2017年11月11日土曜日

考えるヒント「正しく意思決定をする」

上高地
来年のカレンダーは、11月より始まり

11月に入りますと、ぼつぼつ来年のカレンダーが送られてくる季節です。先日送られて来たカレンダーは、今年の11月から来年の12月までのもの。今月から使えるので、今ある物と入れ替えて使い始めました。

いつ頃からでしょうか?カレンダーは1月から始まり12月に終わるものを、12月から始まり来年の12月までのものが出回り始めました。「よその会社のカレンダーよりも早く、弊社のものを使ってほしい」と考えて作ったのだろうと思われます。卓上カレンダーは、確かに来年の予定があると重宝するものです。

そういえば、今回の衆議院議員総選挙の開票速報ですが、少しでも多く我が局のチャンネルにあわせて欲しいと、どこも夜8時スタートを5分ほど早くスタートしていました。ドラマ番組のスタートも、夜9時スタートを5分ほど早くスタートする昨今です。涙ぐましい努力と言えば、そういえますが、そこまで競争をする必要があるかなと思わないでもありません。

毎日が意思決定

カレンダーが来て思うに「今年も色々とあったな。‐‐‐人生は、問題の連続だ!」と書くまでもなく、誰もが、色々な問題に毎日、毎時、意思決定を行っています。朝起きて、朝食に何を食べるか、コーヒーか紅茶か、家を何時に出るか等に始まって、ほとんどの時間、人々は何かを考え、意思決定を繰り返しています。毎日繰り返すこの意思決定も、上手な人と下手な人がいるのです。

例えば、ホテルでの朝食はバイキングだとすると、この時に何をどれほど取ってくるのか、どのように食べるのかによって、健康に良い食べ方であるかどうかが決まるのです。「食事のとり方を見れば、その人の人柄、健康状態等が分かる!」と言われることもありますが、確かにそうかもしれません。

世の中には、知恵のある人と呼ばれる方があります。あの人の判断は信頼できると言われる方は、いわゆる問題解決・意思決定を正しく効率的に進める方であろうと思われます。論理的な思考技術を持ち、問題解決・意思決定を行う人です。

“論理的な思考技術”と書きましたが、どのように考えて問題解決の結論を出すか、意思決定をするかは技術ですから、意識して磨けば、誰しもが上手になるのです。うまい人がどのように考えるか、その思考のプロセスを学んでいけば、私たちもうまい意思決定が出来る人になるのです。

経営学の先達であるP.F.ドラッカーは、クリスチャンとして、非営利組織の経営:教会経営に対してどのようにあるべきかを著しています。彼は、意思決定の重要性を書き、「正しく」行うように述べています。

KT法(ケプナー・トリゴー法)

先日、懇談をしている折に、「色々と学ぶことは多くあるが、“問題解決・意思決定の考え方、手法”は、学んでおく必要があるね。どの分野でも重要ではないだろうか。」との話がありました。それが引き金となり、問題解決・意思決定の入門その手ほどきを書くことにしました。

私は、かつて大手メーカーの人事・教育部門で、社員教育を長年にわたり担当しました。その時に、「KT法」という手法(問題解決・意思決定の手法)を学び、社員教育訓練の柱として全社的に導入、教育訓練しました。これは、C・ケプナーとB・トリゴーの両博士が、1958年にNASA(アメリカ航空宇宙局)を支援したときに開発をした意思決定手法に、基礎をおくものです。(日本そして世界の主要な国で用いられました。)

この社員教育訓練の経験をもとに、“入門その手ほどき”ともいうべきことを書いていければと思います。仕事、家庭、学校、趣味、人間関係等において、より良い決定、正しい選択をするヒントともいうべきことをご紹介していきます。これから、読まれる皆様に役立つものが書ければ、と願います。

2017年11月11日    小坂圭吾

2017年10月18日水曜日

今を生きる「心のゆとりを持つ」


上高地・大正池
巨人軍のルール

野球のクライマックスシリーズたけなわの中、巨人ファンの方は、圏外のため失望であろうと推測します。私も熱の冷めた巨人ファンですが、かつての巨人軍の強さについての記事を読みました。川上哲司、藤田元司監督の時代は、巨人軍がほんとに強かった時代ですが、それにはそれなりの理由があるようです。

藤田元司監督が、巨人軍監督の座を去った後、その手記を週刊誌に連載しました。編集部の記者Pさんは、打ち合わせのため都内のホテルで藤田さんと会うのですが、失礼が無いように15分前にホテルのロービーに着きます。藤田さんはすでに来ておられ、これはいけないと次は30分前に、その次は45分前に行きますが、藤田さんは先に来ていました。

Pさんは、なぜこんなに早く来るのかを藤田さんに尋ねました。「巨人軍は、練習に午後1時集合と言えば、練習が開始できる状態になっていなければならないという意味ですから、1時間前に来て準備をするのです。その習慣があり、人との約束もたいてい1時間前に来てしまうのです。」当時の巨人軍の強さの秘密、準備万端がこの辺りにもあったのかもしれません。

高速道路渋滞で遅刻

この話を読んで、先日、月一度のある大切な会議に遅れたことを思い出しました。東名高速を使っていくのですが少し渋滞があり、一部一般道を使うもこれも渋滞があり失敗したのです。

もう20数年も前になりますが、著名なクリスチャン・ビジネスマンKYさんのお話しを思い出します。「私は、時間は必ず守る努力をしています。約束した時間の30分前には行くようにしています。車で行くのであれば60分前には着くように計画します。心にゆとりが持てます。」私も時間を守ることには十分心していましたが、この慎重さには教えられました。

以後、全く同じではありませんが、私もかなり余裕をもっていくように心がけていました。いつもなら30分前には、現地の近くに行くようにしていたのが、15分前くらいでも大丈夫と読んで行動し、十分な余裕を見ることがおろそかになったことが反省です。

良い習慣はやがて人格となる

渋滞に会いますと、運転しながら渋滞がどのくらいかなと考えながら、このままだと到着が何時くらいか都度予測し、普通の場合、まあゆとりがあるから大丈夫―。この時は、一般道路も思った以上に時間がかかり、抜け道にも回りますが、これはもう遅刻だなと途中で腹をくくりました。
自分に課していたルール(出かける少し前に渋滞を確認~インターネットで分かる便利な時代~30分前に現地に着くように出発する)をしっかりやらなかったのが、失敗の原因です。

自分にかなり甘かったなと思います。結果は、心にゆとりがなくなり、途中少しであろうともイライラが出てくるものです。ゆとりをもって、出発時間を15分ほど早くしておればよかった事柄です。1日の生活を振り返れば、無駄な時間はいっぱいあるはずなのに、いざ大切な時に出来ないということは何を意味するのでしょうか。

「良い習慣は、やがて人格となる」という言葉があります。人格とは、習慣となって現れる行動に他ならないということで、“根本的には、習慣の総計が人格である”というのです。良い習慣を身に着けるか、悪い習慣を身に着けるかでは、大きな差が出てくるのです。

そのことから言えば、時間を守ることについて、まだまだ自分の身についてない、心のゆとりが不足だなと思わされました。時間についてうるさ型の一人で、時間が迫ると家人に”もう出発の時間だよ!”と催促するのですが、昨今は「これは遅れそうだな。まあ待つことにしよう!」リビングで座って待つようになってきています。ですが、今回のこのあり様は、まだまだ心のゆとりが無いなと思わされ、「成長する余地ありだな!」と自分に言い聞かせます。

2017年10月18日    小坂圭吾

2017年9月22日金曜日

今を生きる「自制心を養う」


JR線最高駅・野辺山
自制心の欠如

北朝鮮が核とミサイルの実験を次々実施し、これに対するアメリカ大統領の過激な発言が、緊張感を刈り立て、世界中に危機感が走ります。中国とロシアは、両者に対して“自制をして話し合いで解決すべきだ”と繰り返して述べています。自制という意味では、北朝鮮をここまで色々と陰で援助していた国も、これ以上の開発が出来ないように自制すべきことだと思われます。

私たちが抱えている色々な問題の原因は、自制心の欠如にあります。“自制する、自制心を持つ”ことは、人生というコースにおいて、自信と安心感を得ることができる重要な能力です。多くの人が、自制心に欠けて自分の人生に問題を抱え、何とかしたいと願いながら負けてしまっている現実があります。

スポーツ界の頂点に立つ選手たちにとって、自制心と自己訓練は欠かすことのできない要素です。2020年に向けて、オリンピック選手たちは、何年も体を鍛え、練習を積み重ね、食べ物に留意等の自制をし、レースに臨みます。私たちの人生レースは、どんなスポーツ競技よりも重要で、自制心は必須の要素です。

マシュマロ実験

アメリカ・スタンフォード大学の心理学者が、幼稚園児(4歳の子供)数百人に参加してもらい、次の実験を行いました。~被験者である子供は、何もない机と椅子だけの部屋に通され、椅子に座る。机の上には、皿の上にマシュマロがひとつ載っている。実験者は「これを君にあげるが、私が戻ってくるまで15分間食べるのを我慢したら、もうひとつあげるね。これを食べたら、ふたつ目はなしだよ」と言って部屋を出る。ドアを閉めたとたんに子供は、どうしたでしょうか?

子供たちの行動は、隠しカメラで記録されます。机を蹴ったりして目の前の誘惑に抵抗/マシュマロをなでる・匂いをかぐ/椅子を後ろ向きにしてマシュマロを見ないようにする等々。

映像分析の結果、マシュマロを見つめ触ったりする子供は食べる確率が高く、2/3の子供たちが待ちきれずに食べてしまった。我慢できた子どもは1/3で、目をそらすとかしてマシュマロから注意を逸らそうとする傾向があるとのこと。他の国でも実験がなされ、同様な結果を得たとのことです。

自制心を養うために

これは、「自制心」(セルフコントロール)と呼ばれている「将来のより大きな成果のために、自己の衝動や感情をコントロールし、目先の欲求を辛抱する能力」についての意義深い実験です。その後も追跡調査が行われ、4歳児における自制心の有無は、18~19歳になっても持続しており、マシュマロを食べなかった子供は、全員が順調な道を歩んでいたとのこと~成績も良く、友人や先生との関係も良好、将来設計も出来ていた由。一方、マシュマロを食べた子供たちは、問題を抱えていたとの報告です。

「自制心を身に着ける」には、どうしたら良いのでしょうか。まずは、自分の生活の中で、自制心を養う必要があると思われる領域、そこにおける具体的な問題について、“自制心の欠如の責任は私にある”ことを素直に認めることです。

「人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。」(ヤコブ1:14)と聖書にあります。悪いと知りつつ悪いことをしてしまうのは、そうしたいという強烈な願望があるからです。人は、誘惑に負けて安易な道を選ぼうとするものです。自分の問題を認めて、それに向き合い見極めることです。

「私には、この問題があります。この部分について助けが必要だ」と、主なる神さまに助けを求めて祈ることから始めましょう。色々な祈りの課題がある中で、それを優先して祈らねばなりません。後回しになったりしていないでしょうか。過去に取り組み失敗をしたとしても、過去の失敗は捨て去り、あきらめないで、祈りながら取り組みましょう。

神さまに心をしっかり向けて祈り、事をなそうとするならば、自制心を養うことについて力と知恵をいただくことができます。何度か失敗したことであっても、あきらめずに取り組むならば、涙の谷を歩んでいたとしても、祝福の泉がやがてわいてくることでしょう。

「ああ、なんと幸いなことでしょう。あなたに頼って事をなし、あなたに心を向けている人たち。その人たちは、涙の谷も、祝福の泉に変えてしまいます。」

(詩編84:5-6 現代訳) 

≪参考資料:「人生を変える力~実り豊かな人生の秘訣」(リック・ウオレン著、PDJ刊)~御霊の9つの実に焦点を合わせながら、人生のジレンマに対する具体的な解決を聖書から提示している。リック・ウオレン牧師の数少ない著作の一つ。『人生を導く5つの目的』に引けを取らないほど、教えられる所が多い≫。

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2017年9月22日    小坂圭吾


2017年8月24日木曜日

健康余話「十分な睡眠をとる」


バンクーバー近郊にて
健康保持の4原則

今年の関東地方の8月は、予想と違って低温と雨続きになり、気が滅入りそうになりました。東京地方は、8月はじめから20日間雨が降らぬ日はなく、ほとんど晴れ間を見ることもありませんでした。

このようなあまり元気が出ない時、心に元気をいただきたいと賛美を3-4曲歌い、仕事を始めます。インターネットで“聖歌・讃美歌”と検索しますと“~MP3♪&詞 聖歌・賛美歌~MP3音楽のべ1743曲集”(http://sanbika.la.coocan.jp/index.html)と出て来て、ピアノかオルガンで演奏をしてくれますので、一人で大きな声を上げて歌っています。もう数年前から愛用していますが、聖書を読み・祈ることも入れたりして、心に平安・元気が与えられます。

心に元気を与えられたところで、健康保持の4原則の一つ“十分な睡眠をとる”ついて書こうと思います。私たちが健康で過ごしていくための4原則は、①心に平安、②十分な睡眠、③適度な運動、④正しい食事、が必要と言われています。

十分な睡眠

多くの方々は、睡眠について色々な問題を抱えているように思われます。寝つきが悪い/寝つきは良いのだが途中で目が覚めてしまう/熟睡できない/枕が合わない/夏はエアコンの温度調節がうまくいかない/眠りの質が良くない/夢を見ることが多い等々、悩みは尽きません。

日本人の睡眠時間は、短くなり続けています。国民栄養・健康調査によれば、睡眠時間が6時間以下の人は、H20年には全体の3割未満⇒H27年には4割近くに急増し、7時間以上の人は大幅に減った由(35% ⇒27%)。これは、スマホ等の影響も大であろうと推察します。

1日に必要とされる睡眠時間は、赤ん坊の時が一番必要で、年齢を重ねるにつれ次第に減り、20~50代の働き盛りの世代であれば、1日に7~8時間程度必要とされています。ですが、十分な睡眠をとりたいと願いつつも出来ないのが現状でしょうか。

睡眠不足を補うのは、午後のどこか(夕方以降にならないこと)で20分ほど昼寝が有効です。私も何十年も毎日のように昼寝をしますが、昼寝は30分以内ですとその後に元気も与えられ、夜の睡眠には悪い影響は与えないようです。
HEBELIANより転載
より良い睡眠をとるために
                          
上質な睡眠をとるためには、それなりの準備が必要です。第1に、昼間より良い活動(仕事、家事、子育て、勉強、ボランテイア等生きがい、やりがいのあること)をして、肉体的、精神的に適度な疲労があることです。そのためにも、昼間に日の光を浴びることや、夕方に運動とか散歩は有効です。

第2に、寝る前の心と体の状態を整えることです。寝る前に嫌なテレビやパソコン・スマホでゲームをしたりして寝ることは、良い結果を招きません。寝る前に適度な温度のお風呂に入る、聖書を読み静かに祈る等は、良いことは言うまでもありません。

第3に、眠れなくてもあせらないことです。目をつぶって寝ていれば、80%の疲れはとれていると言われます。私も途中目が覚めても「もう3時間眠れますように!」とお祈りをし我慢をしていますと眠りにつきますし、ウトウトであっても大丈夫と自分に言い聞かせます。高齢者の場合、必ずしも7-8時間寝る必要はなく「8時間寝なければ」と意識しすぎるとストレスになり、「それ以上は寝すぎです」と専門家の意見です。

番外編ですが、枕について、私は5~6年余も経過すると枕が気になり、新しく変えています。枕も色々と研究されているようで、新しいのも良いものだと納得しています。部屋の温度については、18~26℃位が良いそうですが、夏の夜に気温や湿度が高いと寝苦しく、手足からの放熱がうまくいきません。身体深部の温度(深部温度)は、睡眠中が一日で最も低くなりますが、深部体温が放熱により下がると自然に入眠を助けてくれますので、その工夫が必要です。
                  
睡眠中は、浅い眠り(レム睡眠、体の休息)と深い眠り(ノンレム睡眠、脳の休息)を80~110分周期で繰り返しています。眠っている間に、脳の疲れをいやし、心身の疲労を回復し、免疫力や治癒力も高まります。5年ほど前に始めて手術で入院して帰宅後、1日寝る毎に手術後の傷が癒されていることを実感しました。良い睡眠をとることは、起きている時の生活の充実につながるのです。


2017年8月24日    小坂圭吾


2017年8月9日水曜日

聖書の不思議「創造主なる神が存在される」

 
北海道・知床
天地の創造主

「はじめに神は天と地とを創造された。」(創世記1:1 口語訳聖書)
聖書の最初の言葉、特段の説明もなくおごそかに神秘的な言葉で書かれています。この言葉に感動を覚えたのは、大学1年生の時でした。その時に、創造主が存在し天地を造られたのか?と色々と調べました。全宇宙と地球がどのように運航しているか、人間、動物、植物がどれほど精密に複雑に造られているかを知り、この聖書の言葉を黙想してみますと、創造主がおられ天地を造られたのだと認めざるを得なかったのです。

進化論については、小学校の先生から聞いた記憶はあります。それよりも、天地の全てがいかに精密に複雑に造られ、正確に運航している様を知ると、進化論は考える余地もありません。天地の創造主が存在されると見出だしたのです。

この宇宙、地球、自然界、人間についてつぶさに調べると、この世界が偶然にできたのではなく、その背後にデザインをされた方がおられることを、やがて認めることとなり、多くの自然科学者が認めています。万有引力の法則などの発見をしたアイザック・ニュートンもその一人で、彼は、自然科学(物理・数学・天文)史上最大の科学者と言われています。

人が人として生きる道

創造主の存在が分かり、その神さまは、私との関係はどうなのか?神様を信じるとはどういうことか?を考えるようになります。多くの人々が、聖書を真剣に調べて、やがて神の存在を知り、神の子・イエスキリストを救い主として受け入れたことを聞かされます。聖書に反対している人さえも、そうなのです。

「聖書は、人が人として正しく歩んでいくことを導いてくれる書物」であろうと理解しても、神さま、救い主を信じることがわからないのです。私も同じような経験をし、ともかく、聖書をしっかり学んでいく、そこに何か真実があるのではないかと求道する姿です。教会の礼拝やKGKの集会に出席して聖書を学び、それに関する本を読み漁りました。やがて、この真実な道にかけてみるしかない、飛び込んでみないとわからないのではないかと導かれました。

日曜日の朝の礼拝の時に「この道にかけてみよう!」と決断し、信仰へのジャンプをしました。イエスキリストを私の救い主として受け入れるに至りました。「人が人として生きる道が、そこにはある」とひたすら求めて見出したのです。信じるとは、信頼することです。聖書を読めば、イエス・キリストがどれほど信頼できるお方かが分かってきますが、目に見えないお方、神さまですから、信仰のジャンプということになるのです。それは、全くの恵みによることです。

聖書の不思議

神を信頼し、信じて信仰を持ったとはいえ、聖書を読んでもわからないことがいろいろと出てきます。その時に、教会で指導されたことは、「聖書の中でわからないことが出てきても、次第に霊的な目が開けて、わかるときが来ます。わかるところだけをまず理解して進みなさい。」ということでした。

「信仰は体験である」と言われ、霊的な目が開かれなければ、理解できないとも言われます。よくわからない事柄といえば、イエス様の復活、奇跡、罪の三つでしょうか。“イエス様の復活”や“奇跡”については、全知全能の神が、超自然的な力を働かされれば、当然できないわけがない等々、それなりの説明や論理展開で、最初は理解をしていました。“罪”については、罪人と言われても子供のころから品行方正にしつけられて育ち、あまり悪いことはしてないしー。でも、やはり自分も罪人だろうなとこれまた浅い頭での理解レベルです。

聖書を読み、祈り、日々の問題を信仰により解決していく信仰の体験を積み重ねていきますと、いつの日か着実に心から「アーメン」とわかってきます。霊的な目が開かれるのです。罪と十字架と復活の関係が明確にわかり、奇跡も信じられます。聖書の言葉を自分に適用・実践して、その通りになる体験を積み重ねることにより、これらのことを信じようと思うまでもなく、その通りであるとわかってくるのです。

私にとって、創造主なる神が存在されることは、最初は知的理解でした。聖書を自分に適用し実践する信仰体験を積み重ねるに従い、今も生きて歴史を動かされる創造主、この小さい者も導いてくださる全知全能の主がおられると語る生き証人となりました。この幸いを心から感謝しています。

2017年8月9日    小坂圭吾