2008年9月25日木曜日

感謝 「バカになる、寅さん40周年(1)」

 寅さんシリーズ誕生40周年
「私、生まれも育ちも葛飾柴又です」の名セリフで始まる映画「男はつらいよ」の寅さんシリーズが、誕生40周年を迎えました。今回、ニュープリント上映でしかも公開当時にならって2本立てを見てきました。私もこの映画の大ファンで、既に48本すべては見ています。何度か映画館にも足を運びましたが、あの観客席の和やかな雰囲気は、他の映画では経験した事が無く、今回もほぼ同じような雰囲気でしたが、少し静かな感じでした。
渥美清の寅さんが、団子屋「とらや」の裏手にある印刷工場で働く若い工員たちに、親愛の情を込め「労働者諸君」と呼びかけるとき、あるいはおいちゃんが、甥の寅さんの愚行を眺めながら思わず「馬鹿だねぇ」と溜息ながらに嘆く時、観客席は爆笑に包まれる。このおかしさは、その場にいる者には複雑な内容が瞬時に観客に伝わり、大きな笑いとなります。寅さんシリーズを一本も見たことのない人には、わかってもらいにくい事柄ではあります。
             
           海外進出この寅さんシリーズも、いよいよ海外進出です。英語の字幕、あるいは吹き替えをするのでしょう。寅さんは、面白おかしい巧みな話術を使い、わかったようなわからないようなおもしろいタンカ、テキ屋の言葉の達人です。これをどこまでうまく伝えれるのか、スタッフの方々の力量が問われます。NHK番組「英語でしゃべらナイト」で(写真は、NHK番組より撮影)、このことを取り上げ、英語での吹き替えも実演して見せました。雰囲気は伝わってきました。ぜひとも、素晴らしい字幕、吹き替えになることを期待します。
ともあれ、寅さんの言葉にはこの種の味わい深いというか、面白おかしいセリフが随所にあります。「寅さんの人生語録」ですが、一見すると陳腐なセルフの羅列に見えますが、寅さんを知っている人には、何とも愉快なのです。誰がしゃべっても面白いというわけではありません。渥美清の寅さんが話すときに、その言葉の深い奥行きとニュアンスが出てくるのです。寅さんのしゃべっている光景、声が聞こえてくるのです。それは何故だろうかと考えさせられます。楽しみながら寅さんの研究に励んでいますが、まだまだ道半ばです。      

       若いときの思い違いこの寅さんは「バカを地で行っている」と思われます。「頭がいい」わけでもなく、「知識がある」わけでも無し。学歴などあるはずがありませんが、でも、向上心があります。人間の価値はと言えば、学歴や頭の良し悪しではなく、知恵が働くかどうかで決まることを教えているともいえます。寅さんを見始めてから、「バカになる」事について考えさせられ、あるとき、『利口バカ』について知りました。若い時には、知っていることが良いこと、尊いことで“知”に走りたがる。そういう時は、知らぬ人がバカに見える。年を重ねると“人は理屈では動かない”ことを知り、知識だけではつまらないことに気づくようになる。若いときの思い違いを悟るのです。利口がバカらしくなり、これが『利口バカ』だと悟るのです。ともあれ、人がバカに見える間は器が小さく、努めてバカになると不思議に人望が集まり、これぞ利口なのかもしれません。自分のばかげたこと、失敗したことをオープンに話す人に人が集まります。ドンと自分を落とした話は、人々の心にすんなりと入っていきます。“バカの利口”という言葉もありますね。口では『バカになる』といっても、それができる人は極めて少ないのです。(続く)

2008年9月25日    小坂圭吾

2008年9月15日月曜日

祈り 「継続は力なり」

      小野道風 と雨蛙私の子供の頃には、どこの家庭にも一組くらいの花札は置かれていました。花札は、1月から12月までの季節に花鳥風月の画をあしらった外国にはない、美しい日本のカルタです。写真は、この花札の中の一枚で“雨”と言い、柳に小野道風 (おののどうふう)と雨蛙(あまがえる)が描かれています。小野道風 は、平安時代の名筆家の一人にあげられています。道風は、書家を目指して、子供のときから師匠のもとへ一日も休まずに通いました。「姿勢を正しく、筆はまっすぐに持ち、字の一点一画にも心をこめて書きなさい」と教えられ、手習いにはげみますが、何年通っても、自分の字に自信を持てません。

「もうだめだ。書家になれる見こみはないのでもうやめよう」と心に決め、雨がしとしとと降る中を師匠の家から帰って行きます。道すがら、一匹の雨蛙が柳の枝にとびつこうとしているのを見かけました。柳の枝は、風に吹かれて揺れ、蛙はぴょんぴょんとび上がっては落ちてしまいます。道風は、くり返しくり返しとび付く蛙の姿を見守り、あきらめるだろうと思った次の瞬間、蛙が柳の小枝にとびつき満足そうでした。 「そうだ、自分もあきらめないで続けよう!」こう心に誓った道風は、筆を取り直し、やがて日本一の書道の大家になったとのことです。

       いまだに継続中あきらめないで続けることの大切さは、いうまでも無いことです。私の場合、柳の枝に飛びついたり落ちたりで、いまだに継続中が英語です。学校教育で学び、大学受験も英語があり、大学時代には“英会話がこれから重要だ!”とわかりつつも中途半端で卒業しました。ビジネスマン時代は、必要に迫られ、英語のマニュアルを読む、英会話も時々習う、英語を使ってのグローバルミーテイングのために宣教師に1年習って磨く等をして、曲りなりにこなしてきました。私にとっての英語は、必要に迫られ、蛙が柳に向かってとびつき小枝にとびのるも、しばらくすると必要が少なくなり落ちてしまうのです。あまり支障もないので、これも仕方無しと自分を受け入れております。継続しやりきるには、そこに何かしらの決意とか、情熱とかが無ければならないような気がします。      

        苦難は忍耐を 途中で投げ出すことなく、やりきることができた事の中で、私のビジネスマンとしての最初の三年間が忘れられません。就職をして最初の仕事は、コンピューター部門のシステムエンジニアでした。その頃は初代コンピュターの時代で、当時の職場で使用されていたIBM大型コンピューターはというと、15年ほど前のパソコン並の性能です。技術の進歩には驚かされます。仕事はハードで、神経の擦り減るような毎日が続きました。出来の悪いのも手伝っていたのでしょう。マニュアルはすべて英語で、辞書を引きながら解読です。大学で勉強したコンピューターの知識はほとんど役に立たず、先輩に教えてもらいながら、必死について行こうと努力です。仕事もよく分からない状況での孤軍奮闘、徹夜の連続で、あるとき体調を崩してしまいました。心晴れぬ日々が二年ほど続いたでしょうか。必死に聖書を読み、祈る日々でした。

「神様、本当に辛い毎日!!できることなら、この会社を辞めて仕事を放り出してしまいたいです。‐‐‐でも、今辞めると生涯負けになりますので、この辛い峠を越えるまでとにかく耐えられるように助けて下さい。」そのように祈りつつ仕事に取り組むこと三年、気がつくと一人前になっていました。辛い峠を乗り越えてからは心も晴れ、会社を辞めずに仕事を続けることができました。継続してやればものになるものです。今思えば、一緒に苦労し助けてくださった先輩がおられたこと、そして信仰によって支えられ続いたのだと思います。我々ビジネスに携わる者の間では、このように本当に辛い仕事を乗り切った経験について「地獄を経験した」と言って、その後の人生において大きな宝となっています。

「そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです。苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。」 (ローマ 5:3-4 新共同訳)

2008年9月15日    小坂圭吾

2008年9月5日金曜日

健康余話 「心の若さを保つ」

  日本人の平均寿命
日本は世界一の長寿国ですが、男性が79.19歳、女性が85.99歳だそうです。厚生労働省の今年4月に発表した「全国市町村別平均寿命」によると、男性は神奈川県横浜市青葉区が「男性長寿日本一」になり、女性も「7位」になっています。「女性長寿日本一」は、沖縄県中頭郡北中城村で、女性10位以内には沖縄県が4つ入っているのは“さもあらん”と思います。横浜市青葉区の長寿日本一については、私達にはまったくの予想外でした。青葉区の特徴は、市内でも最も公園数が多く、私の家から徒歩10分以内に10箇所もあります。公園では愛護会活動が盛んで、清掃活動や花壇つくり、あるいは運動教室などもあります。(このブログに掲載したお花の一部は花壇つくりのものです。)スポーツをやる施設もたくさんあり、こうした色々な活動が、長寿の秘訣になっているのかもしれません。

        脳の喜びを耕す
何歳になっても若々しく生きることは、誰しもの願いです。平均寿命が長くなるにつれ、心の若さを保つことがますます重要になります。先日、脳科学者の茂木健一郎さんのおもしろい話をお聞きしました。

何歳になっても心の若さを保ちつづけるには、脳を若々しく保つことである。「心のアンチエイジング(エイジング=加齢に、アンチ=抵抗する)」が重要である。そのための処方箋は、「脳の喜びを耕していく」ことに尽きる。「脳の喜びを耕す」とは、おもしろい映画や美しい絵画を見る、子供や孫の成長を見つめる、仕事で充実感を得る、親しい友人と交遊するなど、喜びを耕す要素に事欠かない。これらは、すべて「学ぶことの喜び」とまとめることができ、広い意味での“学習”である。脳は、喜びを感じるときにこそ、学ぶことができる。広い意味での学習をすると、脳は「ドーパミン」という物質を放出し、喜びを感じる。喜び、快感を生み出す行動が次第にくせになり、2回、3回と繰り返し続けていくたびに、その行動が上達していく。これを「強化学習」と呼ぶ。

“ある行動をとる → 試行錯誤してうまくいく → 褒められる、達成感を得るなど報酬を受け取る → ドーパミンが放出され快感を得る → 再び同じ行動をとりたくなる”、
この“強化学習のサイクル”をまわし続け、脳の喜びを耕すことによって、実際の年齢とは関係なくいつまでも成長を続け、心の若さを保つことができる。

         心の若さを保つ
“強化学習のサイクル”をまわすことは、言い換えると“広い意味の学習をして喜びを得る”ことのサイクルをまわし続けることです。ある課題に挑戦して、「やった!できた!」との達成感を味わうとき、また挑戦しよう、次はもう少し難しい事をやってみようと、自分が鍛えられどんどん成長しいくことが脳科学的に解明されています。私たちの向上心――学び続けることや心の成長をし続けることができるのは、そんなサイクルになっているのです。広い意味で“学ぶことの喜びを続ける”ことは、「自分を磨くこと」につながります。自分を磨くことは、
①広い意味での学習を通して知的に向上すること
②人との関係を通して磨くこと
③神との関係を通して磨くこと
の3つの道があるように思います。知的に自分を磨くことは、学習を通して知的に向上することだけでなく、人とのかかわりを通して自分を磨くことも多くあります。それによって、自分の至らないことやハット気づかされることも確かです。本当の知を磨くことは、人とのかかわりの中で育てていくものです。更に、私たち神を信じるものは、聖書を読み、祈り、教えられたことを人々との関係において実行していく中で、神様を通して教えられたことが達成でき、自分が磨かれていく、霊的に成長していくことを実感します。このようにして、一生涯人格を磨くこと、心を磨くことが、若さの秘訣なのでしょうか?茂木健一郎さんが、“一生をかけて自分を磨き続けていくこと以上に楽しいことはない“と言い切られた言葉が耳に残ります。

「私たちの肉体はだんだん衰えていっても、私たちのうちにある本当の命は、日ごとに新しくされ、若やいでいく。」(コリント第二 4:16 現代訳)

2008年9月4日    小坂圭吾