2014年2月20日木曜日

感謝 「一生感謝」

                 
           2週連続の記録的大雪

今年の冬は雪が少ないかもしれないかな?と楽観的に思っていた時、ここ東京、横浜地方も2月8日、14日と2週連続で記録的大雪が降りました。1969年3月以来の45年ぶりの大雪であるとの事。

14日の雪は、8日の雪と違って水分を含んでいるために玄関先の雪かきの時に、ウム!重いと感じる。良く見ると車庫(カーポート)の屋根が少し“たわんでいる”ではありませんか?吹き溜まりでもあるために30センチ以上は積もっている感じです。カーポートの耐積雪荷重はどのくらいだったか、全く覚えていません。30センチ以上だと少し危ないのかなとは思いました。

すぐに壊れるほどではありませんが、重い雪ですので少し心配になり、カーポートの雪下ろしです。カーポートに上がるわけにもいかず、雪国育ちの家人を呼んでどのようにするのが良いか相談です。二人がかりでかれこれ1時間経過したでしょうか?2/3の雪下ろしが出来、屋根のタワミもなくなりました。

これで耐荷重性のテストが出来たのだなと、安堵したものです。近くを走る「こどもの国線」の「こどもの国駅」の屋根が崩落したと聞いた時、今回の雪は重くかつ積雪量も多かったのだと改めて感じました。

『一生感謝』の続編

このような大雪の中、歩行者が滑らないように店先で雪かきに精を出している店員さん、あるいは家の玄関先で雪かきをして下さっている人々に「ありがとう」と感謝の一言が素直に出るのは、私たち日本人のごく自然な行動でしょうか。

昨年の秋、知人が感謝に関する本『一生感謝・365日』を贈って下さいました。1日1ページで365日分ありますので、まだ半分強しか読み進んでいません。これは、『一生感謝』(ジョン・クオアン著、小牧者出版)の続編とも言うべき本でしょうか。

前回の本『一生感謝』では、あらゆることにもっと感謝を、とにかく感謝、感謝の日にしたいものだと!良いことばかりでなく、嫌なことも、考え方を変えればそこには感謝することが沢山あることが分かってきます。良い時にも悪い時にも、感謝をする日々でありたいと願います。

今回いただいた『一生感謝・365日』の本では、いろいろな方々が経験した感謝の事実や言葉、国や事業や個人としての成功や繁栄の秘訣として感謝があること等々、実話が沢山掲載されており、色々な視点から書かれています。

信仰を待たずして読めば、これは狂気ではないだろうかと思われるようなこともあるかもしれません。無理やり感謝な面を探して描いたものでは全くなく、信仰の土台があるからこそ言える感謝です。

    神の御心3点セット

第1テサロニケ5:16-18には、「いつも喜び、絶えず祈り、すべてのこと感謝」と神の御心3点セットが言われています。「いつも喜ぶ」とは、心の深みにおいて消えることのない喜びを持つこと、どんな状況にも揺り動かされない生きがい、生きる喜びを与えてくださる神さまにしっかりつながっていなければなりません。

そのためには、「絶えず祈る」事が大切なのです。いのちの源である神さまから命と力を絶えずいただく祈りの生活です。祈りこそ創造主に対する私たちの態度であり、そこには、造られたものとしての信頼と服従があります。
 
「絶えず祈る」ということがあるためには、「すべてのこと感謝」することが必要になってきます。神さまの恵みが本当にわかれば、感謝しないわけにはいかなくなり、すべての材料が感謝になるのです。なぜならば、すべては神さまの支配下にあり、そのようになさったのも神様だからです。ですから、苦しみも危険も嫌なこと全てに対して、ゆうゆうと勝つことが出来るのです。

この感謝の念が湧いてきますと、「絶えず祈る」ことになり、そして「いつも喜ぶ」ことが出来るようになります。これは、神を信じる者の一つの態度を表すものにほかなりません。

“すべてのこと感謝”については、なかなか素直にできませんが、ほんの少しずつでも前進できればと思います。この1週間も失敗したなと後悔したことや、否定的なこと等を言われ落ち込みそうになった時、「これもとにかく感謝な事としてまず受け止めよう!」と祈りました。すると不思議な導きがあり、この小さき者にも感謝な体験をさせていただきました。

2014年2月20日     小坂圭吾


 

2014年1月16日木曜日

健康余話 「腰痛を治す」

         
                    原因のわからない腰痛

 日本人の多くは、一生のうちに最低一度は腰が痛くなる経験をすると言われます。今も苦しんでいる人が1000万人あるいはそれ以上もある由。一説によると、腰痛の原因は、①ストレス(15%)②ヘルニア(5%)③不明(65%)④その他(15%)とのことです。ですから、そのほとんど(80%?)が「原因が分からない」と言われてきました。体の病気には、原因が分かりにくいものもあるのだと思ってきたものです。

私もかつて何度か腰痛に悩まされました。最初に“ぎっくり腰”になったのは、もう10年ほど前で、重いものを少し引きずっただけで急に腰が痛くなり、3日間ほど安静にして寝ていましたら完治しました。5年ほど前、スポーツをして帰宅した後で痛くなり、我慢が出来ず整形外科に行き、レントゲンを撮っても異常なしで、痛み止めの薬を飲んで1週間ほどで治りました。昨年は何度かにわたって、腰がおかしいなと思う日々があり、11月ごろ最悪になってコルセットをつけるまでになり、本気でその原因と直す方法を探そうと思いました。

          歩き方を変えるだけで完治?

日頃からウオーキングやストレッチ(腰痛予防と鍛えるために)をしていますので、何となく、腰痛について自分で改善できるやり方があるのではないかと考えていました。インターネットを使って色々と調べると共に、良い本はないものかと探してみました。「腰痛は歩き方を変えるだけで完治する」(酒井慎太郎、アスコム)に出会い、購入しました。この著者は、さかい式関節矯正で多くの方々を治療していることで有名な方のようです。

私が特に役立ったことは、①「原因が不明」と言われる腰痛の原因は、骨盤の仙腸関節の引っかかり(ロッキング)で、関節包内矯正という施術(きちんと動くように元に戻す)で直すことが出来る。②悪い姿勢が痛みの元凶。正しい姿勢、歩き方でみるみるよくなる。③腰痛体操、ストレッチを学ぶ。最初、効果はどれほどかな?と思っていましたが、早くに効果は現れました。途中で整形外科はどんなことをやるのかなとインターネットで調べると、この本で言うような考え方で施術をしている外科医が見つかり、近くなので受診しました。骨に異常がない事と最先端の医療は何をやるかを確かめるためでした。外科医は3週間ほど通って下さいとのことでしたが、自己判断で早期に通院を終了させてもらい、本を読み始め実行して10日間もすると今までの辛さはどこへいったの?と思うくらいに楽になり、忘れてしまいました。

自分では気がつきませんでしたが、いつの間にか姿勢が悪くなり真っ直ぐに歩けていなかったことを発見しました。今は、歩き始め5分ほど正しい姿勢を意識して歩いており、これをぜひ続けていければと思います。

    「危機」が「機会」となり

 昨年の1年を振り返ると、感謝なことが多かった一方で、体の不調も多かった1年でした。もう40年も続いている花粉症、それが過ぎ去ると腰痛に悩まされました。数年ほど前から手帳に赤ペンで「ちょい悪メモ」を書いていますが、これを見ると思い出します。腰痛が最悪になり、新しくコルセットを購入してつけた時には、足腰が弱くなるとこの先困るなとの思いがよぎり、「徹底して調べて治療するぞ!」との思いにしてくれたのです。大体において、腰痛が起こる頃は、ストレスが何かとたまった頃に起こるように思います。今回のことは、「危機」が「機会」となり、「絶望」が「希望」に逆転しました。

イエス様の十字架の死は、死で終わらず、復活によって完成され、これを信じる者も復活の信仰に至るのです。復活は、文字通り死を打ち破ってよみがえることで、限界の状況、不可能な状況、死の状況に屈さず、かえって逆転の力を持ち得ます。この信仰を持つ私たちは、むしろ平凡な日常において、頻繁に起こり得るこの逆転の経験をすることが出来るのです。この復活の信仰を持って、今日も平凡ですが力強く歩んで行ければと願います。

2014年1月16日     小坂圭吾


 

2013年12月19日木曜日

喜び 「2013年クリスマス」

               クリスマス待降節

 クリスマスシーズンを迎え、パイプオルガンのある教会に出席する機会があり、讃美歌を皆さんとご一緒に大きな声で思いっきり賛美しました。讃美歌の世代に育った者にとって、パイプオルガンに合わせての賛美歌は、何と喜びの賛美となることでしょうか!

天の父なる神さま。
  今年もクリスマスをありがとうございます。
  心のまんなかに創造主、救い主をお迎えします。
  あなたの温かい顧みに感謝し、喜びのわかちあいをさせてください。
  どうか、この地に御心がなりますようにお祈りいたします。

     ロゴス出版社

パーパス・ドリブン・ミニストリーは、2004年5月にPDJを設立しスタートをしました。「この仕事は、いつまで続けることになるだろうか?」と発足してまもなくスタッフと話し合ったことがあります。「最低でも5年、ひと仕事やり遂げるとなれば、10年は必要だろう。そうでなければ、日本に土着することはできない。いつか聖書も手掛けることが出来れば良いのだが」と話し合いました。

 今年の始め、「神」を「創造主」と訳した日本で初めての聖書『創造主訳聖書』を発行すべく、はからずも、PDJの兄弟会社“ロゴス出版社”を設立することになり、4月に『創造主訳聖書』(現代訳聖書が底本)を刊行しました。パーパス・ドリブン・ミニストリーを通して文書伝道の働きに関わり、この分野での宣教において、わずかではありますが経験を積んできましたが、そのような経験を「創造主訳聖書刊行会」の皆さまにご支持いただくこととなり、『創造主訳聖書』の発行をお引き受けすることになりました。PDJも含めてここまで10年にわたり継続できましたことを、心から主に感謝している次第です。

     キリスト教信仰の土台

この10年間にわたるPDJの働きとしては、『人生を導く5つの目的』を始め、下記の6シリーズ19点の書籍・教材を刊行してきました。

①「目的の40日」シリーズ(6点)

②「セレブレイト・リカバリー」シリーズ(3点)

③「リック&ケイ・ウォレン・メッセージ」シリーズ(3点)

④「クリスチャンライフ」シリーズ(4点)

⑤「コミュニティの40日」シリーズ(2点)

⑥「健康な教会」シリーズ(1点)

多くの教会で用いてくださっていることを心から感謝申し上げます。

 これらの書籍・教材の聖書的基盤となる“キリスト教のコンセプト”、これをわかりやすく解説した書籍を来年の初めに刊行いたします。タイトルは、『キリスト教信仰の土台~人生をささえる聖書の学び』で、構成は上下巻の2巻です。著者は、長年サドルバック教会で礼拝説教や信徒教育を担当してこられたトム・ホラディ師とケイ・ウォレン(リック・ウォレン夫人)師のお二人です。信仰生活においては、デボーションなどの日々の聖書の学びと祈りが基本ですが、本書は、そのような日々の信仰生活をささえる聖書の学びです。

キリスト教の中心コンセプトをわかりやすく解説するだけでなく、聖書の真理が、仕事、家庭、人間関係など、具体的な人生の側面で生きた力になることを願って書かれました。サドルバック教会で10年にわたり使用され練り上げられ、全米キリスト教最優秀図書賞をも受賞した書籍ですので、教会での学びやスモールグループでの学びに是非ご活用いただけたらと願っています。

 10年の歳月を経過し、これを土台にして次の10年をどのように展開していくのか?私たちの知恵だけで出来るすべもありません。主なる神様が起こして下さったミニストリーですので、これからも良きに導いて下さることを信じ、着実な次の10年を歩んでいければと願っております。これから寒さも厳しくなる折、皆さまもクリスマスシーズンで色々とお忙しいこともあり、心身共に主に守られて過ごされますようにお祈りいたします。  

2013年待降節に
          パーパス・ドリブン・ジャパン(PDJ)/ロゴス出版社
       代表 小坂圭吾


 

2013年11月27日水曜日

感謝 「人生まさかの坂」



     JFK

 20世紀最大の悲劇と言えば、ジョン・F・ケネデイ元大統領(JFK)が米テキサス州ダラスで暗殺された事ではないでしょうか。米国に夢・希望と目標を語った若き46歳の大統領が、凶弾に倒れて50年を迎えます。ケネデイ元大統領が暗殺された時に5歳であった長女キャロライン氏は、父の願いを意識し駐日大使を希望、このほど着任され、ほぼ同時期になりました。

 ケネデイ元大統領の死は、米国の人々にとっていや世界中の多くの人々にとって、“まさかの悲しい出来事”でした。先日、このJFKの悲劇についてのドキュメンタリーを見ました。米CBSテレビのアンカーマン、ウオルター・クロンカイト氏が、JFK死亡の公式発表を伝える映像ですが、同氏が悲しみのあまり眼鏡を外し、しばし沈黙する場面は、私たちの涙を誘うばかりでなく、まっさかさまの悲劇へと落とし込まれた感情が湧き上がります。

     人生3つの坂

20年以上も前、ビジネス時代に異動となったある時に取引先の社長さんが来社され、贈る言葉として「人生3つの坂」について教えて下さいました。1つ目の坂は万事が好調で何をやってもうまくいく“上り坂”、2つ目は不調に陥って思い通りにならない“下り坂”、3つ目は“まさかの坂“です。この“まさかの坂”は急に出現してくるもので、巧妙な落とし穴のように油断している時ばかりでなく、慎重に構えている時にでも起こる予測不可能なものです。突然現れて、決定的なダメージを与えてしまうことがあります。

 3か月ほど前ですが、この“まさかの坂”が出現しました。8月下旬、車で富士山の麓にあるゴルフ場に出かけました。ほんとに蒸し暑い1日で、プレーの途中(午後)に雷がはげしく鳴り一時プレーを1時間ほど中断、そこで切り上げる人もありました。我々の組は最後までプレーして、最後にお風呂に入って汗を流し気持よくすっきり。さあ帰ろうと駐車場からゆっくりと車を出します。車が数メートル動いて止まり、「え、どうしたの!」何が起こったのか分かりません。

心がへこむ

ブレーキをかけて降りてみますと、バンパーが明らかに凹んで(へこんで)いる!「え、なぜ、こんな所にポールがあるの?まさか??」半信半疑ですが、ぶつかって凹んだことは事実です。林に囲まれた駐車場の一角ですが、駐車場に入る時も出るときもポールには気が付かず、自分にがっかり?心が凹みました。全くお粗末な失敗話で、夕方で暗くなりつつあり、さあ帰ろうとホッとして注意が散漫になり目の前が見えなかったのでしょう。

「なんと間抜けなことを」としばらく自問自答が続き、数カ月間反芻しました。「ホッと緊張から解放される直前あるいは直後について最も気をつけよう」がありますが、車でドライブばかりでなく、人生の様々の場面でも言える教訓であろうかと思います。「もう大丈夫!」という気のゆるみがすべてを台無しにするのです。
 
“まさかの事”と言えば、昨年“鼠径(そけい)ヘルニア(大人の脱腸)”になった時、医者に言われるまでは全く分からず、言われて「え!」言葉が出ませんでした。そのほかに何度か“まさかの出来事”に遭遇しましたが、主なる神様に守られ対処してきました。

これからも“まさかの出来事”は、多かれ少なかれ起こります。実に予測不可能なことなので防ぐ手立ては大変難しく、何が起きても慌てない心備えをしておくことが肝要でしょう。家人に言わせれば「今回の出来事は、感謝な教訓!」と言っておりますが、忘れっぽい私にとっては、忘れることの出来ない教訓だと神に感謝しています。しかも私にとっては、大きな坂ではなく小さい坂でありながら、大きな教訓として下さったことにも。

2013年11月27日     小坂圭吾

2013年10月28日月曜日

今を生きる「この一事に励む」


    
         別れを惜しむ

先日、知人Kさん昇天の悲報をメールで知りました。彼は、1年ほど前に手術をされ、その後元気になられたなと感じていましたので、突然のお知らせでビックリです。近くの教会で葬儀告別式があり、出席しました。彼とは同じ会社に勤務し知り合いでしたが、『人生を導く5つの目的』の本を仲立ちにお話をする機会が増えました。
 
発売後すぐにこの本を紹介したところ、「素晴らしい本なら、自分で購入して読みます」と言われ、一所懸命に読まれました。読み終えて間もなく何冊も購入され、色々な人に配られたのです。そのとき、教会がまだ決まってなかったので、クリスチャンの知人Nさんを紹介し、その教会に出席されるようになりました。クリスチャンホームに生まれ育ち、長い間求道された彼でしたが、1年後には受洗され、ほんとに幸いな教会生活であったと感じています。葬儀の時に個人の略歴が紹介されますが、彼は、人の世話を色々な場面で惜しみなくされた方であったことを思い起こしました。ですから、多くの方々が告別式に出席され、別れを惜しみました。

   長い目で考える

人生は長いようで短い、まだ先は長いと言いながら、あっと言う間に月日は経過していきます。オリンピックまであと7年とは言え、あっという間の期間でしょう。昨今、ふと考えさせられるのは、今重要だと思っていることが、5年10年後に思い返してみると、さほど大事ではないということがあるということです。色々と頑張ることは、あるいは良いことでしょう。若い時は、とにかく頑張ることが大切かもしれません。神を信じる者として、「神はすべての事を益としてくださる」と信じる者ですが、さりとて、その頑張る内容も吟味が大切で、5年後、10年後を考えてほんとにこの事が重要なのかと考えてみることではないでしょうか。さほど大事ではないと思うことに、意外と熱中しているものです。

    パウロの生涯 

この4か月間ほど、ゆっくりと「使徒の働き」を学んでいます。家人と一緒にやるには、「使徒の働き」が一番良さそうだと思い、7月からはじめてもうすぐこの書の学びが終わります。家人と二人でこれほどじっくりと学んだのも初めてで、「継続は力」、霊的に整えられていく事を実感します。

特にパウロの生き方について深く学べば学ぶほどに、感動を覚えさせられます。彼が生きたその模範は何かな?と考えた時、思い出した御言葉はこれでした。
「私は、-- ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の栄冠を得るために、目標に目ざして一心に走っているのです。」(ピリピ3:13-14)


パウロが“この一事に励んでいます”と言うところは、まさにキリストの証し人として、どんな境遇にあろうとも、十字架と復活のキリストを述べ伝え続けた生涯です。パウロの3回にわたる伝道旅行とローマへの旅を読むにつけ、異邦人の使徒としてその生き様が私たちの心に刻まれていきます。

この書を読みながら、じわじわと迫ってきた事は、パウロがどんな時(苦難と迫害)であろうとも、福音を伝えることを臆することなくしたことです。福音のための壮絶な戦いです。今流にいえば、スーパースターだから出来たことでは片づけられない何かを私たちに教えてくれます。パウロの生きざまを、私たちの生き方にくらし方に生かすことは何だろうかと考えてみますと、“ただ、この一事”という言葉が響いてきます。生涯にわたって、異邦人伝道のために一心に走り抜けた人生、この一事にかけて走り抜いたパウロの生きざまに感動を覚えます。

 「一生は短い。葬儀告別式の時に、どのような式辞を言ってほしいかを考えなさい。」と若い頃の社員研修の時に考えさせられたことがあります。何をどのように書いたか記憶にありませんが、「彼は、この一事に励んだ」と言われる人生を歩みたいものだ、と改めて考えさせられています。

2013年10月28日     小坂圭吾