもありません。シニアの方々、55歳から74歳の男女1000人を対象に、雑誌プレジデント(PRESIDENNT、2012.11.12号、ビジネス雑誌)が「今、何を後悔していますか?」と尋ねるアンケートを実施しました。3つのジャンルの中で「健康編」に関して、興味深い記事があり、一部を引用させていただきます。人生経験の豊かなシニアの方々の意見ですので、若い方にも聞くに値する事柄が並んでおります。

「健康編」後悔トップ20
①歯の定期検査を受ければよかった
②スポーツなどで体を鍛えればよかった
③日頃からよく歩けばよかった
④腹八分を守り暴飲暴食をしなければよかった
⑤間食を控えればよかった

以下、頭髪の手入れをする、たばこをやめる、ストレスの解消法をみつける、よく笑い悩まず過ごす、不規則な生活をしない、なんでも相談できる医師を見つける等が続きます。最初から5位をはじめ20位までを見ると、どれも今まで色々な場面で教えられ、言い続けられてきた事柄が並んでいます。健康を気遣っている事柄です。

                  歯を大事にする
後悔のトップにある事柄は、多くの方が「歯を大事にすればよかった」ということです。歯が悪いと食事もおいしくいただくことが出来ず、固いものは敬遠となってしまいます。歯の健康を保つことは、長寿の秘訣だと言われます。

私も40歳代の半ばですが、勤務先の健康診断で歯の検査があり、歯科医の方からこっぴどく叱られた覚えがあります。「こんなに立派な歯なのに、歯石がついたままでほったらかし。このままだと歯周病にもなる。年に一度は歯医者に行って、歯の掃除をしてもらいなさい!」この時始めて、歯医者には定期的に行かないといけないのだと知りました。それ以来、毎年欠かさず歯医者に行き、検査とクリーニング、そして歯の磨き方を指導してもらっています。入れ歯は無くすべて自分の歯とはいえ、時には、虫歯のかぶせ物が正月にはずれたりして、突然難儀をすることもあります。

数カ月前にも、突然歯が痛くなりました。こんなことは、この20数年なかったこと。かかりつけの歯医者に行くと歯周病であることが、レントゲン写真をとりわかりました。何度か通い歯の磨き方も教わり直して、練り歯磨きも歯周病と歯槽膿漏の予防になる物に変えました。1か月ほどで良くなりましたが、練り歯磨きも適当ではなかったことや歯の磨き方も十分でないことがわかりました。痛い目に遭わないと、自己流になっていたのを直そうとしない自分だとわかったのです。


                   体を温める   
後悔の2番目と3番目は、スポーツで体を鍛える、日頃からよく歩くとかの運動の必要性について語ってくれています。先日、漢方薬と食事療法によるユニークな医療で知られるイシハラクリニック院長・石原結實先生の著「保温力~冷えをとれば病気は治る!」(PHP新書)を読みました。この本の中で、“低体温こそが万病の原因となる”ことを説いておられます。体温が平熱よりも1度上昇すると、免疫力は5-6倍にもなるという。「体を温める」生活習慣で、病気の色々な症状も改善するというのです。昔は、子どもの体温は37度近く、大人は36.5~36.8度くらいだったのですが、今日では高い人でも36.2~36.3度、多くの人が35度台だそうです。この50年の間に日本人の体温は、1度近く低下したのです。なぜこのように日本人は低体温になったのでしょうか?それは、第一に身体を動かさなくなったことが原因だと言っておられます。

考えるまでもなく、私たちの生活は、体を使わないことがほんとに多くなっています。車の生活をはじめとして、エレベーターを使う、ちょっと重いと宅急便で運ぶ、便利な家電製品を使って家事をする、何かとリモコンを使って動かない等々、とにかく体を使うことが少ないのです。ですから、意識して体を使う事、手軽なやり方として日頃からよく歩く事に努めなければならいことが分かります。

冒険家の三浦雄一郎さんが、満80歳を期に再度エベレスト登頂を目指して、体の鍛錬(内容は、私たちにはまねができませんが)をしておられる様子をNHKテレビで見ました。その中で、彼は、とにかく歩く事に週3度くらい心がけておられます。わざわざ歩く事をするのは大変なので、出かけることがある時にそのチャンスを生かして長く歩く事をしておられます。

これを良いヒントにさせていただき、私もウオーキングに心がけています。体を動かすことによって、体温を上げることが出来ます。ちなみに、私の体温はと言えば、36.3~36.5℃くらいで、心して体を動かすので少し高い方かもしれません。   (続く)

2012年10月29日    小坂圭吾

2012年9月24日月曜日

今を生きる 「星の旅人たち」


  やっと実現!
先日、映画「星の旅人たち」を見に行きました。映画関係の仕事をしている知人から「素晴らしい映画ですよ!」と紹介され、見に行く予定が二回も流れてしまいました。DVDになってから見ようと思いつつも、何か気になり「まだどこかで上映しているかもしれない?」とヤフーの映画欄で検索するとまだ上映しており、やっと実現しました。あれから4か月になり、もう関東地方では最後の上映かな?と思います。

ミニシアターの川崎市アートセンターですが、5年前から川崎市の運営でなされていますが、特筆すべき作品だけを上映しているようです。ミニシアターですが、なかなかきれいで、当日は、席の半分が埋まっていました。男性が多いのではと思いきや、7割が女性でした。ちなみにヤフーの映画欄では、この映画のユーザー評価は、5点満点評価で4.2点の高得点です。

     ★マーク5つ
 期待を裏切ることのない、とても素晴らしい映画でした。私は、★マーク5つを付けました。初老の男、アメリカ人眼科医のトムは、妻が死んでから疎遠になっていた一人息子ダニエルの旅先での事故死の知らせに、途方に暮れる。息子は、サンテイアゴ・デ・コンポステーラ巡礼の初日に、嵐に巻き込まれ、不慮の死を遂げる。息子・ダニエルは、何を想い、旅に出る決意をしたのか?トムは、父としてその真意を確かめるべく、亡き息子のバックパックを背にサンテイアゴ・デ・コンポステーラへと旅立つのである。
サンテイアゴ・デ・コンポステーラには、聖ヤコブ(スペイン語でサンティアゴ)の遺骸があるとされ、エルサレムやローマと並ぶキリスト教3大聖地のひとつ。フランス各地からからピレネー山脈を越えてスペイン北部を通るサンティアゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路は、800kmの道のり、1200年の歴史、年間10万人が全世界から巡礼の旅に訪れる。“コンポステーラ”とは、「星の平原」と言う意味があり、世界でも珍しい世界遺産の一つである。

     巡礼の旅とは?
巡礼と聞くと、四国八十八ケ寺巡礼の旅をまず思い出し、そのイメージは何かつらい、苦しい禁欲的なイメージがあります。しかし、この巡礼路は、旅そのものが楽しく、景色の美しさ、旧跡の素晴らしさ、食べ物も良いものがあり、ふれあいの楽しさがあふれます。宿泊はと言えば、一泊15ユーロ(約1500円)のびっしり並んだベッドで寝る安宿、頼りない野宿もあれば、カードを使った豪華ホテルの宿泊もある。主人公を入れた4人連れは、一人また一人と増えていくのがなかなかよく、私も観客として道連れに入れてもらい、800kmの巡礼路を旅しました。

それにしても、普通のウオーキングだと10分で1000歩、一歩が約0.7メートルですから1時間で4.2キロメートル、1日7時間ですと約30キロメートル弱になります。このように計算しますと約1か月を要す道のりで、楽な道ではないことが分かります。

     旅の目的
4人の道連れは、実に個性的で面白い。旅の動機や目的は人それぞれで、ある人はダイエットの旅、もう一人は禁煙のための旅、さらに一人はスランプから脱するための旅。そして主人公は、息子の思いを探るために“自分探しの旅”である。この4人の出会いの様子、会話、ハップニング、時にぶつかり合う様子、他の巡礼の方々とのふれあい等が実に興味深いのです。主人公は、息子が旅しようとした巡礼の地を息子のリュックと遺灰を背負い歩く事を決意、そして実行に移しますが、行く先々で息子の存在を感じながら、巡礼者の人々との交流を得て、いつしか息子との関係を見つめ直していくのです。

 サンティアゴまでの長い道のりは、世界遺産が舞台でロケーションも素晴らしく、心に響く見応えがあります。目的地・サンティアゴ・デ・コンポステーラ の教会での静かな盛り上がり、ラストシーンも余韻が残ります。映画の途中、何度か涙が出るのを抑えられませんでした。

見終わってから、もう一度すぐにでも見たいものだと思わされました。こんなことを感じた映画は、ほとんどありません。映画の流れは、驚くほど良く覚えているので、それを確かめる必要はありません。もう一度見ながら、自分に向き合って、我が人生の問い直し、見つめ直しをしたいのかもしれません。今こうして書くことを通して、それをさせていただいています。

映画を見終って帰りの途中、近所にお住いのカトリック教会信徒のSさんご夫婦にお会いしました。今こんな映画を見て来たことをお話すると、ご夫婦は、20年ほど前に同じ道ではないけれど、似たような場所を20日間かけて旅行された由!「素晴らしいところだし、君も若いのだから、ぜひ行ってらっしゃい!」と励まされました。同じ旅をするにしても、このような巡礼の旅もまた良いものかなと思っています。

2012年9月24日    小坂圭吾

2012年8月25日土曜日

祈り「リトリート」

     ラジオ体操
夏休みには、近所の公園や小学校では、朝のラジオ体操が行われています。ラジオ体操の後で、子供たちが列を作り出席カードに印を押してもらう光景を見ました。思えば、小学校の頃には、ラジオ体操の出席印をもらうため、眠い目をこすりながら必死で朝のラジオ体操をしたものです。

 このラジオ体操は、有酸素運動としての効果が高いそうで、消費カロリーは早歩きのウオーキングとほぼ同じ。正しいフォームで行うと、全身で数百か所の筋肉をまんべんなく動かすことが出来る。美容効果がテレビや雑誌、書籍で取り上げられ、80年以上もの歴史を持つラジオ体操が、今人気を呼んでいるとのこと。私も座り仕事を続けて疲れると、ラジオ体操をします。このラジオ体操、1か月ぶりに第一、第二体操を正しく、しっかり力を入れて出来るようになりました。やっとできるようになったぞ!と何かしら、うれしい気持ちです。

     鼠径(そけい)ヘルニア
実は2か月前の6月下旬、下腹部から足の付け根(そけい部)あたりに柔らかい腫れを感じ、1週間ほどして医者に行きました。即座に「鼠径(そけい)ヘルニアで、手術が必要です。手術しないで治す方法はありません。」と言われる。このことについてのパンフレット(これには驚き?!)を見せられながら、手術方法等の説明を受ける。7月中旬に予定していたカナダ行きの重要なスケジュールもやむなく中止!この病気は、一般に“脱腸”と言われる良性の病気で、成人に多く年間約15万人もの手術件数があり、8割が男性だそうです。

3週間後に手術と決まり、69歳にして初めての手術と入院です。入院翌日の朝、約2時間半の手術があり、手術台に上がり1分もしないうちに全身麻酔が効き何もわからず!手術が終わり部屋にまで運ばれるが、とにかく動けない!力が出ないのか、痛いのか、その両方であろうが動けない。痛みがどれくらいだと痛いと言うべきかわからず、夜になるまでは、やや我慢である。トイレに行くのも痛みと力が出ないので大変!夜寝る前に、少し強い痛み止めおよび睡眠導入剤を処方してもらい、やっと十分に眠れる。

3日目の朝、起き上がるのがまた一苦労、もう1日入院延長かな?と思いました。しかるに主治医の先生は、「小坂さん、経過は順調です。本日退院でいいですよ!」「??!!」そうは言われても動けそうにないのだがー。「これぞ、外科医の先生らしいな」と心の中で笑いました。病院に残るよりも家で寝る方が良く眠れるであろうと、退院を決意しました。

     リトリート!
「手術後しばらくは、ある意味では“リトリート”(retreat:黙想、日々の雑事から解放され、自然の中で心を洗い、生きることを感じる事)のようなものだな!」と考えていました。されど、手術後の1週間は痛みがあって、リトリートではありません。ですが、入院そして手術と言う環境、入院している人々、手術後の回復力、神様が備えられた体の自然治癒力がこれほどあるということ、その他色々と実体験でわかりました。回復は、一日毎いや数時間毎に良くなっていく事もわかります。

手術前から読む予定にしていた本「海からの贈り物」(米国の飛行士チャールズ・リンドバーグ妻アン・リンドバーグ著、新潮文庫)を自宅のベッドの上で、静かに読みました。5人の子供の母親である彼女が、ひととき家庭を離れて海辺の家を借り、浜辺で貝殻を拾って持ち帰り、毎夜、貝殻と思索にふけるのです。まさに“リトリート”です。

ここで彼女が発見したことは、浜辺で拾った貝殻の簡素な美しさから、自分の生活を簡易にして気を散らす幾つかを切り捨てる必要があると気づくのです。今までの生活から完全に離れる訳にはいかないが、何か良い解決策はないか?

発見したことは、周りに空間があって初めて美しいものは生きる。一本の木は空を背景にして意味を生じ、音楽でも一つの音はその前後の沈黙によって生かされる。ろうそくの光は、夜に包まれて花を咲かせる。自分の生活に、空間があまりにも不足して意味がない、つまり美しくないのだと解る。何もしないでいられる時間は少ないし、自分一人でいられる場所がない。仕事や持ち物や会うべき人が、多すぎる。やりがいのある仕事、面白い人、貴重な持ち物が多すぎる。重要なことも我々の生活を邪魔する、我々は宝物を持ちすぎている。彼女は、そこで教えられたことを“島の教訓”とよんで、それを忘れないようにいくつかの貝殻を持ち帰って、なるべく質素に生活をすることを目指すのです。

以上のようなことに、私は共感を覚えました。この1か月間強は、自分の生活に素晴らしい空間を持つことが出来、生活を簡素にする習慣が出来ました。これから、動きすぎや宝の持ちすぎをしないように、美しい海の小石でも書斎に飾って、教訓にしたいと思っています。感謝な“鼠径ヘルニア手術&リトリート”でした。

2012年8月25日    小坂圭吾

2012年7月17日火曜日

喜び「平凡な中に感動を!」

     青葉写真倶楽部
長い間続いている趣味と言えば、「写真」です。どうして写真が好きになったのかは、確かなことが思い当たりません。それほど研究熱心でもなく、ただ旅の記録、家族の記録を残すことが目的のようなものです。したがって、作品としての写真を意識して撮ることはなく、良いものがあれば、このブログに掲載をする程度です。

5月にふと「写真教室にでも行こうかな?」という思いが起こりました。写真撮影の技術をしっかり学んでおきたいと思ったのです。写真教室について探し始めたところ、地元の地区センターが共催で「青葉写真倶楽部」が募集していて、即座に応募します。定員をオーバーして「抽選の結果外れました」とのハガキ!その直後に、欠員が出たのでOKとの電話が入り、これには感動!腰を入れてやろうと学び始めました。講師は、地元の元校長先生でなかなかの腕前の方、セミプロいやプロといってもよい方です。通常はコンパクトカメラ専門で撮影していますが、教室に入ってから、一眼レフカメラを持ち出して、初心に帰って学び始めています。1年後くらいには、作品としての写真が撮れることを願っています。

     写真には「言葉」がある
写真を撮って思うことに、見た目には素晴らしいと思うお花、光景でも、写真を見ると平凡でどういうことなし、つまらないという写真があります。記録写真と言う目から見れば、それで良い面も多くあります。あんなに素晴らしいと思うお花でも、良い写真にならないのは、どうしてなのでしょう。写真を撮る時に大切なことは、“写真には言葉がある”ということ。自分が撮った写真を人に説明できるように物語性を考えながら撮影するようにと教わりました。かつて自分が撮った写真の中で、それなりに良いと思う写真は、自分なりの説明がしっかりできる、物語があります。そこには、自分が感動している事柄があるのです。

先日、青葉写真倶楽部で“ハーブ園”に写真撮影に行きました。私には、どうにも平凡な写真しか取れそうにありません。頭でわかっていることは、光と背景を考えながら、お花が美しく見えるアングル(角度)を探す、うまい構図を作ることに尽きるのですが、それを見つけることが出来なません。先生が撮影された構図とアングルを見せていただき、そのように構えてファインダーを覗いて見ると、なるほど素晴らしい!平凡に見えるハーブ園でも、しっかり見て良い構図を作ることができる、そのような目を養い育てることが重要だと体験しました。

     平凡の中に感動を!
ほんとに素晴らしいお花や光景に遭遇しますと、良い写真が撮れる可能性は高いともいえるでしょう。しかし、平凡にしか見えない中にも、光、背景、目的、アングル、構図等を十分に考えながら撮影をして行くときに、見る目と技量が養われていれば、一幅の素晴らしい写真を撮ることができるに違いありません。私にとっては、学びが始まったばかりです。

芸術に関して、私の関心は、低かったように思います。「やっと絵心に関心が出て来たのね?」と周りに軽口をたたかれますが、その通りです。「小学校の頃には、岡山県の絵の展覧会で特賞を取ったことがあるぞ!」と言い返しながら、写真を通して芸術の世界に入門(?)と言うところです。“単なる写真ではなく作品としての写真”を撮ることは、平凡にしか見えない中に、私ながらの見る目と技量を持って、芸術作品を作ることでもあります。

私たちの毎日の生活は、平凡なことの連続かもしれません。みんなが見逃してしまう事、当たり前と思っている事、不平を言う事の中に、意味のあるものを見出し、当たり前を輝かせて生きていく。不平を言う代わりに、この苦しみもまた感謝であると、見出すことができる心を養っていく。それは、写真を撮る時の心構えとある一面では同じようなものを感じます。日頃の平凡な生活の中にこそ、意味あるもの感動できるものを見出せることができるように、心を養うことが出来ればと願います。

 思えば、あのパウロがローマの獄中で書いた手紙「ピリピ人への手紙」を思い出します。彼は、投獄の身でありながらも喜びにあふれていたことが分かります。誠に驚きと言うほかありません。そのことも思いながら、平凡な中にも感動、喜びを見出していきたいものです。

「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」(ピリピ4:4)

2012年7月17日    小坂圭吾

2012年6月29日金曜日

今を生きる 「人生の講座いろいろと開講」

           講座は楽しさと冷や汗と!                                                                            今年の1月から「人生の目的講座」を3ヵ月にわたって開催し、その続きの講座として、6月には「霊的成長講座」を開催しました。(東京プレヤーセンターと共催)講師としても、しっかり勉強することに励み、講座ごとにその楽しさを味わっております。時には、冷や汗が出たり、体調が悪かったり、良い例話を見つけるのに困ったりと、苦しい時もないわけではありません。求道中の方が救いに導かれたり、お互いの交わりが深められたり、一歩前に信仰を歩みだすことのコメントを聞くたびに、この講座をやっている意味を改めて思いつつ、主に感謝しています。次はどうしようかと今悩んでいるところで、秋に開催を予定しています。

今までは文章中心のブログでしたが、時には、写真中心で!!とはいえ、講座について、写真を撮る(撮ってもらう)余裕がなくて、写真が少ないですね。これでは、あかんなと思いつつも、今回はお許しください。

ところで、5月にふとしたことから、写真教室にでも行こうかなという思いが起こってきました。しっかりとした写真撮影の教室に行ったこともなく、基本をしっかり勉強しておく必要があるなと探し始めたところ、すぐに飛び込んできました。(これには、驚きました。)地元の地区センターが共催で「青葉写真倶楽部」が開講されることになり、さっそく入会して学び始めました。講師は、地元の元校長先生でなかなかの腕前の方、セミプロいやプロといってもよい方です。半年から1年後くらいには、少しましな写真が撮れることを願っていますがーー。






人生の目的講座は、1月から4月まで開講しました。30歳台から60歳台まで約15人です。神学校を卒業したばかりの人、教会役員やリーダーの人、何回も本を読んだという人、英語で熟読された人、講座の当日に本を購入されてきた人、求道者の方もいらっしゃいました。第1セッションの時は、しばらくぶりでさすがに緊張!どのような展開になるかを十分予想できません。終わって、手ごたえは、それなりに良し。第2セッションから盛り上がりがグイと上がり、第3セッションは、出席者の一人一人の分かち合いを通して、お互いを知ることが次第に深くなりつつあり、メンバーの方々が、全体を支え、気づきに導いているように感じられます。どのような発言も、折にかなって役立つように感じられるのは、聖霊の導きだなと、感謝しています。

次の写真は、開講当初の自己紹介の場面です。




東京プレヤーセンター(TPC)は、昨年の9月に設立されました。和気敏治代表がビジョンを抱いて、「365日礼拝」「365日祈祷」を掲げオープンしました。設立に至るまでには、不思議な主の導きがありました。私も、当初からこの働きには協力をしていくことが必要であると感じて、今日に至っています。以下は、東京プレヤーセンターの写真です。お茶の水駅から2-3分、”御茶ノ水クリスチャンセンター”4階にあります。近くにお越しの時は、TPC礼拝を12:15-12:45、その後交わりを13:30までやっていますので、ぜひお立ち寄りください。(メッセージを担当してくださる方は、約80人ほどおられます。)
















2012年6月28日 小坂圭吾  

2012年6月15日金曜日

健康余話 「起床早朝」

      朝の詩
先日、知人で先輩のMさんから新聞のコピーをいただきました。感謝なことに、ときどきコピーをいただきますが、読んでみると面白く機知に富んだ詩なのでご紹介します。調べてみると、2012年5月20日の産経新聞『朝の詩』という欄に掲載されていて、作者は、兵庫県宝塚市に住む70歳の森口憲一さんです。

     『朝の詩』  無為徒食(むいとしょく)
馬齢七十 退職四年   起床早朝 毎日日曜   新聞熟読 眼精疲労   
朝食完食 食欲旺盛   食後珈琲 砂糖減量   血糖心配 少々肥満

運動不足 夕刻散歩   悠々入浴 夕食満腹   減量作戦 一日延期
飲酒少量 顔面紅潮   早寝早起 九時就寝   本日終了 無為徒食

老後の日々をうまく詩にしてあります。漢字4字で言いたいことを凝縮して表現しておられ、良く伝わってきます。“本日終了 無為徒食”何ともいえぬ風情が感じられ、この詩全体からは、ぶらぶらと何もしないで過ごしておられる様子ではないようですね。

     いつの間にか
この詩を読みつつ、いつの間にか私も似たような生活をしつつあることに気づかされます。と言っても、奥深さが違うことでしょう。まもなく私も、馬齢七十になりますので、共感することが多いのかもしれません。この詩のタイトルの「無為徒食」は、意味が深そうです。

これは、自然に任せて作為的でなく生活をしている姿であろうと感じています。ぶらぶらして何もしないで過ごす生活ではなくて、やるべき時もあれば、やらない時もある。頑張る時もあれば、頑張らない時もある。「ほどほどに生きる」ということでしょうか。頑張る、頑張らないというあんばい・比率は、年代によってあるいは置かれた環境によって、違ってくることでしょう。自然の流れに任せて、作為的でなく生きていく事の幸せを、実感していきたいものです。私もこのごろ、ほどほどの生き方が大切だと少しわかりかけてきました。

     起床早朝
共感した最大のポイントは、“起床早朝/早寝早起 九時就寝”です。昔は、考えられなかったことが私も実行できています。今朝も5時前に起きて、今このブログを書き上げています。計画的にやろうとしたことではなく、朝起きてブログの続きを書かなきゃと思っただけの事。5時過ぎになると新聞配達のバイクの音が聞こえ、何ともいえぬ良い風情です。

起床早朝は、全く苦手でしたが、2年前に海外旅行に夫婦で行くことがきっかけとなり、初日は4時前に起床でした。妻は、早起きは慣れたものです。海外旅行中は、毎日4時台に起床したと記憶していますが、意外と出来るではないかと良い習慣が定着したのです。

それまでも何度も早起きをしようと試みますが、失敗続き!ふとしたことで出来るようになったのです。それまでは、せいぜい10-20分くらい早起きから徐々に早く起きることに持っていこうという方法でした。これで挫折ですが、7時前に起きる習慣が、4時ごろに起きざるを得ないことが何日も続くと、考え方が全く変わるのです。

朝早く起きると眠るのも早くなります。ましてや疲れている時は、眠気が襲ってきて我慢が出来なくなり、9時台に就寝となります。今週もほとんど9時台に寝ています。かつては、目覚まし時計が必須でしたが、今は自然に7時間から7時間半くらい眠ると目が覚めます。体内時計がうまく調節してくれているのでしょう。ふとしたことから、早寝早起と言う良い習慣を身につけることが出来、感謝しています。聖書のみことばに、イエスさまが朝早く起きて祈られたことを思い起こします。

「そこで、イエスは朝まだ暗いうちに起きて、寂しい所に出て行き、そこで一人、祈っておられた。」(マルコ1:35 現代訳)

2012年6月15日    小坂圭吾

2012年5月19日土曜日

感謝 「ほどほどにする」

     今年の春は長い!
今年の春は、いつになく春らしくかつ長く感じられます。春の気配から始まり、樹木が芽を吹き、色々なお花が咲くその進行を体いっぱいに感じています。4月上旬には、カナダからのお客さんのホームステイもあり、狭い庭ながら心をこめて庭の手入れをしました。幸いにも、今年の桜の開花がかなり遅くなり、桜や色々な花が咲いている頃に来日していただきました。

桜は、実はお隣の家の大きな桜の木なのです。“借景(しゃっけい)”と言って、日本庭園において、庭園外の風景を景観として利用すること,あるいはその風景をさします。したがって、両隣の庭木等の素晴らしい景色を、我が庭のように楽しませていただいています。

4月中旬から5月にかけて、近所の公園や我が家の庭で色々な花が咲き、「良く咲いてくれた!」と言いながら、感謝の思いで鑑賞しました。我が家では、20数年も大きな木の陰にあったボケと土佐ミズキを、日当たりの良いところに移植したところ、今年は、立派な花を咲かせてくれ、感動でした。今は、お隣からいただいたシランの花が咲き誇っています。

     体調悪し
5月連休になり「さあお休みだ!」とほっとしたのか、連休の半ばから、体調の思わしくない日々を過ごしました。寝込んでいるわけでもなく、まあ3-4日で回復するだろうと思いきや、なかなか本調子になりません。体調不良が幸いして、春の木々の成長やお花の咲き具合をしっかり観察することが出来ました。連休明けに知人のWさんからメールが入りました。

「こんばんわ。連休はいかが過ごされましたか?私はもっぱら疲れとりでした。さて、そろそろ『霊的成長講座』を本格的にPRしようと思います。」

そうか、Wさんも疲れておられたので、疲れ取りだっただろうね。「私も全く同じような過ごし方でした」と返事!このブログを書いている今、やっと回復したとの実感です。

今回の体調不良について、手帳に赤ペンで“チョイ悪メモ”として記入しました。そればかりか、猛反省!!要するに、年齢相応に衰えて来ていることをあまり考えずに、色々とやりすぎなのです。自分の反省に加えて、コンサルタント(わが妻)の鋭いコメントも追い打ちをかけます。(良く見ていますね。)PDJの仕事に加えて、今年から「人生の目的講座」それが終わると「霊的成長講座」の準備、さらにTPCの礼拝説教と増えましたが、何かを削るわけでもなく、そのままやり抜きました。どうもいい加減が出来ない性格なので、とかく全力投球になり、体も心も疲れたに違いありません。今年の目標は、“ゆっくり&のんびり『Slow Life』をめざす”となっていますが、少しもそうではありません。

             『老い』には寄り添う
考えてみれば、第二の現役・PDミニストリーを始めた時に「これからは“生涯現役”だ!」と生意気な考え方を振りかざして、走り始めました。親しい知人から「やりすぎるなよ!」と何度も警告の声がかかります。今回の猛反省は、「やりすぎで、もういい加減にせんかいな!」と言うところ。要するに健康のためとスポーツやりすぎ!自己啓発に取り組みすぎ!仕事が多すぎ!と言うところです。      

ちょうど今、「大往生したけりゃ医療とかかわるな~『自然死』のすすめ」(中村仁一、幻冬舎)という本を読んでいました。私の親族にがんの治療をしている方があり、その家族のために参考になるのではと思って読んでいました。参考になることが多いのですが、それ以上に、私自身に一番効き目のある本でした。

「『老い』には寄り添い、『病』には連れ添う。『死』には妙にあらがわず、『医療』は限定利用に心がける。これが年寄りの楽に生きる王道である。」

『老い』については、まだ縁が遠いぞと思っていますが、これがそもそもの間違い!60歳代も後半になれば、素直にそれなりの歳であると認めるときですね。それが、まだまだと体を鍛えることに心掛け、スポーツやストレッチのやりすぎです。本を読むことや集中力も衰え、記憶もままなりません。すぐに疲れが出て来るのは、自然な成り行きです。60歳以前のような生活スタイルでは、心も頭も体も持ちません。年齢に合わせて“ほどほどに生きる”ことの感謝について、教えられました。今度は“Slow Life”で生きていく事が出来そうです。警鐘を鳴らせてくれた体調不良に、感謝しています。

「物事は、ほどほどでなければならない。」(箴言25:27 現代訳)
2012年5月19日    小坂圭吾

2012年4月18日水曜日

感謝 「全てのこと感謝、一生感謝」

       イースターの朝                         今年のイースターは、48日(日)でした。母教会へ行くために家から駅まで歩く途中に、カトリック信者Sさんの家があります。その日は、Sさんご夫妻が教会に行こうとされている所に出くわし、「イースター、おめでとうございます!」と挨拶され、私も一息間をおいて「イースター、おめでとうございます!」とお返ししました。いつもは「おはようございます!」と言って、少しお話を交わす近所の方です。                                   

あいさつをしてから駅に向かって歩きながら、考えました。あの一息間があいたのは、普段はまったく交わすことのない挨拶だったなと!「イースター、おめでとうございます!」とは、あまりお互いに言い交した覚えがありません。子供、孫の誕生や、試験に合格、入学、就職、結婚、受洗、クリスマス等々「おめでとうございます」と言い交すことがある中で、「イースター、おめでとうございます!」とは、ほんとに言わないなあ!!それは、私だけだろうか?
                                                                                 色々な「おめでとう」のあいさつの中で、実はこれが一番重要な言葉であるだろうに!Sさんのあの自然な挨拶に感心し感謝しながら、駅まで急いで歩きました。                   

     結婚式のスピーチ                                                先週末に、実は3番目の子供(娘)の結婚式があり、式後に肩の凝らない会費制の結婚披露パーテイがありました。親としての感謝の言葉は、おおよそ以下のようです。
                                                                             「今ここにある二人(新郎新婦)は、ご出席の皆様とのおつきあいを通して、育てられてきたと感じています。娘は、英語が強くなり、あるいは積極的になってきたのは、環境もありますが、皆さま方から刺激され、教えられてそのようになって来たのだと思っています。        

『鉄は鉄によってとがれ、人はその友によってとがれる』と旧約聖書の箴言の言葉にありますが、新郎新婦も皆様あっての今日であろうと思います。ほんとに感謝いたします。                

感謝と言えば、先月、知人が一冊の素晴らしい本を贈呈してくれました。『一生感謝』この本を読むと、あらゆることにもっと感謝を。とにかく感謝、感謝の日にしたいものだと!思わされました。良いことばかりでなく、嫌なことも、考え方を変えればそこには感謝することが沢山あることが分かってきます。良い時にも悪い時にも、感謝をする日々でありたいと願います。」
     
     寝る前に感謝を思い出す! 
1年ほど前から、私は、夜寝る前にその日の感謝なことを少なくとも5つ以上思い出し、主に感謝をしつつ寝るようにしています。そうすると、良く眠れるようになります。加えて、その日の良いことを記憶でき、記憶力が悪くなったのが少し改善されているかもしれません。
                               
「一生感謝」(ジョン・クオアン著、小牧者出版)という本を読み始めてから、思い出す感謝が、実に倍以上になってきました。一番の変化は、嫌なことがあっても感謝な面があるはずだと考えるようになったことです。別に無理をしているわけではなく、良く考えると感謝な面が分かってくるのです。この本を読み始めたころ、何度か嫌な問題が起きました。そのようなとき、寝る目にこの本を読んでいますと、不思議と感謝な心に変えられていくのです。                                            

とにかく感謝、感謝の日にしたいものだと!のスピーチは、一生感謝にしたいと決心している事柄です。                                                     

「主に感謝しよう。主は慈しみ深く、その愛は永遠に続く。」(詩編136:1 現代訳)              2012年4月18日    小坂圭吾

2012年3月27日火曜日

祈り 「祈りは最大の力なり」

                        東日本大震災か1
千年に一度と言われる東日本大震災そして原発事故から1年が経ちました。1万5854人の命が失われ、行方不明者は3155人です。いまだに肉親を探し求める人たちの悲しみはいかばかりでしょうか。今もなお34万人余の方々が、避難をして暮らしておられるのです。            

新聞に掲載された数字で見る東日本大震災の状況、つぶさに読んでみると、その凄さは計り知れません。M9.0(宮城県三陸沖130キロ)、最大震度7、津波の高さ最大33メートル。地盤のずれは、宮城県牡鹿半島で東へ5.3メートル、1.2メートル沈下。被害総額17.4兆円。原発事故は、深刻度が最悪の「レベル7」。こんなに凄かったのだと-----。                                                                             

震災から1年の節目を迎えて、テレビや新聞での報道を目に焼き付けました。被災地の様子からすれば、緊張感が緩むどころか「まだまだ、1年たってもこの程度の復興だ」ということです。支援をする私たちは、この復興は長期戦であると覚悟して、「自分には、何が出来るのか?」「出来ることをしよう」と問い続けながら、行動をしていきたいものです。目を覚まして、たゆみなく、このために祈り続けたいと思います。
     
     のど元過ぎれば                                               今回の大震災を経験し、首都直下地震に対しても従来想定よりも大きい震度の揺れを想定し、色々と見直しが行われていることは喜ばしいことです。皆さんは、地下鉄に乗っている時に、地震が起きたらどうされますか?地震発生後どのくらいで津波がやってくるのか、地下鉄にはいつごろ水が入ってくるのか?テレビの報道番組を見て、色々と基本的な身の処し方を教わりました。私たちは、自然災害に対しては、色々なことを想定して、被害を最小限にとどめる「減災」を追求していく必要があります。   

が家でも、地震対策の見直しをしようと考えました。昨年やろうと思いながらも、そのままに放置されている事柄があるものです。“のど元過ぎれば、熱さを忘れる!”ほんとに忘れっぽい者です。地震対策グッズは?3日間の食糧、水は大丈夫?家具等でまだ地震対策をしてないものがあります。      
     
      最大の減災対策は?                                           先日、TPC主催のステイーブン・英子先生・講演会に出席しました。世界中で色々な災害が次から次へと起こる中、未信者の方々をはじめ多くの人たちが終末を感じ恐れていることが話されました。イエス様の終末預言に対して、産みの苦しみの始まりが、この21世紀になって激しい陣痛になってきているとのお話です。                                                     

それは、21世紀の災難を見ると良くわかります。今まで起こらなかった最大の災難が次々に起こっているからです。21世紀に入り、20019月ニューヨークで史上最大のテロ攻撃でツインタワー崩壊(9.11事件、3千人以上死亡)。20038月ヨーロッパを襲った猛暑(7万人の死亡)、200510月インド北部大地震(8.8万人死亡)。20085月中国・四川省大地震(8.4万人死亡)、20101月ハイチ大地震(22.2万人死亡)等々です。                                    
 
9.11事件が起こる数か月前のことですが、アメリカのある教会では、聖霊に導かれて、「ニューヨークで何か大変なことが起こる!お祈りが必要だ、祈りだ、祈るのだ!」と教えられ、教会を上げて祈り続けたそうです。その輪は、ある程度までアメリカに広がったことでしょう。9.11事件は、予想を下回る災難にとどまったのは、神様の憐れみと言うほかありません。                                                

日本大震災も同じような神様の憐れみがあった、と思われます。それは、日本の救いのために、世界中で祈って下さっているからです。私たちは、絶えず目を覚まして、神に祈りをささげることが、最大の災害対策とも言うことが出来ます。これこそが、「最大の減災」に通じる道なのです。 

「世の終わりが近づいている。だから、自制して、いつも祈っていなさい。」(ペテロⅠ4:7 現代訳)                                                    2012年3月27日    小坂圭吾

2012年2月14日火曜日

喜び 「人生の目的講座を始める(2)」

    信徒の育成について                        
 この10数年間に色々な教会を訪問させていただきました。賛美、メッセージ、式次第など工夫をされ、若者が入りやすいものを作られていますが、信徒向け育成プログラムが弱いのではないか?と感じています。それというのも、私が育てられた教会は、信徒教育に誠に熱心な教会のひとつであったからです。

今でいうスモール・グループ、講座のような形で教えられ、切磋琢磨して学びをし、多くの信徒が霊的成長をして来たのではないでしょうか。その結果、狭い意味での献身者が多く輩出されました。当時は、良い信仰書がふんだんにあったように思いますが、今は絶版になっているものが多く、残念ですね。                          

 この経験もあって、PDJでは、多くの書籍や教材を信徒の方たちをはじめ教会で使えるようにとの思いで刊行し、整えてきています。しかし、セミナーとなると、まず牧師向けのセミナーから開催となります。現在では、PDFJ主催で、牧師向けの2年間の訓練プログラムが、サドルバック教会の支援(デイブ・ホールデン牧師)頂いて全国で開催され、牧師の方々にとって素晴らしい学びの時になっていることでしょう。やがては、信徒の方々の成長のためのプログラムが、これから着実に始まることでしょう。                       
 
     講座開始の動機                                                           現在、公開されている信徒向けの育成プログラムは、あまり多くはありません。大きな教会では、自分たちの力で色々と企画・実施できるでしょうが、日本の大部分を占める小さい教会にとっては、やりたくても出来ない、あるいはどのようにしたらわからないこともあるかもしれません。そこで、信徒の方々やリーダーの方々のために、教会の外で学べるところがあればいいと思っていました。

一方的な講義、講座ではなく、スモール・グループの良さも経験し生かしながら、学びつつ成長して行く。外でのクリスチャンの学び・交わりが促進され、自分の教会に帰ってから、教会の中で、家庭集会で、喫茶店で、この体験が生かされるようなプログラムになればとの思いです。そして、開催場所と言えば、超教派の働きをしている場所で、交通の極めて便利な場所で出来ることが重要です。その意味からも、「人生の目的講座」を、お茶ノ水クリスチャンセンターにある東京プレアセンター(TPC)で開催できることは、素晴らしいことです。                 

      少し逡巡                                                         
 これを始めるには、少し逡巡(ためらい)もありました。「人生の目的講座」ともなりますと、その目的と目標を考えると、それなりに人生体験、信仰体験があってこそ、皆さんと分かち合いが出来ることかもしれません。“信仰は体験である”という言葉を出すまでもなく、その信仰の土台がある程度で整ってきたのでしょうか、神様がそろそろ良いだろうと言われたように思います。そうでないと、講座の出席者の方々のことを理解することが出来ません。      

 長年、大手企業の人材開発・教育の仕事をも10数年余させていただき、色々な勉強をさせていただきました。合宿研修などしながら、「受講者は何が分かりにくいのか、だれが理解できてないのか。1人ひとりがどのくらい理解し、どの段階まで来ているかなど」不十分とはいえ、大体わかるように訓練されました。

小さな器であっても、豊かに教えられ、与えられたものとして、それらの体験や知見をまだまだ使い切ってない。それらの賜物をもっと人々のために生かすべきだと、周りの人からも言われました。それらの声にも押し出されて、少しでも多く方々のためにと考えて、スタートをすることにしたのです。                 

「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。」(ピリピ2:13)                                                      2012年2月14日   小坂圭吾

2012年1月31日火曜日

喜び 「人生の目的講座を始める(1)」

     東京スカイツリー開業                                  “東京スカイツリー”の高さをご存知ですか?高さは634メートル、語呂合わせでムサシ(武蔵)、武蔵の国を思いながら高さを決めたとのこと、なかなかしゃれていますね。昨年の11月にギネスに「世界一高いタワー」と認定され、文字通り類例のない世界一のタワーです。東京の東側、下町の地に、世界一高いタワーが立ち、不思議なことに威圧感も違和感もない。「時空を超えたランドスケープ」というコンセプトから来るデザイン、この時代にしかできない技術で、この時代背景を反映したものになっているのでしょう。この事業主体が「東武鉄道」、おとなしい地味な会社が全体の企画を引っ張っていく。このことも良いハーモニーになっているのかもしれません。                              
  実は、この東京スカイツリーの建設状況を、毎月1回、浅草から約2年間見守ってきました。歴史研究会が毎月1回、浅草で開催され、せっせと通っていました。途中から次第に背がグングン伸びて、研究会の休憩時に窓を開け、皆で「かなり高くなってきたぞ!」と言いながら、眺めたものです。帰る途中に、隅田川のわきの隅田公園を歩きながら、カメラのシャッターを切ったりもしました。昨年の3月18日に世界一の高さに到達しましたが、その前に東日本大震災がありました。この東京スカイツリーが、日本の復興と合わせて、良いシンボルになってくれることを期待します。今年の5月に新規開業です。                                

     東京プレヤーセンター(TPC)                                    
昨年11始まった東京プレヤーセンター(TPC)、何度かこのブログの中でご紹介しましたので、名前だけは記憶にあるかと思います。TPCは、御茶ノ水クリスチャンセンターの4階です。「365日礼拝、365日祈祷会」を中心にして、その場所(約50人収容できる礼拝堂)を十分生かし、福音宣教を中心に様々な活動を超教派でして行こうという働きです。
                                             それは、ITCN(インターナショナル・東京・クリスチャン・ネットワーク:毎週月曜日の午前、午後、夜3回の集会をこのお茶の水クリスチャンセンターで開催、20074月からスタート)からの発展であるともいえるでしょう。JTJ宣教神学校の国際学長の中野雄一郎先生が、情熱を燃やされて始まり、その趣旨に賛同したクリスチャンが集まり始まったものがITCNです。私も、このITCNの働きに最初から2年ほど深くかかわり、協力させていただきました。その後、TPCのスタートにつながり、開所礼拝がもたれると聞いた時に、これは協力していかなければと言う思いが与えられました。
      
      人生の目的講座
 TPCが開設されてまもなく、TPC・代表の和気敏治さんから「信徒の方々が、聖書を深く学ぶ機会、お互いに意見を交換して深い学びとなるようなことをしていきたいですね。PDJで何か企画できることはありませんか?」とお誘いを受け、即座に「人生の目的講座」等考えられることをいくつか挙げ「ぜひやっていきましょう!」と返事をしました。かなり前から温めていた事柄ですが、いよいよやる時が来たのだと思いました。
  ということで、今年1月から、TPCで「人生の目的講座」を始めることになりました。「人生を導く『5つの目的』」を使って、聖書が語る“人生の意味と目的”を考え、他の人とも分かち合い、互いに成長していく事を狙いとしています。PDJとTPCの共同企画ではじまり、始まり!                                                    

  
 このような神様の働きを新しく始めるには、“神様から押し出されるようにして始める”ことであろうと教えらます。TPC・代表の和気敏治さんとも色々とお話をしていて、TPCを始めるにあたり、同じような気持ち、考えでやっておられると感じます。そして、やるからには、神様がもうやめてもいいよと言われるまで続けること。途中でやめたいならば、神様に聞いてごらんなさいともかつて教えられました。始めるのが神様なのだから、責任も神様にあると思います。もちろん、私の責任もありますが。PDJを始めるときも、そのような導きで始めました。そして、今回始めるこの講座も、そのような導きを感じながら、私の責任で出来る良いものを精一杯提供して、皆さんの信仰の成長に役立ちたいと心から願っています。                      (続く)                                                                      
                                                                           「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。」(ピリピ2:13)                                                      2012年1月30日    小坂圭吾