2026年3月11日水曜日

人生の目的「すべては神からはじまる」

 

映画「天地創造」

映画「天地創造」を見る

先日、NHKBSプレミアムで映画「天地創造」を数十年ぶりに見ました。かつて確かに見たな、と思いながら見ているうちに、少しずつ思い出してきました。

「天地創造」の最初の出だしは、聖書によれば、このようにあります。

「地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。」(旧約聖書・創世記1:2 新改訳)                  

映画では、聖書に忠実に、その状態を何とか表現しています。           

「そのとき、神が『光よ。あれ。』と仰せられた。すると光ができた。」

と続いていきます。

映画では、これ以降、聖書の記述に従って天地創造の姿を描いていきます。天地創造の七日間、人間の創造と堕落、ノアの洪水、アブラハムの歴史と続いていきます。

特にノアの洪水はなかなかの迫力があり、「そうだったのだろうな」と思いながら鑑賞しました。

人生の目的を求めて

私が大学に入学して間もなく、キリスト教講演会に導かれました。そこで、「人生について考えること、人生の目的を探ることが最も重要なことではないか」と感じ、教会に行くようになりました。

教会に行き、聖書を読み、KGKというクラブ活動にも入りました。私は理工系の学生でしたが、

「科学は万能ではない。神様は本当に存在されるのか。何となくわかるが……。キリスト教と科学は衝突するのではないか。」

と、いろいろと考えながら多くの本を読みました。大学の勉強よりも、こちらの求道のほうが熱心だったかもしれません。

そして自然界や人間を見るにつけ、これが偶然にできたとは、とても説明できないと思うようになりました。

聖書の開巻劈頭(かいかんへきとう)

求道を続けて一年余り、この天地の構造や自然界の現象を観察し、また聖書を読み進めていくにつれて、私はまず天地創造の主が存在することを認めるようになりました。

目に見えない神の存在を、認めざるを得なかったのです。

聖書を読んで、何とも素晴らしい一言が最初に記されています。

「はじめに、神は天と地とを創造された。」(創世記1:1 1955年改訳)
――
これは、私が最初に読んだ聖書です。

しばらくして、尾山令仁著『創世記』の講解書が刊行され、そこには次のようなことが書いてありました。

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「はじめに神・・・」。なんと厳粛で神秘な響きをもつことばであろう。世界に数多くある書物の中で、最も多くの人々に愛読され、過去何千年のあいだ、多くの人々を高潔な人格に造りかえ、力のない人々を慰め、励まし、光を投じてきた書物。・・・・・

これを他の書物に比べるとき、どれもみなその色を失うほどこれが無比なゆえんは、この聖書が神の著作であり、読む者にひとしく神を仰がせるからである。

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無神論の否定

これを読んだとき、まさに天地の造り主を認め、信じた者として、深く感動したことを覚えています。このあとも先生の達筆な文章が続きます。

聖書は序文なしで、私たちを神の御前へと導き、力に満ちた神ご自身を示してくださる。そこには人間はまだ登場せず、ただ時のはじめを画される神がおられるだけである。

神の存在を証明するための議論は、少しも述べられていないのです。

今読んでも、そのときの思いがよみがえります。



この序文なしの宣言は、まさに無神論の否定です。人間が無神論を唱え出したのですが、それよりもはるか以前から神は存在しておられます。

無神論といえば、聖書を徹底的に否定しようとして調べ始めたものの、かえって聖書の真実を裏付ける証拠に出会い、ついには信じざるを得なくなった人がいます。

ルー・ウォーレス(18271905)です。弁護士、州知事、南北戦争時の北軍将軍、政治家としても知られていますが、何より彼の名を世に残したのは歴史小説『ベン・ハー』であり、映画でもとても有名です。

「なぜなら、神に来る者は、神のいますことと、ご自身を求める者に報いてくださることとを、必ず信じるはずだからである。」
(ヘブル116 1954年改訳)

すべては神による

あらゆるものは神によって創造されました。これは、無からの創造です。聖書の序言であり、聖書のすべての記事と教えは、神の創造に基づいているのです。

そして「神」というヘブル語は複数形ですが、実際には単数として扱われています。この名詞を受ける動詞が単数形なのです。ここに神の単一性と多様性が示されています。

父・子・聖霊としての三位一体の神は、唯一の神の三つの人格として表されています。

「すべてのものは、神によって造られた。だから、神であられるキリストによって造られないものは一つもなかった。」(ヨハネ13 現代訳)

聖書は「はじめに神」と宣言して始まります。この天地が神によって造られ、私たちの人生もまた、神から始まっています。

人生の目的もまた、神を知ることの中にあるのではないでしょうか。今日もまた、神を知り、神と共に生きる生活でありたいと願います。

2026年3月11日 小坂圭吾(東日本大震災から15年、忘れない!)


2026年2月9日月曜日

コーヒーブレイク「脳を老化させない生き方」

 


体の衰え、脳の衰え

毎日、何らかのスポーツ(ウォーキング、ストレッチ、ゴルフ等)や庭仕事をして、体を動かすことを心がけています。

先日、ふと目を閉じて片足立ちを左右で試してみました。1分強もできれば上出来で、それ以上は難しく、「これは鍛える必要があるな」と感じました。

試しに妻にもやってもらうと、私よりも長い時間、片足立ちができました。コロナ禍以前は、妻の方がはるかに歩数が多かったことを思うと、さもありなんという気がします。

年を重ねると、足腰ばかりでなく、脳の衰えも気になるものです。歳を重ねる=体が衰える、脳が衰えると思いがちですが、必ずしもそうではないと、普段から自分に言い聞かせています。

感謝なことに、今でも「若いですね」と言われることがあります。体については、意識して心の持ち方、運動、食事、睡眠に気を配ってきました。

脳が若いかどうかは自分では分かりませんが、脳は「使い方」で若さが保たれる器官だと言われています。このことについて、少し考えてみたいと思います。

自分脳の診断

目を閉じて片足立ちができる時間は56秒ほどです。これは脳の老化のすべてを示すものではありませんが、脳と体の連携の一つの表れと考えることはできそうです。

次は、私自身が感じている「老化のサイン」です。                  ・人の名前が覚えにくい                                ・同時に二つの作業をするのが難しい時がある                       ・外食時、同じメニューを頼みがち                         ・騒音の中で会話や電話がしづらい

私に当てはまるシルバー川柳に、こんなのがあります。                ・探しもの やっと探して 置き忘れ                        ・名が出ない 「あれ」「これ」「それ」で 用を足す

脳を若く保つ努力

私なりに、脳を若く保つために心がけていることがあります。

一つ目は、読むこと、書くことです。本、聖書、新聞を読み、このブログを月に一度は必ず書くことを、何が何でも守ってきました。振り返ると、これが一番の脳トレーニングになっているように思います。

二つ目は、体を動かすことです。150008000歩相当の運動量を目標に、週5回以上は維持しています。散歩は体だけでなく、脳の血流も良くすると言われています。毎日、何かしら外に出るようにしています。

三つ目は、心の持ち方です。できるだけ思考を前向きに保つこと。聖書の教えである「マイナスはプラスに変えられる」という考え方は、高齢者になってから、むしろ強くなった気がします。

一方で、できていないこともあります。新しいことを毎日少し取り入れること。行ったことのない場所に行く、違う道を歩く、初めてのジャンルの本を読む等――小さな挑戦でよいのですが、なかなか実行できていません。

このブログも、似たテーマが多いことに気づき、改善したいと思っています。

もう一つは、人と語り合うことです。対話は脳の総合運動だと言われます。夫婦の会話は多い方だと思いますが、他の人と膝を突き合わせて語り合う機会は、かなり減りました。

教会での交わりも週に一度です。何とか良い機会をいろいろと見つけたいと、模索しているところです。

河津桜

年老いても青々と実を結ぶ

詩篇9214節(新改訳聖書2017)には、次のような言葉があります。

「彼らは年老いてもなお、実をみのらせ、青々と生い茂ります。」

年齢を重ねる中で、体や脳の衰えを覚えることは避けられません。しかし、私たちの歩みは、自己努力だけではなく、日々を支え、導いてくださる神の恵みの中に置かれています。

神は、年老いた後もなお実を結ぶ人生があることを、約束しておられます。脳を老化させないという小さな心がけも、与えられた命を大切に生きようとする応答の一つなのかもしれません。

今日という一日は神からの賜物であり、心と体を用いて歩んでいく。その積み重ねの中で、私たちは年を重ねてもなお、主の前にみずみずしく、青々とした実を結ぶ者でありたいと願います。

2026年2月9日 小坂圭吾


 

2026年1月26日月曜日

今を生きる「計画を立て、見直す」

 

葉牡丹

昨年を振り返って

2025年を振り返り、新しい年の計画づくりを、昨年末から年始にかけて数日かけて行いました。目標を立て、それがどの程度実行できたかを確認し、その結果を今年の目標に反映させています。

こうした点では、私なりにPDCAサイクルを回していると言えるでしょう。PDCAサイクルとは、PLAN【計画】→DO【実行】→CHECK【評価】→ACTION【改善】のことです。

このサイクルを回すことで、らせん階段を上るように、私たちも成長していくことができるのだと思います。

先日、昨年のスケジュール日記帳(スケジュール主体に日記風のメモをする日能のB6ダイアリー。10数年来愛用)を、1年分ざっと読み返しました。

すると、
「これはブログに書けそうだ」「これは1年を通してやや難儀したが、いやされて良かった」「これは注意していたので守られ、感謝だ」「これは試みたが、うまくいかずにやめたな」など、さまざまな気づきが与えられました。

ここに宝があると、改めて思わされました。時々、過去のダイアリーを読み返すのも良いことだと感じています。

ともかく、健康に留意!

昨年2月に風邪をひいて以来、この1年はインフルエンザやコロナ、風邪にかからないよう、とにかく気をつけてきました。

ある医師の先生が、これらの患者さんを多く診察しておられるにもかかわらず、十数年風邪にかかっていないと言われ、その注意点を教えてくださいました。

それは、①普段より少ししっかりしたマスクを着用すること ②手洗いを徹底すること ③くしゃみをする人がいたら、息を吸わずに止めることでした。

外出の際には、夫婦で共に心がけています。さらに、加湿器を性能の良いものに替え、湿度を4050%に保つこと、換気扇を回すことにも注意しています。

また、「少し体調が悪いかな」と感じたら無理をせず、休むようにしています。先日も仲間の集まりがありましたが、調子がすぐれず、朝になって欠席の連絡をしました。

歳を重ねると、無理ができないと分かっていても、行動が伴わないことがあり、失敗することもあります。「やりすぎに注意」と自戒しつつも、なかなか難しいものです。

今年の目標を立案して

私の目標では、まず主題聖句を二つ掲げています(ここ数年、同じ聖句です)。

主題聖句
「私と私の家族は、主を礼拝する。」(ヨシュア2415 現代訳)
「明日のことを心配する必要はありません。いつでも、その日その日を精一杯生きればよいのです。」(マタイ634 現代訳)

続いて心構えを五つ、計画は三分類で五項目記しています。


まだ1か月も経たない時点で目標を眺めていると、「これは加えたほうが良い」と気づくことがあり、その都度書き足しています。このような修正は、年に12度あります。

昨年、新しく始めたことに詩吟があり、計画にはありませんでしたが、数か月試し、教室にも入りました。しかし、自分には合わないと感じ、やめることにしました。

一方、今年の計画から外して休んでいた囲碁については、やはり再開しようかと考えています。「継続は力なり」と言われるように、ここでやめるのは惜しいとも感じるからです。

かつて、ゴルフも一度やめましたが、「高齢になってもできるスポーツはこれしかない」と思い直して復活し、10年になります。生涯、可能な限り続けるつもりです。


計画の見直しの中で

一年を振り返り、計画を立て、見直しながら歩む中で、改めて覚えるのは、その一つひとつの過程において、主が共におられ、導き、時に立ち止まらせ、守ってくださっているということです。

思うように進まなかったこと、失敗したこと、やめる決断をしたことも含め、すべてが無駄ではなく、主の御手の中で次の歩みにつながっているのだと思わされます。

「明日のことを心配する必要はありません」という主の言葉に励まされつつ、今日一日を誠実に生きること。その積み重ねの中で、「私と私の家族は主を礼拝する」という歩みが形づくられていくのでしょう。

今年もまた、計画を持ちつつ、主に信頼して歩んでいきたいと思います。らせん階段を一段ずつ上るように、失敗も含めたすべてを用いて成長させてくださる主に期待しながら、与えられた日々を大切に生きていきたいと願っています。

2026126日 小坂圭吾


 

2025年12月16日火曜日

喜び・感謝「クリスマスを祝う」

 

ニューヨーク・ロックフェラーセンター

ロックフェラーセンターのクリスマスツリー

先月118日、ニューヨークのロックフェラーセンターに、今年のクリスマスツリーが到着しました。高さ23メートル、重さ11トンのノルウェースプルース(トウヒの一種)で、1920年代に植えられた樹だそうです。

5万個以上のLEDライトで飾られ、点灯式は123日に行われ、来年1月中旬まで展示される予定です。

ロックフェラーセンターの最初のクリスマスツリーは、1931年、大恐慌の中に登場しました。

建設現場で働いていた労働者たちが、クリスマスイブに高さ約6メートルのバルサムファー(モミの一種)を立て、家族が手作りした飾りで装飾したのです。

このツリーは、大恐慌の最中に建設労働者たちが灯した希望の象徴でした。その光は、90年以上にわたりニューヨークの冬を彩り続ける伝統となっています。

巨大な記念碑

ロックフェラーセンターは、ロックフェラー父子(初代ジョン・D・ロックフェラーとその子ロックフェラー二世)が、アメリカ全土に大恐慌が広がり始めた時に、マンハッタン中心部に建設することを決断したプロジェクトです。

経済状況が最悪の中であえて工事を始め、仕事のない人々に雇用を与えるとともに、ロックフェラー家を記念する事業として計画されました。

「都市の中の都市」と呼ばれるこの施設は、大規模な複合文化空間を目指した世紀的な工事でした。

計画は1931年春に本格始動し、世界恐慌の最中、ニューヨークでは他に大規模工事がほとんどなかったため、数万人の失業者に雇用を提供しました。

4万人以上の労働者が関わったとされ、当時としては最大級の民間建設プロジェクトでした。

建設現場で働いた人々は、生活を支えてくれたロックフェラー家への感謝を込めて、クリスマスツリーの点灯式を行いました。

この行事は今も受け継がれ、1939年、約10年に及ぶ工事を経て、ロックフェラーセンターは巨大な記念碑として完成しました。



ロックフェラーが残した遺産

「世界一の大富豪」の代名詞として知られるジョン・D・ロックフェラー(1839–1937)は、貧しい家庭に生まれましたが、暗算に優れ、若くして事業の道を歩み始めました。

大学は卒業せず、実務を通して経営感覚を磨き、20歳で会社を起こし、スタンダード・オイル社を創業して、アメリカ近代資本主義を象徴する実業家となりました。

彼は節約家で計画的、勤勉で忍耐強く、目先の利益よりも長期的な成長を重視する姿勢を貫きました。

競争の激しい石油業界においても、合理化と効率化を進め、卓越した経営手腕を発揮しました。

一方で、彼は敬虔なプロテスタント(バプテスト系)の信仰者でした。日曜礼拝を欠かさず、若い頃から十分の一献金を実践し、富は神から託されたものであるという「管理者意識」を持っていました。

晩年は、財団を通して教育・医療・公衆衛生・宣教事業に莫大な資金を投じ、ロックフェラー医学研究所やロックフェラー財団をはじめ、シカゴ大学をはじめとする大学や、多くの教会建設(4928の教会)を支援しました。

彼はそのいずれにも自分の名を残すことを避け、すべては神のものであるとの姿勢を貫きました。


横浜都心臨海部

神様からの賜物

ロックフェラーに与えられた神様からの賜物は、「お金を稼ぐ賜物」でした。彼は幼い頃からそのことを悟り、その賜物を育て、磨いていったのだと思われます。

信仰深い母親は、彼に三つの約束を教えました。十分の一献金をささげること/教会では最前列に座って礼拝をささげること/教会に素直に従い、牧師を悲しませないことです。

彼は一生この約束を守り、祈ることを忘れない人でした。小学校に入る前から、98歳で天に召されるまで、一度も欠かすことなく、十分の一献金を神様にささげ続けました。

「十分の一のささげ物をすべて、わたしの神殿の蔵に持って来て、わたしの神殿をいっぱいにしなさい。こうしてわたしを試し、わたしがあなたがたのために天の窓を開き、あふれるほどの祝福をあなたがたに注ぐかどうかを見なさい。」(マラキの預言 310節 現代訳)

私がこのみ言葉について教えられたのは学生時代でした。洗礼準備会の中で、十分の一献金の大切さについて恩師が語られ、礼拝のメッセージの中でも繰り返し語られました。

特に「わたしを試してみよ」という言葉が強く心に残りました。すぐに実践しようと決心し、今日に至っています。その結果は、み言葉が約束した通りの祝福があったと、心から感謝しています。

私の周囲の多くの方々や、教会全体も、このみ言葉を実行して今日があるのではないかと感じています。

ロックフェラーセンターのクリスマスツリーは、大恐慌の時代に働く人々が灯した希望の光から始まりました。その光は今も、人々の心を照らし続けています。

救い主イエス・キリストのご降誕を覚えるこのクリスマス、神様の光と平和が、皆さま一人ひとりの上に豊かにありますように。祝福に満ちたクリスマスをお迎えください。

20251216日 小坂圭吾

2025年11月12日水曜日

喜び・感謝「土に触れて、恵みに生きる」

 

箱根・仙石原 すすき

庭のコンポスター

今年の夏の厳しい暑さには、庭の木々もずいぶん苦労したようです。例年に比べて成長はやや鈍く、水やりも十分でなかったのか、芝の育ちもあまり良くありませんでした。

今年一番苦労したのは、庭のコンポスター(生ごみを入れて堆肥を作る容器)にやってくるネズミでした。春ごろから何度も駆除の仕掛けをしてかなり減らしたものの、秋になるとまた被害が出始めました。

そこで、コンポスターの場所を変え、容器を少し深く埋め込んで入りにくくする工夫をし、ネズミ騒動はこれで一段落となりました。

ここ横浜に引っ越してきて40年以上になります。ごみの分別の一環として、我が家では妻の提案で、生ごみを庭のコンポスターで堆肥化することに取り組み始めました。

二十数年前から、コンポスターを月に一度ほど庭のあちこちに移動させています。そのおかげで庭の土壌は非常に良くなり、土を掘るとミミズなどが顔を出します。

孫たちはそれを見て、喜んだり怖がったりしています。


大震災はいつ?

これからの日本を考えると、私たちはどのように生き抜いていくのかが大きな関心事となります。GDP世界第4位の日本も、やがてインドに抜かれて第5位に転落するといわれています。

大震災も、いつ起きてもおかしくない状況です。

そのような中で一番の課題は、大きな意味での「自衛力」ですが、経済力もそれに深く関係してきます。大震災の発生確率が示されても、「今日明日ではないだろう」と思ってしまい、なかなか実感できないのが現実です。

次に起こる大震災は、復興のために多大なお金や食料、資源を必要とし、簡単には対処できない可能性があります。

資源価格の上昇や、世界的な食糧難の報告もあります。特に日本は自給力が低く、大地震で物流が滞れば、物資が手に入らず深刻な事態となるでしょう。

コンポスターとゆずの木


食料自給率を上げる

政治レベルでの対応は政府に任せるとして、私たちができることは、少しでも自給率を上げること、特に食料自給率を高めることです。

日本の食料自給率は40%以下といわれ、残りの60%以上は外国からの輸入に頼っています。買い物に行けば、日本産以外の食材が数多く並んでいます。

だからこそ、少しでも自分の手で食べ物を育ててみることには大きな価値があります。

結果として、私たちは長年、コンポスターで堆肥を作りながら、毎年、果物3種類、野菜67種類を育てています。

家庭菜園では少量でも、収穫した果物や野菜の味は格別で、「自分で育てた」という実感が大きな励みになります。

食べ物を無駄にしない意識が自然と育ち、暮らし全体が丁寧になります。自給自足には至らなくても、暮らしの中でできる範囲の「自給力」を積み重ねていくことが、これからの時代を生きる知恵となるでしょう。


神が成長させてくださる

「私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。」
コリント 3:6 新改訳)

小さな庭で堆肥をつくり、少しずつ実っていく果物や野菜を見ると、神さまが日々の暮らしにどれほど静かな恵みを注いでくださっているかを実感します。

今年は暑さのため少し手を抜き、新たに植えたものはなく、果物3種、野菜3種の収穫でした。

ゆず(大豊作)、びわとみかん(まずまずの収穫)、シソ(種が多く落ち、今年は大豊作)、オカワカメ(多年草で豊作)、うこん(初冬収穫後に芋を植え付け、豊作)といった具合です。

大量に収穫できるゆずやシソは、近隣や教会関係者に配り、喜ばれています。私たちの働きは小さくても、その小ささを用いて神さまが大きく育ててくださいました。

世界を見渡すと不安の多い時代ですが、だからこそ、自分の暮らしを整え、土に触れて手を動かすことが、心の落ち着きにつながります。

家庭菜園や堆肥づくりは、環境を守るだけでなく、生活を丁寧に受け止め直す時間にもなります。

土いじりは健康にも良く、自給への小さな一歩は備えであり、また、与えられた地と日々を感謝して受け止める信仰の姿でもあります。

この先も、神の恵みに信頼しつつ、今日できる小さな働きを一つずつ続けていきたいと思います。


20251112日 小坂圭吾