今年の春は長い!
今年の春は、いつになく春らしくかつ長く感じられます。春の気配から始まり、樹木が芽を吹き、色々なお花が咲くその進行を体いっぱいに感じています。4月上旬には、カナダからのお客さんのホームステイもあり、狭い庭ながら心をこめて庭の手入れをしました。幸いにも、今年の桜の開花がかなり遅くなり、桜や色々な花が咲いている頃に来日していただきました。
桜は、実はお隣の家の大きな桜の木なのです。“借景(しゃっけい)”と言って、日本庭園において、庭園外の風景を景観として利用すること,あるいはその風景をさします。したがって、両隣の庭木等の素晴らしい景色を、我が庭のように楽しませていただいています。
4月中旬から5月にかけて、近所の公園や我が家の庭で色々な花が咲き、「良く咲いてくれた!」と言いながら、感謝の思いで鑑賞しました。我が家では、20数年も大きな木の陰にあったボケと土佐ミズキを、日当たりの良いところに移植したところ、今年は、立派な花を咲かせてくれ、感動でした。今は、お隣からいただいたシランの花が咲き誇っています。
体調悪し
「こんばんわ。連休はいかが過ごされましたか?私はもっぱら疲れとりでした。さて、そろそろ『霊的成長講座』を本格的にPRしようと思います。」
そうか、Wさんも疲れておられたので、疲れ取りだっただろうね。「私も全く同じような過ごし方でした」と返事!このブログを書いている今、やっと回復したとの実感です。
『老い』には寄り添う
考えてみれば、第二の現役・PDミニストリーを始めた時に「これからは“生涯現役”だ!」と生意気な考え方を振りかざして、走り始めました。親しい知人から「やりすぎるなよ!」と何度も警告の声がかかります。今回の猛反省は、「やりすぎで、もういい加減にせんかいな!」と言うところ。要するに健康のためとスポーツやりすぎ!自己啓発に取り組みすぎ!仕事が多すぎ!と言うところです。
「『老い』には寄り添い、『病』には連れ添う。『死』には妙にあらがわず、『医療』は限定利用に心がける。これが年寄りの楽に生きる王道である。」
『老い』については、まだ縁が遠いぞと思っていますが、これがそもそもの間違い!60歳代も後半になれば、素直にそれなりの歳であると認めるときですね。それが、まだまだと体を鍛えることに心掛け、スポーツやストレッチのやりすぎです。本を読むことや集中力も衰え、記憶もままなりません。すぐに疲れが出て来るのは、自然な成り行きです。60歳以前のような生活スタイルでは、心も頭も体も持ちません。年齢に合わせて“ほどほどに生きる”ことの感謝について、教えられました。今度は“Slow Life”で生きていく事が出来そうです。警鐘を鳴らせてくれた体調不良に、感謝しています。
「物事は、ほどほどでなければならない。」(箴言25:27 現代訳)
2012年5月19日 小坂圭吾