2008年12月27日土曜日

歴史探訪「日本最東端に行ってきました(2)」


稀にしか見られない国後島
11月上旬の3日間は天候に恵まれ、あまり見ることが出来ない歯舞(はぼまい)群島、更にほとんどみることが少ない国後島(くなしりとう)の2島を見ることが出来ました。これはそんなに多くは無い経験とのことでした。

先日、近所の公園の大掃除があり、皆で集まって公園の大掃除をし、集めた枯れ葉で焼き芋を作ります。これがまたうまいこと限りなし!!そのとき、2軒先のお隣Tさんと掃除をしながらお話をしてみると、北海道中部出身のTさんご夫婦は、私と同じ頃帰省されていた由。週末には、北海道西部から中部の天気は崩れて、東部の一部だけは恵まれたことが分かりました。そういえば、その3軒先隣のSさんまた私の妻も北海道出身です。岡山出身の私ですので、これを1番として2番目に好きな県が北海道です!

二日目の夕方には、知床に入りました。オホーツク海にまさに沈もうとしている夕日がとてもきれいで、普段は車が多く危ないので停車しないとのことですが、その日はバスを止めてくれ皆でこの夕日を撮影しました。オホーツク海の寒そうな姿と相あまって、とても感慨深い景色でした。3年ぶりの知床です。
 
世界自然遺産・知床  
3年前の2005年7月14日に、私は初めて知床に来ましたが、何も知らなかったのですが、知床が世界自然遺産に登録が決定され、それを聞き驚きました。ホテルではお祝いの特別イベントがあり、知床についての自然環境のなす偉大な様について、知床ネイチャーガイドの方から、スライドにより説明を聞きました。

知床半島中央部は、千島火山帯が貫き、海岸線は荒く海に削られた地域です。冬には世界で最も南端に接岸する流氷が訪れます。流氷は、“プランクトンのゆりかご”と呼ばれ、流氷下の海水に養分がたまりやすく、それを食べるプランクトンが豊富になり、そのためにサケなどの豊富な魚介類が育つのです。サケは秋に知床の河川を遡上し、ヒグマ、オジロワシ、オオワシなどに捕食されます。これらの動物の排泄物および死骸は、植物の栄養素として陸地に還元されます。

このような海と陸との食物連鎖を見ることのできる自然環境が残されている点が評価され、世界自然遺産の登録物件となったのです。海洋生態系と陸上生態系の相互関係の素晴らしいサイクルに、感動を覚えます。

知床では、人間がおじゃましている!
遺産登録された翌日、その実態を見学しました。車の移動中に「あ、熊だ!」との叫び声、しばらくすると今度は巨大な角を持った鹿がのっそりと横切っていく。7月でしたのでサケではなくサクラマスが河川を遡上するのを見学、知床観光船からは、200メートルにも切り立った断崖と奇岩群、そして知床連山を観光しました。

そんな知床の風景を見ると、目に見えない悠久のサイクルの中に、人間がおじゃまさせてもらっているのだと感じます。神様の御手によって、知床の自然は素晴らしい循環系として造られ、すべてのものが目に見えない絆で結ばれていることが分かります。

一方で、おじゃまな人間のために、知床の現状は課題山積みです。夜の国立公園内をバスで走りライトを照射して動物を探す、人間の立ち入りは、動物や木々にとっては大きなストレスである等々。自然を守ろうと言いつつ一方で、自然破壊につながる行為を私たちはしていることに考えさせられます。

知床の観光と漁業が成り立っているのは、ひとえにこの大きな自然のおかげであり、この自然を守り抜くしか知床の生きる道はありません。ぜひとも、自然と人々の暮らしが調和し、素晴らしい知床が守られることを祈るものです。

知床の空を大きく旋回している“ワシ”、残念ながら映像でしか見られませんでしたが、その雄大な姿、サケを取りに行くときの果敢さに感動させられ、自然から新しい力を頂くことができます。クリスマスを終えて、まもなく新年を迎えますが、主から鷲のような力を頂いて新しい年も歩みたいと願います。

「主を待ち望むものは、新しい力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」(イザヤ書40:31 新改訳)

2008年12月27日    小坂圭吾

2008年12月12日金曜日

歴史探訪「日本最東端に行ってきました(1)」

北海道東部・根室へ 
長い間の願いであった北海道東部・根室に行ってきました(11月6-8日)。北海道東部の中でも根室にはなかなか行くチャンスがなく、やっとかないました。釧路空港から入り、釧路湿原→厚岸(カキで有名です)→霧多布湿原→根室、二日目は、根室の最東端・納沙布岬→風連湖→野付半島・トドワラ→知床斜里町ウトロ(世界自然遺産)、3日目は、オシンコシンの滝→濤沸湖→網走(博物館・網走監獄、天都山)そして女満別空港から帰路につきました。(北海道の地名には、読み仮名が必要ですが省略をお許し下さい!)

どこに旅行しましてもその素晴らしさに感動しますが、旅行するなら北海道が一番好きな場所です。大自然の雄大さは、北海道でなければ味わうことが出来ません。海の幸、山の幸、陸の幸を味わい、都会では出会うことがない人情や暮らしに出会うことが素晴らしい体験です。3年ぶりに来て、新しい発見と深い味わいを感じました。

日本最東端、納沙布(ノサップ)岬  
日本本土最東端の地が根室ですが、その根室半島最東端に納沙布岬があります。北方領土返還要求運動の原点になる地で、目前にある北方の島々を望みながら歴史的経緯を見聞きしますと、この北方領土4島返還に対する思いが伝わってきます。

これら北方領土の島々に住んでおられた方々は約2万人弱もあり、戦後ロシアに不法占拠され、この根室地方に引き上げざるを得なかった人々です。目前の海上3キロメートル強の沖合いが、ロシアとの国境線となります。

貝殻島が一番近くでその近辺では昆布を取ることが出来ますが、ロシアに占拠されているため高い漁業権を支払いながら昆布を取っているのには驚きです。今まで北方領土返還についてはあまり知らなさすぎたことを思わされます。そこを見学しました私たち一行は、返還の署名運動に各自サインをし、お土産に昆布をしっかり買いました。

根室の地での開拓
根室は日本で日が暮れるのが一番早く、秋の午後4時半にはもう暗くなります。根室の町を夕方散歩し、根室駅売店でそして近くの北海道にしかないコンビ二チェーン店で女子店員の方と会話を弾ませます。彼女たちからは、都会では感じられない良さが伝わってきます。旅行に行ったときは、必ず現地の新聞に目を通すことも心がけています。根室の町は人口も減り、今は3万人程度になったとの事でした。

この街に来て、教会があれば訪問しようと考えていました。ホテルにおいてある“根室の散策マップ”を見ますと、キリスト教会がイラスト入りでしっかり掲載されていました。カトリック幼稚園も掲載されていて、街ではだれでも知っている存在なのだと思いました。

二日目の朝、教会へ出かけて見ました。なるほど存在感のある立派な会堂です。今から120年余も前、1886年(明治19年)にアメリカの宣教師夫妻によって開拓をされました。夫君は翌年志半ばにして病気のために天に召されました。奥様はこの地にとどまり、ヤソのおばさんとして町の人々の尊敬と愛慕を集め、開拓して2年後9名の方々が洗礼を受け、根室キリスト教会が設立されたのです。

伝道は、根室・和田をはじめ、別海、北見、紋別まで及んだのです。そして、20年の長い間、神の福音が述べ伝えられました。この当初の困難さは、口で言い表すことは出来ないでしょう。そして、今日まで多くの外国人宣教師をはじめ、牧師、伝道師によって宣教がなされました。無牧の時も何度もあったとのことですが、信徒の方々が力を合わせて教会を守られたのです。

多くの涙と祈りが積み重ねられ、この地に福音が伝わり実を結びました。その尊い働きに感謝します。朝早くだったので、牧師の方にご挨拶だけさせていただき、根室の地を後にしました。

「涙を流して種を蒔くものは、喜びの歌を歌いながら、刈り取るようになる。」(詩篇126:5 現代訳)

2008年12月12日    小坂圭吾