歯を磨く
私たちは毎日歯を磨いています。少なくとも2~3回、私は毎食後磨きますので、1日に4回程度になります。歯については、以前から虫歯もほとんどなく丈夫であると自信があり、歯医者に行くこともありませんでした。
ところが、歯の不調で歯医者に行ったところ、歯槽膿漏(しそうのうろう)になっていたのが分かり、こっぴどく叱られました。それ以後、少なくとも年に一度歯医者に行って、歯の掃除(クリーニング)をしてもらいます。
その時、磨き方が悪いと磨き方の指導がされます。教えられた通りやっているつもりが、いつの間にか自己流になっていて、翌年、歯磨きの指導を受ける羽目になります。何度か続けていくと、指導されているとおりに綺麗に磨けていて、お褒めの言葉を頂きます。
「100歳までこのまま使っていきましょう。」と励まされ、「まだまだ先の事ですが…。そうしたいですね。」と答えながら嬉しくなりました。「90歳までこのままでー」と言っていた歯医者さんですが、今回は一気に10年も延ばしたがいいのかな?と思いながら帰宅したことです。
歯の磨き方をご存じですか?
歯科衛生士さんより何度も「歯の磨き方」の指導を受けて、3つのポイント①歯本体を磨く②歯と歯の間をみがく③歯の基を磨くについて学びました。これは、私たちが「人格をみがく」ことに通じるものがあると発見です。
①“歯本体を磨く”ですが、自分自身を磨くことに通じます。聖書を読み、聖書的な考え方をしっかり身に着け、行動、言動において自分を高めていく努力をしていく。それは御霊の助けを得て、御霊の実、人格とも言うべきものが整えられていくことです。ピカピカの白い歯でも、歯磨きを怠たれば、やがて黄色くなってしまいます。私たちの人格も、毎日磨いて向上させなければ、やがて錆付いてしまうのです。
②“歯と歯の間を磨く”ですが、人と人との関係を磨くことです。家族関係、特に夫婦関係の中で、教会員との関係の中で、職場での上司、同僚、部下との関係の中で、自分の在り方を考え、自分が何者かを理解していくのです。互いに刺激し合って、成長させられ、人との関係において磨かれていきます。神が私たちを創造されたことを思う時、人との関わり合いの中でこそ、生きることの意味が分かってくるのです。
③“歯の基を磨く”ですが、私たちと神さまとの関係をいつも正しく整えておくことです。土台である歯の基がしっかりしてなければ、いかに歯の本体を磨いても意味をなさないのと同様に、私たちも生きることの土台である「主なる神との関係」をしっかりすることが大切です。聖書に生きる、福音に生きるとは、この主なる神さまとの関係を揺るぎないものにする事です。これは、私たちにとってデボーションを確立することであるとも言うことができます。
人格をみがく
歯磨きにおいては、③歯の基を磨き、②歯と歯の間をしっかり磨くことが大切であり、それを意識して磨くことが重要です。とかく①歯の本体を磨くことに力をいれて他を疎かにしがちで、優先順位を間違えてはなりません。
「人格をみがく」ことにおいても、③神さまとの関係を正しく整えることが最も大切であり、次に②人と人との関係を磨くことであり、①自分自身を磨くことは、それ自体大切なことに違いありませんが、これらの結果として出来てくる、導かれるのです。
人格、品位が備わることは、聖書で言うならば、“御霊の実を結ぶ”ことです。愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、柔和、誠実、自制とありますが、これらは、主なる神さまにしっかり結びつき、良い関係が出来ていれば、神さまが実らせてくださるのです。主との関係を土台として、人との関係も良い関係を持つことが出来るようになります。
神さまとの関係が第一で人との関係も整っていくのです。とにもかくにも、主なる神さまにしっかり結びついて、聖書を読み、祈り、実行する者とさせていただきましょう。
「キリストの中に深く根を張り、キリストに堅く結び付けられて建て上げられ、また、教えられた通り信仰を確立し、あふれるばかり感謝しなさい。」(コロサイ2:7 現代訳聖書)
2019年7月4日 小坂圭吾