2013年7月29日月曜日

祈り 「バンクーバー・リトリート(1)」

       

       いざバンクーバーへ    
 今月中旬に、夫婦でバンクーバーへの旅をしました。娘が結婚して住むようになり、今年は行かないとね!と腰を上げたのです。私は、過去に2回ほどビジネスで訪問しましたが、バンクーバーの良さを体験する暇がありませんでした。前から知っていることは、「世界で最も住みやすい都市」との評判ですが、今は“ガラスのまち”とも言われ、8日間の旅でしたことをレポートできればと思います。

 バンクーバーはカナダの西海岸にあり、北海道よりも緯度的には少し北になり、バンクーバーを中心とする都市圏人口は約210万人、トロント、モントリオールに続くカナダ第3の規模を持つ大都市です。時差はサマータイムを実施していますので-16時間で、久しぶりに時差のきつい国に出かけますので、1週間ほど前から早寝早起きに精を出しました。

 成田から直行便で約9時間、会社再生をしたJALを使いました。この10数年はJALを利用しませんでしたが、経営破綻をして、稲盛和男氏がJAL会長として経営の立て直しを図られてからは、JALを応援する意味から積極的に利用しています。国際便は10数年ぶりで、あらゆることが改善されていることを実感しました。(海外に行くときは、JALのホームページから航空券を購入するのが最も安いです。)行きの機内食は、ほんとおいしかった!これから日本の航空会社として大きく羽ばたいてほしいと願います。

      どんな都市なのか?
 7月に行く事にしたのは、1年で雨が最も少なく快晴の日が続くこと、飛行機代も高くなる前の時をねらいました。バンクーバーに着くと17℃くらい、長袖とベストを着て丁度良いくらい!少し寒いかな?と感じた日は無く、日本の5月くらいの感じです。最高気温は、20-25℃くらいだったように思います。夏は乾燥していて涼しいというのが実感で、7月の降水量は、東京の1/4以下です。さわやかな気候で、8日間一度も雨は降りません。

 バンクーバー国際空港に到着して、入国審査までの間の廊下等を歩きながら、その色合いは素朴な感じが強く、帰国時の待合室等は、そのゆったりした良さを感じさせてくれます。入国審査カウンターで色々と聞かれて、最近はガードを固くしているのかと思います。

 出迎えに来てくれるはずの娘が見当たらず、少し待つのかなと思っていた矢先に「ごめん、ごめん!早くに出て来れたのね」と言いながら出迎え、“これはバンクーバー時間だな”と几帳面な性格がそう思わせました。しかし、帰国するころには、ゆったりとした時間の過ごし方にすっかり馴染んだように思います。

 空港から娘の自宅まで車で20分のドライブ、車窓から見ながら、住宅街に入ると昔の記憶が徐々によみがえります。バンクーバー国際空港からダウンタウンの終着駅までスカイトレインで約25分、空港は便利な所に位置します。ざっくりと言うと、カナダの大都市とはいえ、日本の中規模の都市にその良さをふんだんに備えているということでしょうか。

     多様な民族と言語
 バンクーバー市のみの人口は約60万人、民族や言語が多様で人口のおよそ半分は、第一言語が英語ではありません。ダウンタウンや住宅街を歩いていても、中国系、韓国系、日系等の人々が多かったですね。第一言語が英語でない人が多いものですから、よく聞き取れない(こちらの実力不足)、正しく発音しても(?)間違えて聞き取ってしまわれる。

 「野菜ジュースは、どこにありますか?」連れて行かれて指さされたものが全く違うもの。そもそも野菜ジュースは無いようです。マーケットでぶらぶら買い物をしていると「韓国人ですか」と質問されたり、ある時は、日本から来たと言うと「津波に遭いましたか」と尋ねられ心配もしてくれました。そして、何日の滞在かと聞かれ「8日間」と答えると「それは短い!次は1か月の予定で来なさい」と勧めてくれ、出来ればそうしたいですがー。

 色々な方との交わりの中で、あるご夫婦、イギリス・スコットランドから定年を早めに切り上げ、バンクーバー島に引っ越して来られたお二人との会話です。彼らの仲の良さは、傍目から見てもそうであろうなと推察されます。

 お二人で手をつなぎ、ご主人が奥様の肩に手をかけて優しくされている様子は、日本男性にはなかなか出来ません。(バンクーバー島では、このような光景があちらこちらにー。)その姿を見るに、優しさの様子が日本とは少し違うのですと、川柳をご紹介しました。

「手をつなぐ 昔デート 今介護」

一緒に大笑いですが、“あなたの隣人をまず大切に!”ということを思い起こさせられました。どうも主人の私の方が反省しきりとなりがちで、これは致し方のないことでしょうか。

 2013年7月27日     小坂圭吾  

2013年6月12日水曜日

コーヒーブレイク 「伝える(2)」


    翻訳の問題
先日、御茶ノ水の東京プレヤーセンターで礼拝の後で懇談をしていました。ある信徒の方が「日本語の聖書は、わかりにくい所が出て来ますね。対訳付きの聖書で英語を読む方が良くわかる時があります。」

「英語の聖書は10種類余もあって、分かりやすい文体の英語を載せてあるからです。日本にも分りやすい日本語で訳された翻訳がありますよ」と私は、『創造主訳聖書』のチラシをお見せしながらお話しました。「すぐに今から買いに行きます。2階の本屋さんですね。これで1冊売れましたね。」と飛んで行かれました!これは、うれしい驚きです。

聖書の分かりにくい原因は、ズバリ、翻訳に問題があるからです。ほとんどの聖書が「原語に忠実」という翻訳原則に基づいており、聖書の書かれた時代や風俗や習慣が、今日私たちが生きている日本とは全く違うにもかかわらず、それが考慮されないで翻訳されています。ですから、意味のわかりにくいところがあちらこちらに出てきます。

そこで、翻訳原則を「原語に忠実」ではなく、「原文の意味に忠実」という原則に基づいて行うことが重要なのです。「原文の意味に忠実」ですと、キリスト教の背景を持たない日本人にも読むだけでわかるように訳すことが出来ます(この翻訳原則をダイナミック・エクイバレンスと言います)。現在、一般の書籍は全てこの原則に基づいて訳されていますが、『人生を導く5つの目的』を始め、PDJで出版する書籍、教材等も、全てこの原則で訳されています。

     聖書の主題
もう一つの問題は、聖書の主題である「神」という訳です。日本人の多くは、「神」と言う訳の聖書だと、“八百万の神”を想いながら読んでしまうのではないでしょうか。一般の人々にとっては、「創造主」という言葉のほうが分かりやすく、天地万物の造り主、創造主の存在をダイレクトに伝えることが出来ます。クリスチャンである私たちは、神であろうと創造主であろうとさほど違いを感じませんが、未信者の方々は、「神」だと全く混乱をするのです。先日ある教会員のご婦人からこんなお話を聞きました。「私の主人は、聖書を読んでいると、“神”という言葉が出てくるたびに“八百万の神”を連想してしまって、良くわからないと言うのですよ。」

私自身は、クリスチャンになる前に聖書を読んでも、神と言う言葉について“八百万の神”を想いながら読むということが無かったために、混乱するとは思いもつきませんでした。『創造主訳聖書』を刊行してから、色々な方々からこのことを言われて、まさに日本人にとっては、混乱の種であったのだと実感しています。

     お便りから
先日、ある読者の方からお便りをいただき、少し長いですが一部を紹介させていただきます。

 「待望の『創造主訳聖書』を実際に手にしてみて、まず始めに、装丁が素晴らしい!聖書というと、堅苦しく、とっつきづらい雰囲気の物がほとんどで、それなりの厳かな装丁のものが在って然るべきですが、一般の人に手に取ってもらおうと考えたなら、断然カジュアルで親しみやすい雰囲気が必要となります。ちょうど手にしやすいサイズ、オシャレな表紙、持ち運べる軽さ、栞付き・カバー付きの親切さ‥。中を見た時に軽い衝撃『見やすい!』字体が丸ゴシックなのが新鮮で良いし、小見出しが大変多く、分かりやすい。その小見出しのデザイン線のお洒落なこと!

・・・訳文ですが、本当に読みやすいですね。聖書を初めて読んだ時から四半世紀以上が過ぎ、やはり聖書は少々読みづらい物だという印象で、すらすらサラリと読める感覚のものではない、とは皆が共通の認識!!??この聖書ならすらすら読める、すんなりと頭に入ってくるのでどんどん読み進めることが出来ました。

この聖書の最も革新的な部分である“創造主”という訳語。正直申せば、神を創造主に読み替えたくらいで何が変わるのだろう‥?と初めは思っていました。でもいざ本文を読んでみたら、非常に納得。何か私自身の信仰まで新たにされた感があります。私たちの神は世間一般でいうところの単なる”神“ではない“創造主”。この方から全てが始まりこの方で終わる、正にアルファでありオメガであるお方、それが創造主!天地の造り主である神様を表すのに、これ以上適切な言葉はありません」

この聖書が、日本人の多くの方々に届くことを心から願っております。(なお、6月24日(月)夜に講演会がありますので、ぜひご出席ください。画像をクリックしてくだされば、大きくなります。詳しくは、ロゴス出版社のHP http://www.logos-pb.com/ 
をご覧ください。)

2013年6月12日     小坂圭吾    


2013年5月28日火曜日

コーヒーブレイク 「伝える(1)」


      他の人に伝えたい
先日、丹沢山麓を散策中に、何と驚いたことに、カラスに栄養ドリンク剤(ゼリー飲料)を盗まれてしまいました。手提げ袋に入れネットの網にかぶせてあったのですが、それをごそごそと開き持ち去ったとのこと。同じ袋にバナナは入っていましたが、それは取られず、良かった!知人が遠くから見ていて、やあ驚いたと説明してくれました。近くの人にこのことを話すと、「このあたりのカラスは賢くてよくやられるよ!」との事。感動したことやおもしろいこと、珍しい事などを体験したら、誰かに是非伝えたくなるものです。

しかし、その伝え方が悪いと十分に伝わりません。どのように伝えるかは、実に重要ではないかと思います。話をするにしても、書くにしても(翻訳をするにしても)わかりやすく伝えるために、多くの方々は苦労されているのだと思います。私もしかりです。しかし、わかりにくい話や書籍があるのもこれまた現実ではあります。

      分かりにくい書物
分かりやすく伝えることで言えば、昨今は、池上彰さんが筆頭格かもしれません。彼がNHK「週間こどもニュース」でお父さん役を務めておられる時、「妻がこれは素晴らしい番組だ!」と言って、二人でしばしばこの番組を見ていました。大人のニュース番組よりも分かりやすく本質が理解できるからです。

NHKを退社されて、民放番組に出られる今も時々見ています。色々な書物を書かれていますが、どれも読んでさすがに分かりやすい!彼の著書で『伝える力』と言う本があり、この中で彼は「教科書や参考書は、非常にわかりにくい」と書いておられます。とっつきにくい説明、根本的なことをわかりやすく説明出来てない、専門家はわかりやすく説明することから逃げているとまで書いておられます。

小学生にでも分かるように説明できなければ、本人が分かってない証拠だとよく言われたものです。ですから、難しくて分かりにくい話や本を読みますと、本人も理解できていないのでは?と思ってしまいます。

             わかりにくい聖書
いきなりですが、聖書は読むだけではわからない、わかりにくい書物だと思いませんか?学生の頃、よくぞ忍耐して読んだものだと!求道中の時、「わからないところは飛ばして、わかるところだけを読んでいけば良い」と言われました。多くのベストセラーと言われる書物で、読んでわからないので読み飛ばしていますか。(斜め読みや不要で読み飛ばしは、ありますね。)

永遠のベストセラーといわれる聖書、日本でも毎年百万冊以上が人々の手にわたっていますが、その9割は読まれていないとのこと。まさに積読(つんどく)になっているのでしょう。

わかりやすい翻訳の聖書と言えば、英語では色々な訳の聖書(10数種類)があり、分かりやすい翻訳、平易な文体のものがいくつもあります。日本では、読んでわかる聖書と言えば、「現代訳聖書」を筆頭にして、あとは「リビングバイブル」があるくらいです。聖書を手元に置くには、“現代語の聖書”を読むのが良いと、リック・ウオレンも勧めておられます。わかりやすい翻訳の聖書があることも知らない方が、ほんとに多いと感じています。

元来、聖書は読むだけでわかるものだったはずです。2000年以上も前に書かれた聖書を読んで、今日の私たちが分かりにくいのは、聖書の書かれた時代や風俗や習慣が、今日私たちが生きている日本とは全く違うにもかかわらず、それが考慮されないで翻訳されているからです。現在の英語の本から日本語に訳す場合でも、日本人にわかりにくい言葉、たとえ、笑い話等が続々と出て来るものです。ですから、アメリカ生まれでかつアメリカ育ちの方に意味をお聞きして、翻訳をして行くようにしています。

2013年5月27日     小坂圭吾 

2013年4月19日金曜日

感謝 「はじめに創造主が天と地を(2)」

                  熱い思い
『創造主訳聖書』刊行への熱い思いとは、三重県四日市市で地方伝道をしてこられた堀越暢冶牧師が、長年の伝道・牧会の中から起こされた願いです。

一般的な日本人が思い浮かべる「神」概念は、八百万(やおよろず)の神であって聖書の教える「天地万物の造り主」とは異なります。聖書の「神」という訳語が、福音宣教の足かせになっており、堀越牧師は、「神」に代えて「創造主」という訳語を用いるようになってから、「すべてを超越し、すべてを造られた唯一のお方」として伝えやすくなったと語っておられます。

聖書は永遠のベストセラーといわれますが、天地万物の造り主、創造主の存在をダイレクトに伝えているこの『創造主訳聖書』が、多くの方々に読まれることを願っています。

底本に『現代訳聖書』を使用し、「読むだけでよく分かる」のが特徴です。毎日読む聖書、デボーション用聖書として、ぜひ1冊手元に置いてお読みいただければと思います。持ち運びにも便利ですし、求道中の方やはじめて聖書を読まれる方にも安心してお勧めできます。

                 創世記のノアの洪水
この1年ほどは、創世記について学ぶことが多くなり、「創世記の洪水コンサート」(イ・ジェマン著、宇佐神実監修、Duranno Japan発行)を読む機会が与えられました。“創造について確信がない人に、「地」が告げる創造の明らかな証拠”と本の帯にあります。

私は、創造主が存在すると知って信仰の入り口に立った者ですが、「進化論、人間がサルから進化?そんな事あり得ない」との思いの一人でした。この本を読んで、私たちが目にする地形は、概ね“ノアの洪水”によって形成されたと知ることは、神様が天地を造られたと得心がいく事になります。「創世記の洪水」は、まさに歴史的な事実としてその証拠が次々に示され、読んでいて痛快であり、いかに進化論が虚偽の仮説であるかを知ることが出来ます。

20数年前にグランドキャニオンを訪れた時に、これこそ神様の造られた跡なのだろうと思いながら景色を楽しみました。その時のガイドは、コロラド川の水がゆっくりとした速さで岩石を削ったと最も一般的な説明をしてくれたように記憶しています。「そのようなことで、この景色が出来るかな?無理な話だよ!」と景色は素晴らしくとも納得のいかない説明であったなとの思いでした。

この本では、グランドキャニオンの形成過程を詳しく知ることが出来、“創世記のノアの洪水”が歴史的事実であることが良くわかり、楽しく読むことが出来ます。一読を心からお勧めします。

                      「ロゴス」という言葉 
『創造主訳聖書』は、新たに設立したロゴス出版社より発行しました。ロゴス出版社は、パーパス・ドリブン・ミニストリーの出版を手がけるPDJの関連会社になります。

過去10年間、パーパス・ドリブン・ミニストリーを通して文書伝道の働きに関わり、この分野での宣教において、わずかではありますが経験を積んでおりました。このような経験も、新たに聖書を発行することのご支持をいただくことになったのではと思っています。
「ロゴス出版社」の名前ですが、聖書を出すにふさわしい名前は?とまず浮かんだのが「ロゴス」という言葉でした。ヨハネ1:1に出てくることで有名なこの言葉は、ギリシャ語で「ことば、理性」を意味し、ヨハネの福音書では「神のことば」であるイエス・キリストご自身を表しています。聖書を中心としたキリスト教関連書籍の発行と発売を行うのにふさわしい名前ではないかと思い、社名に入れさせていただきました。

この名前に恥じないよう、聖書の希望のメッセージを日本人の心に届けていければと願っております。


「はじめに創造主が天と地とを創造された。」(創世記1:1 創造主訳) 

2013年4月19日     小坂圭吾     (ロゴス出版社/PDJ)

2013年3月14日木曜日

感謝 「はじめに創造主が天と地を(1)」

                                                               東日本大震災から2年
東日本大震災そして原発事故から2年が経ちました。2年が経過しましたが、復興の進度状況が遅いことは、誠に残念です。それには原因があり、政府が復興の予算をつければそれで事が進むという訳ではありません。東北の地で再興をしようと頑張ろうとしている方々に、少しでも助けになることを最低10年は継続しなければならない、と思っている一人です。再度、支援・復興は長期戦であると覚悟して、「自分が出来ることをしよう」と問い続けながら、行動をしていきたいものです。

年に一度東北の支援に現地を訪問しようと、昨年の秋(2012年10月)、岩手県三陸海岸のあちこちを訪問しました。テレビの映像で見たことのある場所、津波後のその姿は瓦礫が取り除かれていましたので、最初からこのような場所だったのかと錯覚をしてしまいます。

現地の方々の実体験やあらゆるものが根こそぎ無くなった姿を見るにつけ、自然の威力の凄さに驚かされます。盛岡市にある岩手日報社が発行している特別報道写真集「平成の三陸大津波~2011.3.11東日本大震災・岩手の記録」を現地で購入しました。それは、岩手日報社の記者たちが身をもって各地でとらえ、克明に記録したものです。哀悼と鎮魂の思いと共に、復興、新生に向けての歩み、願いです。
      創造主との出会い
この天災、さらに人災ともいうべきあまりにも過酷な現象、秋晴れの中、船に乗って沖合から三陸海岸の実に美しい風景を見るに、神様の造られた美しい景色と震災の過酷な現実が、頭の中で錯綜します。天地を造られた神様は、時にこのような大自然災害をも許されるのです。今回は、創造主について筆を進めます。

“天地の造り主”と言えば、私が求道を始めた大学1年生の時のことを思い出します。キリスト者学生会(KGK)主催のキリスト教講演会に出席し、尾山令仁牧師の講演を聞いてぐっと心に迫るものがあり、教会に行くようになりました。聖書の話を聞くだけでなく、聖書に関する本を大学の勉強以上に熱心に読みました。半年余り求道して、「キリスト教と科学とは対立するものではなく、逆に調和する。この世界は創造主によって造られたのだ」との結論に至ったのです。

特に聖書の冒頭に、「はじめに神は天と地とを創造された」(創世記1:1 口語訳)とあり、何の説明もありませんが、はっきりとこの世界の起源を宣言している言葉には感動を覚えました。この世界を造られた神、創造主がおられることが分かると、今度は、そのお方が私にとってどんなお方なのかが問題になりました。さらに求道を続けるうちに、「人が人として正しく歩むには、イエス・キリストに従って歩むしかない」との理解に至り、信仰の決心に導かれ、やがて救いの確信を得ることができたのです。
     
               『創造主訳聖書』の発行
1965年頃、W大KGKにおいて、毎週一度「創世記」の聖書研究会が行われていました。法学部の校舎6階の薄暗い屋根裏にあるKGKの部室、部屋に入る時は、幾分か腰をかがめないと天井のかもいに頭をぶつけそうになります。これぞ、聖書研究やお祈りをするには、ふさわしい場所だと感じていました。その当時、尾山令仁牧師が私訳の聖書を使って学びを指導しておられ、私もその聖書研究会のメンバーでした。それから約20年後、尾山牧師の私訳聖書が1冊の聖書にまとまり、『現代訳聖書』として刊行されました。

その聖書を底本として『創造主訳聖書』を刊行したい、との熱い思いを持たれた方々からお声がけいただきました。「神」と言う訳語を「創造主」と訳出する『創造主訳聖書』の刊行です。これは、重要な働きだとの思いを抱きながら、委員会に参加させていただいたのが、約1年半前のことです。
(「創造主訳聖書」は、イースターに全国のキリスト教書店で発売致します。
こちらのホームページをご覧ください。http://www.logos-pb.com/ )

2013年3月14日     小坂圭吾