2022年12月16日金曜日

今を生きる「『現代訳聖書(改訂新版)』を読む」

 


悪魔のバーゲンセール

今年もクリスマスシーズンになり、街のあちこちでは、クリスマス・バーゲンセールが行われていますが、こんなお話があります。

ある時、悪魔が現役引退(?)の決意をし、それまで使い古した商売道具を“タタキ売り”に出すことにしました。タタキ売りの現場には、悪意や憎悪、嫉妬、羨望、強欲、好色、欺瞞など魅力あふれる品物が陳列されています。

ところがその横に何の変哲もない道具があり、よく見ると他の道具よりはるかに使い込まれた跡があり、誰かが質問をしました。

「これはいったい何ですか?随分高い値札がついていますけど――」          「それは“失望・落胆”だよ」悪魔は答えました。                           「でも、そんなものが他の道具より高価だというのは、どういうわけですか?」見物人がしつこく尋ねると、悪魔はそのわけを説明してくれました。

「それはじゃな。他の道具じゃとても歯が立たん時でも、これを使えば人間の心を簡単にこじ開け、その心の中に入ること出来る特別の道具なんじゃ。いったん“失望・落胆”が入り込めば、あとは他の道具を使って思いのままに仕事ができるという具合じゃ。どうだい買うかい?」

悪魔は私たちを失望・落胆させようと、色々な問題を引き起こし、私たちを苦しめようとします。しかし、このような苦しみや試練は喜びとセットであると聖書は教えています。

言葉を変えれば、マイナスは必ずプラスになるということです。聖書を読み、聖書から教えられ続けていると、マイナスはプラスに変わると信じて歩む力が与えられるのです。

なぜ聖書を読むの?

聖書を読むとは言うものの、なんといっても聖書は古い本で、いわゆる“古典”に属する書物ですので、チョット読んだだけではわかりにくいものです。普通の本ですと、その書籍がどういう目的で書かれたかが最初に記されていますが、聖書にはそれがありません。

それでは聖書の書かれた目的はなんでしょうか。それは私たちの救いです。聖書は生ける神のみことばであり、「イエス・キリストによる救い」を教えている本です。それは私たちの成長を促す霊の食物なのです。

この数年、私たち夫婦はほぼ毎日のように家庭礼拝を続けてきました。カナダ・バンクーバーに10日間ほど旅行した際、『リビングライフ』というディボーションテキストを用いてホテルで朝の家庭礼拝をしたのがきっかけでした。

それ以前にも週に一度くらいは家庭礼拝をしていましたが、優先的に家庭礼拝をするようになって、非常に多くの恵み・祝福を経験するようになりました。

個人のディボーション以上に広さと深さにおいて恵みが与えられるのです。家庭礼拝の教材には、当初は解説付きのものを使っていましたが、次第に解説の必要を感じなくなり、今は質問メインの教材にしています。教材はいくつか変遷しましたが、聖書は常に『現代訳聖書』を使ってきました。

『現代訳聖書(改訂新版)』の刊行

この『現代訳聖書(旧新約)』ですが、去る2020年11月、訳文を見直した新たな『改訂新版』(紙版)を刊行しました。

1983年の初版刊行以来、「読むだけで分かる聖書」として多くの人に親しまれてきましたが、言葉は二、三十年で変わるという常識から、5年ほどかけて改訂の作業に取り組み、翻訳者の尾山令仁先生による見直しに加え、現代訳聖書翻訳委員会による日本語の推敲と修正も行いました。


時代の流れと共に言葉も変化することを踏まえ、古い言い回しの修正、送り仮名の変更、漢字とひらがなの使い分け、句読点の調整、接続詞や代名詞や敬語などの調整等々、修正は約3万箇所にのぼりました。

聖書を翻訳によって分類すると、「原語に忠実」な聖書と「原文の意味に忠実」な聖書の2種類に分けられます。『新改訳聖書』、『新共同訳聖書』等が前者の“原語に忠実な聖書”であり、『現代訳聖書』が後者の“原文の意味に忠実な聖書”に該当します。

「原語に忠実」に訳した場合、2千年以上も前の原語をそのまま訳すわけですから、当時と風俗習慣が違う私たちには理解できず、良くわからない箇所が多々出てきます。ユダヤ的表現が随所に見受けられたり、昔の度量衡や貨幣が出てくる等々、理解が難しくなるポイントはいくつもあります。

英語圏では「原文の意味に忠実」に訳すという翻訳原則で訳された聖書は十数種類出ているようですが、日本語訳の聖書では極めて少ないのが現状です。

「『現代訳聖書』を読むと、意味の分かりにくい箇所がよく分かる」とのご感想をいただくことがよくありますが、それは、歴史、社会、文化の違いを考慮に入れて、「原文の意味に忠実」に訳していることによるものです。

電子書籍版の刊行

先月11月には『現代訳聖書 改訂新版 電子書籍版』を刊行しました。Amazonキンドルにてご購入後、スマホ、タブレット、パソコン等でご利用できます。電子書籍市場ではAmazonキンドルが一番のメジャーであり、今後のIT技術の進歩にも追随してくれるので安心です。

なお、旧約聖書(1250円)、新約聖書(750円)の二つに分かれています。読むだけで分かる聖書『現代訳聖書 改訂新版 電子書籍版』を、ぜひ日々のデボーションや家庭礼拝や聖書研究にお役立てください。詳しくは、こちらをご覧ください。

https://www.logos-pb.com/

私たちはこれからも「読みやすく分かりやすい聖書」を出し続けていきたいと願っています。日本人の多くは八百万の神しか知らず、99%の人々が真の神さまを知らない状態です。一人でも多くの日本人に聖書を読んでいただくために、この『現代訳聖書』が用いられることを心から願ってやみません。

 「今生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋なみ言葉の乳を熱心に求めなさい。それによって成長し、救いが完成するのである。」(Ⅰペテロ2:2 現代訳)

 2022年12月15日 小坂圭吾(現代訳聖書刊行会・代表)

 (追伸)

改訂新版の刊行にあたり、多くの資金が必要となり献金のお願いをしてきましたが、電子書籍の刊行も含めて必要額が満たされましたことをここにご報告し、感謝を申し上げます。主なる神様に賛美と感謝をささげます。

 

 

2022年11月18日金曜日

喜び 「感激・感動する」

 

生田緑地ばら苑
元気が出る

私たちは、感激・感動したとき実に元気が出てきますが、その場面は色々です。自然界の雄大さに圧倒されたとき、スポーツや映画を見たとき、聖書の言葉が迫ってきたとき等々―。

体の元気は、食事をすることにより、心の元気は、感激・感動することによります。問題や困難にぶつかり、落ち込み折れている心に、元気・やる気が与えられるからです。感動して忘れられない体験と言えば、困難や苦しみを乗り越えたときが多いかもしれません。

私たちを成長させ訓練される神様は、苦しい状況や問題の状況をしばしば用いられます。そのような時、かたくなな心がしだいに柔らかくなり、物事を素直に受け止める状況になり、心に響くことが与えられるのでしょうか。

今回は、過去の感激・感動した特に旅のシーンを思い出しながら、感激、感動のことを徒然なるままに書いてみます。

第1話、新幹線の中で

新幹線自由席に乗って、関西方面から“のぞみ”号で帰る途中のことです。いつもはビジネス客で静かな車内、斜め横に2人の若い女性(学生?)が大きな声で話をしています。

少しうるさいかな?と気になっていた時、彼女らの斜め横に座って寝ていた男性が立ち上がり、彼女らに向かって一呼吸置き人指し指を口に当て「シー」と合図しました。とたんに彼女らの声は、テレビの音量を下げたかのごとくに聞こえなくなったのです!

その後、私も静かに眠ったことは、言うまでもありません。実にうまい注意の仕方で、些細なことながら小さな感動でした。

第2話、添乗員の面白いこと
ツアーで九州をぐるりと周遊するハードスケジュールな旅行をした時のことです。阿蘇くまもと空港に着いて観光バスに乗り込み、最初に添乗員の方の挨拶です。添乗員は、旅程や宿・昼食等の世話をする係で、普通は、あまり面白くも何もありません。

ところが、これが実に愉快!「皆様、今日はXX交通社をご利用頂きありがとうございます。2泊3日よろしくお願いします。」拍手ぱちぱち!するといきなり「まったく気の入ってない拍手をありがとうございます。」もう大拍手と爆笑です。

「この旅は、ほんとうに大変なスケジュール、厳しいスケジュールです!特に関東のお客様は、これでもかと言わんばかりの詰めに詰めた内容です!」脅しとおかしさが混じって、これから2泊3日が楽しいぞと思わせられました。

彼女が登場するたびに、今度は何を言うのかと皆心待ちに聞き、そのたびに爆笑。ガイドさんの説明もうまいのに感心!彼女たちが楽しくしようとの企てに皆も影響され、わいわいがやがやの道中でした。

九重”夢”大吊橋

第3話、湯布院近くの九重(ここのえ)”夢”大吊橋

先日、長男夫婦が大分県の湯布院に旅行したと聞き、そういえば、夢大吊橋があったことを思い出しました。今はどうなっているかとスマホで調べたところ、11月16日入場者数が1100万人を突破したとのこと。

総工費約20億円、2006年10月30日落成した長さ390m、高さ173m、幅1.5mの日本一の人道専用大吊橋です。湯布院が脚光を浴び、さびれてきた村を“どげんかせんといかん”と言うので、町長一人がんばり、町議会の全員反対を説得し完成させました。

村としては、とてつもなく大きな夢の計画です。国、県の補助無しで建設し、ちょうど旅行で行った日が落成して丸3年(2009年10月30日)、既に訪れた人が500万人でした。素晴らしい立地の場所にあり、町民の夢を拓くことが出来、訪れた人々には夢を与える大吊橋です。

「九重”夢”大吊橋」は、みんなに夢を与え拓かれるようにとの願いが込められ名付けられました。町長一人とにかく頑張って、この素晴らしい立地を生かした事業をやり遂げたお話で、本当に感動したことを覚えています。

いつもやわらかい心で

旅する時には、心と頭を空っぽにしますと、新しい違ったものが入って来ます。新しいことがどんどんとインプットされます。大自然や歴史や文化、人との触れ合いを通して、心の中に励ましやら、元気やら、夢が与えられたり拓かれたりするのです。これが、旅の良さなのです。

人生において成長し続ける大切なポイントは、”感激・感動する心を失わない”という言葉があります。”感激・感動は意識となり、意識は行動となり、行動は習慣となり、習慣は人格となる!”

いつもやわらかい心を持ち、苦しいことや問題にも正面から取り組むと共に、小さなことでも感激・感動する心を持ち続けていきたいものです。

「きょう、もし御声を聞くならば、~~~ 心をかたくなにしてはならない。」(ヘブル3:7~8 新改訳)


2022
年11月18日 小坂圭吾


2022年10月6日木曜日

今を生きる「平凡な日常を大切に~妻を尊敬する」

 

山下公園から横浜ベイブリッジ

まずはジョークから

オンヌリ教会の主任牧師・イ・ジェフン先生の語られた楽しいジョークです。 一組のご夫妻がいつも礼拝に出席していました。ご主人は、奥さんの付き合いで嫌々出席していました。

ある日、奥さんが風邪をひいてしまい、礼拝に出席できなくなりました。奥さんが、ご主人に頼みました。「どうしても牧師先生の説教が聞きたいので、あなたが代わりに行って、説教のメモを取り、後で話を聞かせてください。」

ご主人はしかたないので礼拝に出席し、やがて帰って来ました。ところが、なぜかご主人の様子が違っていて、とても愛情深く、親切になった由。

奥さんは、「どんな説教を聞いたのかしら?『妻を愛せよ』との内容だったのかしら?それにしても、一回の説教でこんなに人が変わるかしら?」と教会に電話して聞いてみました。

牧師先生にこのことを話して尋ねると、牧師はびっくりして言いました。「私の説教はですね、『敵を愛せよ』というテーマだったのです・・・。」(大笑い)

それにしても、夫たるもの家庭の平和のためには、奥さんの言うことに従うことは、良いことにつながりますね。

気になるバナナ

先月の朝食の時、私がバナナを食べようとしたときに、妻がさらりと言い出しました。「あの店でのバナナは買わないでほしい。」「味は、他の店とは変わらずおいしいよ!?」私が買ったこのバナナについて、何かまずいことがあるようでした。

数時間後に、妻がスマホを開いて「安全なバナナの見分け方」という記事を私に読むように見せました。輸入したバナナは、防カビ剤が残留している可能性が高く、その防カビ剤の危険性がわかっており、農薬や化学肥料に頼らず有機栽培の物に限るようにとのことでした。

妻の食の安全についての気配りは、ここまでも行き届いており、バナナについては認識不足でした。

我が家では、30数年も前から玄米菜食中心の食事で、さらに無農薬有機肥料で栽培された自然食品が中心です。肉は少なくして魚中心で、味付けは薄味です。

私も意識をするようになってから7~8年、努力中です。長い間、食事について妻まかせで、自分自身で「何を食べるのが良いか、何が悪いか?」確かなことを知らずできました。

狭心症になって始めて、目が覚めて色々と勉強しました。食事によって人間は多大な影響を受け、病気や肥満にもなり、健康にもなりえます。

妻は病気療養中なので、理想的な食生活は出来ない現実ですが、根本的な考え方は変わっていません。現在はスーパーで売っているお弁当、総菜等も毎日の食卓に乗せています。


三浦綾子作

平凡な日常を大切に

今読んでいる本に、三浦綾子・生誕100年記念ベストエッセイ集「平凡な日常を切り捨てずに深く大切に生きること」(いのちのことば社)があります。三浦綾子さんの書かれた多くのエッセイの中より、選りすぐりの物を選んでくださったので、読んでいくと一編一編が深い味わいを感じるとともに「日常を深く大切に生きる」ことを教えてくれます。

したがって、1日に1編ずつ味わいたいと感じながら、夫婦で大切に読み進めました。その中にこのような文があります。

「生きるということは、私は悲しみや苦しみに耐えることであると同時に、平凡な日常を切り捨てずに、深く生きることであるとも思う。」

平凡な日常と言いますが、神様が創られたこの日は、この時は、決して平凡ではなく、毎日が昨日よりは大きく異なるのです。白いキャンパスに今日のことを書くとすれば、間違いなく昨日とは違う絵になるのです。そこにある意味もまた深く掘り下げれば、新しいことや発見、感謝があるのではないでしょうか。

先のバナナ事件から発して、食べることについて少し深く考えることにつながりました。自然食にこだわるといいながら、いい加減になっている自分、食の安全を忘れていました。自分一人では気づかないことは多くあり、人と接することから、目が開かれ気づかされていくものです。

このように書きながら、日常をいかに深く生きるのか、その心構えを持つと何か変わるように思わされます。「老いては、子と妻に従え。」とは、良くぞ言われたものだとわが身を振り返ります。 

「夫たちよ、妻を自分よりも弱いものだとわきまえて生活を共にし、命の恵みを共に受け継ぐ者として尊敬しなさい。」(ペテロⅠ3:7 新共同訳聖書)

 2022年10月6日 小坂圭吾


 

2022年9月6日火曜日

祈り「祈りは聞き入れられる」

祈りの力
かつて見た映画を再度鑑賞

今年になって、かつて見た映画を再度見ることが多くなりました。昨今は、まだ見てない良い映画に出会うことが少なくなってきたなと感じています。自分の感度が鈍くなったのか?見る分野、興味の分野が狭くなったのかもしれません。

そうした中で、映画「祈りのちから(War Room)」を再度鑑賞しました。6年前に封切を映画館で見たのですが、昨年でしたかこの映画をもう一度見たいとインターネットで試みましたが見つからず、先日、Netflixで発見してテレビを通じてみました。

少し飛ばしてみたりしたのが影響したのか?それほど感動は無く、やはり感度が落ちてきたかなと思わざるを得ませんでした。1か月ほどして、娯楽物ではないのでもう一度じっくり見てみよう!と腰を落ち着けて鑑賞したところ、やはり感動した作品でした。

見る時の姿勢というか、気持ちというかそんなことも影響するのだなと思ったものです。

「War Room」(戦略会議室)~~祈りの部屋

映画監督のアレックスは語っています。「このタイトルは、日々の生活の中で直面する種々の問題に入る前には、神に正しい戦略について尋ねなければならないという信念があり、祈りの部屋の重要性を思い、映画の原題を「War Room」(戦略会議室)と付けた。」

映画の出だしが戦争から始まり、これは何だと思わせながら戦略会議室へ、それは戦争の作戦本部とも言うべきところですが、そして私たちの人生にとっては、戦いの武器である祈りについて、深く切り込んで行くのです。面白い展開で、ストーリーは以下の通りです。

ビジネスマンの夫トニーと不動産仲介業の妻エリザベス、一人娘のダニエル一家。一見幸せそうな家族ですが、夫婦間に問題・亀裂がある。そんな中で、エリザベスがある日仕事で、家を売却したいという老女クララに出会う。

エリザベスが問題を抱えていると気づいたクララは、彼女に信仰について尋ねる。クララおばあちゃんは、エリザベスの信仰が“気が向いたときにしか教会に行かず、祈りも心のこもらない「ぬるいもの」である”と気づく。

人はどれほど行き詰まることがあったとしても、熱い信仰で祈ることこそが、人生における勝利のカギである!『祈り』が最強の力になるのだと教える。そのパワフルな指導は、見る者をエリザベスと共に引き込んでいく。

クララおばあちゃんは、自宅のクロゼットを案内し、そこは祈りの場所「ウオー・ルーム」であった。クロゼットの壁には、祈りのメモ(課題、状況、かなえられた祈り)がびっしりと張り付けられていた。

クララは、一週間に一時間、自分と会って信仰の話をしようと説得するのです。ここから後は、ぜひ映画をご覧ください。

サルスベリ・白

祈りの部屋

「WAR ROOM」は、私たちにとっては、祈りの部屋のことです。世界は神と悪魔の戦争であり、悪魔に打ち勝つためには、祈りによって神の力をいただき悪魔を打倒するのが人間にできる唯一の方法だと、クララおばあちゃんは力説します。

悪魔の働きは、人のプライドであり、憎悪であり、悪い行ないである。熱心なクリスチャンであるクララは、かつて人生における危機、失敗経験の中で、全能の神に熱く祈ることにより、自分の悩み、苦しみ、告白、願を神にぶつけて乗り越えたのでした。

祈りによって神様がどれほど力強く、適切な答えを出してくれるのか!彼女は、クロゼットを“奥まった祈りの部屋”としてそれに当て、これが一番の気に入った部屋なのです。

あるクリスチャンが書いたこんな記事を読みました。

「私の生涯の中で、最も恵まれた祝福されたときは、どうしようもなく行き詰まった時であった。信じられないかもしれないが事実である。

人間の知恵では解決できそうにないようなどん底に落ち込んだ時に、いつも喜ぶ、絶えず祈る、全てのことを感謝するについて実践するとき、ことごとく不思議なことが起こった。神さまのご計画の中にあるということに気がついたのである。」

この話は、クリスチャンならば、聞いたことがある、あるいは少なからず体験していることでしょう。とにかく行き詰まった時、事態が悪ければ悪いほど、開き直って神に立ち帰りすがるならば、主なる神さまは答えて下さるのです。

真剣に神に祈り求めていくとき、まず私が変えられ、やがて周りも変えられていく。忍耐して歩んでいくとき、主なる神様が不思議に導かれるのです。

祈りは聞かれる

この映画の主人公エリサベスは、まさに行き詰まってどうしようもなく離婚直前の折(この世の普通の夫婦ならば、離婚へ一直線でしょう)、神に立ち返り、まず自分が神によって変えられ、やがて夫が変わり、全てを感謝する生活へ‐‐。

この背後にあっては、クララおばあちゃんも熱心にとりなしの祈りを捧げ、神様が聞き入れて下さったのです。

最初にこの映画を見て記憶に残っていたことは、クララおばあちゃんが、エリザベスに最初出したコーヒーは“ぬるいコーヒー”でしたが、何週間後には、エリザベスの信仰の態度が熱くなってきて“熱いコーヒー”を出すのです。

このクララおばあちゃんの行動は、「熱い信仰であれ」と私たちに迫ってくるものでした。私たちも神に対して、いつも熱く、霊に燃えて勤勉で怠らず、自分に任された使命を果たすべく、絶えず上からの力をいただくものでありたいと願っています。

 「目をさまして、感謝をもって、たゆみなく祈りなさい。」(コロサイ 4:2)

 2022年9月6日 小坂圭吾


 

2022年8月4日木曜日

今を生きる「良い習慣を身につける」

 

散歩途中のサルスベリ
朝の散歩

ここ3か月ほど、朝の習慣が大きく変わりました。朝20~30分ほど欠かさず散歩をするようになったのです。妻のリハビリを兼ねて、どちらかというと妻のお供をしているというのが正しいかもしれません。

歩く習慣は、かつてから妻の方が圧倒的に強く、毎日朝の散歩は言うまでもなく、買い物でもあるいはボランテア活動でも、バス・電車に乗るのに待ち時間が長いと簡単に歩いて行き帰りするのです。

ある時は片道40分でも、何の苦もなく歩くという散歩の達人かもしれません。本人が言うには、バスや電車を待っている時間に着いてしまうからというのですが、健康的なことは言うまでもありません。多少の雨でも傘をさして、平気の平左で歩くのです。

私はというと、週3回の運動が必要だというので、さあ今から歩くぞと気合を入れないと始まりません。


習慣が変わる

その習慣が大きく変わりました。朝5時ごろ起きると、洗面を済ませて、さあ散歩に行こうかとどちらからともなく言って歩き始めます。雨が降っても傘をさし、今のように猛暑日の日は、日傘をさします。

週4回は色々とごみ出しもあり(月、火、金、土曜日)、それも兼ねて歩き出します。それまでは、ごみの量が多いとき週に1回程度、車で運んでいました。それが、たとえごみが多くても各人が2個づつ持てば何とか運べるので、車でゴミ出しは無くなりました。

今日はあまり歩きたくないなと思っても、相棒がいれば、行こうかとなります。やはり、一人よりも二人の方がいいのです。

朝早く歩いていると、色々な方に出会います。コロナ禍が厳しい折、マスク無しで歩く人は少数ですが、私たちも同様です。朝の挨拶「おはようございます!」を必ずするようにしていますが、全く返事をしない人や仕方なく小さな声で返す人が、かなりいます。

妻は「面倒くさいのでしょう!」といいますが、返事が返ってこなくても声だけはかけようと努めています。考えてみれば、小学校の時、学校への行き帰り(片道30分)に挨拶をするように言われ、出会う全ての人に挨拶をして身に付いたのです。

ブラタモリ                                    散歩といえば、『ブラタモリ』がNHK総合テレビで、もう13~4年くらい断続的に放送されていますね。司会を務めるタモリさんの冠番組とも言われて、私も機会があれば見ています。

街歩きの達人・タモリさんとともに、街並みをブラブラ歩く、ある目的を持って見て歩くと大きな発見があるものだと教えられます。散歩して気が付く昨今の大きな変化は、家の建て替えが多くなったことです。まだまだ使えるのにと思いながらも、取り壊して建て替えの家が、散見します。

高齢化していろいろな事情で変わっていく地域の事情を、垣間見ています。日本有数の健康長寿の町ですので、さもありなんと思います。

そういえば、先日の朝の散歩のとき、7~8人の人々が道路のわきで何かを待っていました。通りすがり、どちらとも言うこともなく同時に朝の挨拶をしました。男女3人ほどの声が聞こえました。

これほど元気な挨拶は珍しいな何だろうか?と通り過ぎて、付近を散歩して帰ってくると、テレビか何かの撮影をしていることがわかりました。そうか、彼らの中には挨拶がきちんとできる人がいるのだなと思い当たりました。

本を手放さないリンカーンの銅像

良い習慣

良い習慣を身につけ持続していけば、気持ちも上向きになり、良いリズムを作ってくれます。人生は劇的により良いものとなるとも言えます。このことで私がすぐに思い出すのが、アメリカ大統領・リンカーンです。

聖書をよく読み、絶えず祈り、かつきわめて熱心な読書家で、彼は幼いころから『本の虫』と呼ばれていました。学校教育を正式に受けることが出来なかった彼は、独学で勉強しなければならず、昼間は仕事をし、夜は本と格闘したのです。

働きながらも本を手放さないリンカーンの銅像がありますが、彼は読書習慣によって大いに成長し、創造的なリーダーになったのです。

良いことを習慣化するには、どうすればよいのでしょうか?最初は「今日だけ」と思ってやり始めて2回、3回と同じことを続けてしまうと、いつしか気づかぬうちに習慣になってしまうこともあります。

1度や2度だけでは習慣化できないということで、大事なのは毎日続けることです。毎日続けていると気づけば自然と習慣になっており、意識せずともできるようになります。

まずは、自分で本気でやろうと思うことから始まるだろうと思いますが、周りの人のアドバイスや一緒にやる人がいると継続できることでしょう。誰しも、半端な気持ちですと結局楽な選択をしてしまいます。

リンカーンの手には常に本があり、毎年、自分の身長ほどの本を読むことを目標にしていたそうです。肉体の健康には食事が必要であり、内面の成長のためには本を読むことが必要であることを生涯忘れなかったのです。その中に、聖書が大きな位置を占めていたことは言うまでもありません。

 「私は、夜明けの見張りよりも先に目覚め、あなたのみことばに思いを潜めます。」(詩篇119:148)

2022年8月4日 小坂圭吾