2018年9月27日木曜日

歴史探訪「日本の開国を促したペリー提督一行」


ペリー上陸記念碑/ペリー記念館
横須賀が歴史を動かした!

趣味とまではいきませんが、好きなものと言えば、歴史探訪です。地元の歴史の中で、横須賀について学ぶことが少なく、少し探訪して見ようと思い立ちました。幕末の歴史を動かしたペリー提督一行、その記念館のある“ペリー公園”に行くことにしました。

横浜駅より京浜急行線に乗りかえ、京急久里浜駅で下車、バスで10分弱、徒歩でも20分位ですが、久里浜の海を臨む開国の香りの漂う公園です。とてものどかな街だなと思いをはせながら、ペリー公園に到着しました。園内に入ると正面に、“ペリー上陸記念碑”があります。

185378日にペリー提督一行が、浦賀沖に4隻の黒船で突然姿を現しました。ペリー(アメリカ)の目的は、日本を開国させて捕鯨船の補給基地として利用したかったのです。一行は、714日に久里浜海岸に上陸、その事を記念して建てられたのがこの記念碑で、伊藤博文の筆によるものです。ペリー公園の周囲は、数百本の松の緑が植えられ、青い海と空とに映えて和ませてくれます。

ペリー記念館

公園の一番奥に“ペリー記念館”があり、ペリー来航と開国の歴史を広く伝えるために建てられたものです。1階には当時の様子を再現したジオラマ模型の展示があり、2階に貴重な資料の展示があり、じっくりと見学しました。


4隻の黒船(2隻は蒸気船)のジオラマ模型ですが、当時の民衆は驚き、「泰平のねむりをさますじょうきせん、たった四はいで夜も寝られず」と当時の狂歌に歌われました。

「上喜撰の茶を四杯飲んだだけだが(カフェインの作用)夜眠れなくなる」という表向きの意味と「わずか四杯(ときに船を1杯、2杯とも数える)の異国からの蒸気船(上喜撰)のために国内が騒乱し夜も眠れないでいる」という意味をかけて揶揄しているのです。

200年にわたる鎖国を続けていた徳川幕府が崩壊し、明治政府が成立していく幕末の時代の始まりで、新しい時代への幕開けです。この歴史の流れ・動きの中で「たかが4隻の黒船でそれほどまでになぜ驚愕したのか?」と疑問が残っていました。

歴史をひもといて

ペリー記念館を見て、色々な歴史資料を読んで発見したことがあります。当時の徳川幕府は、長崎を通して国際情勢をそれなりに認識しており、19世紀に入り次々と東京湾に諸外国の船が来航、アメリカは何度も開国を迫り、軍艦を派遣して来ました。

そして、来航したペリー艦隊一行は、4隻の黒船に乗組員約千人で、補給艦等も従えてその倍の乗組員にもなる大艦隊の編成で、大砲は計73門です。内2隻は、見たことのない世界最大級の蒸気船、船体に鉄を張ってあり、他の2隻も防腐のため黒く塗装がされていて、日本人は“黒船”と呼びました。

彼らは、襲撃に備えて臨戦態勢をとりながら、上陸に備えて江戸湾の測量などを行い、祝砲や号令・合図を目的として数十発の空砲を発射し、民衆はさぞかし驚いたことでしょう。アメリカが再度来航すると知っていた幕府ですが、財政困窮のために海防強化が出来ていませんでした。


ペリー提督は、任務が与えられる前から日本について研究、日本遠征の基本計画を海軍長官に提出しています。諸外国の失敗例等を研究の結果、「長崎で交渉を行うとオランダが交渉を妨害する可能性がある。/任務成功のためには蒸気船を突き付け、産業先進国の軍事力を見せつける。/日本人との交渉は、恐怖や恫喝をもってあたる方が効果的である。」と書いています。

そこで、来航場所を長崎ではなく江戸湾の入り口浦賀にして、強大な軍事力を見せつけながら脅迫の作戦で臨んでいます。事前に良く準備をし、強力な軍事力と強引な行動をとる部隊に圧倒され、日本が泰平の夢を破られるには十分な状況だなと理解できます。

当時、日本もアメリカも戦闘を避けて、交渉により進めようとの意図だったことは、ほんとに幸いでした。背後にあって、歴史を動かされる神様の手があったことだなと思わされます。現地に行って一気に“幕末の歴史に思いをはせる”ことになり、当時の江戸幕府やアメリカ本国の動き、ペリー提督の人柄や家族の事にも興味を広げて本を読み、歴史をひもとく楽しさを味わいました。


2018年9月27日    小坂圭吾

2018年8月17日金曜日

健康余話「夏ノ暑サニモマケヌ~猛暑モアリガタイ」

上高地・河童橋
熱中症の予防
毎日暑い日が続きますが、今年は猛暑の中に酷暑もあり、厳しい夏だなと感じます。避暑のために、箱根や軽井沢、あるいは上高地、清里などに逃げたい気持ちになりますが、数日間避暑をしましても、毎日の暮らしは猛暑の中です。

連日のように「熱中症に注意しましょう」とのニュースが流れますが、熱中症の予防をするポイントを記しておきます。

①まず十分な水分と塩分を摂取することにつとめ、暑い環境を避ける。~水分補給をこまめにして、体の水分タンクを一杯にしておく。クーラーを適切に使い、涼しい環境にいることで、水分が汗として失われることを防ぐ。

②食事をしっかり食べること、食事を減らした場合、その水分の摂取を心掛ける。~毎日、食事から一日に約1リットルもの水分を摂取しているので、食事をしっかりとることは大切である。暑さのために食事を減らした分は、意識して水分と塩分の補給を心掛ける。

スクワット~身体づくりの万能薬
健康のために運動は必要ですが、これだけの猛暑の場合、外での運動は難しさを感じます。そのよう場合、室内でも運動の効果を上げられるのが、“スクワット”です。

スクワットは、身体づくりの万能薬と言われる運動で、脚(大腿四頭筋)やお尻(大殿筋、中殿筋)の筋肉を鍛える運動です。何度か試行錯誤しつつ慣れて来て、体の故障にも効果があり、愛用(?)しています。

やり方は、次の通りです。①脚を肩幅程度に開いて立つ。②股関節を曲げながらお尻を突き出すように重心を落としていく。③背筋を伸ばして上体をやや前に傾ける。膝を曲げるのは90度まで。④最後はゆっくりと立位に戻る。(写真を参考にご覧ください。日経新聞より転載)

朝夕10回行うことを目標にして、始めるのが良いでしょう。つらい場合は、机や椅子に手をついて行うことも可です。暑い夏の事ですから、室内でクーラーを使いながらが良いと思います。

自己流で取り組んで膝や腰を痛める方も多いとのこと、写真をぜひ参考にしてください。私も何度もやりながら、この写真を見て“わかったぞ”と納得がいき、スムースに出来るようになっています。

猛暑もありがたい
私は、気候の温暖な岡山育ちのためでしょうか?夏の暑さ、冬の寒さが苦手です。家人は、北海道育ちのためか?冬の寒さは大好きのようで、夏の暑さも好きになってきて、何とも羨ましい!

今年の夏のように猛暑日が続きますと、「数年前までは、こんなじゃなかった。めったにあることじゃない。」と思いながらも、例年このような暑さが続くのだろうと覚悟せざるを得ません。何らかの工夫をして暑さをしのぎ、楽しく暮らすしかないのです。

日中の暑さ対策は、断熱カーテンをして、エアコンを適度に長くとも使うしかありません。宮沢賢治の雨ニモマケズ風ニモマケズ、雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ、丈夫ナカラダヲモチ」を思い出し、何にも負けない丈夫なつくりに、汗を流すことと覚悟です。

週に2~3回は、しっかりと汗を流します。朝食前もしくは夕方に、汗をびっしょり流す運動(ウオーキング等)や庭仕事をして、シャワーを浴びてすっきりさせる。この気持ち良さは、暑い中で汗を流したからこその快感です。また、プールに行って水の中で歩いたり、泳いだりして体を使う。

先日の家庭集会に来られた男性二人の方に、プールにお誘いしました。お二人とも、数年ぶりの水泳でしたが、とても楽しいひと時だったと喜んでくれました。ある方は、一生懸命にやりすぎて、腕に筋肉痛があると言っていました。

ともかく、こんな厳しい猛暑は、めったにあることじゃない、ありがたい!そうです“ありがたい~感謝なこと”だと心のスイッチを切り替えます。前向きに考えて取り組みますと、自分にあった良い方法は見つかるものです。厳しい暑さも、後10日余りのことでしょう。ご健勝にお過ごしください。

2018817日    小坂圭吾

2018年7月25日水曜日

祈り「あかしする~リンカーン大統領のあかし」


猛暑の箱根・芦ノ湖
あかしとは?

あかしとは、神さまが私たちの上になして下さった御業を、他の人々に語ることです。自分を救いに入れて下さった救いの御業をはじめとして、私の身の上になして下さった“恵みの御業”をお話しするのです。私達は造られ救われたもので、神に依存し、救いの恵みを頂いたものです。

“恵み”の意味は、それを受けるに値しない者ですが、私達の努力なしで頂いたものと言う意味です。あかしは、私たちの“霊の運動”です。

その恵みの御業を思えば、他の人にぜひ聞いてほしい、紹介したくなるのです。あかしとは、「証し」と書くごとく「証拠立てる」という意味です。キリストが私の身の上になして下さった御業を証拠立てる、キリストを紹介することに他なりません。 

あかしの役割

あかしは、自分の霊性を高め、霊性の成長を促すとともに、生ける真の神さまを知らない人々に伝える、神の救いの御業の一環に預かることです。これは、クリスチャンの特権であり、あかしがこの役割を果たすのです。

キリスト教は、御利益宗教ではありませんが、神さまを信じて良かったことは沢山あります。先日、礼拝で説教された「キリスト教の利点」についての内容をリストアップします。(尾山令仁牧師説教より)

①人を恐れなくなる ②心配事が少なくなる ③死に対する恐れがなくなる
④生きがいが与えられる ⑤自分自身がよく分かるようになる ⑥反省心を持つようになる、そして人生の生き方の方向転換をする ⑦人間関係がよくなる ⑧人間として成長する ⑨思い煩わないようになる ⑩怒りの問題が解決できる ⑪ほかの人と和解できる ⑫人を赦すことが出来るようになる

救いに入れられた私たちは、これらの事柄を体験しているのです。ですから、多かれ少なかれ、証し出来る題材が与えられているのです。



先月、しばらくお休みをしていた我が家での家庭集会を再開、クリスチャンをはじめ、キリスト教の集会は初めてという未信者もお招きしました。賛美して後「自己紹介を何でも自由にして下さい」と言って、3~4分ほどの自己紹介をしてもらいましたが、クリスチャン全員が、救いの証も入れて自己紹介されました。救いの経験を一人でも多くの人に伝えたいとの願いから、自然にこのようになったことでしょう。

リンカーン大統領の証し

リンカーン大統領は、彼が生まれて200年余になり、アメリカで歴史上最も尊敬できる人物として、愛と尊敬を受けています。彼は、死んでもその業績と指導力、人格を通して、クリスチャンとしてキリストを証ししているのです。

リンカーンの生涯は「失敗と不幸」という文字を嫌というほど味わう、実に多くの困難と挫折の人生でした。9歳の時に母を亡くす、19歳で姉がこの世を去る、26歳で婚約者が突然の不治の病でこの世を去る、自分の息子を亡くす(40歳の時次男・53歳の時三男)、事業に2回失敗して借金返済に17年を要す、州議会議員/下院議員/上院議員/副大統領選等の大小の選挙で7回も落選の苦杯を飲む。

彼は、大統領になるまでに多様な職業を経験~農夫、船乗り、土木作業員、商売人(店員)、軍人(民兵大将)、郵便配達員(局長)、測量士、弁護士、政治家(州議会議員、下院議員)、そして大統領です。

これらの失敗と不幸、多様な職業経験は、政治家として国民に仕える時の助けになりました。彼は、「決してあきらめない!」のです。南北戦争、奴隷解放の戦いにおいても、七転び八起きの信仰により、困難が訪れるたびに慰めと力を得る聖書のみことばを愛し、全てのことが働いて益となることを信じたのです。

彼は、語っています。「私は、他の人たちよりも多くの失敗を経験しました。私は失敗するたびに失敗の中に込められている神さまの御心を学び、それを飛び石として活用してきました。サタンは、『もうお前は、これで終わりだ』とささやきましたが、神さまは、私が失敗するたびに『今回の失敗を教訓として、さらに大きなことに挑戦しなさい』と言われました。私は、サタンのささやきより、神さまの声に耳を傾けたのです。」

主なる神さまは、天地の創造主、全知全能のお方、偉大な霊の医者であり、私たちになして下さった体験を、大いにあかし出来る特権を感謝したいものです。

2018年7月25日    小坂圭吾



2018年6月17日日曜日

祈り「神に従う」


横浜ベイブリッジ
神の御心を知る

キリスト者として、神に聴くことの次は、神に従うことです。信仰生活を一言でいえば、神に従う生活です。「クリスチャン」の意味は、「キリストのもの」つまり「キリストの奴隷」という意味で、キリストに従い、神の御心にかなった生き方をする者のことです。

神の御心にかなった生き方をするために、毎朝神のみ言葉を読み、聖霊の助けによって神の御心を聞いて知り、従っていけば良いのです。ですが、御心がわからないために困っているか、自分の考えで走ってしまっている現状があることでしょう。

聖書の原則をわかっていながらも、すぐにその原則から外れて行動してしまう愚かな私たちです。ですから、私たちは、自分の生活に照らして毎日聖書を読み、黙想しお祈りします。こうして聖書と祈りの中で、具体的な問題について、聖霊が働いて下さり、心の中に確信を与えて下さいます。この為に、熱心に祈ることは重要で、動くことのない心の平安が与えられたならば、従うことです。

神に従う~内的な服従

神に従うことは、色々な形があると思いますが、普通は、聖書を通して神が語り掛けてくださる事柄に従うわけで、二つの面があり、内的な服従と外的な行為です。“内的な服従”とは、心の態度を全て神に仕えていくという態度で従っていくことで、何よりも重要です。

み言葉を自分に適用するとき、自分にはできそうにない事柄にぶつかる時、ともかく神の力をいただいてやってみよう、神の力によってそれが出来ると信じ神のみ言葉に従う決意をすることが、“内的な服従”です。

み言葉に対して自分を無力にして従うことになります。例えば、罪から離れること・捨てることや全てのものを神にささげること等です。罪について考えるとき、自分のためか、神のためかという視点で自分の態度を探りますと、神のためと言いながらも、自分のためという考えが心の奥底にあるものです。これは、悔い改めて神に従うべきポイントです。

また、私たちの全て、時間もお金も才能も私たちの人生そのものが神さまのものです。ですから、キリストの弟子として、自分の人生の全てを犠牲にして神にささげるという心の態度、神への服従の態度は大切です。

神に献身するという言葉ですが、神学校に行って牧師とか伝道師になることだけを指しているわけではなく、神の働きの為に自分の全てを使って(犠牲にして)働くという事で、クリスチャン全てに求められていることです。
外的な行為

“外的な行為”とは、心で決心したことを信仰によって行動する、信仰により生きることで、“外的な服従”と言うことが出来ます。み言葉から教えられ心で決心をしたが、いざやろうかやるまいかと躊躇しがちですが、一歩踏み出して行動します。罪を捨てる決心や一切を神にささげるという決心を、具体的に行為として実行することです。

そればかりか、毎日主を仰ぎ見つつ、物事にたいして選択と決断をしていくことが求められます。私たちの人生は、右にするか左にするかの選択と決断の連続です。信仰によって生きるとは、神のみ旨と思えることを選び、決断し、実行していくことです。

自分の望みを優先させるのではなく、いかに神のみ旨を選ぶか、神への従順にかかっているのです。神の約束を信じ、それに従って生きる生活をしていく事が、神さまに喜ばれることです。実行してうまくいかなければ、また神に聴いて従っていけば良いのです。

このようにして、み言葉を体験し自分のものにしていくとき、信仰的に成長していきます。信仰生活は、体験であると言われるゆえんです。

「信仰が無ければ、神に喜ばれることはできない。神のみもとに来る人はだれでも、神が存在することと、神は求める人に必ず答えてくださることを信じることができる。」(ヘブル11:6 現代訳)

2018年6月16日    小坂圭吾

2018年5月20日日曜日

コーヒーブレイク「『現代訳聖書・改訂新版』に向けて」


改訂新版に向けてスタート

「読むだけで分かる聖書」として多くの人に親しまれてきた『現代訳聖書(旧新約)』は、尾山令仁師の個人訳聖書として、1983年に初版が刊行されました。当初、全国の多くの方々にお願いをして“現代訳聖書”刊行の献金を募り、発行にこぎつけました。以来10版を重ねてきましたが、数年前にすべて売り切れとなりました。

これまでは、版を重ねるたびに改訂を行い、印刷費は教会で工面をする等、さまざまな努力を重ねてきましたが、10版の刊行以降、印刷の前工程のシステムが大きく変わり(一言でいえば、デジタル化による工程の変化)、10版で使用した組版が使用できない状況となり、ふりがなを付ける作業を含めた一連の組版作成作業を一から行なう必要が生じました。また、言葉は二、三十年で変わるという常識から、本文の見直しも全面的に行なうことにし、すでに改訂の作業を3年ほど前から始めています。

現代訳聖書ができるまでの経緯

『現代訳聖書』は、日本人への伝道と牧会の現場から生まれた聖書です。1953年、神学校を卒業した尾山令仁牧師は、開拓伝道に励みながら聖書の私訳に取り組み始め、聖書講解書や月刊誌『羊群』に連載していた講解説教につける形で翻訳を進めました。その後、『新改訳聖書』の翻訳委員としての責任を担う中で、「読むだけで分かる聖書」の必要性を強く感じるようになりました。

そのような時に、アメリカ聖書協会の翻訳者であり、言語学者のユージン・ナイダ博士の「ダイナミック・エクイバレンス」という翻訳原則に出会いました。これは、従来行われてきた「原語に忠実」という翻訳原則ではなく、歴史、社会、文化の違いを考慮に入れて「原文の意味に忠実」に訳すという原則であり、ウイックリフ聖書協会や一般の翻訳書において採用されている翻訳原則です。

この原則に基づき、“キリスト教の背景を持たない日本人にも分かる聖書”を目指して翻訳を進め、198310月に旧新約聖書66巻を『現代訳聖書』として無事刊行するに至りました。費やした年月は30年、翻訳原則を改めてからは20余年、随時手を加え、版を重ねる度に改訂を行なってきました。

現代訳聖書刊行の意義

 『現代訳聖書』と同じ翻訳原則(「原文の意味」に忠実に訳すという翻訳原則)で訳された聖書は、英語圏では十数種類出ており、多くの人に読まれておりますが、日本語訳では『現代訳聖書』だけです。過去30数年の歴史の中で多くの人々からお寄せいただいた支持の声は、“分かり易い”ということです。日本語の多くの聖書のわかりにくさは翻訳にあるといわれますが、現代訳聖書の分かりやすさは、「原文の意味」に忠実に、原典に聖書解釈を加えながら訳していることによるものと言えるでしょう。
歴代の現代訳聖書

聖書はかなりボリュームのある書物です。現代訳聖書10版の場合、旧新約聖書で約2100ページにもなり、普通の単行本約10冊分の分量に相当します。このようなボリュームの本を出版するには相当の資金が必要であり、この度の「改訂新版」については、印刷費も含めて千八百万円程度の資金が必要です。

今回はそのうちの不足分一千三百万円を献金によってまかないたいと思い、ここに献金のお願いをする次第です。(4月末現在で、約230万円の献金が寄せられており、感謝しています。)この聖書が一人でも多くの日本人の方々に読まれることを願いつつ、ご協力をお願い申し上げます。

2018520日    小坂圭吾(現代訳聖書刊行会代表) 

■ご献金の方法

・三菱東京UFJ銀行 江古田支店(店番190
  普通預金 口座:1069586
  現代訳聖書刊行会 代表 小坂圭吾

・ゆうちょ銀行 店名:098(ゼロキュウハチ)
  店番:098 普通預金 口座:3677351
         現代訳聖書刊行会

  領収書が必要な方は、下記までご連絡ください。

現代訳聖書刊行会                                
176-0012 東京都練馬区豊玉北11213 聖書キリスト教会ビル        
E-mailinfo@logos-pb.com FAX 044-872-8705        
(ロゴス出版社内『現代訳聖書』担当)

■現代訳聖書刊行の歴史

197811月 現代人の聖書(新約)初版発行                    
198310月 現代訳聖書(旧新約)初版発行  
198912月 現代訳聖書(新約普及版)初版発行~小見出し・脚注付き  
199411月 現代訳聖書(旧新約)6版発行~小見出し付き  
200004月 現代訳聖書(旧新約)8版発行~小見出し付き・文字を大きく  
200405月 現代訳聖書(旧新約)10版発行~小見出し付き・文字を大きく            
2014年06月 現代訳聖書(旧新約)日本語の見直しを開始
201704月 現代訳聖書・改訂新版(新約)電子書籍版(キンドル版)発行 


2018年4月9日月曜日

祈り「神に聴く」


東海の名城・掛川城
神さまが語りかけておられる

信仰生活とは、キリスト者として、神さまが私に何を望んでおられるかをよく聴き、それに従って生きていくことです。“聴く”とは、積極的に耳を傾けることで、聖書と祈り(神と個人的に交わる)を通して、神さまのみ旨をいかに知るかです。

私たちは、現在の事、過去の事、将来の事を思いながら、聖書を読み、お祈りをします。自分の生活を振り返りながら聖書を読みますと、毎日の些細な出来事を通して、神さまが私たちに語りかけておられる事を思い出すのです。

神さまが、耳に聞えるように語ってくださることは稀です。その声を聴くには、ラジオの受信機にたとえれば、チャンネルをしっかり合わせる必要があります。聖書のみ言葉、まわりの人々の助言、自然、毎日の些細な事を通して、神さまは語りかけておられます。

チャンネルの合わせ方は、毎日の出来事に注意深くなって、心を開いて、素直で謙遜な心でいますと、神さまが教えて下さるのです。ですから、聖書と祈りの中で、自分の生活に照らしながら、神が語られたことを振り返るようにします。

祈りの課題について

 私たちは、神さまに感謝と色々なお願いの祈りをします。毎日、毎週、毎月のように祈りの課題がありますが、課題とその結果を書きとめるのも有効です。私も月の始めに祈りの課題を書き、1か月後にどのように導かれたかを振り返って書きとめ、新たな課題に更新します。祈りの課題は、出来るだけ具体的に書くように心がけています。

過去の祈りの課題を振り返りますと、日々の些細な出来事の中から、神さまに示され違う方向に舵を切ったことがいくつかあります。数か月前のある問題については、将来の事を考えると今着手すべきと示され、嫌な事も多い事柄でしたが取り組みました。

祈りながら前に進みますと手助けと知恵が与えられて、ほんとに感謝しました。毎日の生活の中では、滑ったり転んだりの生活ですが、神さまに感謝と共に謝ることも多いのです。



信仰は体験である

祈りの課題の中に、具体的でなく何をすべきかわからないという課題もあります。ぼんやりはわかりますが、神さまがはっきりと導いてくださることを願い、神様にお聴きする祈りです。祈りながら、1週間あるいは1か月もすれば、方向性とかやるべきことが見えてくるのです。

壁にぶつかり前に進めないような事柄もあります。どうしたら良いでしょうかと祈るしかありません。このブログを書くにあたり、良いネタが無くて困っている時、1週間もすれば、お祈りに答えてタイミング良く知恵が与えられることがしばしばです。

私たちの父なる神さまは、全能のお方、全てを知って良きに導かれる方、この体験を積んでいきますと、主なる神さまとの信頼のパイプが太くなり、信仰が強められます。“信仰は体験である”と言われる通り

「求め続けなさい。そうすれば与えられます。捜し続けなさい。そうすれば見つかります。」(マタイ7:7 現代訳)

2018年4月9日    小坂圭吾


2018年3月12日月曜日

考えるヒント「何のために?目的は何?」


穂高連峰と梓川
思考の癖(くせ)

私たちは誰しも、無くて七癖(ななくせ)と言われるほど癖を持っています。本人は気がつかなくても、まわりの人は分かるものです。では、“思考の癖”については、いかがでしょうか?

私たちが陥りやすいのが、何かを決めようという時、多くの人が「これだ!」と良い案に飛びつくことです。“衝動買いをした”というのは、このことですね。そこで一息入れて、何のために?目的は?他に良い案は無いだろうかと考えるのです。

前回、「食事のとり方を見れば、その人の人柄、健康状態等が分かる!」と言われると書きました。この意味は、賢い人は、食事という場面でちょっと考え何に気をつけて食べるかを決める、それが自然に身についているということでしょうか。食事をすることは、どれほど健康に影響を与えるかを知っていますので、その事を考えて行動しているのです。

何のために?

 何をやるにしても、「何のために」という明確な目的意識をもって行動するか、行き当たりばったりの行動をするかによって、その人の人生や仕事は、大きく明暗を分かつことになります。食事位自由でよいのではないかと思われるでしょうが、自分の食べたいものをとにかく自由に食べていると、年を重ねて体調不良になり、やがて癌を宣告されるという事例は後を絶ちません。

食事をするというのは、実に大切な意思決定の分野で、お腹がすけば食べるしかなく、とにかくおいしい物を食べる、空腹を満たすために食事をする。それは何のためか?その目的は何かと考えていきますと、健康を維持するために食事をするとなるわけです。

私の場合ですと(この10年くらいですが)、健康を考えて塩と油ものも控えめにし、添加物はできるだけ少なく、お腹いっぱいに食べないと心がけています。時に守れなくて逸脱しますが、翌日くらいにはもとに戻すように心がけています。

他に良い案は無いのか?

今から数年前の1月下旬、色々なお店が入っているショップ街を歩いていました。クリスマスセールとお正月のセールが終わってバーゲンセールのシーズンで、かなり安いなと思いながら歩いていました。ふと気にいったショルダーバッグが目に留まりました。品質、デザインも良く、機能も十分で、定価はそれなりに高いですが、半額セールでした。

何のためにこのバッグを買うのかを自問自答です。色々な所用で半日以上外出するとき使うショルダーバッグを探していたのですが、その目的のためのバッグでは、やや小さいかなと思いながら、大きさ以外では満足だし、半額だから良いだろうと決断し買いました。

家人にも良いと言われながら、1年使いました。やはり少し小さくて、持ち物が少し多いとパンパンになってしまいます。今にして思うに、良い物だったが、他にもあるかもしれないと探すべきだったと思います。(今でも愛用しています。)

今回のショルダーバッグの場合、品質が良い、デザインが気に入っている、機能も十分ある、価格は○○円くらい、大きさは単行本とそれ以外にいろいろと入るゆとりあり、が条件だったわけです。

これらの条件は、最適な案を決めるための目的に対する目標・狙いどころと言った選択基準のことです。この大きさが、実は、一番重要だったかもしれません。そこを妥協したために、少し使いにくいともいえるのです。

私たちが、何かを決める場合、案は色々と出ている場合が多く、それを決めるのは何のためか?それを決める基準(目標、狙い)を考えて案を絞る、それでも良い案が無ければ、他に案が無いかを考えることだと思われます。 

2018年3月12日    小坂圭吾