2009年3月18日水曜日

健康余話 「心と体の健康(3)」

       沖縄の長寿神話が崩れる
 沖縄といえば、長寿世界一を誇る島として名前が知られています。今から2年前、義理の弟の病気見舞いで沖縄に行きました。その親族Kさん(70歳代)と夕食を食べながら話しているときに「今や長寿の島ではなくなっている!」とその現状を話してくださいました。そのKさんの顔つやのよいことは言うまでも無く、その秘訣は畑仕事に精を出しておられました。沖縄には米軍基地があって良いこともありますが、米国人の食事や生活習慣が、地元住人とりわけ男性に大きな影響を与えている由。ファミーリーレストラン、マックをはじめ高カロリーな食事に加えて、自動車の普及が運動不足を誘っている。このため、心臓病やがんによる死亡を急増させ、特に60歳以下の沖縄男性の死亡率が高い。結果的に、沖縄男性の平均寿命は国内では25位となっているのです。しかし、女性の長寿世界一は、現在も変わりません。女性の方々は、低カロリーで塩分控えめな沖縄式食生活に、毎日心がけておられるのでしょう。

       食こそ健康の基本
 貝原益軒は、『養生訓』の中で健康のためにはいかに飲食が重要であるかを詳細に述べています。彼の生きた時代は、江戸時代元禄期で爛熟した元禄文化を享受した時代です。現代と同じ飽食の時代であり、そこから発する知見は、歴史に耐えかつ訴えるものがあります。
「飲食は人間の大きな欲望の一つであり、口や腹が勝手にほしがっているものである。口や腹がほしがるままに食べすぎると、度をこして必ず内臓がこわれ、さまざまな病気をひきおこし、命を失うことになる。」「食べ物はすべて淡白なもののほうがよい。味が濃いものや油っこいものはたくさん食べてはいけない。‐‐‐‐肉も一品でいい。野菜などのおかずは一、二品にするといい。肉を二品食べるのもいけないし、多量に食べるのもいけない。」「珍しいものやおいしいものを食べるときでも、腹八、九分目でやめておいたほうがいい。腹いっぱい食べると、後で害がある。」(貝原益軒『養生訓』より、現代語訳)

あまり肉を取りすぎず、淡白な食べ物それは緑や黄色の野菜類を多くするように、そして食べ過ぎないようにと勧めています。現代人がとかく高カロリー、高蛋白の肉、魚、卵などを多く食べることに対して、食べ過ぎないよう“腹八分にすべし”と減食主義と勧めています。特に中高年にとっての食べすぎは、要注意です。日本人の白米食は江戸時代に流行し、玄米から白米に変わり、一日2食から3食の習慣になりました。玄米の時代は、2食で足りたのですね。もう20年以上も前ですが、教会で玄米の素晴らしさを教えられ、我が家に玄米を取り入れました。私の子供の頃は、精米をしている所を見ながら遊んでいました。米は玄米が一番の宝で、精米をすればするほど、その宝を捨てているのだと子供心にわかっていたのです。玄米食に慣れていない方は、胚芽米や七分付きの状態にしてその他の穀物などと一緒に炊くと、ほんとに美味しく食べることが出来ます。

      腹八分目に病なし
先日、NHKの番組を見ていましたら、お笑いタレントの伊集院光さんがゲストに出ていました。彼は、一時体重が150KGになった時、ダイエットをして95KGまでに4ヶ月間で減量したそうです。そのときの秘訣は、①食べないで腹8分目にする②運動は水泳とウオーキングを心がけたとのこと。“腹八分目にする”ことが、こんなに効果があるのだということを知りました。現代にも残っている“腹八分目に病なし”ということばは、貝原益軒の考え方からきていると言われます。“腹八分目”と言っても人によって差がありますが、お腹に少し余裕をもたせて食べることくらいに考えるのがよいのでしょう。私たちは、食べ過ぎ、栄養を取りすぎることで色々な病気を起こしています。口や腹がほしがるままに食べると、度をこしてしまうという“絶えることの無い誘惑の力”に打ち勝つことが必要です。「自制」という徳目を身につけることが求められます。いつも腹八分、九分目で生活するとすごく快調です。しかし、自制心を忘れて失敗しても、またこの大切なことを思い起こして“腹八分目”を心がけていると習慣になるようです。食べ過ぎの誘惑に陥らないで、自制する良い習慣を身につけたいものです。

「自分自身も誘惑に陥らないように気をつけなさい。」(ガラテヤ6:1)

2009年3月18日    小坂圭吾

2009年3月4日水曜日

今を生きる 「がんばる、がんばり過ぎない(1)」

  「100年に一度」の経済危機
「100年に一度」の経済危機と言われ、世界経済が坂を転げ落ちるように下落の一途をたどり始めて半年以上になります。世界各国の経済は確かに嵐が吹きすさんでいます。ヨーロッパ、ロシアそしてアメリカの経済の落ち込みぶりは、当然ながらひどいようです。日本経済は、メデイアの報道だとかなり危機的かなと思い込みがちですが、各国と比較するとまだましな方です。ともあれ、資本主義の行き過ぎた事に対して、全世界においてブレーキがかかっています。中東産油国特にドバイではバブルに浮かれ人工島や世界一高いビルを建設し、少し行き過ぎだと思っていましたが、案の定ストップがかかりました。原油もピークの4分の1まで落ちました。全世界で自動車や電機業界は激しい落ち込みですが、自動車について言えば、「国内では、車はこれ以上増えて欲しくない」と思っている人が多いのではないでしょうか?地球温暖化が進み、今年の春はまさに異常!温暖化に対しての色々な施策や技術が開発されていくことを願います。行き過ぎの大いなる是正は、経済学で言う「見えざる手」のわざ(神のご介入)として、正常になる良いチャンスです。

         日本人の好きな言葉“がんばる”
「100年に一度の危機」ならば、「100年に一度のチャンス」と捉えることもでき、ここは“頑張る”時でもあります。とかく、我慢する/耐える/頑張ると言う気持ちを失わせる様なことが多々あり、社会全体が転げ落ちるように悪い方向へと行きつつあるように感じます。データに基づいてお話をするまでも無く、私たちの実感です。このような中でこそ、知恵を出してやり抜く、頑張る時代なのでしょう。私たち日本人の好きな言葉“がんばる”について、大辞林の辞書を引きますと〔 頑張る:困難にめげないで我慢してやり抜く 〕とあります。
この言葉で思い出すのが、2000年9月のシドニー・オリンピックにおける女子マラソンの高橋尚子選手です。過酷な訓練で心と体を鍛え上げ、オリンピックの大舞台という重圧の中、42キロを終始安定して走り抜きました。「すごく楽しい42キロで、自分の体と相談し対話しながらだったので、緊張というより集中していました」と走った直後のインタビューで淡々と語るさわやかな姿!走ることが好きでたまらない彼女は、マラソンあるいは陸上競技という一見暗い辛いイメージのスポーツを実に明るいものにしてくれました。「自分の体と相談し対話しながら集中し」かつ臨機応変に走る高橋尚子選手は、“頑張っているとは感じさせず”に楽しく走り抜いていたのが、強烈な印象として残っています。
        “がんばる”のギアチェンジ
私たちの人生は、この地上から天国というゴールを目指してのマラソンと考えることが出来ます。人生80年、90年の長距離マラソンですから、それなりの心構えが必要なように思います。私たちの毎日は、多忙で色々なことに追いまくられており、自分で追いまくっていると考えられる方は、案外少ないでしょうか。とにかく頑張る事に精を出している毎日かもしれません。「がんばる」という言葉が好きな日本人は、働き志向、がんばり志向の強いDNAが、親から植え付けられているのではないかと思われます。テレビのインタビュー等に出てくるスポーツ選手の言葉ばかりでなく、色々な場面で「‐‐‐頑張ります」の言葉がしばしば最後についてきます。ビジネスにおける私も「がんばる私」であったように思いますし、20世紀の日本人はとにかく頑張って生きてきたように感じます。特に「若い時は頑張らなくてどうする!」との声が聞こえてくるようです。
私たちは、とかく快楽な方へ安易な方へ楽な方へ自然と流されていきがちです。(私もそんな一人です。)ですから「さあ、頑張ろう」と自分に気合を入れることは確かです。昨日もある本を読んでいて「覚悟を決め、自分の役割に徹しないといけない!」と気合が少し抜けていたかなと教えられました。そんなとき、気合をどのように入れるかが大切なように思います。「がんばる」ことは素晴らしいことです。トップギアにいきなり入れるのではなく、車であれば、「まずローに入れセカンド、サードそしてトップギア」に入れる様に、ゆっくりと速度を上げていく。「がんばり過ぎない」様にギアチェンジをうまくやりながら、ときには速度を落として、目標を目指し一心に走り抜きたいと思います。

「私は、ただこのことに励んでいる。つまり、後ろのものを忘れ、前のものに向かって前進しており、キリスト・イエスによって私たちのために用意されている神の栄冠を得るために、目標を目指して一心に走っている。」(ピリピ 3:13-14 現代訳)

2009年3月4日    小坂圭吾