2022年6月3日金曜日

感謝「苦難・ガンと闘う(その2)」

新型コロナウイルスの第6

新型コロナの感染が始まり既に2年半、今や第6波と言われ、23日に全国の新規陽性者が10万人を突破。政府は19日から321日まで「まん延防止等重点措置」を適用しました。

今は収まりつつありますが、まだ手を抜くことは出来ません。一方、屋外で人との接触の少ない散歩等では、マスクは不要であると言われホットしています。

私は、散歩では全くマスクは着用せず、厳冬の時とか、花粉症が厳しいときだけ着用する程度です。4月くらいまでは、ほとんどの方が散歩でマスク着用をしていましたが、5月からマスク無しの方にお会いするようになりました。

不思議なことに、車の中でマスクをしている方は多く、乗り降りの際の手間を考えて、そのままの気持ちも理解できます。早く、よほどの人ごみでない限り、マスクは不要であるとなってほしいものです。

コロナ禍での入院

コロナ禍が続いている中での緊急入院となり、入院するとき「出来るだけ早く行って下さい!」とのことでしたので、それでも聖書とスマホと少しのお金は持って入院です。

入院患者との面会は、家族であろうとも禁止!予想していたことではありますが、さてさてどうしたものか?このような時代にあって、電話とLINEが、素晴らしいコミュニケーションの武器になりました。

普段ほとんど使ってないLINEでしたが、子供たちがLINEグループを作ってくれ、試行錯誤する中から、家族全員のグループが一番使いやすいとのことで、これで毎日、何回もやりとりをすることになりました。

入院しました大学病院は、家から車で20分程でした。最初の病院で検査を受けて、どうやらガンの可能性が大だと言われ、この処置が出来る病院は大学病院レベルしかなく、紹介された3つの大きな病院の中、通うのに近い方が良いだろうと選びました。それは、かつて人間ドックで行ったことのある病院でもあったのです。

ガン治療について

今にして考えてみると、ガンであると本人に対して通告することは、今では当たり前の時代なのですね。とは言え、最初の医師の言い方は、もう一歩丁寧に相手の気遣いしながら話されたら、更に良かっただろうと思いました。

家人も私も、信仰者として冷静に聞きましたが、いきなり言われて、出来るだけ早く入院と言われ少しバタバタした感じで、大変だなとの思いにつながったようです。

入院して1週間ほどは、どこがどのように悪いのかと検査が続き、検査に全く慣れてない家人は、つらい嫌だ!の声が続きました。家族は、大いに愚痴を、わがままを私たちに医者に言えばいいと励ましました。

検査の結果、食道がんとはっきりして、治療方針が示されます。日本でも王道と言われる治療の道筋があり、その説明を聞き、セカンドオピニオンを聞こうと思いましたが、調べた結果、必要なしと理解しました。

治療に入りますが、次に大変だったのが抗がん剤治療でした。手術前に行うのが効果大であると5日間連続で行われました。この治療はもう二度とやりたくないと本人は言いました。

ラインを通して声だけからの理解ですが、「抗がん剤治療はつらく、安楽死させてくださいと担当の先生に言ったよ!」との発言は、よほどつらかったのでしょう。神を信じていればこそ言えた言葉ではあります。

これを2サイクルやることは、とにかく嫌だとの家人の声に同意して1サイクルで終わせてもらいました。しばらくして、教会で抗がん剤治療をされた家族の方にお話を聞く機会があり、本人のつらいことの大変さとそれ以上に家族の大変さの経験を聞かしていただき、やはりそうだよなと少し楽になり、力をいただきました。

悔いの無いように徹底して!

このような中で、次男家族からガン患者を支えた経験者としての貴重なアドバイスをもらいました。「ガン患者に対しては、本人がやってほしいと思うことは、その意向に沿って悔いのないように徹底してやってあげることが一番大切だよ。」

彼らは、そのようにやった経験があればこそ、この言葉には重みを感じました。それ以来、意識してそのように努めましたが、家族の行動がこの線で動いている、不十分であったかもしれませんが、良い動きであったことは感謝でした。

何も持たずに入院でしたので、最初の3週間ほどは、毎日のように必要なものを聞いては持参する、不要なものを持ち帰るという日々でした。入院を聞いた娘がバンクーバーから帰国し、また、長男家族が近くに住んでおり、近いことは何かと助けられました。

加えて、家族の者たちが今までに経験してきたことから、これをしたら、あれをしたらと提案やら色々とやってくれました。人生経験を重ねていると、こんな時に何かと生かされてくるものだと感謝の日々でした。

 「人からしてほしいと思うことを、そのとおり人にもしてあげなさい。」         (ルカ 6:31 リビングバイブル)

2022年6月3日 小坂圭吾

2022年5月18日水曜日

感謝「苦難・ガンと闘う(その1)」

 

お見舞いの花

緊急入院

今年の2月、家人が緊急入院することになりました。それまで、数か月間、食べても喉につかえる、戻すことを起こして、色々と試行錯誤を繰り返し、医者にも診断してもらいますが、よくは分かりませんでした。

やっとのことで、胃カメラによる検査によりガンであろうと推定され、近くの大学病院に緊急入院をすることになりました。あれから3か月間、家人と家族によるがんとの闘いの始まりです。

ガンと言えば、今や病気する方々の二人に一人は、ガンにかかる時代と言われます。私の周りでも、かなりの方々がガンと闘っておられます。

身近な事柄とは言え、その対処の方法を心得ているわけでもなく、かなり大変だろうなとは思っていました。

緊急入院ともなれば、心備えもあるわけではなく、マサカの出来事に毎日あれやこれやと忙しく1日が過ぎていきます。

本人も家族もつらい日々

ガンと確定すると、家族全員によるがんとの闘いですが、本人ばかりでなく家族もつらい日々となります。なぜもう少し早くに、家人を連れて医者に行かなかったか?との思いが頭をもたげてきます。

家人は、医者に頼らず自分で出来る治療をする、検査されるのが苦手でしたので本人の判断に譲り、遅くなったかもしれません。しかし、医者に行くそのタイミングも神様が最善に益としてくださったのであろうと、信仰により受け止めました。

まずは、半年くらいは介護にあたることになるのだろうと、私自身の生活をシンプルにする必要を感じ、臨戦態勢?を敷くことにしました。色々と仕事を整理し、あるいはストップさせてもらいました。

もう一つは、ガンに対しての知識が無いので、インターネットで調べる、図書館に行ってガンに関する本をあさりました。

色々な視点からの本がそろっていて、医者の立場で、家族の立場で、患者を支える立場で、ジャーナリストの立場で書かれた本と、ここまでそろっているのかと驚きながら読みました。

10冊ほどの本を精読し、これはと思う本は購入して、自分の書棚に入れ読み返します。ガンにかんする医学の進歩は日進月歩ですから、その点を心して読む必要があります。

中には、セカンドオピニオンとして読むような本もあり、王道の本はこれだなと選別しながら、読んでいきました。その結果、治療がされていくことをしっかり理解しながら、過ごすことが出来ました。


苦難の意味するもの

しばらくしたある日、作家の三浦綾子さんが書かれた「苦難の意味するもの」の記事に出会いました。

彼女は、若い頃から病気ばかりされていましたが、重症の帯状疱疹にかかり、翌年には直腸ガンにかかり手術をされ、その後に書かれたものです。三浦綾子さんの半生は、「病多い半生と言える」と彼女は書いています。

周りの人々から、「信仰があるのに、なぜ病気をするのか」「篤い信仰を持っているのに、神様はなぜ、あなたを病気にするのでしょう?」と言葉を発せられる。

人々は、苦難は因果応報の思想に根差してのことであると考え、それは罰なのである。しかし、聖書の中でイエスキリストは、「罰ではない。神の御業がその上に現れた苦しみなのだ」と明確に答えられたのです。

彼女が、若いとき13年間の療養生活の中で読んだ聖書のみ言葉は、どれほど慰めや力を与えられたか計り知れない。彼女と同様に、世界中のどれほどの人々が慰められ、力づけられた事か。

生まれつき体の不自由な人、病気の人、人間関係や経済問題で苦しむ人々等、様々な苦難に会っている人々にとって、イエスの言葉は、どれほど多くの人々を立ち上がらせたことであろう。

苦難の意味は、「神の御業が彼の上に現れるため」と説かれているからであると語り、更に続きます。


私は癌になったときにティーリヒの、『神は癌をもつくられた』という言葉を読んだ。その時、私は文字通り天から一閃の光芒が放たれたのを感じた。

神を信ずるものにとっては、「神は愛」であり、その愛なる神が癌をつくられたとしたら、その癌は人間にとって、必ずしも悪いものとは言えないのではないか。

私達は「苦難」を取り違えて受け取っているのではないか、私はティーリヒの言葉にふと思った。

(神のくださるものに、悪いものはない)私はベッドの上で、幾度もそうつぶやいた。すると、この癌という神からの素晴らしい贈り物に変わっていたのである。

いつしか私は、妙な言い方だが、(私が度々病気をするのは、もしかしたら、神にえこひいきをされているのではないか)と思うようになった。

私は肺結核、脊椎カリエス、帯状疱疹、癌と、次々にたくさんのプレゼントを神からいただいてきた。そしてその度に私は平安を与えられてきた。

この平安を思うと、私は全く、神のみ業としか言い様のない気がする。肺結核もカリエスも、長い忍耐と根気のいる病気であり、死んでゆく者の多い病気であった。

経済的にも危機にさらされる病気であった。だがその中で得たやすらぎは、説明のしようのないやすらぎであった。(「婦人之友」1982年12月号)


(神のくださるものに、悪いものはない)との言葉を、幾度もベッドの上でつぶやいた三浦綾子さん、私も同じようにつぶやきます。

(全ては、神様が造られた。そして神のくださるものに、悪いものはない)。つらい病気に耐える、長い忍耐と根気のいる病気との闘いは、経験者でなければ言い表せないものだろうと思います。

三浦綾子さんがこのように書かれたことを読むときに、苦難の意味を聖書の光によってとらえ直し、信仰によって受け止め、力と慰めをいただきました。そこには、深い意味のある事を学びたいと思います。

「苦しみに遭ったことは、私にとって良いことでした。それによって、私は御言葉を学ぶことが出来ました。」(詩編 119:71 現代訳)

2022年5月18日 小坂圭吾


2022年4月5日火曜日

喜び「バカになる、寅さんシリーズ50周年記念作品」

郵便局の年賀状より

50周年記念作品

先日、NETFLIXで寅さんシリーズ50周年記念作品である「男はつらいよ お帰り 寅さん」を再度見ました。一作目の公開から50周年となる201912月に公開された作品です。

これは、新撮された登場人物たちの”今”を描く映像と、4Kデジタル修復されて蘇る寅さんのシリーズ映像を見事に紡ぎ合わせた新たなる『男はつらいよ』の物語です。

生みの親である山田洋次監督自身が「今まで観たことのない作品が出来た」と驚かれたほどの映画、50年の歩みがあったからこそ完成したものです。私もこの寅さん映画の大ファンで全て見ています。

何度も映画館にも足を運びましたが、あの観客席の和やかな雰囲気は、他の映画では経験した事が無いなと思い出します。

渥美清の寅さんが、団子屋「とらや」の裏手にある印刷工場で働く若い工員たちに、親愛の情を込め「労働者諸君」と呼びかけるとき、あるいはおいちゃんが、甥の寅さんの愚行を眺めながら思わず「馬鹿だねぇ」と溜息ながらに嘆く時、観客席は爆笑に包まれる。

このおかしさは、その場にいる者には複雑な内容が瞬時に観客に伝わり、大きな笑いとなります。寅さんの言葉には、この種の味わい深い、面白おかしいセリフが随所にあります。

「寅さんの人生語録」ですが、一見すると陳腐なセルフの羅列に見えますが、寅さんを知っている人には、何とも愉快なのです。

誰がしゃべっても面白いというわけではなく、渥美清の寅さんが話すときに、その言葉の深い奥行きとニュアンスが出てくるのです。かつて、楽しみながら寅さん研究に励んだものです。

若いときの思い違い

この寅さんは「バカを地で行っている」のです。「頭がいい」わけでもなく、「知識がある」わけでもなく、学歴などあるはずがなく、ただ向上心はあります。人間の価値はと言えば、学歴や頭の良し悪しではなく、知恵が働くかどうかで決まることを教えているともいえます。

寅さんを見始めてから、「バカになる」事について考えさせられました。若い時には、知っていることが良い、尊いことでに走りたがる。そういう時は、知らぬ人がバカに見える。

年を重ねると人は理屈では動かないことを知り、知識だけではつまらないことに気づくようになる。若いときの思い違いを悟るのです。

利口がバカらしくなり、これが『利口バカ』だと悟るのです。人がバカに見える間は器が小さく、努めてバカになると不思議に人望が集まり、これぞ利口なのかもしれません。

自分のばかげたこと、失敗したことをオープンに話す人に人が集まり、ドンと自分を落とした話は、人々の心にすんなりと入っていきます。バカの利口という言葉もあり、口では『バカになる』といっても、それができる人は極めて少ないのです。


寅さん映画を見る理由

寅さん映画の公開は、昭和44年(1969年)8月で観客動員数(映画館に足を運んだ人)が54万人、人気はうなぎ上りに上がり、やがて100万人、150万人、昭和47年の第9作「男はつらいよ、柴又慕情」(マドンナ・吉永小百合)から更に人気上昇し189万人、経済の右肩上がりにつれ(?)200万人を軽く突破する観客動員数が続きます。

最大の観客数は、昭和4812月公開の第12作「男はつらいよ、私の寅さん」(マドンナ・岸恵子)で241万人でした。その後、超ロングランになりますが、140万人から220万人の人々が毎回この映画を楽しんでいます。

48作までの観客動員数を合計しますと約7970万人、日本人口の2/3が見たことになります。作家の井上ひさし監修の「寅さん大全」の本の中で、人々はなぜ四分の一世紀もの間、このシリーズを倦むこともなく観てきたのか、その理由の一部を掲載します。

「寅さんは、一種の自由人で好きなときに好きなところへ行くことができる。成人男子の7割前後が給料生活者、給料と引きかえに自由を束縛されている。だから身軽な寅さんに憧れ、彼を観るために映画館に出かけてしまうのだ。」 

「渥美清の演技がまたすばらしい。渥美が寅さんか、寅さんが渥美か、どちらがほんとか分からないぐらいすばらしい。」 「どちらがほんとか分からないようにするために、彼はこの25年間、出演をほとんどこの映画1本に絞ってきた。そこが偉いね。」 

「彼のその誠実さが当然、寅さんにもにじみだし、お客さんは寅さんを信用する。」  「寅さんと妹さくらとの情愛にいつも打たれる。」 「マドンナが毎回、変わるのが楽しみ。そのマドンナもそのときそのときの旬の女優が選ばれる。」 

「寅さんに妙に向学心があるのがおもしろい。」 「万事金の世の中に人の情けが生きていて、それがうれしくてほっとする。」理由をあげれば、際限がありません。まったく同感です。

キリストにあってバカになる

職場、学校、地域の中を見渡してみると、なんとなく人望のある人を見出すことが出来ます。その人は利口ぶっている人ではなく、バカぶっている人・バカになっている人ではないでしょうか。

本人がそのことを意識してなくて、自然体のままかもしれません。その人と話すと暖かみを感じ、親しみを感じます。その人のまわりにはいつのまにか人が集まり、会話も楽しくはずみます。

私たちクリスチャンも小利口に生きるのではなく、バカになって生きること出来ればと思います。あるがままの自分で飾らずに生きていきたいのですが、これがなかなかできない。

一人一人は、それほど立派でもなければ賢くもない。パウロのキリストにかける情熱、生き方を見ると、よくもあんなことが出来るなと思われることが多くあります。

キリストにあって、もはや失うものなど無いのではないか?神様から示されたことに正面から、情熱をもって、バカになって取り組む!キリストにあってバカになり「明るく、やわらかく、愉快に」生きたいと願います。

「もし、あなたがたの中で、自分は頭が良いなどと考える者がいたら、そんな愚かな考えはかなぐり捨てて、ばかになるがよい。というのは、この世の知恵などは、神の御前では実につまらないものである。」(コリント3章18-19節 現代訳)

2022年4月5日 小坂圭吾

2022年3月2日水曜日

今を生きる「人生100年時代~病気と付き合う」

 

紅梅

健康の5要素

人生100年に対して、私も喜寿を超えました。年の割には元気で感謝なことですが、それなりにガタが来ています。いろいろな病気もしましたが、大病にはなりませんでした。

私たちが健康で過ごしていくためには、何が重要なのか、よく言われるのが健康の4要素です。①適度な運動、②正しい食事、③心の平安、④十分な睡眠 私は、これにもう一つ ⑤やりがいのある事 を加えます。

この「やりがいのある事」が一番大切であろうと考えて、今まで書いてきました。読者の方々の多くは、これらの5つの要素を何らかの形で、守っておられることでしょうが、それでも必ず起こるのが病気です。

人生の3つの坂

「皆さん、こんにちは。小坂でございます。小坂の坂は、大阪の阪ではなく、土ヘンの坂と書きます。人生には3つの坂があると言われますが、御存知ですか?」と自己紹介を始めて聞きますと、「大きい坂・・小さい坂・・上り坂・・下り坂・」となります。

3つの坂というのは、「上り坂、下り坂、マサカ」の3つです。もう20数年前に当時の取引先の社長さんから教えていただき、時々披露しています。

人生には、マサカの坂という想定外の事柄が突然襲ってきます。仕事、人間関係、健康において、予想も想像もつかない事態は、必ず起こります。

私にとって、健康面でのマサカの出来事は、病気でした。もう7年前になりますが、胸の中央あたりがキュツと締め付けられる状況が、1日数回ほど起こり、数分ほど平静にしておれば治るのですが、1週間も続いて、これはだめだと総合病院へ行きました。

色々と調べてもらうも何も悪い所が見つからない。担当のお医者さんにとっては、症状が気になり、ぜひとも入院してカテーテル検査をするように強く勧められました。私は、入院が嫌だったのでかなり抵抗しました。

医者嫌い、薬嫌い

私の周りを見ますと、医者に行きたくない、薬は出来るだけ使いたくない方が意外と多いのではないかと思われます。私自身は医者嫌いではありませんが、自分で治せるかも?と思えば自分で何かと工夫をします。

たとえば、腰痛など自分で手当てをしますが、ダメかなと思えば、速やかに医者に行きます。医学の進歩は、主なる神様も用いて下さるので、大いに活用したいと思います。

病気と言えば、自覚症状がある場合とほとんどない場合があるようです。自覚症状がない場合、後で冷静に考えれば、あの事がサインだったかな?と思い出されることもあります。

わずかな症状しかない時は、見落としてしまいますが、症状がはっきりしていても、我慢をしてついつい医者にかかるのを後回しにしてしまいがちです。かなり酷くなってから医者に駆け込むことになりがちです。

私の姉は、すでに90歳半ばですが、今まで何度も倒れては、医者にかけこみ、昨年の夏も入院して、「もうダメかなと思ったけど生還出来て、あと100歳まで頑張るよ!」と言っています。

こういう人は、良い意味で病院に慣れているのかなと思います。普段元気な人は、病院に慣れていなくて、病院嫌い、検査嫌い、薬嫌いと3重嫌いになり、手遅れになりがちですので、十分な注意が必要です。

病気とも仲良く

私の場合、後日にしたいと入院してまで検査することにかなりの抵抗があり、担当医は「奥さんを連れて来られて、相談しましょう」と言われ、お医者さんの説得と家人の後押しもあり緊急入院です。

カテーテル検査によって狭心症とわかり、手術でステントが一つ入り、約2時間の手術&1泊1日の入院で、34日後には普通の生活ができるようになりました。そのままにして時間が経過すると心筋梗塞の可能性があり、医学の進歩に助けられ、主に感謝しました。

「一病息災」という言葉がありますが、一度大きな病気や、病気を発見したりすると、その後の人生において十分に気を付けることになり、逆に健康になると言われます。老いると体にガタが来ますが、病気もまたいつ襲ってくるかわかりません。


病気になれば、ある程度は自分で出来ることはあっても、病院に行くことは、タイミングを計って行くのが良いと思います。いつもみ言葉を口ずさみながら、イエス様とも二人三脚で歩むように、病には上手に付き合っていく、老いも病気も仲良く二人三脚で歩むことであろうと教えられています。

 「主のおしえを喜びとし、昼も夜も、その教えを口ずさむ人。その人は、流れのほとりに植えられた木。時が来ると実を結び、その葉は枯れず、そのなすことはすべて栄える。」(詩編1:2-3)

 2022年3月2日 小坂圭吾

2022年2月4日金曜日

今を生きる「人生100年時代~生涯現役に生きる」

 

御射鹿池(みしゃかいけ)
生涯現役とは

いつまでも現役であることは、何が良いのでしょうか?生涯現役という意味は、がむしゃらにガンバリ続けるということではありません。現役意識を持って、何かしらの事柄を持って働く、周りの人々に役立つことをするということです。

周囲に迷惑をかけるような現役では、これは言語道断です。「生涯現役は迷惑である」との声を聞かないわけではありませんので、迷惑な生涯現役は、お断りですね。

人々の何かしらの役に立つことをしていくには、脳機能と運動機能を使い続けますので、高齢者にとって大切なこと~身体が動く、頭もすっきりしていることに繋がるのです。働くことが、老化防止の最大の薬であり、社会的にも色々な面で貢献していけるのです。

高齢者の医療費が何かと問題になっていますが、長く働いている方が多ければ、医療費の負担も少なく、健康寿命も長くなることは、昨今の調査結果で明らかになっています。

他の人のために役立つ

言葉を変えていえば、“やりがいのある事をする”ことだと私は考えています。やりがいというと大げさですが、心に張りのある、“他の人のために役立つ”何かをするということです。これまでにもお話をしてきましたが、仕事、ボランテイア、孫の世話、家事、趣味でもOK、他の人のために役立つ何かを絶えずしていくことです。

自分のためだけでなく、他の人のためにも役立つと思われることをしていくことがポイントです。社会や家族から必要とされていることに応えていくということです。これをやっていきますと、脳機能と運動機能を常に使い続けることになるのです。

例えば、大家族におけるおばあちゃんの存在ですが、この人は、その家族では間違いなくキーウーマンです。家事をやり、何かイベントがあれば、孫やひ孫の世話を焼く、そのためには、頭を使う、体を使うことは言うまでもありません。

ですから、いつまでも元気でいる方が多いようです。私の家系にも何人かいますが、商売をやりながら、家事を切り盛りして、まさに健康で驚くほど長寿でした。人々のために役立ち、家族にも必要とされていたのです。

各人の賜物・能力を生かす

聖書は、この事についてどのように教えているのでしょうか?聖書の教えを一言でいえば、「愛」に尽きます。イエス様が具体的に言われた言葉があります。

「イエスは彼に言われた。『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの主である神を愛しなさい。』これが一番大切な戒めです。『あなたの隣人を、自分自身のように愛しなさい』という次の戒めも、これと同じように大切です。」(マタイ22:37~39 現代訳聖書)

主なる神様を愛し、自分自身を愛するように隣人を愛せよと、聖書は教えています。そのためには、どのようにするのか?隣人のために、各人に与えられた賜物・能力を生かして、人々に役立つことをしていくということです。全ての人には、素晴らしい賜物、能力が、自分でも驚くほど与えられていると言われます。そのほとんどを私たちは、使ってないのです。

人生30~40年も生きてきますと、次第に自分は何が得意であるかはわかってくるように思われます。若い頃は、意外と自分の得意なことが見えてないことが多いようです。私もビジネスマン時代に、これがやりたいと思ったことが必ずしも良くできることでなく、ただ願っていただけだったと気が付いたことがあります。

人生経験を積み、失敗や成功体験をして、自分の得意なことが見えてくるのです。あるいは、周りの人の方が、その人の得意なことをよく知っており、アドバイスをしてくれるかもしれません。

それらの賜物・能力を磨いて、人々のために役立つことをする、それは若いときから心がけておくべきことではないかと思います。そのようにやっておれば、その賜物・能力が中高年になってからも活きて、体が続く限り引退は無く、新しいことへの挑戦が出来るだろうと思います。

札幌農学校の初代教頭(事実上の校長)であったウイリアム・スミス・クラーク博士が、「青年たちよ!大志を抱け、キリストにあって」と名言を残しました。人生100年時代にあっては、いつまでも何かしらのチャレンジをしていく、「キリストにあって、青年たちよ&老人たちよ、大志を抱け!」を大切にしたいと願います。

 「彼らは年老いてもなお、実を実らせ、みずみずしく、おい茂っていましょう。」(詩編92:14)

 2022年2月4日 小坂圭吾

2022年1月12日水曜日

今を生きる「人生100年時代を生きる」

 

旧渋沢邸「中の家」
人生100年

人生100年時代という言葉は、2017年ころに意識し始めました。それまでは、我が人生も90歳ころまでかな?と考えていました。2007年生まれの2人に1人が100歳以上生きるとなれば、「人生100年時代」の到来は、一気に現実味を帯びてきたのです。

これまでの人生設計は、「20年学び、40年働き、20年休む」すなわち「教育、仕事、老後」の3段階が一般的考え方でした。私は、老後ではなく第二の現役と捉えていましたが、どちらにせよ、人生100年時代を迎えると、考え方を変革しなければなりません。

平均寿命と健康寿命という言葉がありますが、この二つには、かなりの差があります。平均寿命は、0歳から死亡するまでの平均寿命を表すのに対して、健康寿命は、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生きられる期間を指します。

健康寿命は、ザックリといえば約10年、平均寿命よりも短いのです。この差は、簡単に言えば、医療や介護に依存するような、日常生活に制限のある期間を表しています。人生100年時代とは、平均寿命がここまで伸びても、健康に生きられるのではありません。


NHK大河ドラマ『青天を衝け』

昨年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』は、「日本資本主義の父」と称される渋沢栄一を主人公にして、江戸時代末期(幕末)から昭和初期までを描いたもので、1年間楽しく見ることが出来ました。

本人の生きざまに深く触れることが出来ればと、昨年の12月25日クリスマスに、バスツアーに参加しました。深谷市を訪問して、渋沢栄一の生家(旧渋沢邸「中の家」)や渋沢栄一記念館等に行きました。

記念館には本物そっくりの『渋沢栄一アンドロイド』があり、その風貌を忠実に再現し、言葉を通してありし日の渋沢栄一の考え方を聞くことが出来、存在をよりリアルに感じました。


彼は、実業界での華々しい活躍の後、76歳で実業界を引退しますが、民間外交を通じて、日米関係の改善に取り組む、福祉事業や教育にも力を注ぎ、なんと91歳まで現役として生涯を全うしたのです。

彼が、このように長生きをしたのは、実業界を引退しても日本を少しでも良くしたいと生涯現役で仕事をしたからであろうと、私は推察しています。

70歳代を高齢者と言わない

各企業の定年年齢は、60歳から65歳に移行しつつあり、更に勤務延長制度や再雇用制度も広がってきています。将来的に「70歳定年」が努力義務になる見込みだとのことですが、70歳くらいまでは、現役で仕事をすることがかなり当たり前になりつつあるように感じます。

70歳代で元気な人はとても多く、65歳以上を高齢者というのは、適切でないと思っています。東名高速を走っていますと、大和市のあたりで垂れ幕が目に入り、「70歳代を高齢者と言わない都市」を宣言しています。

これは、現役意識を高めて、健康寿命を延ばそうとの願いも込めたものだそうで、この宣言には、大賛成です。私も含めて70歳代を見て感じることは、昔の60歳代だろうかなと思わされます。

ですから、昔よりも10歳は若返ったような感じがしますし、現役の延長でいることが出来る期間かなと思います。ですから、80歳までは現役のような生活を送っていいのだ、その可能性がある社会になってきたのだということでしょう。

人生100年時代を健康に生きるには?

こうした人生100年時代を、健康に生きるにはどうしたらよいのか?私の周りの90歳代の人々(教会や親族等)の生き様や高齢者医療の現場に携わってきた人々の本等を読みながら、何が大切であるかを考えてみました。

高齢者にとって大切なことと言えば、身体が動く、頭もすっきりしていることですから、脳機能と運動機能をしっかり整備しておくことです。60歳代、70歳代の過ごし方で一番重要なのは、80歳以後になっても続けられるように脳を使うこと、体を使うことの良い習慣づくりをしておくことです。

それには、生涯現役で行くことです。どんな仕事でも良いので、自分の経験や知識を生かして、誰かの助けになる、社会の役に立つことをし続けることです。体が続く限り、一生続けることです。私も生涯現役と言っていましたが、途中から引退もあるかなと思うこともありましたが、どんな形にしても、気持ちを楽にして生涯、引退はなしと自分に言い聞かせています。

 「あなたがたはこういうべきです。『主のみこころなら、私たちは生きていて、このことを、または、あのことをしよう。』」(ヤコブ4:15)

 2022年1月12日 小坂圭吾


2021年12月15日水曜日

喜び・感謝「自分史~挫折から信仰へ」

 

西伊豆・黄金崎

劣等感と優越感のはざまで

KGKで紹介された高田馬場教会は、高田馬場駅の近くにあり、日曜日には足しげく教会に通いました。尾山令仁先生のお話に心惹かれて、「なるほど良い事言うなあ」といつも感嘆させられました。

それで、聖書を本気で読むようになり、本格的に聖書研究を~教養ある人間形成の一環として、聖書研究は非常に結構だと考えていたのです。

実は、挫折したことが引き金で、大学入学後、予備校時代にもそうだったのですが、学生服の襟章(ツメ襟の所に大学の校章を付ける)が気になって仕方がありません。

電車、バス、道すがらすれ違う学生の襟章を気にし、優越感と劣等感のはざまで揺れていました。不合格だった大学の襟章を見ると劣等感を、それ以外であると優越感という私の心があることが分かったのです。

これは良くないことだと感じてもどうすることもできず、これが罪ということなのだろうかと思いつつー。

真理探究に没頭

当時の教会と言えば、狭く汚い教会堂でしたが、大学生の私には気にもならず、活気に満ちたその雰囲気に引き込まれていきました。日曜日の礼拝になると、狭い会堂はいっぱいになり、外で立って礼拝する人もいたほどです。

当時は、かなり厳しい理工学部の授業・勉強(実験とか演習があり、レポート提出があった)でしたが、大学の勉強よりも聖書の学びの方が面白く、多くの時間を割き、聖書の真理探求に没頭しました。

大学の授業があまり面白くなく、自分勝手に休講、授業をさぼったことを自戒しますが、勉強にはファイトが湧いてきません。一方で、教会には出来るだけ休まず通い、キリスト教関係の本をしっかり読みました。

理工系の学生でしたので、「キリスト教と科学は、矛盾しないのか?」と色々と研究しました。求道を続けるうちに、この天地を作られた創造主がおられる、目には見えないが神の存在を認めることが出来るようになりました。

人が人として歩むには?

神を信じてこの道を歩むという所までは至りませんが、「人が人として歩むには、この道しかないだろうな?」と感じていました。大学2年生の秋、教会新報に「キリスト教信仰は、私たちの何なのか」と題する主張が載っていて、それには考えさせられました。

イエス・キリストが私にとって何なのか?信じるとは何か?自問自答が続きます。そして、礼拝のメッセージで、「信仰をアクセサリーのようにして捉えて、それでいいのだろうか?」との問いが投げられました。

安曇野にて

信仰の決心そして確信を得る

「主に罪だと示された事を認め、悔い改めてこそ信仰である。教会でいくら奉仕をしたとしても、一番肝心のことが欠けていては、それは信仰ではない。」このメッセージには目が開かれました。

「私の救い主としてイエス・キリストを受け入れ、この方に従って歩むのが“人が人として歩む道である”。これに人生をかけて歩もう!」と信仰の決心をしました。

そのときは、罪ということはある程度わかりますが、自分がそれほど罪深い存在であるとは、思っていません。なぜなら、今までほぼ正しいことをしていると思っていたからです。

その後、しだいに理解が進んでいき、キリストが私の為に、私の罪の為に十字架にかかって下さったと、心から信じることが出来るようになり、信仰の確信を得たのです。

今にして冷静に考えて見ますと、ホップ、ステップ、ジャンプと3ステップで信仰の確信を持つに至りました。約2年間の求道生活でしたが、大学3年生の春に洗礼を受けました。

その時は、社会に出てもクリスチャンとして誇りを持ってやっていけると思えるようになり、内村鑑三が、「学生の信仰ほど、あてにならないものは無い」と言いましたが、そんなことは無いぞと思ったことです。

いつのまにか、優越感と劣等感のはざまで悩むことは、消えていました。本当に不思議なことです。2回続けての挫折は、その時には、感謝に変わっていました。

第一志望で受験した大学は、とにかく入学するのだというので選んだ学科で、あまり行きたくなかったのです。第二志望の方は、自分の適性も考えて選んだ学科(日本ではまだ少ない学科)で、ここが本当に良かった、助かった!と思いました。

私にとっての挫折は、私自身の小さな思いに過ぎません。ばらばらに思えるような人生の一つ一つの断片~第一の挫折は、第二の挫折につながり、やがて求道から信仰へと導かれて、つなぎ合わされていくことを知るのです。

挫折があればこそ、このような道へと導かれたのだと、本当に感謝しています。

「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られたものです。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」 (コリントⅡ 5:17)

2021年12月15日 小坂圭吾