2012年6月29日金曜日

今を生きる 「人生の講座いろいろと開講」

           講座は楽しさと冷や汗と!                                                                            今年の1月から「人生の目的講座」を3ヵ月にわたって開催し、その続きの講座として、6月には「霊的成長講座」を開催しました。(東京プレヤーセンターと共催)講師としても、しっかり勉強することに励み、講座ごとにその楽しさを味わっております。時には、冷や汗が出たり、体調が悪かったり、良い例話を見つけるのに困ったりと、苦しい時もないわけではありません。求道中の方が救いに導かれたり、お互いの交わりが深められたり、一歩前に信仰を歩みだすことのコメントを聞くたびに、この講座をやっている意味を改めて思いつつ、主に感謝しています。次はどうしようかと今悩んでいるところで、秋に開催を予定しています。

今までは文章中心のブログでしたが、時には、写真中心で!!とはいえ、講座について、写真を撮る(撮ってもらう)余裕がなくて、写真が少ないですね。これでは、あかんなと思いつつも、今回はお許しください。

ところで、5月にふとしたことから、写真教室にでも行こうかなという思いが起こってきました。しっかりとした写真撮影の教室に行ったこともなく、基本をしっかり勉強しておく必要があるなと探し始めたところ、すぐに飛び込んできました。(これには、驚きました。)地元の地区センターが共催で「青葉写真倶楽部」が開講されることになり、さっそく入会して学び始めました。講師は、地元の元校長先生でなかなかの腕前の方、セミプロいやプロといってもよい方です。半年から1年後くらいには、少しましな写真が撮れることを願っていますがーー。






人生の目的講座は、1月から4月まで開講しました。30歳台から60歳台まで約15人です。神学校を卒業したばかりの人、教会役員やリーダーの人、何回も本を読んだという人、英語で熟読された人、講座の当日に本を購入されてきた人、求道者の方もいらっしゃいました。第1セッションの時は、しばらくぶりでさすがに緊張!どのような展開になるかを十分予想できません。終わって、手ごたえは、それなりに良し。第2セッションから盛り上がりがグイと上がり、第3セッションは、出席者の一人一人の分かち合いを通して、お互いを知ることが次第に深くなりつつあり、メンバーの方々が、全体を支え、気づきに導いているように感じられます。どのような発言も、折にかなって役立つように感じられるのは、聖霊の導きだなと、感謝しています。

次の写真は、開講当初の自己紹介の場面です。




東京プレヤーセンター(TPC)は、昨年の9月に設立されました。和気敏治代表がビジョンを抱いて、「365日礼拝」「365日祈祷」を掲げオープンしました。設立に至るまでには、不思議な主の導きがありました。私も、当初からこの働きには協力をしていくことが必要であると感じて、今日に至っています。以下は、東京プレヤーセンターの写真です。お茶の水駅から2-3分、”御茶ノ水クリスチャンセンター”4階にあります。近くにお越しの時は、TPC礼拝を12:15-12:45、その後交わりを13:30までやっていますので、ぜひお立ち寄りください。(メッセージを担当してくださる方は、約80人ほどおられます。)
















2012年6月28日 小坂圭吾  

2012年6月15日金曜日

健康余話 「起床早朝」

      朝の詩
先日、知人で先輩のMさんから新聞のコピーをいただきました。感謝なことに、ときどきコピーをいただきますが、読んでみると面白く機知に富んだ詩なのでご紹介します。調べてみると、2012年5月20日の産経新聞『朝の詩』という欄に掲載されていて、作者は、兵庫県宝塚市に住む70歳の森口憲一さんです。

     『朝の詩』  無為徒食(むいとしょく)
馬齢七十 退職四年   起床早朝 毎日日曜   新聞熟読 眼精疲労   
朝食完食 食欲旺盛   食後珈琲 砂糖減量   血糖心配 少々肥満

運動不足 夕刻散歩   悠々入浴 夕食満腹   減量作戦 一日延期
飲酒少量 顔面紅潮   早寝早起 九時就寝   本日終了 無為徒食

老後の日々をうまく詩にしてあります。漢字4字で言いたいことを凝縮して表現しておられ、良く伝わってきます。“本日終了 無為徒食”何ともいえぬ風情が感じられ、この詩全体からは、ぶらぶらと何もしないで過ごしておられる様子ではないようですね。

     いつの間にか
この詩を読みつつ、いつの間にか私も似たような生活をしつつあることに気づかされます。と言っても、奥深さが違うことでしょう。まもなく私も、馬齢七十になりますので、共感することが多いのかもしれません。この詩のタイトルの「無為徒食」は、意味が深そうです。

これは、自然に任せて作為的でなく生活をしている姿であろうと感じています。ぶらぶらして何もしないで過ごす生活ではなくて、やるべき時もあれば、やらない時もある。頑張る時もあれば、頑張らない時もある。「ほどほどに生きる」ということでしょうか。頑張る、頑張らないというあんばい・比率は、年代によってあるいは置かれた環境によって、違ってくることでしょう。自然の流れに任せて、作為的でなく生きていく事の幸せを、実感していきたいものです。私もこのごろ、ほどほどの生き方が大切だと少しわかりかけてきました。

     起床早朝
共感した最大のポイントは、“起床早朝/早寝早起 九時就寝”です。昔は、考えられなかったことが私も実行できています。今朝も5時前に起きて、今このブログを書き上げています。計画的にやろうとしたことではなく、朝起きてブログの続きを書かなきゃと思っただけの事。5時過ぎになると新聞配達のバイクの音が聞こえ、何ともいえぬ良い風情です。

起床早朝は、全く苦手でしたが、2年前に海外旅行に夫婦で行くことがきっかけとなり、初日は4時前に起床でした。妻は、早起きは慣れたものです。海外旅行中は、毎日4時台に起床したと記憶していますが、意外と出来るではないかと良い習慣が定着したのです。

それまでも何度も早起きをしようと試みますが、失敗続き!ふとしたことで出来るようになったのです。それまでは、せいぜい10-20分くらい早起きから徐々に早く起きることに持っていこうという方法でした。これで挫折ですが、7時前に起きる習慣が、4時ごろに起きざるを得ないことが何日も続くと、考え方が全く変わるのです。

朝早く起きると眠るのも早くなります。ましてや疲れている時は、眠気が襲ってきて我慢が出来なくなり、9時台に就寝となります。今週もほとんど9時台に寝ています。かつては、目覚まし時計が必須でしたが、今は自然に7時間から7時間半くらい眠ると目が覚めます。体内時計がうまく調節してくれているのでしょう。ふとしたことから、早寝早起と言う良い習慣を身につけることが出来、感謝しています。聖書のみことばに、イエスさまが朝早く起きて祈られたことを思い起こします。

「そこで、イエスは朝まだ暗いうちに起きて、寂しい所に出て行き、そこで一人、祈っておられた。」(マルコ1:35 現代訳)

2012年6月15日    小坂圭吾

2012年4月18日水曜日

感謝 「全てのこと感謝、一生感謝」

       イースターの朝                         今年のイースターは、4月8日(日)でした。母教会へ行くために家から駅まで歩く途中に、カトリック信者Sさんの家があります。その日は、Sさんご夫妻が教会に行こうとされている所に出くわし、「イースター、おめでとうございます!」と挨拶され、私も一息間をおいて「イースター、おめでとうございます!」とお返ししました。いつもは「おはようございます!」と言って、少しお話を交わす近所の方です。                                   

あいさつをしてから駅に向かって歩きながら、考えました。あの一息間があいたのは、普段はまったく交わすことのない挨拶だったなと!「イースター、おめでとうございます!」とは、あまりお互いに言い交した覚えがありません。子供、孫の誕生や、試験に合格、入学、就職、結婚、受洗、クリスマス等々「おめでとうございます」と言い交すことがある中で、「イースター、おめでとうございます!」とは、ほんとに言わないなあ!!それは、私だけだろうか?
                                                                                 色々な「おめでとう」のあいさつの中で、実はこれが一番重要な言葉であるだろうに!Sさんのあの自然な挨拶に感心し感謝しながら、駅まで急いで歩きました。                   

     結婚式のスピーチ                                                先週末に、実は3番目の子供(娘)の結婚式があり、式後に肩の凝らない会費制の結婚披露パーテイがありました。親としての感謝の言葉は、おおよそ以下のようです。
                                                                             「今ここにある二人(新郎新婦)は、ご出席の皆様とのおつきあいを通して、育てられてきたと感じています。娘は、英語が強くなり、あるいは積極的になってきたのは、環境もありますが、皆さま方から刺激され、教えられてそのようになって来たのだと思っています。        

『鉄は鉄によってとがれ、人はその友によってとがれる』と旧約聖書の箴言の言葉にありますが、新郎新婦も皆様あっての今日であろうと思います。ほんとに感謝いたします。                

感謝と言えば、先月、知人が一冊の素晴らしい本を贈呈してくれました。『一生感謝』この本を読むと、あらゆることにもっと感謝を。とにかく感謝、感謝の日にしたいものだと!思わされました。良いことばかりでなく、嫌なことも、考え方を変えればそこには感謝することが沢山あることが分かってきます。良い時にも悪い時にも、感謝をする日々でありたいと願います。」
     
     寝る前に感謝を思い出す! 
1年ほど前から、私は、夜寝る前にその日の感謝なことを少なくとも5つ以上思い出し、主に感謝をしつつ寝るようにしています。そうすると、良く眠れるようになります。加えて、その日の良いことを記憶でき、記憶力が悪くなったのが少し改善されているかもしれません。
                               
「一生感謝」(ジョン・クオアン著、小牧者出版)という本を読み始めてから、思い出す感謝が、実に倍以上になってきました。一番の変化は、嫌なことがあっても感謝な面があるはずだと考えるようになったことです。別に無理をしているわけではなく、良く考えると感謝な面が分かってくるのです。この本を読み始めたころ、何度か嫌な問題が起きました。そのようなとき、寝る目にこの本を読んでいますと、不思議と感謝な心に変えられていくのです。                                            

とにかく感謝、感謝の日にしたいものだと!のスピーチは、一生感謝にしたいと決心している事柄です。                                                     

「主に感謝しよう。主は慈しみ深く、その愛は永遠に続く。」(詩編136:1 現代訳)              2012年4月18日    小坂圭吾

2012年3月27日火曜日

祈り 「祈りは最大の力なり」

                        東日本大震災から1年
千年に一度と言われる東日本大震災そして原発事故から1年が経ちました。1万5854人の命が失われ、行方不明者は3155人です。いまだに肉親を探し求める人たちの悲しみはいかばかりでしょうか。今もなお34万人余の方々が、避難をして暮らしておられるのです。            

新聞に掲載された数字で見る東日本大震災の状況、つぶさに読んでみると、その凄さは計り知れません。M9.0(宮城県三陸沖130キロ)、最大震度7、津波の高さ最大33メートル。地盤のずれは、宮城県牡鹿半島で東へ5.3メートル、1.2メートル沈下。被害総額17.4兆円。原発事故は、深刻度が最悪の「レベル7」。こんなに凄かったのだと-----。                                                                             

震災から1年の節目を迎えて、テレビや新聞での報道を目に焼き付けました。被災地の様子からすれば、緊張感が緩むどころか「まだまだ、1年たってもこの程度の復興だ」ということです。支援をする私たちは、この復興は長期戦であると覚悟して、「自分には、何が出来るのか?」「出来ることをしよう」と問い続けながら、行動をしていきたいものです。目を覚まして、たゆみなく、このために祈り続けたいと思います。
     
     のど元過ぎれば                                               今回の大震災を経験し、首都直下地震に対しても従来想定よりも大きい震度の揺れを想定し、色々と見直しが行われていることは喜ばしいことです。皆さんは、地下鉄に乗っている時に、地震が起きたらどうされますか?地震発生後どのくらいで津波がやってくるのか、地下鉄にはいつごろ水が入ってくるのか?テレビの報道番組を見て、色々と基本的な身の処し方を教わりました。私たちは、自然災害に対しては、色々なことを想定して、被害を最小限にとどめる「減災」を追求していく必要があります。   

我が家でも、地震対策の見直しをしようと考えました。昨年やろうと思いながらも、そのままに放置されている事柄があるものです。“のど元過ぎれば、熱さを忘れる!”ほんとに忘れっぽい者です。地震対策グッズは?3日間の食糧、水は大丈夫?家具等でまだ地震対策をしてないものがあります。      
     
      最大の減災対策は?                                           先日、TPC主催のステイーブン・英子先生・講演会に出席しました。世界中で色々な災害が次から次へと起こる中、未信者の方々をはじめ多くの人たちが終末を感じ恐れていることが話されました。イエス様の終末預言に対して、産みの苦しみの始まりが、この21世紀になって激しい陣痛になってきているとのお話です。                                                     

それは、21世紀の災難を見ると良くわかります。今まで起こらなかった最大の災難が次々に起こっているからです。21世紀に入り、2001年9月ニューヨークで史上最大のテロ攻撃でツインタワー崩壊(9.11事件、3千人以上死亡)。2003年8月ヨーロッパを襲った猛暑(7万人の死亡)、2005年10月インド北部大地震(8.8万人死亡)。2008年5月中国・四川省大地震(8.4万人死亡)、2010年1月ハイチ大地震(22.2万人死亡)等々です。                                    
 
9.11事件が起こる数か月前のことですが、アメリカのある教会では、聖霊に導かれて、「ニューヨークで何か大変なことが起こる!お祈りが必要だ、祈りだ、祈るのだ!」と教えられ、教会を上げて祈り続けたそうです。その輪は、ある程度までアメリカに広がったことでしょう。9.11事件は、予想を下回る災難にとどまったのは、神様の憐れみと言うほかありません。                                                

東日本大震災も同じような神様の憐れみがあった、と思われます。それは、日本の救いのために、世界中で祈って下さっているからです。私たちは、絶えず目を覚まして、神に祈りをささげることが、最大の災害対策とも言うことが出来ます。これこそが、「最大の減災」に通じる道なのです。 

「世の終わりが近づいている。だから、自制して、いつも祈っていなさい。」(ペテロⅠ4:7 現代訳)                                                    2012年3月27日    小坂圭吾

2012年2月14日火曜日

喜び 「人生の目的講座を始める(2)」

    信徒の育成について                        
 この10数年間に色々な教会を訪問させていただきました。賛美、メッセージ、式次第など工夫をされ、若者が入りやすいものを作られていますが、信徒向け育成プログラムが弱いのではないか?と感じています。それというのも、私が育てられた教会は、信徒教育に誠に熱心な教会のひとつであったからです。

今でいうスモール・グループ、講座のような形で教えられ、切磋琢磨して学びをし、多くの信徒が霊的成長をして来たのではないでしょうか。その結果、狭い意味での献身者が多く輩出されました。当時は、良い信仰書がふんだんにあったように思いますが、今は絶版になっているものが多く、残念ですね。                          

 この経験もあって、PDJでは、多くの書籍や教材を信徒の方たちをはじめ教会で使えるようにとの思いで刊行し、整えてきています。しかし、セミナーとなると、まず牧師向けのセミナーから開催となります。現在では、PDFJ主催で、牧師向けの2年間の訓練プログラムが、サドルバック教会の支援(デイブ・ホールデン牧師)頂いて全国で開催され、牧師の方々にとって素晴らしい学びの時になっていることでしょう。やがては、信徒の方々の成長のためのプログラムが、これから着実に始まることでしょう。                       
 
     講座開始の動機                                                           現在、公開されている信徒向けの育成プログラムは、あまり多くはありません。大きな教会では、自分たちの力で色々と企画・実施できるでしょうが、日本の大部分を占める小さい教会にとっては、やりたくても出来ない、あるいはどのようにしたらわからないこともあるかもしれません。そこで、信徒の方々やリーダーの方々のために、教会の外で学べるところがあればいいと思っていました。

一方的な講義、講座ではなく、スモール・グループの良さも経験し生かしながら、学びつつ成長して行く。外でのクリスチャンの学び・交わりが促進され、自分の教会に帰ってから、教会の中で、家庭集会で、喫茶店で、この体験が生かされるようなプログラムになればとの思いです。そして、開催場所と言えば、超教派の働きをしている場所で、交通の極めて便利な場所で出来ることが重要です。その意味からも、「人生の目的講座」を、お茶ノ水クリスチャンセンターにある東京プレアセンター(TPC)で開催できることは、素晴らしいことです。                 

      少し逡巡                                                         
 これを始めるには、少し逡巡(ためらい)もありました。「人生の目的講座」ともなりますと、その目的と目標を考えると、それなりに人生体験、信仰体験があってこそ、皆さんと分かち合いが出来ることかもしれません。“信仰は体験である”という言葉を出すまでもなく、その信仰の土台がある程度で整ってきたのでしょうか、神様がそろそろ良いだろうと言われたように思います。そうでないと、講座の出席者の方々のことを理解することが出来ません。      

 長年、大手企業の人材開発・教育の仕事をも10数年余させていただき、色々な勉強をさせていただきました。合宿研修などしながら、「受講者は何が分かりにくいのか、だれが理解できてないのか。1人ひとりがどのくらい理解し、どの段階まで来ているかなど」不十分とはいえ、大体わかるように訓練されました。

小さな器であっても、豊かに教えられ、与えられたものとして、それらの体験や知見をまだまだ使い切ってない。それらの賜物をもっと人々のために生かすべきだと、周りの人からも言われました。それらの声にも押し出されて、少しでも多く方々のためにと考えて、スタートをすることにしたのです。                 

「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです。」(ピリピ2:13)                                                      2012年2月14日   小坂圭吾