2008年12月27日土曜日

歴史探訪「日本最東端に行ってきました(2)」


稀にしか見られない国後島
11月上旬の3日間は天候に恵まれ、あまり見ることが出来ない歯舞(はぼまい)群島、更にほとんどみることが少ない国後島(くなしりとう)の2島を見ることが出来ました。これはそんなに多くは無い経験とのことでした。

先日、近所の公園の大掃除があり、皆で集まって公園の大掃除をし、集めた枯れ葉で焼き芋を作ります。これがまたうまいこと限りなし!!そのとき、2軒先のお隣Tさんと掃除をしながらお話をしてみると、北海道中部出身のTさんご夫婦は、私と同じ頃帰省されていた由。週末には、北海道西部から中部の天気は崩れて、東部の一部だけは恵まれたことが分かりました。そういえば、その3軒先隣のSさんまた私の妻も北海道出身です。岡山出身の私ですので、これを1番として2番目に好きな県が北海道です!

二日目の夕方には、知床に入りました。オホーツク海にまさに沈もうとしている夕日がとてもきれいで、普段は車が多く危ないので停車しないとのことですが、その日はバスを止めてくれ皆でこの夕日を撮影しました。オホーツク海の寒そうな姿と相あまって、とても感慨深い景色でした。3年ぶりの知床です。
 
世界自然遺産・知床  
3年前の2005年7月14日に、私は初めて知床に来ましたが、何も知らなかったのですが、知床が世界自然遺産に登録が決定され、それを聞き驚きました。ホテルではお祝いの特別イベントがあり、知床についての自然環境のなす偉大な様について、知床ネイチャーガイドの方から、スライドにより説明を聞きました。

知床半島中央部は、千島火山帯が貫き、海岸線は荒く海に削られた地域です。冬には世界で最も南端に接岸する流氷が訪れます。流氷は、“プランクトンのゆりかご”と呼ばれ、流氷下の海水に養分がたまりやすく、それを食べるプランクトンが豊富になり、そのためにサケなどの豊富な魚介類が育つのです。サケは秋に知床の河川を遡上し、ヒグマ、オジロワシ、オオワシなどに捕食されます。これらの動物の排泄物および死骸は、植物の栄養素として陸地に還元されます。

このような海と陸との食物連鎖を見ることのできる自然環境が残されている点が評価され、世界自然遺産の登録物件となったのです。海洋生態系と陸上生態系の相互関係の素晴らしいサイクルに、感動を覚えます。

知床では、人間がおじゃましている!
遺産登録された翌日、その実態を見学しました。車の移動中に「あ、熊だ!」との叫び声、しばらくすると今度は巨大な角を持った鹿がのっそりと横切っていく。7月でしたのでサケではなくサクラマスが河川を遡上するのを見学、知床観光船からは、200メートルにも切り立った断崖と奇岩群、そして知床連山を観光しました。

そんな知床の風景を見ると、目に見えない悠久のサイクルの中に、人間がおじゃまさせてもらっているのだと感じます。神様の御手によって、知床の自然は素晴らしい循環系として造られ、すべてのものが目に見えない絆で結ばれていることが分かります。

一方で、おじゃまな人間のために、知床の現状は課題山積みです。夜の国立公園内をバスで走りライトを照射して動物を探す、人間の立ち入りは、動物や木々にとっては大きなストレスである等々。自然を守ろうと言いつつ一方で、自然破壊につながる行為を私たちはしていることに考えさせられます。

知床の観光と漁業が成り立っているのは、ひとえにこの大きな自然のおかげであり、この自然を守り抜くしか知床の生きる道はありません。ぜひとも、自然と人々の暮らしが調和し、素晴らしい知床が守られることを祈るものです。

知床の空を大きく旋回している“ワシ”、残念ながら映像でしか見られませんでしたが、その雄大な姿、サケを取りに行くときの果敢さに感動させられ、自然から新しい力を頂くことができます。クリスマスを終えて、まもなく新年を迎えますが、主から鷲のような力を頂いて新しい年も歩みたいと願います。

「主を待ち望むものは、新しい力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」(イザヤ書40:31 新改訳)

2008年12月27日    小坂圭吾

2008年12月12日金曜日

歴史探訪「日本最東端に行ってきました(1)」

北海道東部・根室へ 
長い間の願いであった北海道東部・根室に行ってきました(11月6-8日)。北海道東部の中でも根室にはなかなか行くチャンスがなく、やっとかないました。釧路空港から入り、釧路湿原→厚岸(カキで有名です)→霧多布湿原→根室、二日目は、根室の最東端・納沙布岬→風連湖→野付半島・トドワラ→知床斜里町ウトロ(世界自然遺産)、3日目は、オシンコシンの滝→濤沸湖→網走(博物館・網走監獄、天都山)そして女満別空港から帰路につきました。(北海道の地名には、読み仮名が必要ですが省略をお許し下さい!)

どこに旅行しましてもその素晴らしさに感動しますが、旅行するなら北海道が一番好きな場所です。大自然の雄大さは、北海道でなければ味わうことが出来ません。海の幸、山の幸、陸の幸を味わい、都会では出会うことがない人情や暮らしに出会うことが素晴らしい体験です。3年ぶりに来て、新しい発見と深い味わいを感じました。

日本最東端、納沙布(ノサップ)岬  
日本本土最東端の地が根室ですが、その根室半島最東端に納沙布岬があります。北方領土返還要求運動の原点になる地で、目前にある北方の島々を望みながら歴史的経緯を見聞きしますと、この北方領土4島返還に対する思いが伝わってきます。

これら北方領土の島々に住んでおられた方々は約2万人弱もあり、戦後ロシアに不法占拠され、この根室地方に引き上げざるを得なかった人々です。目前の海上3キロメートル強の沖合いが、ロシアとの国境線となります。

貝殻島が一番近くでその近辺では昆布を取ることが出来ますが、ロシアに占拠されているため高い漁業権を支払いながら昆布を取っているのには驚きです。今まで北方領土返還についてはあまり知らなさすぎたことを思わされます。そこを見学しました私たち一行は、返還の署名運動に各自サインをし、お土産に昆布をしっかり買いました。

根室の地での開拓
根室は日本で日が暮れるのが一番早く、秋の午後4時半にはもう暗くなります。根室の町を夕方散歩し、根室駅売店でそして近くの北海道にしかないコンビ二チェーン店で女子店員の方と会話を弾ませます。彼女たちからは、都会では感じられない良さが伝わってきます。旅行に行ったときは、必ず現地の新聞に目を通すことも心がけています。根室の町は人口も減り、今は3万人程度になったとの事でした。

この街に来て、教会があれば訪問しようと考えていました。ホテルにおいてある“根室の散策マップ”を見ますと、キリスト教会がイラスト入りでしっかり掲載されていました。カトリック幼稚園も掲載されていて、街ではだれでも知っている存在なのだと思いました。

二日目の朝、教会へ出かけて見ました。なるほど存在感のある立派な会堂です。今から120年余も前、1886年(明治19年)にアメリカの宣教師夫妻によって開拓をされました。夫君は翌年志半ばにして病気のために天に召されました。奥様はこの地にとどまり、ヤソのおばさんとして町の人々の尊敬と愛慕を集め、開拓して2年後9名の方々が洗礼を受け、根室キリスト教会が設立されたのです。

伝道は、根室・和田をはじめ、別海、北見、紋別まで及んだのです。そして、20年の長い間、神の福音が述べ伝えられました。この当初の困難さは、口で言い表すことは出来ないでしょう。そして、今日まで多くの外国人宣教師をはじめ、牧師、伝道師によって宣教がなされました。無牧の時も何度もあったとのことですが、信徒の方々が力を合わせて教会を守られたのです。

多くの涙と祈りが積み重ねられ、この地に福音が伝わり実を結びました。その尊い働きに感謝します。朝早くだったので、牧師の方にご挨拶だけさせていただき、根室の地を後にしました。

「涙を流して種を蒔くものは、喜びの歌を歌いながら、刈り取るようになる。」(詩篇126:5 現代訳)

2008年12月12日    小坂圭吾

2008年11月26日水曜日

感謝 「物を使い込む(2)」

5年の会堂建設プロジェクト
この会堂建設プロジェクトは、大変なことですが恵みも多く、ほぼ5年がかりの建設でした。千人会堂の姿をイメージしながら土地探し、建物がない更地を2年余探しました。東京都心の不動産屋には、ほとんど知られることになりましたが、千人会堂を建てられる土地は簡単には見つかりません。更地中心で中古の建物を探すことはあまり考えていません。そんな中で、練馬区に文明堂カステラ工場が建物付きで売りに出ていることを知り、早速現場を見に行きました。7階建ての建物、ガランとした空き家の工場を歩きながら、「これがどこまできれいにリニューアル出来るのかな?」と頭をよぎります。私が勤めていた会社の建設関係の責任者Kさん、そして大手設計事務所Gさんに調査をお願いしたら「これは素晴らしい物件、見違えるような教会にリニューアル出来る!」との話でした。2年余り探す間にバブルがはじけて、価格交渉においても、主の御手が差し伸べられていました。
         
      柱と壁だけを残しての大リニューアル 千人会堂建設のためには、まず海外の教会を見学することを計画し、韓国、アメリカそして国内とそれぞれ10数箇所ずつ教会を訪問しました。その訪問で一番感謝なことは、特にお願いしなくともその会堂建設で失敗したところを包み隠さず教えて下さったことです。「この失敗だけは、しないで下さい!」この言葉が今も記憶に残っています。見学を通して、会堂建設の取り組み姿勢や設計のヒントをたくさん頂きました。リニューアルという点では、アメリカ・ロスアンゼルスの教会を忘れることが出来ません。礼拝堂に入ると、頭の上には空調のダクト等のパイプが天井を這っています。何と倉庫を大リニューアルして作った教会で、きれいに仕上げてあるので何の違和感もありません。このようなリニューアルもあるのだと教えられました。
工場を教会にリニューアルというのは、柱と壁だけを残して後はすべて剥ぎ取り、新しくリニューアルです。工事の難しさは、日本でも前例のない「工場を多くの人が出入りする教会堂に改築する」という点です。教会らしくするには、玄関や窓、外壁を作り直し、レイアウトは大幅に違います。建物の形は変えてはいけない、すなわち増築不可という厳しい制約の中での改修工事です。技術陣の方々も知恵を絞ってやってくださり、色々な問題を乗り越えてきました。工事の段階で、建設責任者の方々が、異口同音に言われた言葉があります。「不思議なことが色々と起きる。難しいことの解決は、いわば、自動ドアを踏むとドアがスーと開くように不思議と道が開かれ、解決されていく。」これこそ、背後にあって神様がすべてを支配され、導いておられた何よりの証左です。
       
    大切なものを残して
 高田馬場教会(旧会堂)を取り壊すときに、建設関係の方々が「旧会堂の十字架の塔を、取り壊すのはもったいない。使い道を考えませんか?」と提案してくださり、7階の屋上に設置してもらうことにしました。夜には、ライトアップし遠くからも十字架が見えるようにしたのです。これは、旧会堂からの歴史の継承でもあります。この様にして完成した聖書キリスト教会・東京教会は、当時としては画期的なリニューアルで、BELCA賞という日本でも栄誉ある賞を頂くこととなりました。この意味は、優れた改修・復元を実施した既存の建築物のうち、特に優秀なものの関係者が表彰されたのです。まったく用途の異なる建築物に改修したことは、審査員の方々の驚きでした。私たちとしては、古いものを復元し教会として十分な働きが出来る建物になったことは、何よりの喜びです。このリニューアルした建物、教会堂は、いまや地域においては“世の光としての働き”をしてくれます。その地域において教会としての諸活動があればこそですが、新しい役割に復元した建物が、歴史を背負いつつ“復活の主”を証ししてくれます。今後、50年いやもっと使い込むことが出来ることでしょう。物を大切にする、使い込むと何がいいのでしょうか?使い込めば愛着が出るといわれますが、何かホットした気持ち、落ち着くのは確かです。何か心が豊かになります。豊かさは、物ではかるのではなく心の豊かさではかるということに気づかされます。

「わたしがこの世にいる間、わたしは世の光としての働きをします。」 (ヨハネ 9:5 現代訳)

2008年11月26日    小坂圭吾

2008年11月10日月曜日

感謝 「物を使い込む(1)」

      世界的な金融危機
 現在、世界では国際金融危機が起こり、株価の大暴落が発生、世界恐慌への発展が危惧されています。日本も株の大暴落、景気は日増しに悪くなり、これから大変だなと予感されます。これと似たような状況・日本経済のバブル崩壊が、1990年前半に起こりました。マイナス面が大きくクローズアップされますが、それは割愛させていただき、プラス面について書いてみようと思います。まず考えましたことは、色々な面で行き過ぎた事柄が大いに矯正されることです。効率一辺倒で豪華なもの、便利なものを追いかける姿、お金がすべてのような風潮が崩れて、大切なことに目が届くようになることを期待します。この様に偉そうなことをいう私も、かつては効率主義の中に身を置き、そのことに邁進した一人であったことも事実です。第二の現役としてミニストリーをする中で、本来大切なことに色々と気づかされています。

     物を使い込む
 先々月、岡山県北部にある甥(おい)の家を訪問しました。津山駅まで車で迎えに来てもらい、昔から何度も見る景色を見ながら「どこの家もかなり新しくなったなあー」と言いながら、思わず声を上げました。「お前の家は、周りと比較すると古いねーー。これこそ旧家だ!」「そうですね。周りは建て直したので、古い家といえば、私の家と隣の本家の家だけでしょう」あと100年もすれば、重要文化財にもなるかも?知れません。そういえば、数年前に本宅や倉や蔵等の大修理をしたときに、一軒分の家が建つほどの費用だったと私の姉が語っていました。門は200年、本宅はそれでも140年は経過している木造建築です。まだまだ使えますので、新しいものに建て替えようとの考えは、さらさらありません。木造の家がどれ程長持ちするかについて、甥の説明は次の通りです。樹齢100年の木は、少なくとも100年は持つとのこと。風雨にさらされても、風通しがよければ木は次第にかたくなり、ますます長持ちする。今の家の柱と梁は、まだ100年はゆうに使えるだろうと話してくれました。最近の新築の家は、30年位しか持たないものが多いとの話を聞きますが、ほんとうでしょうか?

     リフォームすれば使える!
 この横浜に住んで30年近くになります。この30年間、歩いて10分以内で家を建てる槌(つち)の音が止んだことがなく、どこかで新しい家が建てられています。大変残念な風景は、まだ築10年余りの家が壊されて新築されることです。事情は色々でしょうが、もったいない!と思います。救いである事は、この数年前からT不動産が、売りに出た家屋を買い取って取り壊すことをせずにリフォームすることを始めました。周囲の家との調和もうまく考えてリフォームした家で、大歓迎です。私の家も、ここに建てて30年近くになろうとしていますが、最初の頃、メーカーは30年保証と言っていましたが、大丈夫だとわかり“ロングライフ50年保証”と言い出しました。不具合なところがきわめて少なく、部分補修をしつつ長‐‐‐‐く使えるでしょう。

     教会も大リフォーム
 私たちの所属する聖書キリスト教会・東京教会(東京都練馬区)は、会堂建築としては日本でも画期的な大リフォームした教会(鉄筋7階建て)です。来て見られても、大リフォームだとは、ほとんどの方が気づきません。今から15年以上前の1991年、東京都より、神田川改修工事のために、高田馬場にある教会堂を移転するよう要請を受けました。神田川といえば、台風シーズンには氾濫する暴れん坊で有名!その川沿いに私たちの高田馬場教会(移転後に名前を変更)がありました。当時の会堂は、会堂建設後まだ10年しか経過していない400人規模の会堂でしたので、それこそ“もったいない”との思いがありましたが、氾濫する河川工事のためには協力するしかありません。「これは主からの新たなるチャレンジ!」と信仰によって受け止め、すばやく移転を決めました。建物は著名な方にデザインをしていただき、多くの方が見学に来られ、新しく会堂建築される教会の参考に供することが出来ました。そして、目指すは、1000人規模の会堂建設ということで、5年のプロジェクトがスタートしたのです。  (続く)

2008年11月10日    小坂圭吾

2008年10月27日月曜日

喜び 「日本の精神・武士道(2)」

原書を英文で『Bushido―-―The Soul of Japan』札幌農学校で学んだ新渡戸稲造は、クラーク博士の熱情あふれる人格教育に感化され、孫弟子としてクリスチャンになりました。彼は、人格形成としての武士道を幼い頃から道徳律として叩き込まれ、その武士道の精神とキリストの教えが相通じるものがあり、キリスト教を受け入れたのです。彼が、アメリカで英文による『武士道』(『Bushido―The Soul of Japan』)を刊行したのは1899年(明治32年)、38歳のときです。世紀の変わり目で、日清戦争と日露戦争のあいだにあたり、彼が海外向けに執筆する気になった動機については、序文にのべています。 あるときのベルギーの著名な法学者ラブレーとの会話のなかで、「日本人はどのようにして道徳教育を授けているのか?」と問われたが返事が出来ず、アメリカで知りあった彼の奥さんにもうまく説明することが出来ない。幼い頃から武士道を道徳律として叩き込まれたことから、日本には「武士道という道徳教育」があったというひとつの得心が生まれてきたのです。新渡戸稲造は、36歳になっていました。その頃、病気療養のためにアメリカ・カリフォルニア州に滞在し、外国から日本を冷静にみつめる絶好の時であったでしょう。原書を英文で書き、サブタイトルに「The Soul of Japan――日本の魂」とつけたのです。

         当時の世界的ベストセラー「武士道(Bushido)」
 英語で書かれたこの本は、世界の各国で翻訳され世界的なベストセラーとなりました。新渡戸稲造の『武士道』は、圧倒的な熱情と祖国愛とキリスト教に対する確信がつらぬかれて、読む者を高揚させてくれます。第26代アメリカ大統領セオドア・ルーズベルトが読んで感動し、友人に配るばかりか日本びいきになったといわれます。これほどに用いられた本「武士道」は、決して古めかし道徳でもなく、封建制度の因習を書いているのでもない。そこにある生き方は、人間としての普遍的な生き方・倫理観を内包した題材が多く見られます。現代の日本人がある意味で失いつつある「日本の精神」を格調高く描きあげているのです。武士道の基本的な精神は、「義」を中心におき「仁」を心とし「礼」を型として表す「勇猛果敢なフェアープレイ精神」としています。このほかにも、勇(勇気と忍耐)、誠(武士道に二言がない)、名誉(命以上に大切な価値)、忠義(何のために生きるか)、克己(自分に克つ)等が説明されています。これらを読むと、私たち日本人のバックボーンにある精神、その素晴らしいものを思い起こさせてくれるのです。

         日本人のバックボーン
私は、このブログを書きながら、岡山市丸の内中学校のN校長先生の教えを思い出しました。全校生徒千5百人くらいの中学ですが、週1回か月に1回か忘れましたが、全校生徒が校庭に集められ、N校長先生のお話があります。必ずと言って良いほどに「勉学、品位、耐乏」の言葉を色々と噛み砕いて、話をされたように思います。しっかり勉強をする、勤勉であること、品位については正義とか礼儀、勇気、優しさ、親切等について語られたように思います。そして、何事も耐え忍ぶようにと、今にして思えば、道徳教育の時間だったように思います。今でも「勉学、品位、耐乏」の言葉を忘れることはなく、この話を思い起こせば、武士道の精神が背後にあったのだなと感じます。また、私が小学校3、4年生だったとき担当してくださったN先生、とても気骨のある優しい男の先生で、今思うに「サムライ」というニックネームが似合う立派な先生でした。この先生からも、武士道に通じる日本人のバックボーンにある精神を教えられたように思います。小学校、中学校ともほんとに素晴らしい先生方に教えられたなという実感と感謝がわきあがります。
 武士道は、「いまにも消えそうな灯心」かもしれません。しかし、日本人の心に焼きついた武士道の徳目ともいうべきものは、消えるものではありません。その精神は、日本人である限り残り続けるでしょう。ぜひとも残って欲しいと強く願うものです。それは、普遍的な生き方・倫理観を内包したものだからです。そして、武士道の精神は、キリスト教の精神と相通じるものがあり、聖書の言葉にもこんな言葉があります。

「草は枯れ、花はしぼむ。しかし、主の言葉は、とこしえに残る。」 (イザヤ 40:8 現代訳)

2008年10月27日    小坂圭吾

2008年10月18日土曜日

喜び 「日本の精神・武士道(1)」

         岡山に帰省 先月、1年ぶりに故郷・岡山へ帰省しました。新幹線の岡山駅が見違えるように変わり、ちょっと戸惑いました。最初に、CLC・BOOKS岡山店を訪問です。路面電車に乗り、ゆったりとした町並み(高層ビル少なし)、道路・歩道の広いこと、歩く速度がゆっくり等を見ながら、地方の良さにホットした気持ちになります。(CLC・BOOKS岡山店については、別の項をご覧ください。)バスで実家へと向かう途中、山陽自動車道の下を横切りました。広い平野の田んぼの中を横切るこの巨大な高速道路、こんな道路が山陽地方に本当に必要なのか?岡山の知人にこのことをぶつけたところ、山陽地方の南を走る山陽自動車道は、無くても困らない程度のものとの説明でした。地方が変わりつつある中、無駄、無用なもの(立派過ぎる道路、大きすぎるショッピングセンターや工業団地、利用の少ない公共温水プール等々)が多くなったことを感じます。自然がいっぱいで閑静な地方の良さが、失われつつあることに寂しさを覚えました。

      5千円札の新渡戸稲造 この往復の新幹線の中で、「武士道―いま、拠って立つべき“日本の精神”」(新渡戸稲造著、岬龍一郎訳、PHP文庫)読みました。最近、本屋に行きますとこの種の古典ものが目に付き、読んでみようと思ったのです。グローバル化で日本の良さが失われつつある中、“日本であることの良さ”を発見させてくれた本です。アメリカの良さは認めますが、どうもアメリカの好きになれない所が多々あり、やはり日本人、日本の良い精神が我々にはあることを発見させてくれます。
 新渡戸稲造というと、旧5千円札の肖像画を思い出す方もあるでしょう。少し前までは、5千円札の新渡戸稲造、千円札の夏目漱石の時代でした。新渡戸稲造ってだれ?と聞かれると、政治家、学者、教育家と一言で答えるのは難しく、その働きが多岐にわたり、大きな足跡を残しました。何よりもこの人の与えた人格の影響力は、大きくかつ深い。彼は、北海道大学の前身である札幌農学校の草創期の卒業生(1881年)です。「少年よ、大志を抱け」で有名なウイリアム・クラーク博士が赴任した学校である。新渡戸稲造は二期生だったので、入学したときには既にクラーク博士はアメリカに帰国しており、直接指導を受けたわけではない。しかし、多くの感化を受けた一人です。

       大志、夢、希望を持つ
 札幌農学校の臨時校長として招聘されたウイリアム・S・クラーク博士は、学者、教育者、指導者として立派な人物で、熱心なクリスチャンでした。日本のプロテスタント教会の歴史は、横浜、熊本、札幌に始まる3つのバンドより出発しましたが、この札幌バンドの基盤となったのが札幌農学校です。クラーク博士は、日本での赴任期間がわずかに8ヶ月に過ぎない。この短い歳月の中で、彼は計り知れない影響を生徒たちに残しています。キリスト教にもとづく人格教育に重きをおき、それに感化されキリスト教徒になった生徒が輩出します。彼が在職8ヶ月後に「少年よ、大志を抱け」と言って立ち去ったことは有名です。この言葉の最後には、「キリストにあって」との言葉があったという説は、クラーク博士の気持ちとして一番ぴったりするようです。彼の人格教育の基がここにあり、“キリストにあって大きな志を、望みを持つ”ようにとの願いです。私たちの願いは、神に喜ばれる生き方をすることに他なりません。私たちの行動の根底にある大志、夢、希望が、キリストに結びついているかどうかを考えることが重要です。さもないと、自分中心の考えが支配します。一人一人に与えられている賜物は違い、この地球上には、過去、現在、将来にわたって私という存在は2度と出てくることはありません。私でなければ出来ない大志、夢、希望を、キリストにあってしっかりと描いて進むように!私は、クラーク博士の言葉をこの様に理解しております。

「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の望みは神から来るからだ。」(詩篇62:5 新改訳)  (続く)

2008年10月18日    小坂圭吾

2008年10月4日土曜日

感謝 「バカになる、寅さん40周年(2)」

       寅さん映画の観客数寅さん映画が公開されたのが、昭和44年(1969年)8月でした。第1作の観客動員数(映画館に足を運んだ人)が54万人、第4作までは横ばいです。人気が次第に上がり、第5作から70万人そして90万人となり、第8作には148万人の観客が動員されました。昭和47年の第9作「男はつらいよ、柴又慕情」(マドンナ・吉永小百合)から更に人気上昇し189万人、そして経済の右肩上がりにつれ(?)200万人を軽く突破する観客動員数が続きます。最大の観客数は、昭和48年12月に公開された第12作「男はつらいよ、私の寅さん」(マドンナ・岸恵子)で241万人でした。その後、超ロングランになりますが、140万人から220万人の人々が毎回この映画を楽しんでいます。48作までの観客動員数を合計しますと約7970万人、日本人口の2/3が見たことになります。そして、これから海外で本格上映です。

      寅さんを見る理由作家の井上ひさし監修の「寅さん大全」の本の中で、人々はなぜ四分の一世紀もの間、このシリーズを倦むこともなく観てきたのか、その理由の一部を掲載します。
「寅さんは、一種の自由人で好きなときに好きなところへ行くことができる。成人男子の7割前後が給料生活者、給料と引きかえに自由を束縛されている。だから身軽な寅さんに憧れ、彼を観るために映画館に出かけてしまうのだ」 「渥美清の演技がまたすばらしい。渥美が寅さんか、寅さんが渥美か、どちらがほんとか分からないぐらいすばらしい」 「どちらがほんとか分からないようにするために、彼はこの25年間、出演をほとんどこの映画1本に絞ってきた。そこが偉いね。」 「彼のその誠実さが当然、寅さんにもにじみだし、お客さんは寅さんを信用する」 「寅さんと妹さくらとの情愛にいつも打たれる」 「マドンナが毎回、変わるのが楽しみ」 「そのマドンナもそのときそのときの旬の女優が選ばれるので、楽しさが2倍にも3倍にもなる」 「寅さんに妙に向学心があるのがおもしろい」 「万事金の世の中に人の情けが生きていて、それがうれしくてほっとする」   
理由をあげれば、際限がありません。まったく同感です。

私が学んだ宣教神学校のN先生は、寅さんの研究(?)をしっかりとやっておられます。神学校の授業でその学びの成果を披露してくださいました。特に、話し方についての先生の研究は教えられること大、とても面白い学びでした。先日お会いした時、寅さん映画のニュープリントのお話をすると、教会の関係者の中にも寅さん研究者(?)が多いことをお聞きしました。
  
     キリストにあってバカになる
寅さんより教えられた「バカになる」ことについて考えてみますと、私たちクリスチャンにもあてはまることが多いと思われます。職場、学校、地域の中を見渡してみると、なんとなく人望のある人を見出すことが出来ます。その人は利口ぶっている人ではなく、バカぶっている人・バカになっている人ではないでしょうか。本人がそのことを意識してなくて、自然体のままかもしれません。その人と話すと暖かみを感じ、親しみを感じます。その人のまわりにはいつのまにか人が集まり、会話も楽しくはずみます。私たちクリスチャンも小利口に生きるのではなく、バカになって生きることが必要であると教えられます。教会は競争社会ではありませんので、あるがままの自分で飾らずに生きていきたい。一人一人は、それほど立派でもなければ賢くもない。パウロのキリストにかける情熱、生き方を見ると、よくもあんなことが出来るなと思われることが多くあります。この事は私が生涯やることとして、神様から示され取り組むことだ!バカになって取り組むだ!主なる神様にかける情熱を持って、小利口に生きるのではなく、キリストにあってバカになり「明るく、やわらかく、愉快に」生きたいと願います。

「もし、あなたがたの中で、自分は頭が良いなどと考える者がいたら、そんな愚かな考えはかなぐり捨てて、ばかになるがよい。というのは、この世の知恵などは、神の御前では実につまらないものである。」(現代訳、Ⅰコリント3章18-19節)

2008年10月4日    小坂圭吾

2008年9月25日木曜日

感謝 「バカになる、寅さん40周年(1)」

 寅さんシリーズ誕生40周年
「私、生まれも育ちも葛飾柴又です」の名セリフで始まる映画「男はつらいよ」の寅さんシリーズが、誕生40周年を迎えました。今回、ニュープリント上映でしかも公開当時にならって2本立てを見てきました。私もこの映画の大ファンで、既に48本すべては見ています。何度か映画館にも足を運びましたが、あの観客席の和やかな雰囲気は、他の映画では経験した事が無く、今回もほぼ同じような雰囲気でしたが、少し静かな感じでした。
渥美清の寅さんが、団子屋「とらや」の裏手にある印刷工場で働く若い工員たちに、親愛の情を込め「労働者諸君」と呼びかけるとき、あるいはおいちゃんが、甥の寅さんの愚行を眺めながら思わず「馬鹿だねぇ」と溜息ながらに嘆く時、観客席は爆笑に包まれる。このおかしさは、その場にいる者には複雑な内容が瞬時に観客に伝わり、大きな笑いとなります。寅さんシリーズを一本も見たことのない人には、わかってもらいにくい事柄ではあります。
             
           海外進出この寅さんシリーズも、いよいよ海外進出です。英語の字幕、あるいは吹き替えをするのでしょう。寅さんは、面白おかしい巧みな話術を使い、わかったようなわからないようなおもしろいタンカ、テキ屋の言葉の達人です。これをどこまでうまく伝えれるのか、スタッフの方々の力量が問われます。NHK番組「英語でしゃべらナイト」で(写真は、NHK番組より撮影)、このことを取り上げ、英語での吹き替えも実演して見せました。雰囲気は伝わってきました。ぜひとも、素晴らしい字幕、吹き替えになることを期待します。
ともあれ、寅さんの言葉にはこの種の味わい深いというか、面白おかしいセリフが随所にあります。「寅さんの人生語録」ですが、一見すると陳腐なセルフの羅列に見えますが、寅さんを知っている人には、何とも愉快なのです。誰がしゃべっても面白いというわけではありません。渥美清の寅さんが話すときに、その言葉の深い奥行きとニュアンスが出てくるのです。寅さんのしゃべっている光景、声が聞こえてくるのです。それは何故だろうかと考えさせられます。楽しみながら寅さんの研究に励んでいますが、まだまだ道半ばです。      

       若いときの思い違いこの寅さんは「バカを地で行っている」と思われます。「頭がいい」わけでもなく、「知識がある」わけでも無し。学歴などあるはずがありませんが、でも、向上心があります。人間の価値はと言えば、学歴や頭の良し悪しではなく、知恵が働くかどうかで決まることを教えているともいえます。寅さんを見始めてから、「バカになる」事について考えさせられ、あるとき、『利口バカ』について知りました。若い時には、知っていることが良いこと、尊いことで“知”に走りたがる。そういう時は、知らぬ人がバカに見える。年を重ねると“人は理屈では動かない”ことを知り、知識だけではつまらないことに気づくようになる。若いときの思い違いを悟るのです。利口がバカらしくなり、これが『利口バカ』だと悟るのです。ともあれ、人がバカに見える間は器が小さく、努めてバカになると不思議に人望が集まり、これぞ利口なのかもしれません。自分のばかげたこと、失敗したことをオープンに話す人に人が集まります。ドンと自分を落とした話は、人々の心にすんなりと入っていきます。“バカの利口”という言葉もありますね。口では『バカになる』といっても、それができる人は極めて少ないのです。(続く)

2008年9月25日    小坂圭吾

2008年9月15日月曜日

祈り 「継続は力なり」

      小野道風 と雨蛙私の子供の頃には、どこの家庭にも一組くらいの花札は置かれていました。花札は、1月から12月までの季節に花鳥風月の画をあしらった外国にはない、美しい日本のカルタです。写真は、この花札の中の一枚で“雨”と言い、柳に小野道風 (おののどうふう)と雨蛙(あまがえる)が描かれています。小野道風 は、平安時代の名筆家の一人にあげられています。道風は、書家を目指して、子供のときから師匠のもとへ一日も休まずに通いました。「姿勢を正しく、筆はまっすぐに持ち、字の一点一画にも心をこめて書きなさい」と教えられ、手習いにはげみますが、何年通っても、自分の字に自信を持てません。

「もうだめだ。書家になれる見こみはないのでもうやめよう」と心に決め、雨がしとしとと降る中を師匠の家から帰って行きます。道すがら、一匹の雨蛙が柳の枝にとびつこうとしているのを見かけました。柳の枝は、風に吹かれて揺れ、蛙はぴょんぴょんとび上がっては落ちてしまいます。道風は、くり返しくり返しとび付く蛙の姿を見守り、あきらめるだろうと思った次の瞬間、蛙が柳の小枝にとびつき満足そうでした。 「そうだ、自分もあきらめないで続けよう!」こう心に誓った道風は、筆を取り直し、やがて日本一の書道の大家になったとのことです。

       いまだに継続中あきらめないで続けることの大切さは、いうまでも無いことです。私の場合、柳の枝に飛びついたり落ちたりで、いまだに継続中が英語です。学校教育で学び、大学受験も英語があり、大学時代には“英会話がこれから重要だ!”とわかりつつも中途半端で卒業しました。ビジネスマン時代は、必要に迫られ、英語のマニュアルを読む、英会話も時々習う、英語を使ってのグローバルミーテイングのために宣教師に1年習って磨く等をして、曲りなりにこなしてきました。私にとっての英語は、必要に迫られ、蛙が柳に向かってとびつき小枝にとびのるも、しばらくすると必要が少なくなり落ちてしまうのです。あまり支障もないので、これも仕方無しと自分を受け入れております。継続しやりきるには、そこに何かしらの決意とか、情熱とかが無ければならないような気がします。      

        苦難は忍耐を 途中で投げ出すことなく、やりきることができた事の中で、私のビジネスマンとしての最初の三年間が忘れられません。就職をして最初の仕事は、コンピューター部門のシステムエンジニアでした。その頃は初代コンピュターの時代で、当時の職場で使用されていたIBM大型コンピューターはというと、15年ほど前のパソコン並の性能です。技術の進歩には驚かされます。仕事はハードで、神経の擦り減るような毎日が続きました。出来の悪いのも手伝っていたのでしょう。マニュアルはすべて英語で、辞書を引きながら解読です。大学で勉強したコンピューターの知識はほとんど役に立たず、先輩に教えてもらいながら、必死について行こうと努力です。仕事もよく分からない状況での孤軍奮闘、徹夜の連続で、あるとき体調を崩してしまいました。心晴れぬ日々が二年ほど続いたでしょうか。必死に聖書を読み、祈る日々でした。

「神様、本当に辛い毎日!!できることなら、この会社を辞めて仕事を放り出してしまいたいです。‐‐‐でも、今辞めると生涯負けになりますので、この辛い峠を越えるまでとにかく耐えられるように助けて下さい。」そのように祈りつつ仕事に取り組むこと三年、気がつくと一人前になっていました。辛い峠を乗り越えてからは心も晴れ、会社を辞めずに仕事を続けることができました。継続してやればものになるものです。今思えば、一緒に苦労し助けてくださった先輩がおられたこと、そして信仰によって支えられ続いたのだと思います。我々ビジネスに携わる者の間では、このように本当に辛い仕事を乗り切った経験について「地獄を経験した」と言って、その後の人生において大きな宝となっています。

「そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです。苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。」 (ローマ 5:3-4 新共同訳)

2008年9月15日    小坂圭吾

2008年9月5日金曜日

健康余話 「心の若さを保つ」

  日本人の平均寿命
日本は世界一の長寿国ですが、男性が79.19歳、女性が85.99歳だそうです。厚生労働省の今年4月に発表した「全国市町村別平均寿命」によると、男性は神奈川県横浜市青葉区が「男性長寿日本一」になり、女性も「7位」になっています。「女性長寿日本一」は、沖縄県中頭郡北中城村で、女性10位以内には沖縄県が4つ入っているのは“さもあらん”と思います。横浜市青葉区の長寿日本一については、私達にはまったくの予想外でした。青葉区の特徴は、市内でも最も公園数が多く、私の家から徒歩10分以内に10箇所もあります。公園では愛護会活動が盛んで、清掃活動や花壇つくり、あるいは運動教室などもあります。(このブログに掲載したお花の一部は花壇つくりのものです。)スポーツをやる施設もたくさんあり、こうした色々な活動が、長寿の秘訣になっているのかもしれません。

        脳の喜びを耕す
何歳になっても若々しく生きることは、誰しもの願いです。平均寿命が長くなるにつれ、心の若さを保つことがますます重要になります。先日、脳科学者の茂木健一郎さんのおもしろい話をお聞きしました。

何歳になっても心の若さを保ちつづけるには、脳を若々しく保つことである。「心のアンチエイジング(エイジング=加齢に、アンチ=抵抗する)」が重要である。そのための処方箋は、「脳の喜びを耕していく」ことに尽きる。「脳の喜びを耕す」とは、おもしろい映画や美しい絵画を見る、子供や孫の成長を見つめる、仕事で充実感を得る、親しい友人と交遊するなど、喜びを耕す要素に事欠かない。これらは、すべて「学ぶことの喜び」とまとめることができ、広い意味での“学習”である。脳は、喜びを感じるときにこそ、学ぶことができる。広い意味での学習をすると、脳は「ドーパミン」という物質を放出し、喜びを感じる。喜び、快感を生み出す行動が次第にくせになり、2回、3回と繰り返し続けていくたびに、その行動が上達していく。これを「強化学習」と呼ぶ。

“ある行動をとる → 試行錯誤してうまくいく → 褒められる、達成感を得るなど報酬を受け取る → ドーパミンが放出され快感を得る → 再び同じ行動をとりたくなる”、
この“強化学習のサイクル”をまわし続け、脳の喜びを耕すことによって、実際の年齢とは関係なくいつまでも成長を続け、心の若さを保つことができる。

         心の若さを保つ
“強化学習のサイクル”をまわすことは、言い換えると“広い意味の学習をして喜びを得る”ことのサイクルをまわし続けることです。ある課題に挑戦して、「やった!できた!」との達成感を味わうとき、また挑戦しよう、次はもう少し難しい事をやってみようと、自分が鍛えられどんどん成長しいくことが脳科学的に解明されています。私たちの向上心――学び続けることや心の成長をし続けることができるのは、そんなサイクルになっているのです。広い意味で“学ぶことの喜びを続ける”ことは、「自分を磨くこと」につながります。自分を磨くことは、
①広い意味での学習を通して知的に向上すること
②人との関係を通して磨くこと
③神との関係を通して磨くこと
の3つの道があるように思います。知的に自分を磨くことは、学習を通して知的に向上することだけでなく、人とのかかわりを通して自分を磨くことも多くあります。それによって、自分の至らないことやハット気づかされることも確かです。本当の知を磨くことは、人とのかかわりの中で育てていくものです。更に、私たち神を信じるものは、聖書を読み、祈り、教えられたことを人々との関係において実行していく中で、神様を通して教えられたことが達成でき、自分が磨かれていく、霊的に成長していくことを実感します。このようにして、一生涯人格を磨くこと、心を磨くことが、若さの秘訣なのでしょうか?茂木健一郎さんが、“一生をかけて自分を磨き続けていくこと以上に楽しいことはない“と言い切られた言葉が耳に残ります。

「私たちの肉体はだんだん衰えていっても、私たちのうちにある本当の命は、日ごとに新しくされ、若やいでいく。」(コリント第二 4:16 現代訳)

2008年9月4日    小坂圭吾

2008年8月21日木曜日

コーヒーブレイク 「豊か過ぎる社会に思う」

    次期米大統領選  
先週18日(土)に、 次期米大統領を目指す民主党のオバマ、共和党のマケイン両候補の初顔合わせが実現しました。カリフォルニア州レークフォレストで行われたキリスト教福音派の対話集会に、サドルバック教会のリック・ウオーレン牧師が二人を招く形で開かれました。

両者はそれぞれ主催者と対話する形を取り、リック牧師がそれぞれ1時間づつ同じ内容を質問しました。両候補の全米支持率は、ほぼ互角で今後どのような展開になるのでしょうか。

アメリカのサブプライムローン問題が昨年の8月に表面化し、米国経済は衰退の一途をたどり、世界経済も雲生きが悪くなりそうです。ガソリン価格、食品価格の高騰が起こっています。

その原油価格ですが、7月には147㌦/バレルのピーク相場をつけ、先週末には111ドルまで下がり、更に下がることを願うばかりです。この原油高を背景に、富を蓄積するアラブの王族と世界中のマーケットを席巻するオイルマネーの実態に切り込んだ「アラブの大富豪」(前田高行著、新潮新書)読んでみました。
 
    アラブ産油国の現状   
中東には世界の石油と天然ガスの半分が眠っており、アラブ産油国は、ペルシャ湾のアラビア半島側に6つの王制国家がある。クウエイトから順に南に下がり、サウジアラビア、バハレーン、カタル、アラビア首長国連邦(UAE)、オマールと続き、石油の富は王家とその王族たちが独占している。

「アラブの大富豪」とは、「王族たち」とほぼ同義語である。アラブ産油国の王族は、日々膨大な富を懐にしており、極端に言えば、王族の財布と国家の財布はほとんど区別できない。彼ら王族の所有する富の規模とその運用実態は、厚いベールに包まれている。

1970年代の私達には、2度のオイル・ショックがあり、にわか成金になった彼らは、その富を湯水のように濫費した。現在、彼らには再びオイル・ブームが訪れた。彼らはお金の使い方を考え、単なる散財とは違って、企業買収や不動産開発に投資している。(散財としか言いようのないものもあるが。)

アラブ産油国には、所得税がなく、医療費や教育費も無料、食料品も驚くほど安く、ガソリンも日本の1/5以下で、見かけ以上の豊さである。社会インフラが整備され、国民の生活もモノ余りの状態であり、国家と個人の双方に金が溜まっている。

膨大なオイル・マネーを抱えるカタル、アラビア首長国連邦(UAE)は、ある調査結果によると自国民の一人当たりのGDPは、日本の4倍から5倍である。それ以外の産油国の豊かさも、程度の差はあれ同じで金持ちである。
         豊か過ぎる社会
このような"豊か過ぎる社会"について考えさせられました。うらやましい反面、アラブ産油国の最大の問題が見え隠れします。

こんなに富を持っているのならば、世界のために貧しい国のために役立つ何かをしたら素晴らしいだろうと思います。豊かな社会というのは、目に見えるものが豊かであることです。モノが豊かであり、便利で居心地の良い生活ができます。

モノに依存する生活ですから、そこに飽きてきますと次の欲望へと発展していき、心を育てることがいつのまにか置き去りにされます。生まれたときから豊かな生活に慣れて育ちますと、自分で自らの道を切り開いていく向上心、忍耐力や克己心を育てることが難しくなるのです。

現代の日本の社会に、それを見ることです。豊かなモノを活用することはあっても、目に見える次元に自分の希望や拠り所を置くのではなく、目に見えない心を養い育てることに力を注ぐべきことを考えさせられました。パウロのこの言葉を思い起こします。

「私は、貧しさの中で過ごす道も知っており、また、豊かさの中で生きる道も知っている。満たされていることにも、飢えることにも、富むことにも、貧しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ている。」(ピリピ 4:12 現代訳)
         
2008年8月21日    小坂圭吾

2008年8月12日火曜日

喜び 「夢を持つ」

北京オリンピック北京オリンピックが始まりました。開会式の一糸乱れぬ整然とした演技に始まり、日々、興奮と感動を与えてくれています。オリンピック選手たちは、夢と希望を持ち、4年に一度しかないオリンピックに向け、具体的な目標に向かって大変なトレーニングに励み大会に臨んでいます。昨日は、北島康介選手(25)が男子100メートル平泳ぎ決勝で世界新を出し2大会連続の金メダルを獲得しました。金メダルを取った前回は「チョー気持ちいい」のコメントでしたが、今回はテレビカメラの前に立ち、タオルで顔をぬぐいましたが、しばらくタオルを顔に押し付けたまま動かず、目に涙で10秒近く声が出てきません。「―――すいません。何も言えない。―――最高っすね。」止まらない涙をふきながら、一言ひと言を区切るよう話してくれました。超人と言われる北島選手ですが、挫折や故障、いくつもの逆境を乗り越えてきたのです。彼の乗り越えてきたプロセスを見ますと、まず素直に努力する姿勢が挙げられます。そして、子供たちと一緒に泳ぎ水泳の基本を教える中で、子供たちからパワーをもらっている姿が浮かんできます。挫折や故障がある中で、子供たちから最高の元気をもらって感動し、復調したことが伺われます。金、そして世界新―――という夢と希望をもち具体的な目標を実現し涙した北島選手、私たちにも興奮と感動を与えてくれました。

       夢がある者には? 夢、希望、目標について、もう10数年前になりますがうまくまとめた1枚のものを入手しました。どなたがまとめたかは不詳です。
      夢
 夢がある者は、希望がある。  希望がある者は、目標がある。
 目標がある者は、計画がある。 計画がある者は、行動がある。
 行動がある者は、実績がある。 実績がある者は、反省がある。
 反省がある者は、進歩がある。 進歩がある者は、夢がある。  
 
実に素晴らしいサイクルになっています。一般によく言われる“PLAN→DO→CHECK→ACTION”というPDCAのサイクルになっています。この考え方は、仕事ばかりでなく、個人についても何か実現していく際に使える考え方です。ここで、夢はビジョンに、希望は目的と言い換えてもいいでしょう。ここでいう夢とは、“将来実現させたいと思っている望み”のことです。夢よりも希望、希望よりも目標のほうが、すぐに実現が可能なこと、具体的な事柄ということができます。オリンピック選手たちの努力、節制を見るときに、彼らの目標は明確で、それに向かって一生懸命走ります。厳しい自己訓練をし、無駄な事を排除し栄冠を勝ち取るためにやるのです。パウロの生き方について、次の聖書の御言葉が思い起こされます。

「優勝するためには、あらゆる努力を払って節制する。地上の競技においてそうするのなら、まして、天国の競技である信仰生活においては、なおさらではないか。だから、私は目標の分からないような走り方をしないし、無駄なことは一切しない。私は、競技の選手のように、厳しい自己訓練をする。」(コリントⅠ 9:25-27 現代訳)

私たちは、天国に向かって走っている者ですが、何と無駄なことが多いことでしょうか?もっとシンプルな生活をするようにとの教えは、ズシンと来るものがあります。

2008年8月12日    小坂圭吾

2008年8月2日土曜日

祈り 「孫に教えられる」

幼少の思い出暑い夏になると、幼少の頃(岡山・備前生まれです)の楽しい思い出が、次々に浮かんできます。小学校のとき、近くの川での水遊びや瀬戸内海の小さな島に臨海学校で宿泊(今思えば、先生方は大変でした!)、兄と二人で岡山の瀬戸内海岸の知り合いの家に1週間ほど寝泊りして海水浴(よくぞ両親が出してくれたものです!)等々、なんとも楽しいうれしい思い出がいっぱいです。田舎のガキ大将だった私は、先生に褒められもしましたが、みっちり叱られた思い出があり、旧家でしたので祖父(じじ)や両親にしっかりとしつけられました。学校の先生には、悪いことが見つかり、関係者一同(約10人)整列させられ叱られました。母には1対1で悪かったことをトクトクと諭されたこと、父や祖父には、あるときは蔵の中に入れられたり、夕方門の外に出されたこと(お寺にあるような古い門構えです)や正座して行儀を教えられたこと等、なぜ叱られたかはほとんど覚えております。全て良い思い出としてあるのは、叱り方、しつけ方が良かったのであろうと感謝をしています。

       孫に接して子供も独立した現在、3人の孫(男、女、男)のしつけについて考えることが多くなりました。一番上が小学校2年生男の子ですが、じじ、ばばの役目は、小さいころに良い思い出を作ってやることであると思っています。日ごろ孫たちを見ていますと、孫3人3様の性格で、男の子と女の子はこんなにも違うのかと思わされます。親であったときはそんなことよりも子育てに一生懸命、精いっぱいです。じじ、ばばだからこそ冷静に見ることが出来ます。一人ひとりを見ていますと、個性的な性格が浮き彫りに出てきます。色々なことに興味をもつ(特に物に対して)、自己主張が強い、納得しないと動かない、子供とは思えないほど理屈で色々と言ってくる、自己中心、自分の気に入らないとわがままが出てくる等々ですが、もちろん良いところも沢山あります。親は、子育てをどうしたらよいかと日夜悩み、研究しながら進めています。
        孫に教えられる
先日、長男家族郎党と共に1泊2日で房総に海水浴に行きました。一緒に2日間ともに過ごし、楽しい時を持ちましたが、孫たちの様子に色々と考えさせられました。家内と話し合い色々と考えている中で、この孫たちの姿は、実は私たち大人の姿そのものと本質は何も違ってないと分かってきました。暑い真夏日が続くと「暑い暑い!」と文句を言い、夕立が来て一気に涼しくなり感謝もあるが「寒い!」と文句を言う。家内が作った料理に「うまい!」と言いつつも、ちょっと味付けがうす味だと「ちょっとまずいな!」と言ってしまう。クーラーが利きすぎだ、孫が来てうれしくもあるが、これはだめとつい口が出る等々、要するに私たちも自己中心、わがままなのです。

例えば、こんなことがありますね。夕方、一家の主人が仕事から帰ってくると、夫が疲れていることを気にもせずに、妻がその日の起こったことを言いたくて矢継ぎ早に吐き出してくる。これは、留守番をしていた子供が、お母さんが帰ってくるや自分の関心事をお母さんにぶつける姿とまったく同じです。多かれ少なかれ、子供や孫の姿は私たちの姿であり、自己中心的な姿は、罪びとの姿そのもの、じじ、ばばの姿と同じだとわかってきました。孫の教育は共に学んでいくのだと悟って、何か少しほっとしています。私たちもやっと、じじ・ばばの役割・入門篇を学びつつあるのかなと思わされています。

「子供をその成長過程で正しく教育しなさい。そうすれば、年老いても、そこから離れない。」 (箴言 22:6 現代訳)
「子供を懲らしめることを、差し控えてならない。ーーーーー もしも子供を懲らしめるなら、  その魂を滅びから救うことが出来る。」   (箴言 23:13-14 現代訳)
 
2008年8月2日    小坂圭吾

2008年7月25日金曜日

健康余話 「よく眠る」

      新刊:4つの習慣
梅雨が明けましたが、梅雨明けの平年値は20日頃ですから平年ペースということでしょう。子供たちも夏休みに入って、海でプールで楽しそうな姿を見ることが出来ます。プールで遊んでいるうちに眠った子供の姿に、思わずシャッターを切りました。ところで、この夏にお読みいただきたい本を刊行しました。

今月20日に新刊「霊的成長をもたらす4つの習慣」を出しました。いつ頃出るのかと色々とお問い合わせを頂き、感謝です。翻訳は早くにあがっていましたが、理解しやすい流れや章・節の組み立て等を編集でいろいろと手を入れ、何度か翻訳の練り直しをし、タイトルや表紙のデザインもこだわり、少し遅れて出版となりました。内容は、人生の主要3領域-時間、お金、人間関係-で霊的成長の土台を築く4つの習慣(みことば、祈り、献金、交わり)を身につける指南書です。霊的成長とは「良い習慣を身につけること」と言うことに尽きます。良い習慣を身につけるために、具体的にどのように取り組むかを色々なアイデアを入れて説明しています。私たちの人格は、ある意味では、身についた習慣が形成している部分が多々あります。イエス・キリストに似た者として造り変えられていくには、古い習慣を脱ぎ捨て、新しい習慣を身につけることによって、キリストに似た者とされていくのです。信仰生活の長い短いに関係なく、ぜひ一度お読みいただきければと思います。
     
     聖句暗記の祝福
  この本の編集・校正をしつつ、特に教えられたことがあります。それは、“聖句を暗記する”ことです。60歳を超え今さら聖句暗記でもあるまいと、高をくくっていたのは先々月までのことでした。いつも、編集者の私自身が感動し教えられることがまずはじめだと思いながら、編集・校正を行っています。編集を終えていよいよ校正に入ったときですが、「聖句を覚える」ことが心に引っかかり、聖句暗記のやり方、そのヒント、黙想する、そして聖句暗記の祝福について教えられました。どうも、聖句暗記は苦手だと逃げていたところがあります。クリスチャン生活が長く、神学校でも勉強すれば、聖書の思想については必要十分とはいえないまでも身についております。しかし、「このような聖句がどこにあったかな?」については、しばしば妻に聞いていました。妻は、良く聖句暗記をしていましたので、外部のデータベース(DB)です。それでも分からないときは、聖句辞典を出して調べます。このブログを書く時、他の原稿を書く時の必要な聖句は、これで十分引き出すことが出来たのです。もう10年余も聖句暗記はご無沙汰しているなと思いつつ「暗記は年齢とは関係ない。やる気の問題です」と脳学者の茂木健一郎さんが言っていた言葉を思い出し、昔買った聖句カードを引っ張り出しやる決心をしました。
      
     思い煩いと黙想
  聖句暗記には素晴らしい祝福があると教えられ、2ヶ月ほど実行した成果をお伝えします。第1は、夜眠る前に聖句暗記をすることにしたのですが、聖句を暗唱し思い巡らしていますとよく眠ることが出来ます。これは、本にはっきり書いてあるわけではありませんが、私が発見したことです。寝ている途中に目を覚ます時があっても、聖句を思い出し何度も言って思い巡らしていると眠れるのです。思い煩いは、いやなことを堂々めぐりに思い巡らすことですが、聖句を思い巡らす、何度も暗唱しますとそれは黙想なのです。第2に、思い煩いや困ったことがあるときに、適切な聖句を思い出させてくださり、祈り・悔い改めになり、適切な処置が取れます。特に思い煩いのときに、的確な成句が出てきて、それを言っているうちに祈りとなり、思い煩いは消えていきます。これは、何度もあります。聖句を暗記していると、問題に対する適切な聖句を思い出させてくださり、神が助けてくださるのです。

私たちの体の健康の要素は何かといえば、①正しい食事、②適度な運動、③十分な睡眠 ④心の平安です。体の健康を保つには、これらのバランスが必要ですが、今回ご紹介しましたことは、③十分な睡眠 ④心の平安につながる事柄です。よろしければ、皆さんもお試しください。なお、聖句暗記は、試してみて週に1つか2つが適当と思われます。

「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝を持ってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。」(ピリピ 4:6)

2008年7月25日    小坂圭吾

 

2008年7月7日月曜日

今を生きる 「最高の人生を見つける」

                   
      感動し涙を!
先月(6月)上旬に「最高の人生の見つけ方」の映画を見ました。映画評などから見に行きたいなと思いながら少し遅れて実現し、雨の中でしたが、コーヒーを持って映画館に入りました。シニア世代の私には、我が人生を振り返りつつで感動しました。涙もろい性格ですので、映画館で久しぶりに泣きました。あらすじは、次の通りです。

実業家で行儀の悪い大富豪エドワード(俳優:ジャック・ニコルソン)と、教養人で家族のために地道に働いてきた自動車整備工カーター(俳優:モーガン・フリーマン)は、癌に侵されて同じ病室で知りあった。共に余命は6か月。カーターの枕元には、いつも妻がいるが、エドワードの枕元には世界最高のコーヒーを淹れる器具と忠実な秘書だけである。あるとき、カーターが棺桶(かんおけ)に入る前にやっておきたい夢を作り(棺桶リストと言う)、エドワードがそれを見て付け加えた。二人は意気投合し、やりたいことをすべてやり尽くそうと決意し、無謀にも病院を脱出する。“やりたいことリスト”を手に、ピラミッド、ヒマラヤを周り、レーシングカーでの対決やスカイダイビングに挑戦等々、さまざまなことに挑戦する。お金は、大富豪エドワードが負担し、死を意識した初老男性2人が、残りの人生を生き生きと駆け抜ける。感動ストーリーをさわやかなユーモアで描き、2人の友情とすがすがしい笑顔に、思わずほろっとさせられます。

     一番大切なことは?
夢の実行が次々と実現する過程で、二人の人生観が見えてきます。大富豪エドワードは、4度も結婚し巨額の利益を一代で築いた行儀の悪い人物として、一方の自動車整備工カーターは、物静かで夢をあきらめたが、神様を敬い家族を大事にする信仰心のある人として、同じ運命を持った二人が旅する中、掛け値なしの自分をさらけ出します。そんな中で、二人はかけがえのない友情を築いていくのです。それを通して、それぞれが心から求めているもの、一番大切なことについて見出していく、再確認していくのです。「最高の人生とは何か?」と考えたかどうかは分かりませんが、一番大切なことは、人とのきずな、家族・友達と言うお金では買えないものを得ることだということです。そこにこそ、心から生きている喜びを感じる場があるのです。


       心のふれあい
誰も「最高の人生」を送りたいと願っています。そのために、色々なことに精を出し、努力しています。毎日多忙な生活をしている私たちは、目先のやるべきこと生活に追われていることも現実です。20代、30代、40代には、とにかく走っている自分の姿です。その自分に「どんな人生を送りたいの?」と聞いてみたいですね。30代、40代の私には、トウトウとした答えが返ってきます。その答えを聞いて、「欠けている事があるのでは?」と今なら答えることでしょう。20-50代にかけて、一番欠けること、後回しにしがちなことは、「人との関係」です。「関係こそ人生の全てである」と聖書では述べています。とかく、人よりも物を重視している自分があります。子どもたちや妻との時間は見つけるようにしている、親に対しては時間を少しは割いている、他の人のために時間を作る努力をしているなど、たくさんの仕事や用事と比較すると低い優先順位に置かれ、生活のほんの一部に過ぎないのです。その時間を仕方なく、後から無理やりスケジュールにいれているのが実情です。私の場合、それでも家族に対して配慮したと思いますが、「人生におけるもっとも重要なことは、関係である!」との考えは、残念ながらありませんでした。50代後半になって、やっと目が開かれたのです。ある人が「本当の友達、何でも相談できる友が何人いますか?」と聞きました。この質問にはハッ!とさせられますね。妻との関係、子供との関係、親・兄弟との関係、友達との関係、仕事上の関係の中で、物を重視ではなく人を重視した関係、このための時間を割きたいと思います。

「鉄で鉄を研ぐように、人の心も他の人の心との触れ合いによって成長する。」
(箴言27:17 現代訳)

2008年7月7日(七夕の日)    小坂圭吾

2008年6月11日水曜日

健康余話「いい加減を見つける」

      みんなと一緒
  昨今は、健康に気を使っている方々が多く、中高年に入ると急に増えると言われています。健康的に生きるのは良いとしても、人間ドックだ、健康診断だ、サプリメントだと目の色を変えるのはいかがなものでしょうか?私たち日本人は、「みんなと一緒」の事をしたがる傾向が強く、“沈没する豪華客船”をめぐるこんなジョークがあります。

船長が大声で「救命ボートの定員には限りがあり、女性と子ども以外は船に残ってください。お願いします!」と言った。その際に、相手を見て個別にこのように説得した。ーーー米国人には「あなたは英雄になれる」/英国人には「残れば紳士です」/イタリア人には「女性にもてます」/日本人には何と言ったのだろうか?―――「みんな残りますよ!」
 まさにわれわれ日本人の特性を鋭く突いて、思わず苦笑せずにはおられません。「みんなサプリメントを使っています!」に振り回されないようにしたいものです。

         フィンランド症候群
  「フィンランド症候群」と言う言葉をご存じですか?(数年前に朝日新聞に掲載)フィンランドの保険局が、血圧やコレステロールの高い40-45歳の管理職の男性1200人を半分づつ、健康管理するグループと管理しないグループとに分け追跡調査を行った。健康管理するグループには、当初5年間は降圧剤などの治療を施し、その後は年1回の検査を勧めた。残りの人には、目的も知らせず、健康調査票に記入してもらう程度で、特に何も求めなかった。15年後に出た結果は以下の通りです。

  治療を施し健康を管理したグループは、血圧やコレステロール値は下がったが、15年間の死亡者総数で見ると、なぜか非治療群の健康管理しなかったグループより多かったのです。予想を覆す結果でしたが、健康に気を使っていた人よりも、健康に気を使わなかった人たちのほうが、病気もしない死亡率も低いという結論ではありません。東京慈恵医大・健康医学Yセンター長は「私たちの研究でも摂生し過ぎると血圧があがるという結果が出ましたが、大切なのは程良く気をつけることです。摂生しない方が健康に良いとはいえません」と言っておられます。健康管理をやりすぎる、がんばりすぎるのではなく、程良く気をつけることのようです。

      いい加減を見つける
  知人のYさん、彼はすでに70歳台の半ばですが、色々とお話をする中で何事も“やり過ぎない、がんばりすぎない”ことをお話してくださいます。当初は、「そうだろうな!」と思いつつも実行までには至りませんでした。ところが、私も60歳台の半ばになり、どうも疲れることや一時ダウンすることが時々あり、彼の言葉がだんだんに身に沁みてきました。お会いして近況をお話しすると「それは、やりすぎですよ!」と言われます。

  ですから、仕事も半分に減らし、とにかくやり過ぎないようにと心がけるようになりました。神様の恵みで、入院生活も大きな病気も無く過ごしてきましたが、60歳頃から、少しずつガタがきました。一時は、健康のために色々とやらねばと精を出しましたが、最近「少しガタが来るのは、気をつけるからいいイイではないか!ガタと仲良しになっていこう」と「いい加減にいこう」という気になりました。“いい加減”と言うと否定的な意味で使われますが、「お風呂、ちょうどいい加減だよ!」のように「ほどよい」「ちょうどよい」状態のときに使われ、「いいあんばい(塩梅)」とも言います。加減するとは、足したり引いたりすることで、“いい加減”は、ちょうど良いバランスです。この“いい加減”のニュアンスが、発音によってはどうでも良い加減に、そして発音によってはいい塩梅(あんばい)になる微妙な日本語がまた面白いですね。

  “いい加減に!無理をせず、がんばり過ぎないこと”これは、中高年ばかりでなく、若い時代の私にも聞かせたかったことです。

2008年6月10日    小坂圭吾

2008年5月25日日曜日

今を生きる 「事実をよく見る」   

     名医はどこか違う
私の好きな言葉にひとつに「事実を見る」というのが有ります。自分でなかなか出来てないのも事実ですが、この言葉がとても気に入っています。コンサルタントの知人の方が、ある研修会でこの大切さについてトクトクと語って下さったのが印象深く、そのときにぜひ読むようにと紹介された本が、柳田邦男著「事実の読み方」です。この中にこんな話があります。

ノンフィクション・ライターとして著名な柳田邦男氏。これは彼の知り合いである外科医H先生のお話です。H先生は、今にもずり落ちそうな古い靴下をよくはいている由。部長の肩書きをもつ立派な医者が、何でゴムのバカになりかかった靴下をはくのか、傍からみると奇異な感じさえします。このずり落ちそうな靴下を見ただけでH先生の人柄を判断すると「身なりをかまわない人」とか「だらしのない人」と思ってしまいます。(これは先入観あるいは全くの推測に過ぎないのです。)

しかし、柳田邦男はその”秘密“をH先生から聞く機会に恵まれたそうです。それによると、古い靴下を履くのは手術のある日なのだとのこと。大手術になると7―8時間も立ちっぱなしになり、足が冷えたり血行が悪くなる恐れがあります。新品のゴムのきつい靴下を履いていると血行に良くないので、ある時思いついてこのようにしたとのことでした。手術を完璧なものにするために、ここまで気を配っていたというわけです。「やはり名医はどこか違うと感嘆した」と柳田邦男は書いていました。

    よく見て、聞いてみないとわからない
事実というのはその内容をよく確認したり、よく話を聞いてみないと分からないもので、憶測や先入観で判断するととんでもない間違いを犯してしまうことがあります。事実は事実としても、それに自分の意見や憶測や先入観を加えることが何と多いことでしょう。その結果、事実は脇に追いやられ、憶測や先入観に基づいた主観的判断が入り込み、真実とは程遠い話ができあがり、その話が人から人へと伝わるととんでもないことになってしまいます。この種の苦い経験を、私たちは何度か経験しているのではないでしょうか。大事に至ったことを少し分析して見ると、意外と相手の話をしっかり聞いていなかった、見てなかったために誤解が誤解を、憶測が憶測を呼んでいたことが見えてきます。実に背筋の寒くなる思いです。

もう数年も前になりますが、ある方が問題だと言って相談に来られました。確かに聞く内容が事実だとしたら、大きな問題だと判断せざるを得ません。しかし、起きている状況や関係者の方々を見るに、こんな馬鹿な事実があるはずはないと思いました。本人に直接確かめるにはどうかと思い、少し時間を置くことにしました。後日、直にお話を聞く機会があり、そうだったかと驚きました。

映画に例えていうならば、ある場面以降を見ると確かに問題に見えますが、その場面の10分ほど前の状況から見ますと何も問題ではありません。テレビなどのニュースを伝えるときに、編集者の都合の良いところだけを切り取って問題だとするのと似ています。事実をしっかり見て、聞いて判断することの難しさを学びました。
 
ある人からこんな事を教わりました。「他の人を裁いたり悪く思う気持ちが起きたとき、よく知らないからそうなるのだということを覚えよ。」相手を赦すということについて、こんな観点もあるということです。教会における交わりは、帰するところ人間関係です。ですから、このような考え方が特に必要であるように思われます。目をしっかり見開いて「事実をよく見る」「事実をよく聞く」ことの大切さは、今更言うまでもないことです。おかしいなと思ったら、まず見て聞いて確認する。その際、確かな情報源から確認することが大切です。

「尊敬するテオピロ殿。それによって、すでに教えを受けた事がらが正確な事実であることを、よくわかっていただきたいと存じます。」(ルカ1:3-4)

2008年5月25日    小坂圭吾

2008年5月15日木曜日

コーヒーブレイク 「ジョークを楽しむ」 

    アメリカの大統領選はいかに?
アメリカの大統領選の民主党候補者指名レースでは、ヒラリー・クリントン陣営とオバマ陣営が激しい戦いを続けており、いまだ決着を見ておりません。ヒラリー・クリントンさんもさぞかし忙しい毎日でしょうが、こんなジョークがあります。

風邪で病院に行ったクリントン元大統領令嬢が、ドクターに「注射を打つから、ご両親の了解を取ってください」と言われた。令嬢がママ(ヒラリー・クリントン)に電話をすると、こう言われた。「ママは忙しいから、パパに電話しなさい。」パパに電話したところ、話中でつながらなかった。

このジョークは、クリントン大統領時代に実際にあった話とまで言われています。民主党候補者指名レースの最中には、さもあらんと笑ってしまいます。

私の知人Tさんはダジャレ好きですが、先月ある集会の後で彼と数人の方々と昼食を食べに行きました。彼は食べ終わると「実は、歯医者の予約があることを思い出し、これからあわてて行くところです。申し訳ない。本日の集会は、小坂さんが司会(しかい)で、私は、これから歯科医です。」みんなで、パチパチと手をたたいて送り出しました。彼は、何かあるごとにダジャレを考えている、笑顔を絶やさない男です。そんな彼に刺激されたのもあり、この数年ジョークを一生懸命探すようになりました。問題解決と戦略のインストラクター、コンサルタントをしていたビジネス時代には、良い例話を探しまくったものですが、ジョーク探しもまた楽しく、いつでも使えるのが良いものです。

   駄洒落(ダジャレ)とジョーク
ダジャレ、ジョークと書いてきましたので、この二つは何が違うのかなと調べてみました。駄洒落(ダジャレ)は、大辞泉によると“下手なしゃれ、くだらないしゃれ”とあり、ジョークは、“冗談、しゃれ”となっています。語呂合わせは、ダジャレに入るようです。語呂合わせが続きますと少しげんなりして、「品の良いジョークをお願いします」と言われるのを聞くことがあります。“気の利いたジョーク”の使い手になるためには、それなりにネタを集めることから始めることになります。品位があって、清潔で、思わず笑ってしまう傑作をぜひ集めたいと思っていますが、参考の本を上げておきます。

①「世界ビジネス・ジョーク集」(おおば ともみつ著、中公新書)(2003年2月)
ビジネスと銘打っているのでビジネスを知らないと心底笑えないものがあります。日常の世界の動きを知っていれば理解できる内容ですが、日本人には難しいなと思うものもあります。世界のビジネスをされている方には、参考になります。
②「世界傑作ジョーク250」(中野雄一郎&岸義紘著、いのちのことば社)(2006年9月
JTJ神学校の学長お二人が集められただけのことはあり、とてもわかりやすく、クリスチャンも使える選りすぐったものです。購入してから“つんどく”していましたので、今回このような記事を書くことになり、取り出して読んでみて「これは、いけるぞ!」と思いました。この中にも紹介されてないものがありますので、タイミングを見ながら書いていきますが笑っていただけるかどうか???

笑いは、健康に良いことは言うまでもありません。笑いなくしては、生きていくことが出来ません。日本は長寿大国と言われますが、笑いによって更に寿命の延長につながるでしょうか?笑いと言っても「気の利いたジョーク」の使い手となるには、準備と日頃の努力が必要なようです。品の悪い言葉を使わないこと、使う場とタイミングをしっかり考えることだそうです。ネタとして手に入れたジョークについては、用法・用量(使いすぎは逆効果になる)をしっかり守り、食前、食後、食間にお使いください。なお、使用期限は特にありませんが、利く場合と利かない場合がありますので、注意してお使いください。

「また、恥ずべきことや、愚かな話や、みだらな冗談を避けなさい。そのようなことは、良くないことである。」(現代訳 エペソ5:4)

2008年5月15日    小坂圭吾

2008年5月3日土曜日

始めに&これから「そしてこれから」

              PDJレポート1年
 PDJレポートを書き始めてから1年!「変えられた人生を生み出す」健康な教会の基本概念やキーワードおよび日本における事例や進め方のノウハウを紹介しようとの思いから始めました。PDのキーワードについては、最低必要な5つの事柄について(外側から内側へ、目的とバランス、スモールグループ、一日一歩ずつゆっくり、マネジメント)書いてきました。(ご覧になりたい方は、「PDJレポート」のトップの右下に写真があり、その下にあるラベル:キーワードをクリックすれば、まとめて出てきます。)
 4年間にわたるPDJのミニストリーの中で、色々な教会・集会に出席し、色々な方々にお会いしました。私の今までの仕事や教会から少しでも離れて、より広い視野で物事を見たり、聞いたり、考えようと努力しました。1年「PDJレポート」を書くとなれば、それなりに一生懸命見聞きし、何を伝えようかと事あるごとに考えています。それは感謝なことです。

      これからどうしようか?
“そしてこれから”どのように書こうかと考えています。日本の教会の平均礼拝出席者は30人、しかし15-20人の教会が日本では一番多いのです。日本の多くの教会にとって、今いちばん切実なことはなんだろうかとスタッフとも考えました。PDJとして出版する書籍が、(感謝なことですが)必ずというほどにベストセラーになるのは何故か?「5つの目的」がいまだに売れ続けている理由は何か?今や、大きな教会がどんどん買って使ってくださっているわけではありません。それよりも小さな教会が、あるいは個人が使ってくださっています。教会を離れているクリスチャンも多い中で(所属教会を持たないクリスチャンが3%存在します)、それらの方々に手を差し伸べ、架け橋をかけようとの動きもあちこちで見られます。ハウスチャーチという動きも、確実に動き出しています。そのような中で、このPDJレポートの役割を今年は少し変えていこうとの結論に至りました。個人に焦点を当て、何か心に残る、少しでも読んでよかったと思えるレポートを書いていこうと思っています。

                   
「躁の時代」から「欝の時代」への大変化
先日のある雑誌に、作家・五木寛之氏の記事「躁(そう)の時代から鬱(うつ)の時代へ。一日一日、瞬間瞬間を大切に生きる!」が載っていました。読んでいてとても共感を覚えました。戦後50年の「躁の時代」の幕が閉じ、「鬱の時代」の大きな変革期が訪れようとしている。大切なことは、どんな風が吹いているのか肌で感じることであること。鬱の時代は30年先を見越して計画する生き方では対応できない。せいぜい3年先ぐらいの単位で自分の備えをして、毎日を充実させて生きていくことが大切であると五木寛之氏は書いています。毎日のテレビや新聞を見ていますと、日本の社会が壊れかけている現実が映し出されています。

第1に人間関係が大きく壊れています。親子関係、夫婦関係、先生と生徒の関係、会社の上司と部下の関係等、昔では考えられない悲惨な事件が起こっています。ここまでひどくなったのかと思わされる事件が次々に起こります。携帯電話やインターネットを使ったいやな事件もあり、これら全て心の問題ということが出来ます。
第2に健康の問題です。私の住んでいる地域(横浜市青葉区)は、日本でもいちばんの男子の長寿の地域だそうです。そんなにお年寄りが多いとは思えませんが、長寿になりますと、介護の問題や医療過誤の問題が大きくなってきます。医師にとって、今はいちばん大変な時代で、患者からいつ訴えられるかと恐れ、不安があるのです。
第3に経済の問題です。少し景気がよくなりかけたかなと思えば、サブプライム問題で世界中の株価が下落し、今年いっぱいは大きなダメージを受けそうです。金余りの現象の中で、原油が高騰し色々な物価が上がってきています。年金問題もまだ不安材料がいっぱいです。

これらの壊れかかった心と体、そして経済社会の絡み合った大変動を、五木氏は、「鬱の時代」の到来と言っています。「躁の時代」とは、敗戦後から約50年を指し、焼け跡に物は無くとも夢や希望や目標を持って経済大国として右肩上がりに登り、その絶頂がバブルでした。そして、バブルの崩壊後10年余になりますが「鬱の時代」に到来です。この時代は、先がまったく読めない時代ですので、せいぜい3年ぐらいの単位で自分の備えをし、毎日を充実させて生きていく時代です。これこそ、神様を信じて生きていくクリスチャンにふさわしい時代のような気がしてなりません。「躁の時代」は良くて「欝の時代」は暗いとか言うことではありません。良い悪いではなく、そのときにふさわしくいきることだと思います。一日一日、瞬間瞬間を大切に生きるという神様が私たちに教えてくださっている生き方を、生き抜く良い時代だと感じております。そして、この御言葉がぴったりと心にはまります。

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべての事について、感謝しなさい。」
(テサロニケ第一、5:16-18)


(これからは、「PDJレポート」を”PDJブログ”と名前を変えて、気楽に読んでいただく記事を掲載していきます。)

2008年5月3日    小坂圭吾

2008年4月22日火曜日

礼拝人口1%を打ち破る(2)

教会への誘いが少ない
礼拝人口1%を打ち破ることが出来ない理由の第二は、ノンクリスチャンへの伝道の働きかけが少ない、教会への誘いが少ないがあがっています。これは教会生活に慣れてくると次第に外の友人が減ることが原因としてあります。自分のことを振返ってみますと、ノンクリスチャンの友は減ってきています。年賀状の数で見ますと、信者:未信者の比率が、30代の頃は1:9くらいだったのが、今年などは3:7くらいになっています。次第に外の友人(ノンクリスチャン)が減ることを自戒して、外の交わりを心がけて活動をするようにしております。

この教会への誘いについて2007年のある調査では、教会に行っているクリスチャンで、2006年中に誰かを教会に誘ったことのある人の数は21%でした。教会に行ってない人で、もし教会に誘われ、友人が同行してくれるなら行ってもいいと回答した人は、82%でした。一方、教会を訪問するキッカケについては、友人、親戚、家族の誘いによるものが最も多く70%を超えています。ここから分かることは、誘われれば教会に行ってもよいという人が多く、その割りには教会に誘うのが少ないのではないでしょうか。誘われなければ、敷居の高い教会には来ることが難しく、だからこそもっと教会への誘いを増やしていくことの必要性が浮かんできます。ある中規模の教会で聞いた話ですが、10数年も前の時には、教会員の2/3くらいの人々は、1年に数人は教会に新しい人を誘っていたとのこと。でも今は、2-3割の人しか誘ってないでしょうとのお話です。平均年齢がそのまま上がり、ノンクリスチャンの友人も少なくなり伝道意欲も薄くなってきている、また新しい人が少なくなっていると分析しています。
 
     教会への架け橋を作る
教会を「内側から外側」ではなく、「外側から内側」に向かって成長させていくことについて以前に述べました。(この画面の右側にある「キーワード:外側から内側へ」をクリックしてくださると以前のものがまとめて出てきます。)外側にある人々(ノンクリスチャンの人々)を一人でも多く教会にお招きすることから、教会の成長はスタートです。そのために、重要ないくつかのことをあげて見ましょう。

1、教会を挙げてのイベントを準備する
年に何回か教会としてのイベントを十分準備して、教会員がそこに向かって友人、家族を誘うプログラムを準備することです。チャペルコンサートやキリスト教講演会、クリスマスイベントやイースターイベント等が考えられます。神に忠実な信徒の方々は、機会があれば伝道したいと願っています。その願いを生かしながら、企画をすることです。良い講師をお迎えするも良いですし(交通費だけで喜んで奉仕してくださる講師もあります)、よく祈り、一人でも多くの人を誘うことが出来るように教会を挙げて準備をすることです。

2、ノンクリスチャンへの架け橋
未信者の方々が教会に入りやすい入口を、気軽に色々な形で作り、気軽に来てもらえる架け橋を架けることです。ある教会では、ゴスペルコンサート/英会話教室/韓国語教室/未就学の子持ちのお母さんを集め、子供と遊ぶプログラム/ランチタイムコンサート/コーヒーショップ等々色々なことをやって、敷居を低くして教会の礼拝以外のプログラムにお誘いしています。教会の規模に合わせて、気軽に出来ることから教会員のやりたいことを探りながら始めることです。礼拝には、そこから時間が経過し心が耕されれば、やがてお誘いする形です。今まで自分たちの教会でやっていることを、地域の方々の立場で、少し視点を変えて見直してみると良い架け橋が見つかることでしょう。

3、説教を判り易く、楽しく
教会の礼拝のメインはやはり説教です。説教を判りやすく楽しく、また聴きに来たいと思うもの、更に人生を変える説教であることでしょう。説教のやり方については、PDJセミナーの収録したものがありますのでぜひ参考にしていただければと思います。(HPの“オンラインショップ”をクリックしていただき、『目的主導型説教・概要』をご覧ください。)色々な教会を訪問した中で、時間は短くとも(ほとんどが30分位)、面白く、判り易く、聞くものの状況にマッチし、聖書の要点がしっかり入ってメッセージは忘れられません。リック・ウオレンの言われる説教のポイントをしっかり抑えたものです。素晴らしい説教では、新しい人が定着するばかりか教会員も誘う気持ちになることでしょう。そればかりか、一度聞いた人が、あの教会の話は素晴らしい、聞くに値するよと口コミで宣伝をしてくれるのです。ノンクリスチャンまでもがそのようにしてくれるのです。

2008年4月25日     小坂圭吾     (PDキーワード:外側から内側へ)

2008年4月10日木曜日

礼拝人口1%を打ち破る(1) 

  礼拝人口1%の原因は?先日、三谷康人氏(エリヤ会初代会長、元カネボウ薬品社長)と親しくお話をする機会を持ち、色々と意見交換と調査データに基づいたお話を頂きました。長年感じていたことが裏打ちされ、頂いた資料も用いながら今回のレポートを書くことにしました。

ノンクリスチャン99%の実態調査をしたところ、キリスト教に好意や関心を持っている人が多いことが分かりました。過去に教会に足を運んだ人や元クリスチャンを含めてキリスト教関心層が約10%(約1200万人)になります。信仰持つならキリスト教が第一で30%を超えているという調査結果もあり、結婚式を挙げる人の過半数以上がキリスト教式です。最近のギャラップ調査でも、キリスト教が好ましいと答えた人が23%でした。このようにキリスト教は人々から、好意を持たれているにもかかわらず、礼拝人口1%を打ち破ることが出来ません。その原因を再度調査したところ、2つのことが分かりました。
①教会の敷居が高いという印象のために教会に行きにくくしている。
②信徒が教会生活に慣れてくると次第に外の友人が減り、ノンクリスチャンへの伝道の働きかけがされなくなる。
これらを打ち破ることについて考えていきましょう。
            
          教会の敷居が高い第一の“教会の敷居が高い”ということについてですが、“なぜ教会は敷居が高いと思うか”について以前教会に来ていたノンクリスチャンの人たちに調査したところ多い順に次のような回答を得ています。①信者との宗教観の違いを感じる②日本文化に馴染めず違和感がある③日曜日に教会に行くと休めない④堅苦しい となっています。これらの①②をみるとノンクリスチャンに対して、教会に気楽に入れるよう暖かく細かに配慮し、違和感を持たないように迎える必要性を感じます。“違和感を持たない”というところが特に重要なようです。

“教会の礼拝は、いつでも無料でどうぞ!”というのが、意外と違和感なのかも知れません。私の親しい知人ですが、数年前に住居を移転したために新しい教会を紹介してほしいと3つほど紹介しました。先日、そのひとつの教会に行ったと聞き、そのとき彼が言うことに驚きました。「いざ、新しい教会に行こうと思うと、かなりの決心と勇気が必要だよ!」と語ってくれ、長い間教会に行っている人でもそう感じているのです。気楽に行けなかったのは、無意識の中で敷居が高いという風に感じるひとつの点かなとも思います。教会を紹介してもらい、場所は分かったが誰がいるのかもさっぱり分からず、自分に合うのか色々不安であることに変わりはありまん。

         違和感を持たない
私もPDJの関係で新しい教会に行くときがありますが、初めて行く時には確かにエネルギーが要ります。しかし、その教会に知人が一人でもあれば、それほどエネルギーは必要がないように思います。一方で、キリスト教以外の色々な講演会(2-3時間)に年に何回も出かけますが、あらかじめ予約して行くのですが、始めてのところでもそんなに負担も感じることもなく出かけられます。

この違いは一体何だろうかと思わされます。彼と電話で話したときも、礼拝とかに予約とかチケットとかあれば、こんなにエネルギーを使わなくていけるのかも知れないと話してくれました。それもひとつの妙案だと感じました。一般的な講演会の場合、たとえ無料であっても予約無しで受けつけてくれるものはひとつもありません。予約もなくかつ無料のものについては、私たちは無意識のうちに不安を感じているのかも知れません。行くときは必ず予約を入れることで、「行くぞ」とのスイッチが入るように思われます。キリスト教特別講演会やクリスマスイベントやゴスペルコンサートなどは、チケット(無料、有料どちらでも)を手に入れて行くのが安心感もあるのだろうと思います。特に初めての方々に来ていただく場合は、この配慮は重要なように思います。

ましてや、初めて教会に誘うときは、ぜひとも一緒に行く配慮が欠かせないのであろうと思います。キリスト教について好感は持っても、宗教観の違いを感じ、日本文化に馴染めないと思って違和感を持つ人が多い中で、知っている人が同行することは必要です。また、初めて教会に来られた人に声をかけてあげることの重要性は言うに及びません。これらのことが違和感を持たない、あるいは少なくする事になるのです。(続く)

2008年4月10日     小坂圭吾     (PDキーワード:外側から内側へ)

2008年3月25日火曜日

健康余話「歯を磨く→人格をみがく(2)」

     人格をみがく先日、知人Tさんがメールをくれました。彼は歯科に通院していましたが、最後の治療とな り歯科衛生士さんが「歯磨き指導」をしてくれたとの事。彼の磨き方は、上の一番奥の歯(親 知らず)に歯ブラシが当たっていないとのことでした。歯磨きでいちばん難しいところでもあります。ダジャレの好きな彼は、すぐに「なぞかけ」を思いつき披露しました。“私の磨き方とかけて、宝くじと解く。その心は、いつも当たらない。”なるほど面白い!と思いつつ、磨き方を学んで実行しているかな?と思ったりしました。

本論に戻しますが、歯の磨き方には、①歯本体を磨く、②歯と歯の間を磨く、③歯の基を磨く、の3つが大切で、歯の掃除(クリーニング)では徹底して磨いてくれます。歯磨きのやり方が悪いと、女性の歯科衛生士さんが「歯磨き指導」をしてくれますが、この「歯を磨く」ことには、「人格をみがく」ことに通じるものがあります。

①“歯本体を磨く”とは、自分自身を磨くことです。聖書的な考え方に基づいて、知識において、その考え方、思考、行動、言動等において自分を高めていく努力をたゆまずしていくことです。その結果、御霊の力によって品位とも言うべきものが整えられていきます。ピカピカの白い歯でも、歯磨きを怠っていれば、やがて黄色くなってしまいます。私たちの人格も、毎日磨いて向上させなければ、やがて錆付いてしまうのです。
②“歯と歯の間を磨く”とは、人と人との関係を磨くことです。家族関係の中で、特に夫婦関係の中で、教会員との関係の中で、職場での上司、同僚、部下との関係の中で、自分の在り方を考え、自分が何者かを理解していくのです。互いに刺激し合って、成長させられていきます。様々な関係の中で、基本は夫婦で、そして親子かつ兄弟という関係の中で、私たちは育てられます。神が私たちを創造されたことを思う時、人との関わり合いの中でこそ、生きることの意味が分かってくるのです。生きることは、関係の中でそれを整えていくことです。
③“歯の基を磨く”とは、私たちと主なる神との関係をいつも正しく整えておくことです。土台である歯の基がしっかりしてなければ、いかに歯の本体を磨いても意味をなさないのと同様に、私たちも生きることの土台である「主なる神との関係」をしっかりすることが大切です。聖書に生きる、福音に生きるとは、この主なる神さまとの関係を揺るぎないものにする事です。これは、私たちにとってデボーションを確立することであるとも言うことができます。

歯磨きにおいては、③歯の基を磨き、②歯と歯の間をしっかり磨くことが大切であり、それを意識して磨くことが重要だと教えられました。けれども、とかく①歯の本体を磨くことに力をいれてしまって他を疎かにしがちです。「人格を磨く」ことにおいても、実は③が最も大切であり、その次が②であり、①の自分自身を磨くことは、もちろんそれ自体大切なことに違いありませんが、これらの結果として出来てくるように思われます。優先順位を間違えてはならないことを教えられます。

        分かったつもり!
私たちの信仰生活において、“分かったつもりになっている”ことがなんと多いことでしょう。たとえば「主の恵み」についてですが、“数えて見よ主の恵み”とあるごとく、数えだしたら数え切れないほど主の恵みはあるはずです。そうは思っているものの、正直それを数えたことはありません。「主の恵み」とは、ふさわしくない者に神が与えてくださる良きものです。”ふさわしくない者に”がポイントですが、これが実に分かっていないのです。また、“恵みだ”ということがこれまた十分に分かっていない。頭で分かっていても、心で分かっていない自分を見出します。知識として分かっていることと、心から理解し腹の底にストンと落ちて分かっていることには大きな違いがあります。
「信仰は体験」と言われますが、体験を積んでこそ頭ではなく心で腹にまで落ちて分かるのだと思います。「一を聞いて十を知る」と言われますが、それは、「一部分を聞いただけで全体を理解できる程に頭がいい様子」と国語辞典に解説してありました。私たちにはどうも「十を聞いて一を知る」くらいの謙虚さが必要であり、その姿勢で物事に取り組んだほうがいいのだと思わされています。霊的な事柄については、分かったつもりにならないで「十を聞いて一を知る」姿勢でありたいと思っています。

すると、主はこう仰せられた。「行ってこの民に言いなさい。『あなたがたは聞くには聞くが、悟らない。見るには見るが、分からない。』」(現代訳 イザヤ6章9節)
 
2008年3月25日    小坂圭吾

2008年3月10日月曜日

健康余話「歯を磨く→人格をみがく(1)」

         花粉症の季節花粉症の季節になり、昨今は花粉に加えて黄砂が中国から飛んできて、3-5月には日本列島を覆います。花粉症の方は、日本全体で15%くらい(場所によっては20%くらい)はあると聞いています。私も花粉症とは長い友達付き合いで、神奈川県南足柄市にある工場に10数年も勤務していた折に花粉症にかかりました。箱根の外輪山、分けても大雄山という山に大きな杉の木があり、3月ころになると南足柄市の家々の屋根は黄色くなります。風が激しいときに大雄山の山を見ると、花粉が吹き上げているのが分かります。昨今は、良い点鼻薬や目薬が出来ていますので、きちんとそれらを使い手当てを毎日しますととても楽に過ごせます。この苦しさ、いやなことは、経験者でないと理解できませんね。

先月、数年ぶりに十分説明をしてくれる医者に行きましたら、「1月にはいると早くから点鼻薬と目薬を毎日決められた時間にさしておれば、ほんとに楽に過ごせる。5年も経つとかなり軽くなる。飲み薬はもうほとんど使わないよ」と教えて下さいました。そうか、それで私も軽くなったのだと分かりました。花粉が飛び始める早い時期から予防を始めれば効果があり、鼻水やくしゃみが出だしてあわてて治療してもその年は手遅れであると強調していました。納得のいく説明を受けて感謝でした。何事も早い準備が必要なことを思わされました。
                   
           歯を磨く ところで、今日の健康余話は「歯の健康」について書いて見ましょう。私たちは毎日歯を磨いています。朝起きてから、そして寝る前の少なくとも2回、あるいは1回の方もあるかもしれません。私の場合は、簡単ですが食後にも磨きますので1日に3-4回程度になります。歯の磨き方は、分かっていますか?ほとんどの方が分かっていると答えるでしょう。どっこい、分かっていないのですね。分かっているつもりになっている!実は、私もそうだったのです。

もう10数年前にさかのぼるお話ですが、ぜひお聞きください。私は、歯については、以前から虫歯もほとんどなく丈夫であると自信がありました。歯医者にお世話になることはほとんどありません。ところが、歯の不調で歯医者に行ったところ、こっぴどく叱られました。歯槽膿漏(しそうのうろう)になっていたのを知らず、そのままにしていたのです。それ以後、歯磨きは徹底するようになり歯槽膿漏は治りました。

10年ほど前からは少なくとも一年に一度歯医者に行って、歯の掃除(クリーニング)をしてもらうようになりました。歯の掃除をしてもらい、終わった後で歯の磨き方、特に自己流で悪い所についての指導があります。なるほどこうすればいいんだなと分かったつもりになって帰宅します。翌日から、教えられたことをその通りやっていきますが、時間が経つといつの間にか自己流になっているのです。翌年、歯医者に行ってまた歯磨きの指導を受ける羽目になるのです。なにしろ、自分で鏡を見ただけでは、良いか悪いかはわからないのです。先日も歯医者に行ったところ、指導されているとおりに綺麗に磨けているということでお褒めの言葉を頂きました。「100歳までこのまま使っていきましょう。」と励まされ、「まだまだ先の事ですが…。そうしたいですね。」と答えながら嬉しくなりました。数年前は、「90歳までこのままでーー」と言っていた歯医者さんですが、今回は10年も延ばしたがいいのかな?と思いながら帰宅しました。

     歯の磨き方をご存じですか?毎年歯医者に行く度に、歯磨きのやり方を教わります。自己流で悪いところについては、必ず指導を受けました。歯の磨き方は、①歯本体をしっかり磨く、②歯と歯の間を磨く、③歯の基を磨く、の3つが大切です。歯医者に行くと徹底してこれをやってくれ、掃除が終った後はピカピカで気持ちよくなります。毎年一回は歯の掃除(クリーニング)をしてもらい、歯の磨き方を指導してもらいましたので、指導を受けてから数年後にはやっと分かった、出来るようになったと思います。それまでは、歯の磨き方が分かってなかったように思います。分かったつもりになっているに過ぎなかったようです。「歯を磨く」ことの指導を受けて、これは「人格をみがく」ことに通じるものがあると感じました。次回は、このことを少し詳しく書いていきましょう。 (続く)

2008年3月10日    小坂圭吾