2019年1月22日火曜日

今を生きる「丁寧に生きる」



2019新年の富士山
丁寧な対応

先月のクリスマスの集いの時に、皆で集合写真を撮った時、誤ってデジカメを落として壊してしまいました。年明けになって、サービスステーションに修理を依頼すべく、都内の銀座近辺を歩いていた時です。

あるご婦人が自転車に乗って通り過ぎに、少し誤って路上に止めてある自転車をこすって倒れてしまいました。通りすがりの若い男性の人が、すぐさま倒れた自転車を起こし元の位置に整え、「大丈夫ですよ!」と声をかけました。

そのご婦人は、自転車をしっかりと止めて「ありがとうございました!」と丁寧にお礼を言われたのです。この二人の丁寧な光景、所作を見て、心が温まりました。そういえば、サービスステーションでの丁寧な対応にも感心させられました。

一つ一つの動作を丁寧に

私たちの毎日は、せかせか動き回り、時にイライラしたりミスをしたりで、そのような日々を送っている方も多いかと推察します。年の始めのブログという事で、この1年の色々な失敗(ほんの小さな事柄を中心に)を思い起こし、一方でそれが是正出来たことを思い起こしました。うまく出来た時の状況を思い起こすと“丁寧に”ではないかと思いました。

ほんの少しだけの心がけ、「ゆっくり丁寧に」を心がけて習慣になれば、いつしか生き方にまで良い影響を及ぼすのです。私たちの動作、言葉使いを中心に、人間関係への対応の仕方等、「丁寧に」を心掛けると何かが違ってくると思われます。


まず思い出したのが、“一杯のコーヒー”です。毎朝、コーヒーに湯を少しずつ注ぎながら抽出しますが、同じことをやりながらも日によって、コーヒーが膨れ上がっておいしく出来上がるのとそれなりの出来の日があります。家人がやりますとほとんどの場合、見事に膨れ上がるのです。

確かに「ゆっくり丁寧に」やるとうまくいきます。ほんの少しの違いですが、一つ一つの動作をゆっくり丁寧に行うことで、不思議と気持ちが落ち着いてよい結果につながるのです。


“食事をする”のも同じことで、リラックスは良いのですが、やや雑な姿勢で食事を摂っていると、時に口の中を噛んでしまうのです。適量を行儀よく口に運んでゆっくり味わっていれば、このような失敗はありません。行儀よくやるは、丁寧に通じます。

“言葉遣い”は形として目に見えませんが、大事なふるまいの一つです。人と話す時、丁寧で優しい言葉を使うことですが、現代ではメールを送る時などがこれに当てはまります。私も色々なメールを読みますが、ある方のメールは、丁寧で心が伝わり、感心して読ませてもらいます。また、“物について”も丁寧に扱うことですが、これは長持ちさせることにもつながります。

丁寧に生きれば、何かが変わる

“丁寧に生きる”とは、なかなか素敵な言葉だなと思っていますが、毎日の暮らしの中で、一つ一つに、小さなことに愛を込めてやっていく事です。当たり前のことを、心を込めて実行していくことでもあります。つまり、丁寧なふるまい、動作を習慣化することで、気持ちを穏やかに保ち、体の動きが心に作用し焦りやイライラが緩和します。

急いで何かしようと、頭の働きや手先の動きが追いついていないからミスをしますが、特に中高年になると起こりがちです。丁寧な動作を心がけると、心と体のスピードを近づける効果があり、少しスピードを落とし丁寧にやりますと、ミスが減って効率よくこなせるようになります。  

私のまわりの人を見渡しますと、ゆったりした落ち着きのある人が何人か浮かんできます。彼らの丁寧な言葉や動作、ふるまいによって、自分も穏やかな気持ちになれます。とかく“ぞんざい”になりがちな世にあって、人の命も、物も、動作も、言葉も丁寧に扱うことがどれほど大切かを思い知らされます。良い人間関係を築くにも、丁寧に生きることを通して、良い影響を与えられることでしょう。この1年、ゆっくり丁寧に生きたいと願っています。



2019122日 小坂圭吾



<追伸>

🔴 20191月より、「さ ろ ん 塩」~人 生 を 考 え る 集 い~をお茶の水クリスチャンセンター・東京プレヤーセンター(TPC)で立ち上げます。


あなたの人生の目的は何ですか?
あなたは何が好きで、どんなことをやりたい、どんな人間になりたいですか?
自分の人生は成功だった、最高に幸せだったと言えるような人生を送るための
楽しい読書会です。テキストを通し、質問を自分自身に問いかけるところから
変化が始まると思います。


➀テキスト:「人生の目的を探る旅」(リック・ウォレン著)

750 円+税 キリスト教書店、アマゾンで購入可)

②世話人: 岩渕勲(前ギデオン協会会長)

小坂圭吾(パーパス・ドリブン・ジャパン/ロゴス出版社代表)

和氣敏治(東京プレヤーセンター代表/チャプレン)


③日時:毎月第4 木曜日18 30 分から20

2019 1 24 日(木)スタート)

④場所:お茶の水クリスチャンセンター4

東京プレヤーセンター・オメガチャペル(403 号室)

東京都千代田区神田駿河台2-1、OCCビル4

JR&地下鉄 御茶ノ水駅 徒歩35

⑤参加費:1 回につき500

⑥予約・お問合せ:和氣敏治(わけとしはる)

03-5577-6365(東京プレヤーセンター)

070 -5572-8868(携帯)

E-mailtoshi.wake@gmail.com



2018年12月14日金曜日

人生の目的「私は偶然に存在しているのではない」


思い出のバンクーバー
私は、なぜ今ここにいるのか

今年もあと2週間余り、次々と喪中のはがきが送られてきましたが、私も喪中のはがきを出しました。亡くなった彼は、3年前スポーツをしていた時突然倒れて病院に運ばれ、脳のガンで即座に大手術をし、うまく摘出されました。若いので癒されるだろうと希望持って元気に暮らしていましたが、今年になりまさかの再発、天に召されました。

とても良い思い出を私たちにも残してくれ感謝しています。若くて召されましたので、私もそのショックが大きく、死と生、人生とは何か、自分はなぜ今ここにいるのかを考える機会ともなりました。

日本人の多くの方は、私はなぜ今ここにいるのか、どこから来たのか?考えたこともないのかもしれません。私は大学生の時に「人生とは、人生の目的とは何か?」を考えさせられ、そこから聖書を読み始め、教会に行くように導かれて悟りました。


偶然に存在しているのではない

誰しも、この世に自分の意志で生まれてきた人はありません。このことは誰もが認めていることです。では、なぜ今ここに私がいるのか?それは、宿命によるのでも、偶然の一致によるのでもありません。聖書によれば、全能の創造主(神)がおられて、私を造ろうと願われたからなのです。この世に偶然に存在しているのではないのです。

私たちのオーナーは、創造主であり、私たちも私たちの人生も、実は創造主のものです。私たちは、神の目的と意図のもとに選ばれ、この世に送り出されて、今ここにいるのです。

ですから、なぜこの地上に存在しているのかを知りたいのなら、自分を超えた存在である全能の創造主「神」から始めなければなりません。私たちは、神の目的に従って、その目的のために造られたのです。このように書いてきますと、人生の目的は、何と偉大なことかと思わずにはおられません。

いつの時代でも多くの人々は、「人生は自分のもの、自分が中心である」と考えて、仕事、家庭、生活全般を「自分のため」と言う行動原理で歩んでいます。これは、やがて自分さえよければ良いとなり、ほかの人への思いやりや配慮を欠き、この世の中を殺伐としたものにしてしまいます。

自分の自己実現のためだけにあくせくして頑張り、ひとかどの者になりましても、そのひと時は良くても本当の喜びにつながらず、やがてむなしいものになることでしょう。「自分のためだけに生きる」のは、実に的はずれなのです。

もし神がおられないなら、私たちは偶然の産物?


クリスチャン心臓外科医の今中和人医師の「あなたがどこから来たのか分かる本」(いのちのことば社刊)を読みました。この本は、心臓をはじめとした臓器のデザインについて、いかに精巧な仕組みで出来ているかを説明しています。数年前、私はカテーテル検査をして狭心症が見つかり、ステント治療がなされました。その経験から、興味深く読みました。

人の体は、実に精巧な造りであり、偶然の積み重ねを前提とした"進化"ではありえない機構であると、何度か勉強しました。それを外科医の立場で、論理的に説明してくださり、私の背後に創造主がおられることが、よく理解できます。私たちが、偶然の産物であると考えるには非合理的であり、ましてや進化論は、いまだに証拠がなく怪しい「説」にすぎないのです。

“私はどこから来たのか?”は、全知全能の神さまが「聖書」を通して明らかにしておられる事柄に目を向けるしかないのです。これこそが確かな方法で、“神は、私を造られ私の人生には深い意味を与えて、この世に送りだされた”のです。神を人生の判断基準に据えてこそ、人生の意味と目的を見出だすことが出来るのです。

「わたしはあなたの造り主。あなたが生まれる前から、あなたはわたしの配慮の中にあった。」(イザヤ44:2 CEV~Contemporary English Version

20181213日    小坂圭吾


<追伸>

🔴 20191月より
  ”「さ ろ ん 塩」~人 生 を 考 え る 集 い~”
 をお茶の水・東京プレヤーセンター立ち上げます。


あなたの人生の目的は何ですか?
あなたは何が好きで、どんなことをやりたい、どんな人 間になりたいですか?
自分の人生は成功だった、最高に幸せだったと言えるような人生を送るための
楽しい読書会です。
テキストを通し、質問を自分自身に問いかけるところから、
変化が始まると思います。

➀テキスト:「人生の目的を探る旅」(リック・ウォレ著)
       750 円+税キリスト教書店、アマゾンで購入可

②世話人:岩渕勲(前ギデオン協会会長)
        小坂圭吾(パーパス・ドリブン・ジャパン/ ロゴス出版社代表)
       和氣敏治(東京プレヤーセンター代表/チャプレン)

③日時:毎月第4 木曜日18 30 分から20                       
    (2019 1 24 日スタート)

④場所:お茶の水クリスチャンセンター4 東京プレヤーセンター
東京都千代田区神田駿河台2-1、OCCビル4  

 JR&地下鉄 御茶ノ水駅 徒歩35

⑤参加費:1 回につき500

⑥予約・お問合せ:和氣敏治(わけとしはる)

03-5577-6365(東京プレヤーセンター) 070 -5572-8868(携帯)            
E-mailtoshi.wake@gmail.com




2018年11月23日金曜日

人生の目的「何のために生きているのか」


『人生を導く5つの目的』
人生を導く5つの目的

全世界で一番多く読まれている本と言えば、それは『聖書』に間違いないでしょう。その次によく読まれている本と言えば、『人生を導く5つの目的』(リック・ウオレン著、PDJ刊)の本だと思われます。

もう数年前になりますが、米国の版元によれば、原本の英語から訳された言語が85か国語を超えて、おそらく旧版、新版(40章から42章になりました)、訳本を合わせた数字ですが、全世界で8千万部以上は読まれているとのことでした。

この本が最初に出されたときの推薦の言葉に、ビリーグラハムは「的外れな生き方をしてないかどうか、確かめながら読んでほしい」と述べています。『ヤベツの祈り』の著者ブルース・ウイルキンソンは「21世紀の古典的な名著になるだろう」述べていますが、まさにそのように用いられているようです。

この本の目的と目標

読者の皆さんは、この本を読まれてもう久しく経過したのではないかと思い、少し振り返りが出来るかなと筆を執りました。著者は、この本を書いた目的と目標を最初に明確に述べています。わたしたちは、とかく目的についてあまり考えないで行動しがちですが、これを考えて見ましょう。

目的は何か?”と言えば、「何のために生きているのか」という人生における最も重要な質問に対して、答えを発見することです。目的と言うのは、行動の狙い、狙った的と言い換えることが出来ます。

その目的を達成するために必要なことは何か、それが目標です。

①神さまの目的とその全体像が見えてくる。ばらばらに見える私の人生の一つ一つの断片が、どのようにつなぎ合わされていくのかを知るようになる。
②日々のストレスを減らし、なすべき決断を容易にし、人生の満足度を高め、何よりも永遠への備えをすることが出来る。

これらは、達成目標であり、期待成果ともいうことが出来ます。このような目的と目標を認識し、確認しながら読み進められると良いかと思います。(これらは、本の最初にさらりと書いてあります。)

人生の一つ一つの断片

この本を読んだ時、“ばらばらに見える私の人生の一つ一つの断片が、どのようにつなぎ合わされていくのかを知るようになる”との言葉は、とても新鮮で驚きでした。誰しもが、人生におけるあのことは無かった方が良かった、忘れてしまいたい、なぜあのことが私に起こったのかと思い煩うのではないかと思います。頭でぐるぐる考え、なかなか忘れることが出来ません。

この本を読み進めていくと、“嫌だなあと思っている事柄が、神さまの御手の中で許されて起こったことであり、私には、実に意味のあることだった”と分かる、あるいはその日が来ると理解できるのです。

このように書きながら、私も忘れたい嫌な事柄を、思い浮かべます。特に、人生の春・夏に起こった嫌な事柄を思い起こすと、ある一つの嫌な事柄があのことにつながり、そしてあのようになり、あの良い結果を生んでつながっていると説明ができます。

ある嫌な失敗から“人を赦す”事を学んで、次の嫌な事柄には、早くに赦しが出来たかなと思います。ある事柄は、失敗とまではいかない寸前で立ち止まり、良い教訓として記憶に残り、次の時には良いブレーキになりました。

ある人生の一片は、素晴らしいことがやがて苦い事柄になり、私の努力では何ともしがたく、良い方向に行くようにと祈るだけでしたが、どうやら良い方向に神さまは導かれるように感じています。このような嫌なこと、苦いことが多々あるのが人生であり、心のひだが少しはできたのかなと思わされています。

今回、心を一新して『人生を導く5つの目的』を読みながら、心の琴線に触れた事柄が書ければと願っています。なお、この本は、3年ほど前に増補改訂版を刊行しました。今まで40章でしたが、2章追加された改定版・刊行にあたり、訳文の見直しをしております。追加の2章は、神の目的に導かれる人生の妨げになる二つの罠を取り上げています。ぜひ、ご一読いただければ、幸いです。

20181123日    小坂圭吾

2018年10月29日月曜日

祈り「交わり~一番大切なこと」


天草・崎津教会(世界遺産)
教会の交わり

私たちクリスチャンが、神の御子イエスキリストの尊い犠牲によって救い出された時、一つの群れの中に加えられました。その群れとは、神の家族である教会です。教会とは、建物の事ではなく(建物は教会堂)、正確には神がこの世から救い出された人々によって形成された群れを指します。

神は、私たちの父親であり、私たちは神の子供となり、他のクリスチャンは兄弟姉妹となり、教会は霊的な家族となります。神の家族の一員になるには、主イエスキリストに対する信仰を持ち、新しく生まれ変わることにより、神の家族に加えられるのです。

なぜ、神様は私たちを一つの群れ(神の家族)とされたのかと言うと、クリスチャンに交わりが必要だからです。クリスチャンの霊的な成長は、交わりの中に置かれている場合と、そうでない場合とは、大きな違いがあります。交わりの中に入っている場合は、その霊的な成長は、実にめざましいものがあります。

関係こそ人生の全てである

私たちの毎日の生活では、人との関係・交わりを後回しにしがちです。しかし、神さまは、“関係こそ人生の全てである”と言われます。十戒は、すべて「関係」をテーマにして、前半4つが神との関係、後半6つが人との関係を扱っています。

主イエス様は、神が最も大切にしておられることを、二つの言葉に要約しておられます。神を愛すること(縦の関係)、人を愛すること(横の関係)の二つです。神を愛すること(礼拝)が人生の第一目的で、第二の目的は、他の人を愛することです。その中でも特に神の家族に属する人々を愛するようにと願っておられます。それは、私たちクリスチャンの互いに対する愛こそが、この世に対して大きな証しになるからです。

神は、私たちが他のクリスチャンと定期的に交わりを持ち、友情を深めることを願っておられます。その交わりの中で、霊的な成長が出来る、愛が成長していくのです。愛は、人間関係の中に飛び込んでいかなければ、学ぶことは出来ません。

交わりを深めていけば、自分とは大きく異なる人等、色々な人に出会います。自分とは肌が合わない人、人の神経を逆なでする人、不完全でイライラさせる人もいますが、そのような人も受け入れ、ゆるし、愛を学ぶのです。


愛を示す最善の方法

「人生において大切なことは、何かを達成することでも、獲得することでもありません。最も大切なのは、人との関係です。神は、“関係こそ人生の全てである”と言っておられるのです。」(『人生を導く5つの目的』リック・ウオレン著)このことを自覚したのは、もう10年余も前の事でした。

人生の最後の瞬間を迎える時になって初めて“私たちは、人との関係こそ人生の全てであった”と悟るようでは遅いのです。昨今、身近な人の重いガンにかかられた話を聞くにつけ、わが身を振り返ります。

この地上で私たちが一生涯かけて学ぶべき最も大切なレッスンが、“人をいかに愛するか”ということです。聖書は、「愛をあなたの一番の目的としなさい」と教えており、私たちの優先事項、最終目標、最大の願いとなるべきことです。

では、愛を最優先事項にしたかどうかをどのようにして見ることが出来るのか?それは、自分の時間をそのことにどれだけ使ったかで見ることが出来る、測ることが出来ます。一緒に時間を過ごす、時間を与えることこそが、人に与える最高の贈り物です。人との関係に時間を投資する、愛を他の言葉でいいかえると「時間」になるのです。

この『人生を導く5つの目的』を読み、「確かにそうだな!」と頭で理解しても、すぐには実行できませんでした。仕事優先であり、人間関係・交わり優先になりません。私と同様に、男性の方はそうではないかと推察します。あれから意識して“一緒に時間を過ごす”ことに留意しています。もう一歩ですが、相手のスケジュールに合わせて一緒に時間を過ごすことに努力を払っていきたいと願います。

《このことについてもう少し学びたいと思われましたら『人生を導く5つの目的』(リック・ウオレン著)第16日をお読みください。》 

20181029日    小坂圭吾

2018年9月27日木曜日

歴史探訪「日本の開国を促したペリー提督一行」


ペリー上陸記念碑/ペリー記念館
横須賀が歴史を動かした!

趣味とまではいきませんが、好きなものと言えば、歴史探訪です。地元の歴史の中で、横須賀について学ぶことが少なく、少し探訪して見ようと思い立ちました。幕末の歴史を動かしたペリー提督一行、その記念館のある“ペリー公園”に行くことにしました。

横浜駅より京浜急行線に乗りかえ、京急久里浜駅で下車、バスで10分弱、徒歩でも20分位ですが、久里浜の海を臨む開国の香りの漂う公園です。とてものどかな街だなと思いをはせながら、ペリー公園に到着しました。園内に入ると正面に、“ペリー上陸記念碑”があります。

185378日にペリー提督一行が、浦賀沖に4隻の黒船で突然姿を現しました。ペリー(アメリカ)の目的は、日本を開国させて捕鯨船の補給基地として利用したかったのです。一行は、714日に久里浜海岸に上陸、その事を記念して建てられたのがこの記念碑で、伊藤博文の筆によるものです。ペリー公園の周囲は、数百本の松の緑が植えられ、青い海と空とに映えて和ませてくれます。

ペリー記念館

公園の一番奥に“ペリー記念館”があり、ペリー来航と開国の歴史を広く伝えるために建てられたものです。1階には当時の様子を再現したジオラマ模型の展示があり、2階に貴重な資料の展示があり、じっくりと見学しました。


4隻の黒船(2隻は蒸気船)のジオラマ模型ですが、当時の民衆は驚き、「泰平のねむりをさますじょうきせん、たった四はいで夜も寝られず」と当時の狂歌に歌われました。

「上喜撰の茶を四杯飲んだだけだが(カフェインの作用)夜眠れなくなる」という表向きの意味と「わずか四杯(ときに船を1杯、2杯とも数える)の異国からの蒸気船(上喜撰)のために国内が騒乱し夜も眠れないでいる」という意味をかけて揶揄しているのです。

200年にわたる鎖国を続けていた徳川幕府が崩壊し、明治政府が成立していく幕末の時代の始まりで、新しい時代への幕開けです。この歴史の流れ・動きの中で「たかが4隻の黒船でそれほどまでになぜ驚愕したのか?」と疑問が残っていました。

歴史をひもといて

ペリー記念館を見て、色々な歴史資料を読んで発見したことがあります。当時の徳川幕府は、長崎を通して国際情勢をそれなりに認識しており、19世紀に入り次々と東京湾に諸外国の船が来航、アメリカは何度も開国を迫り、軍艦を派遣して来ました。

そして、来航したペリー艦隊一行は、4隻の黒船に乗組員約千人で、補給艦等も従えてその倍の乗組員にもなる大艦隊の編成で、大砲は計73門です。内2隻は、見たことのない世界最大級の蒸気船、船体に鉄を張ってあり、他の2隻も防腐のため黒く塗装がされていて、日本人は“黒船”と呼びました。

彼らは、襲撃に備えて臨戦態勢をとりながら、上陸に備えて江戸湾の測量などを行い、祝砲や号令・合図を目的として数十発の空砲を発射し、民衆はさぞかし驚いたことでしょう。アメリカが再度来航すると知っていた幕府ですが、財政困窮のために海防強化が出来ていませんでした。


ペリー提督は、任務が与えられる前から日本について研究、日本遠征の基本計画を海軍長官に提出しています。諸外国の失敗例等を研究の結果、「長崎で交渉を行うとオランダが交渉を妨害する可能性がある。/任務成功のためには蒸気船を突き付け、産業先進国の軍事力を見せつける。/日本人との交渉は、恐怖や恫喝をもってあたる方が効果的である。」と書いています。

そこで、来航場所を長崎ではなく江戸湾の入り口浦賀にして、強大な軍事力を見せつけながら脅迫の作戦で臨んでいます。事前に良く準備をし、強力な軍事力と強引な行動をとる部隊に圧倒され、日本が泰平の夢を破られるには十分な状況だなと理解できます。

当時、日本もアメリカも戦闘を避けて、交渉により進めようとの意図だったことは、ほんとに幸いでした。背後にあって、歴史を動かされる神様の手があったことだなと思わされます。現地に行って一気に“幕末の歴史に思いをはせる”ことになり、当時の江戸幕府やアメリカ本国の動き、ペリー提督の人柄や家族の事にも興味を広げて本を読み、歴史をひもとく楽しさを味わいました。


2018年9月27日    小坂圭吾

2018年8月17日金曜日

健康余話「夏ノ暑サニモマケヌ~猛暑モアリガタイ」

上高地・河童橋
熱中症の予防
毎日暑い日が続きますが、今年は猛暑の中に酷暑もあり、厳しい夏だなと感じます。避暑のために、箱根や軽井沢、あるいは上高地、清里などに逃げたい気持ちになりますが、数日間避暑をしましても、毎日の暮らしは猛暑の中です。

連日のように「熱中症に注意しましょう」とのニュースが流れますが、熱中症の予防をするポイントを記しておきます。

①まず十分な水分と塩分を摂取することにつとめ、暑い環境を避ける。~水分補給をこまめにして、体の水分タンクを一杯にしておく。クーラーを適切に使い、涼しい環境にいることで、水分が汗として失われることを防ぐ。

②食事をしっかり食べること、食事を減らした場合、その水分の摂取を心掛ける。~毎日、食事から一日に約1リットルもの水分を摂取しているので、食事をしっかりとることは大切である。暑さのために食事を減らした分は、意識して水分と塩分の補給を心掛ける。

スクワット~身体づくりの万能薬
健康のために運動は必要ですが、これだけの猛暑の場合、外での運動は難しさを感じます。そのよう場合、室内でも運動の効果を上げられるのが、“スクワット”です。

スクワットは、身体づくりの万能薬と言われる運動で、脚(大腿四頭筋)やお尻(大殿筋、中殿筋)の筋肉を鍛える運動です。何度か試行錯誤しつつ慣れて来て、体の故障にも効果があり、愛用(?)しています。

やり方は、次の通りです。①脚を肩幅程度に開いて立つ。②股関節を曲げながらお尻を突き出すように重心を落としていく。③背筋を伸ばして上体をやや前に傾ける。膝を曲げるのは90度まで。④最後はゆっくりと立位に戻る。(写真を参考にご覧ください。日経新聞より転載)

朝夕10回行うことを目標にして、始めるのが良いでしょう。つらい場合は、机や椅子に手をついて行うことも可です。暑い夏の事ですから、室内でクーラーを使いながらが良いと思います。

自己流で取り組んで膝や腰を痛める方も多いとのこと、写真をぜひ参考にしてください。私も何度もやりながら、この写真を見て“わかったぞ”と納得がいき、スムースに出来るようになっています。

猛暑もありがたい
私は、気候の温暖な岡山育ちのためでしょうか?夏の暑さ、冬の寒さが苦手です。家人は、北海道育ちのためか?冬の寒さは大好きのようで、夏の暑さも好きになってきて、何とも羨ましい!

今年の夏のように猛暑日が続きますと、「数年前までは、こんなじゃなかった。めったにあることじゃない。」と思いながらも、例年このような暑さが続くのだろうと覚悟せざるを得ません。何らかの工夫をして暑さをしのぎ、楽しく暮らすしかないのです。

日中の暑さ対策は、断熱カーテンをして、エアコンを適度に長くとも使うしかありません。宮沢賢治の雨ニモマケズ風ニモマケズ、雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ、丈夫ナカラダヲモチ」を思い出し、何にも負けない丈夫なつくりに、汗を流すことと覚悟です。

週に2~3回は、しっかりと汗を流します。朝食前もしくは夕方に、汗をびっしょり流す運動(ウオーキング等)や庭仕事をして、シャワーを浴びてすっきりさせる。この気持ち良さは、暑い中で汗を流したからこその快感です。また、プールに行って水の中で歩いたり、泳いだりして体を使う。

先日の家庭集会に来られた男性二人の方に、プールにお誘いしました。お二人とも、数年ぶりの水泳でしたが、とても楽しいひと時だったと喜んでくれました。ある方は、一生懸命にやりすぎて、腕に筋肉痛があると言っていました。

ともかく、こんな厳しい猛暑は、めったにあることじゃない、ありがたい!そうです“ありがたい~感謝なこと”だと心のスイッチを切り替えます。前向きに考えて取り組みますと、自分にあった良い方法は見つかるものです。厳しい暑さも、後10日余りのことでしょう。ご健勝にお過ごしください。

2018817日    小坂圭吾

2018年7月25日水曜日

祈り「あかしする~リンカーン大統領のあかし」


猛暑の箱根・芦ノ湖
あかしとは?

あかしとは、神さまが私たちの上になして下さった御業を、他の人々に語ることです。自分を救いに入れて下さった救いの御業をはじめとして、私の身の上になして下さった“恵みの御業”をお話しするのです。私達は造られ救われたもので、神に依存し、救いの恵みを頂いたものです。

“恵み”の意味は、それを受けるに値しない者ですが、私達の努力なしで頂いたものと言う意味です。あかしは、私たちの“霊の運動”です。

その恵みの御業を思えば、他の人にぜひ聞いてほしい、紹介したくなるのです。あかしとは、「証し」と書くごとく「証拠立てる」という意味です。キリストが私の身の上になして下さった御業を証拠立てる、キリストを紹介することに他なりません。 

あかしの役割

あかしは、自分の霊性を高め、霊性の成長を促すとともに、生ける真の神さまを知らない人々に伝える、神の救いの御業の一環に預かることです。これは、クリスチャンの特権であり、あかしがこの役割を果たすのです。

キリスト教は、御利益宗教ではありませんが、神さまを信じて良かったことは沢山あります。先日、礼拝で説教された「キリスト教の利点」についての内容をリストアップします。(尾山令仁牧師説教より)

①人を恐れなくなる ②心配事が少なくなる ③死に対する恐れがなくなる
④生きがいが与えられる ⑤自分自身がよく分かるようになる ⑥反省心を持つようになる、そして人生の生き方の方向転換をする ⑦人間関係がよくなる ⑧人間として成長する ⑨思い煩わないようになる ⑩怒りの問題が解決できる ⑪ほかの人と和解できる ⑫人を赦すことが出来るようになる

救いに入れられた私たちは、これらの事柄を体験しているのです。ですから、多かれ少なかれ、証し出来る題材が与えられているのです。



先月、しばらくお休みをしていた我が家での家庭集会を再開、クリスチャンをはじめ、キリスト教の集会は初めてという未信者もお招きしました。賛美して後「自己紹介を何でも自由にして下さい」と言って、3~4分ほどの自己紹介をしてもらいましたが、クリスチャン全員が、救いの証も入れて自己紹介されました。救いの経験を一人でも多くの人に伝えたいとの願いから、自然にこのようになったことでしょう。

リンカーン大統領の証し

リンカーン大統領は、彼が生まれて200年余になり、アメリカで歴史上最も尊敬できる人物として、愛と尊敬を受けています。彼は、死んでもその業績と指導力、人格を通して、クリスチャンとしてキリストを証ししているのです。

リンカーンの生涯は「失敗と不幸」という文字を嫌というほど味わう、実に多くの困難と挫折の人生でした。9歳の時に母を亡くす、19歳で姉がこの世を去る、26歳で婚約者が突然の不治の病でこの世を去る、自分の息子を亡くす(40歳の時次男・53歳の時三男)、事業に2回失敗して借金返済に17年を要す、州議会議員/下院議員/上院議員/副大統領選等の大小の選挙で7回も落選の苦杯を飲む。

彼は、大統領になるまでに多様な職業を経験~農夫、船乗り、土木作業員、商売人(店員)、軍人(民兵大将)、郵便配達員(局長)、測量士、弁護士、政治家(州議会議員、下院議員)、そして大統領です。

これらの失敗と不幸、多様な職業経験は、政治家として国民に仕える時の助けになりました。彼は、「決してあきらめない!」のです。南北戦争、奴隷解放の戦いにおいても、七転び八起きの信仰により、困難が訪れるたびに慰めと力を得る聖書のみことばを愛し、全てのことが働いて益となることを信じたのです。

彼は、語っています。「私は、他の人たちよりも多くの失敗を経験しました。私は失敗するたびに失敗の中に込められている神さまの御心を学び、それを飛び石として活用してきました。サタンは、『もうお前は、これで終わりだ』とささやきましたが、神さまは、私が失敗するたびに『今回の失敗を教訓として、さらに大きなことに挑戦しなさい』と言われました。私は、サタンのささやきより、神さまの声に耳を傾けたのです。」

主なる神さまは、天地の創造主、全知全能のお方、偉大な霊の医者であり、私たちになして下さった体験を、大いにあかし出来る特権を感謝したいものです。

2018年7月25日    小坂圭吾