2009年6月18日木曜日

今を生きる 「物を大切にする(1)」

      自動車産業の原罪
経営危機に陥った米自動車産業首位のゼネラル・モーターズ(GM)が、破産申請をしました。一度破産をして新生をはかるのですから“破産新生”という言葉が合うように思います。80年間覇者のなしてきたことは、覇者の偉業というよりは、「驕る平家は久しからず」を思い出させます。まさに「覇者の驕り」として、人類にとってプラスはあったとはいえ負の遺産を多く残しました。自動車は、人々の自由な移動を可能にしましたが、交通事故を起こし、二酸化炭素を排出し地球温暖化、環境へのマイナス影響が多大です。そのことに対する経営としての取り組みが極めて弱く、ガソリンをガブ飲みする大型車を作り続け、燃費の向上についての開発投資を怠り、利益追求に血眼になった米自動車産業の実態です。

やがてこの日が来ることを予感し“破産新生”しかないと思っていた人々が多いと思いますが、オバマ政権が慎重に事を運んだことに拍手をおくります。自動車産業が誕生して生んだ多くの罪、交通事故と環境への負荷という「自動車産業の原罪」とも言うべき事柄ですが、それをあがなうべく交通事故や環境負荷のない車開発に努力を傾けてほしいものです。
            地球温暖化 
今年も地球温暖化を思わせる現象がまま見られます。20年ほど前と比較しますと、春らしい穏やかでさわやかな日がほんとに少なくなりました。緑と花の素晴らしい春には違いありませんが、温度がすぐに夏日の気温になり、衣替えといえば6月との意識が、今は5月の連休から半そで姿になることもしばしばです。

過去100年間に、東京の年間平均気温が3℃も上昇したのは事実ですし、中小規模都市も1℃上がりました。年間平均1℃上昇ということは、1年間に365℃分の上昇になります。春から夏、秋にかけての気温を見ますと、平均よりも高い日もあれば、低い日もあります。高い日は、平均より5℃高いとすれば、365℃を5℃で割ると72。すなわち、平均よりも5℃高い日が72日間、2ヵ月半あることになります。5月の素晴らしい気候は、20℃―23℃くらいがほどよい温度としますと、5℃高いと25℃―28℃と夏日になります。このような日々が春から秋にかけての半年間ですと、平年よりも高い日が少なくとも1ヶ月強はあるということになり、暑い日が多く見逃せない温暖化現象です。
 
         物を大切に
  地球温暖化を防ぐために私たちが出来ることは、身近に色々あります。ある日曜日のスモールグループで、世界的な経済危機の話から「物を大切にしなければね!」という話になり、Yさんが「今でも新入社員の頃に買った服が3着ほどあり、生地がとても良いので大切に着ていますよ」との話しでした。もう50年も前のものです。確かに生地の良いものは、少しも古さを感じさせません。使い捨てでなく、大切にして使い切ることなのです。
 私の場合、効率主義の中に身を置きそれなりに毒されて、長持ちするものよりも、そこそこに良いもの買い、そこそこに使い新しいものに買い換えることの考え方が強く、使い切るまでの気持ちは少なかったと思います。妻もしばしば、「ほんとに良いものを長く使ったほうがいいのでは?」と何度も言ってくれたのですがー。それでも、30年ほど前に買ったスポーツ用のジャンバーは、生地も色もしっかりしていていまだに使っています。物を大切にする気持ちは持っていたつもりですが、深く考えた行動ではなかったと思います。
 
  GMの驕りに始まり、地球環境の温暖化、そして物を大切にと書いてきましたが、そこに流れる問題意識は、「自分さえ良ければいい」との考えが、多かれ少なかれあるのだなと感じます。「俺の考えるようにするまでだ」というほど強烈な高ぶりや自分勝手ではないかもしれません。もう少し視野を広く、深く、他の人々のことまで含めて考えるなら、やはり考えが浅く、気がつかない中で「自分さえ、自分たちさえ良ければ」になっていたのです。聖書の教える愛の言葉、その深みを思わされます。

「愛は自慢したり、高ぶったりしない。無礼なことをしたり、自分さえよければよいとは考えない。」(コリントⅠ 13:4-5 現代訳)

2009年6月18日    小坂圭吾

2009年6月4日木曜日

今を生きる 「男女の違いを認める(2)」



      男と女はとにかく違う!
 今朝こんなヘマなことをしました。「僕のヨーグルトはどこにあるの?」妻はおいしそうにヨーグルトを食べていますが、私の分はテーブルのどこにあるのか、色々なものが置いてあるのでパット目には見つかりません。「目の前にあるでしょう!」「ウムー!」またある時こんなこともありました。私が「冷蔵庫にジャムが見つからないね?」と尋ねます。「ほら、ここにあるじゃない?」「ウムー」こんな経験は、どこの家庭でも男女の間に見られる光景だと思います。女は、視野の範囲が広いので冷蔵庫や食器棚にあるものをひとめで見渡すことが出来るのですが、男には見えないので、ゆっくり探さねばなりません。
 現在の日本では、結婚した夫婦の半分が離婚するとの事です。その理由に「性格が合わない」というものがありますが、夫婦は性格ばかりか色々と違うのは当たり前なのです。ちなみに、30-80歳代のご夫婦10数組について、長い間付き合ってよく知っている方々を思い浮かべて見ますと、ほんとに違うなと思います。男と女は、性格、考え方、感じ方、決断の仕方、行動の仕方がまるで違います。

       知らないことの失敗
 私たち夫婦も、何が似ているだろうかと探さなければ分からないほどです。よく知れば知るほどに違うのです。感謝なことに、信仰の土台だけは一致して同じです。学生時代から今日まで同じ教会に導かれ、育てられ、奉仕をしてきました。男女の色々な面が違うことがわかってきてから、妻の意見を聞いいてみようという姿勢になっています。男の見方・感じ方、女の見方・感じ方が違うことをお互いに知っていますので、よい意味で話が広がります。
 それにしても、男と女の違いをよく理解してないためにかなり失敗をしてきました。たとえば、時々妻の買い物に付き合うのですが、しばらくするといらいらしてきます。さっさと決めたらと思うのですが、なかなか決めない。ところが、夫の買い物に対しては、「これが良いでしょう」と感性が鋭く、早い結論に驚かされます。二人の違いが分かってからは、買い物は別々に済ませるか、付き合っても、私は他のところをぶらぶらと見て最後に合流することにしています。またこんな例もあります。教会の色々なことについて話していると、私はとかく分析的な内容に話が傾き、妻は感情や人間関係に焦点を合わせた内容となっています。「今は、分析的な話は必要ないのよ」と言われるたびに、いつもの私の癖だなと何度感じたことでしょう。また、妻の話を聞いていて、何か解決策を出そうとする自分に気づくことがあります。ただ聞いてほしいだけと言われることもしばしば、少し改善はされてきていますがー。
       神様の創造
 男と女の違いは、肉体的特徴の相違、性格や心理の相違、別の切り口で思考や感情、態度の相違等色々な面が考えられます。神様は、最初に人間を男と女にお造りになったという創造の原点にさかのぼることが必要です。神様が最初に男をお造りになり、次に男のために「ふさわしい助け手」として女をお造りになりました。この「ふさわしい助け手」というのは、男性にとっても女性にとっても、それぞれに助け補い合ってくれる存在という事です。「助け補い合って」が鍵ですが、そのことによって社会的使命、個人的使命を果たし、神様の栄光を表していくのです。助け補い合う仲ですから、足りない点や違う点が多くあるのは当然と言っていいでしょう。ビジネスにおいても教会の働きにおいても、男性だけで良い働きが出来るわけではなく、やはり女性の方が入ってチームを組んでこそ良い働きが出来ることは、誰しもが経験していることです。神様は、男と女の違いを認めて協力して働くようにと言われています。お互いを良く知ってその持ち味を生かすことが出来れば、家庭でも教会でも仕事でも、健康な人生を送ることが出来るに違いありません。その方が楽しいことも事実です。
     
「神のご計画の下にあっては、女は男無しには生きられないし、また、男も女無しには生きられない。女が最初、男から造られたように、男も女から生まれてきている。このように、相互に依存しあっているだけでなく、人間は、男も女もすべて神によって造られた者たちである。」(コリント第一 11:11-12 現代訳)

2009年6月4日    小坂圭吾