2020年6月24日水曜日

聖書の不思議「人生100年を心臓と付き合う」

山下公園・氷川丸
日本人の3大疾病

誰もが良く耳にする病気と言えば、悪性新生物(がん)、心筋梗塞(心臓関係)、脳卒中(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血も含む)ですが、これらは、日本人の3大死因につながるものです。

ガンを除いた心筋梗塞(心臓関係)と脳卒中は、血管が原因で起こるもので、血管が丈夫であれば、こういった病気にはならずに済むわけです。人間の血管の長さは、動脈、静脈、毛細血管をつなぎ合わせると約10万㎞、地球を2周半する長さです。

心臓は、血液を体内の隅々まで循環させるポンプです。心臓の形は、ハート状の筋肉の塊で、握りこぶしを二つ合わせたくらいの大きさで、左右の肺に挟まれ、胸の中央のみぞおちあたりにあります。成人の心臓は、重さ約250300グラム、1分間に約60~80回、1日に約10万回も収縮と拡張を繰り返しています。

体中に新鮮な血液を送りこみ(酸素と栄養素を供給)、同時に体内から戻ってきた血液を取り込む(二酸化炭素と老廃物を受け取る)役目を担い、“世にある限り休みなし”に働いている臓器です。これらのことを少しは学んでいましたが、ある日突然――。

狭心症の手術に驚き

5年前(201510月)胸の中央あたりがキュツと締め付けられる状況が、1日1~2回ほど起こりました。数分ほど平静にしておれば治るのですが、1週間後には、歩行中に同じような状況が何回か起こり、これはだめだと総合病院へ行きました。

色々と調べてもらい、何も悪い所が無い。しかし、担当のお医者さんにとっては症状が気になり“狭心症の疑い”ありで、入院してカテーテル検査をするように強く勧められました。入院がほんとに嫌だったのですが、お医者さんの説得と家人の後押しもあり、緊急入院しカテーテル検査をしました。すぐに原因が分かり、狭心症とわかり手術でステントが一つ入りました。

約2時間の手術&12日の入院をして、34日後には普通の生活ができるようになり、医学の進歩の恵みにあずかりました。そのままほったらかしにして置くと、心筋梗塞の可能性があり、ほんとに助けられて主に感謝しました。

次の年、ある委員会で四日市・創愛キリスト教会・堀越暢治先生とお話しする機会があり、「ステントが1本入りました」と申し上げたら、「僕は3本入っているよ!仲間入りだね。」と言われ、励まされました。

年中無休の心臓と知的デザイナー

狭心症の手術を受けて、意識は大転換です。日本人の死亡原因の第2位は、心臓病(心筋梗塞と狭心症)であり、これは生活習慣病です。次の3点を改善することが求められました。➀塩分を減らす。②脂質・コレストロールを取りすぎない。③ストレスを溜めない。これを契機に、食べ物は薄味に転じることになりました。


今まで味の濃いものが大好き!結婚してから、家人は薄味ですが、私には味付けを濃くしていたそうです。これを始めて知って驚き!(なんと能天気なんでしょう)、一気に薄味で良いとはならない。かなり努力をして5年が経過し、まだ私の方が濃い味ですが、コロナの影響もあり、昨今ほぼ家人と同じ薄味の味付けで満足できるようになっています。

ところで、この心臓について、更に勉強するようになりました。この心臓の機能は、「あって当然」あるいは「あまり存在を気にしてない」臓器かもしれませんが、驚くばかりの傑作な作品です。

24時間年中無休で、心臓が筋肉の収縮によって送り出す血液の量は、1分間に約5リットル、500ミリリットルのペットボトルにして10本分です。1日では、約1万5千本になり、私たちには、どのくらいの量なのか見当がつきません。これは「安静時」の量で、激しい運動時はこの5倍になるそうです。

このような心臓がどのようにして造られたのか?知れば知るほどその精巧な造りには、驚かされます。今や100年を生きる時代に、全く休みなく働いてくれる、私たちの命の根源でもある存在の心臓、あまりその存在を気にしてないが最も大切な器官です。


日本では、進化論が何となく信じられていますが、進化は証明された事実ではなく、証拠らしい証拠なく、進化論者は、証拠を探し求めているのです。心臓について少しでも調べていく、更に体の器官について調べていくと、驚異なことが続出します。

このようなことが、進化で出来る、偶然の重なりで出来るものとは考えられません。知的デザイナーすなわち創造主なる神さまが、これを造られたのだという聖書の教えこそがその通りであると納得がいくのです。

「あなたは私の体の精巧な器官を造り、母の胎内で組み立ててくださいました。私は、あなたをほめたたえます。あなたが私を造られたその御業は、実に驚異です。私は、そのことをよく知っています。」(詩編1391314 現代訳)

天地の造り主なる神さまに感謝致します。(更に興味のある方は、下記の参考図書をご覧ください。)

2020年6月24日 小坂圭吾

(参考)

➀「あなたがどこから来たのかわかる本~心臓外科医と探る生命の神秘」

(著者:今中和人、発行:いのちのことば社)―――人体の驚異に対する「驚き」は、人間存在の背後に創造主がおられるという驚きです。

②「人体の不思議発見~自分を正しく知るために」(著者:堀越暢治著、発行:いのちありがとうの会)―――耳、目、心臓の仕組み、病気が治る仕組み、誕生の仕組みが、イラストを中心に解説してあり、監修は医科大学教授です。

③「100年を生きる~心臓との付き合い方」(著者:天野篤、発行:セブン&アイ   
出版)―――天皇陛下執刀医、心臓病の方は、参考になります。

2020年5月26日火曜日

今を生きる「新型コロナ・巣ごもり~できる事に着目して」

横浜港~山下公園

新型コロナ・巣ごもりが全国へ

4月7日に新型コロナウイルスに対する「緊急事態宣言」が発令されて、不要不急の外出を避けて、3密を減らす。その制限も徐々に解除されて、新しい生活スタイルを確立し慣れていかなければなりません。

これからも、コロナとの付き合いが長丁場になる可能性が大です。新しい生活様式を余儀なくされて、できるだけ楽しく過ごしたいのとの思いで、この2か月ほど色々と試みました。「~してはいけない」という禁止のことではなく、こうした注意をすればこれが出来るということに目を向けて取り組むことを考えました。

そうすれば、ストレスも少なくなります。インターネットを使うことは少し増えますが、運動不足にならないよう散歩は最大限に活用し、車はできるだけ使わず、バス・電車もうまくからめて環境にやさしくという生活スタイルです。

買い物&色々な用事とウオーキング

第1の工夫は、買い物や色々な用事(銀行、郵便局、ホームセンター等)のために、ウオーキングをからませて出かけます。行くべき所が多々あると、車を使って数か所を一度に済ませていた用事を、運動不足にならないようにできるだけ歩く。電車とバス・歩くことで用事と買い物をするのです。

すると、買い物&色々な用事そしてウオーキングコース(一部バス、電車)が、30分、1時間、長いと2時間コースと出来上がり実行です。横浜市内ではウオーキング用に設定された道が多くありますが、コロナ以前でも平日は人もまばらです。

もちろん、常にマスク等の感染症対策をキチンとしての行動です。小さいリュックサックを担いでの歩きですから、買い物をするにも良いのです。“ウォーキング”には、筋力・持久力の向上のための『インターバル速歩』があります。

「サッサカ歩き」と「ゆっくり歩き」を交互にやる~~筋肉に負荷をかけ「ややきつい」と感じる程度に3分間サッサカと速歩で歩き、3分間ユックリ息を整える歩きをするのです。

これを1セットとして、1日に5セット=30分間行う、分割しても効果があります。3分間速歩は、最近2分でも効果ありとのことで、これならば楽に出来ます。背筋を伸ばして目線は遠くを見て、かかとから着地し、歩幅は普段よりも大きめに、無理なく出来てお薦めです。

家の中でやれること、趣味

第2は、スポーツセンターに行けなくなり、どうしようかと思いついたのが、ユーチューブを使ってのラジオ体操&基本ストレッチ、実践ストレッチです。ラジオ体操が7分、基本ストレッチが8分、実践ストレッチが15分x3本あります。

全部やれば60分かかり、雨の日には、すべてやる事もありますが、天気が良ければ、ラジオ体操と基本ストレッチそしてウオーキングを主に運動をします。コロナが無ければ、これらをしばしば活用することは、無かったでしょう。ラジオ体操と基本ストレッチをやると、ヤル気にスイッチが入り、仕事のヤル気につながります。

第3は、庭いじり、野菜作りです。猫の額のような庭でも、土に触ることは、ほんとに気持ちの良いものです。土地をしっかり耕し、草取りをして、野菜の苗を植え育てる楽しさは、日に日に成長していく、収穫が手に入り、とても素晴らしい趣味かもしれません。

私の場合は、家人のお手伝いする程度ですが、このような時だからこそ、時間のゆとりもあって、かなり積極的になっています。「自給自足」とまではいかなくても、かなり色々と家庭菜園(10数種類)に励んでいます。適度な雨と暑さも絡んで、生育の早いのに驚かされます。


第4に、一人で家の中でも出来る趣味、人生100年時代を見据えて、5年前に、囲碁を習い始めました。高齢になっても出来、頭の体操にも良いのです。私の義父が囲碁5段くらい、実兄も中高年からやり始めたなと思い出し、一念発起し始めました。

良い本をあさり、教室に通い、囲碁クラブに入り、かなり力がつきましたが、初段に今一歩で伸び悩みです。そのようなとき新型コロナで巣ごもりとなり、まさにチャンスです。

色々な趣味の世界でかなりの腕前の人の話を聞くと「常に練習をしてないと、すぐに腕は落ちてくるよ!」と聞かされ、週に何回も碁石をもって、一歩一歩学んでいます。今年は、初段を突破するつもりです。

新型コロナの影響で、私たちの生活も変えざるを得ないのですが、今までの便利なものに頼ることを見直す時かもしれません。これからの私たちの生活は、きっと変わることでしょうが、自然と親しむ、自分の足で歩く、自分の手で作る、環境を重視することの素晴らしさを味わう生活、それこそが原点かもしれません。

2020年5月26日 小坂圭吾 

2020年4月14日火曜日

み言葉「神さまが守ってくださる」


近所の桜通り
新型コロナウイルス~緊急事態宣言

4月7日に、新型コロナウイルス感染の猛威を受けて、少し遅すぎた感のある「緊急事態宣言」が出されました。誰もが不安になっている中、正しく恐れることはとても大切です。特に不確実な情報に振り回されることがないように、正確で信頼できる情報を入手したいものです。

世界保健機関(WHO)が警鐘を鳴らしていることは、次の通りです。「我々は、感染症と闘っているだけでなく、真偽のいりまじる過剰な情報が氾濫することとも闘っている。フェイクニュースは、ウイルスよりも早く拡散する危険なものである。」

新聞、テレビ、インターネット、雑誌などの情報源を通して、誇張されたり、矛盾したり、科学的な根拠がないもの、根も葉もない情報の拡散がなされています。トイレットペーパーや日用品の買い急ぎをする人が、一時見受けられ、今の日本では全く心配はないのですが、誠に残念な行動です。

不安な時こそ正確な情報を

インターネット上のコロナに関する記事で、全く役立たない、くだらないと思われる事柄が、散見されます。誰かを非難する内容も見受けられますが、人を非難しても問題解決にはつながりません。総務省・情報通信政策研究所のアンケート調査(2019年実施)で、メデイアの信頼度を聞いています。

新聞について「信頼できる」という回答が686%ですが、テレビ(63.7%)、インターネット(32.2%)、雑誌(16.8%)という数字です。ネット時代でも、いかに新聞への信頼度が高いかが分かります。

これは、新聞報道に携わる方々への信頼もありますが、活字にすることは、原稿を書く→推敲する→第3者が校正するという段階を踏むために、いい加減なものが排除され、間違いが少なく信頼のおけるものにつながるのだと思います。このような時、自分を守るため自分に必要な情報を集めて実行することが役に立ちます。

健康管理に十分留意する、しばしば言われている三密(密閉空間/密集場所/密接場面)を避ける、丁寧に手の消毒・手洗いをする、マスクの着用、外出後は手洗いとうがいをする等で感染から予防をすることができます。自分にできることを具体的に知って行動すれば、不安が和らぎます。



神さまの守りを信じる~詩編91編

聖書・詩編91編に次のような言葉があります。

「聖い神を避け所とする人は、全能者の陰に休みを得る。私は主に申し上げよう。『私の避け所、私のとりで、私が信頼している私の神さま。』主は、狩人が仕掛けるようなわなや、恐ろしい伝染病から、あなたを救いだされる。」(詩編9113 現代訳)
主なる神さまは、私たちを守ってくださる方であり、避け所、とりでとなってくださるお方です。何という安心なことでしょうか。

「主はその羽で、あなたを覆われるので、あなたはその翼の下に避け所を得る。その真実は、あなたを守る大盾、小盾である。あなたは夜の恐怖も恐れず、昼に飛んでくる矢をも恐れない。また、暗闇にはびこる伝染病も、真昼に襲う災害も恐れない。たとい、千人、万人があなたのそばに倒れても、災いはあなたに近づかない。」(47節)

新型コロナウイルスの感染~このウイルスほど良くできたものはないとは専門家の人たちの言で、手ごわい!~、全くどのように感染してくるかわからない暗闇にはびこる伝染病、しかし、神さまが私たちを覆ってくださり、守ってくださるのです。これから終息するには、数か月以上はかかるのではないかと思われます。

「もし、あなたが私の避け所である主、聖い神のもとにあるならば、災いは、あなたに臨まず、不幸も、あなたに近付くことがない。」(910節)

この神さまの言葉をしっかりと受け取って、それを信じることができるならば、神さまは、その通りに実現してくださいます。私たちは、それを信じることができない弱い者かもしれません。聖霊の助けをいただいて祈り、信じ切れない私を助けて下さいと祈り続けることです。

「お前は、まだ私を信じることができないのか?」と叱責を受けるかもしれませんが(イエスさまの弟子たちも同じような経験あり)、それにもかかわらず、そのように祈り行動する者にも、主なる神さまは、助けの手を差し出して下さる、守ってくださるのです。間違った情報に惑わされず、神様の守りがあるようにお祈りします。



2020年4月13日 小坂圭吾



2020年3月23日月曜日

今を生きる「新型コロナウイルスの危機に思う」


新型コロナウイルスの危機

新型コロナウイルスの感染が世界中に広まり、WHO(世界保健機関)は、世界的な大流行を示す「パンデミックにあたる」と発表しました。“パンデミック”との表明は、2009年の新型インフルエンザ以来です。

その時「100年に一度」の経済危機と言われ、世界経済が坂を転げ落ちるように下落しました。今回は、それ以上に世界各国の感染状況が厳しく、世界経済も嵐が吹きすさんでいます。

なぜ、これほどまで全世界がパニック状況に陥るのでしょうか?第一は、新型ウイルスだから良くわからないのでパニックになりやすく、治療薬も無いので怖いということです。ワクチン(予防接種)や治療薬の開発には、真剣に取り組むも半年、1年以上もかかるそうです。

2009年の新型インフルエンザは、世界中に大感染をしましたが、治療薬が見つかり、そんなに怖いものではないことがわかり収束しました。第二に、インフルエンザ以上に、新型コロナウイルスは感染力が強いのです。

本人が感染していると意識してなくても、無症状でもほかの人に感染しますし、感染者の80%は、無症状か軽症の人なのです。ヨーロッパ、アメリカに、感染が急激に広がったことからも分かります。

行き過ぎの是正
今回の世界全体に及ぼす打撃は、第二次世界大戦以来、最大の危機かもしれません。まずは、新型コロナウイルスのパニックが早く収まり、多くの方が亡くなった悲しみや不安や恐れが、癒されていくことをお祈りします。

これまで一番気になっていたのは、人類の成してきた各種の開発と破壊等による地球温暖化ですが、深刻な状況に進んでいました。パニックが沈静化し、これを契機に今までの色々な行き過ぎの是正がなされることをも願います。

このような中でこそ、知恵を出してやり抜く、頑張る時代なのかもしれません。私たち日本人の好きな言葉がんばるについて、大辞林の辞書を引きますと【頑張る:困難にめげないで我慢してやり抜く】とあります。

どのように頑張ればよいのでしょうか?毎日のように暗い話が流れて来て、日々の生活も制約を受けることも多々あります。このようなとき、変わらぬものと言えば、私たちにとっては、聖書の言葉です。私たちを慰め、励まし、力を与えてくれる聖書の言葉は、どんな状況にあろうとも変わらぬ希望であり、約束です。

ギアチェンジ:主が私の右におられる

「いつも主にあって喜びなさい。」(ピりピ 44

聖書が勧める重要ポイントは、「喜びなさい」、しかも「いつも」Alwaysです。私達の毎日の生活は、いつも喜んでおれる状況ではないでしょう。喜びいっぱいの時もありますが、人生は、苦しいことの方が多いかもしれません。

今回のような“新型コロナウイルスの感染”拡大で、思いもかけない事柄が、私たちに押し寄せています。不安があり、うまく進まず、やる気が出なくて大変だなあー。実に色々な困った状況が、起きているかもしれません。

このような中にあっても、主にあって“いつも喜びなさい”との勧めです。聖書は、そんな無理、出来そうもないことを勧めているのでしょうか?

これは、いつも嬉しそうにしていなくとも、心の深みにおいて消えることのない「生きる喜び」をもつことを意味しています。私達が喜んだり悲しんだりするのは、多くの場合、物事の表面におこっている現象だけを見て一喜一憂するのです。

一昨年の秋、関西空港の近くに停泊していた大型貨物船が、当時の大型台風によって漂流され、関西空港に通じる道路が壊されて不通になりました。大きな船が停泊するとき、大きな錨をドーンと深い海におろします。錨を深く下ろせば、船は動きませんが、そうでないと漂流してしまいます。

私たちの毎日の生活の中には、嫌なこと、悲しい、苦しいことが、必ず起こってきます。それらに振り回されないで歩むには、私達の創造主である神様に、人生を航海していく上での錨をしっかり下ろす、結びつく以外にはよい方法はありません。“主にあって”とあるのは、その意味です。


ダビデは告白しています。「私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右におられるので、私はゆらぐことがない。」(詩16:8)

私達に生きがい、喜びを与えてくださる主なる神様に、人生を航海していく上での錨を下ろす、つながることです。そうすれば、人生における表面的な現象に右往左往することなく力強く歩んでいくことが出来ます。

聖書を読む、神のみ言葉に接して神に祈る、神さまと交わりお話をすることが大事になります。そうすることを通して、今日私が何をすべきかが導かれ、力が与えられていくのです。


2020年3月23日 小坂圭吾

2020年2月17日月曜日

健康余話「心は七分目で軽く」


京都・嵐山
咳エチケットのマスク

先週、都内に向かって電車・バスに乗って出かけ街を歩くと、マスクをしている方が、例年以上に多かったです。やはり新型コロナウイルスによる肺炎の感染が、大きく影響しているようです。

寒いのが苦手な私は、早くからマスクをして、花粉の頃になるとマスクは必須です。10数年前は、マスクをする人はそれほど多くはなく、ちょっと気恥ずかしい感じでした。新型コロナウイルスだけでなく、例年のインフルエンザも要注意で、どちらにしても体調管理と予防が欠かせません。

予防には、マスクと手洗いが必須ですが、手洗いには石鹸を使い、親指、指と指の間、爪までも洗うようにとの指導を見て、なるほどと思わされました。咳やくしゃみをするとそのしぶきが飛び、1回で飛散する飛沫粒子は咳で約10万個、くしゃみで約200万個とも言われます。                                             

そこに沢山のウイルスが含まれていて、感染するのです。マスクは、感染の拡大を防ぐ「咳エチケット」とでも言うことが出来ます。

ストレスが色々な不健康のもと

「養生をするには、まず心気を養うことである。心と気をおだやかにし、怒りと欲を抑え、いらいらや心労を減らし、心を苦しめず、気をそこなわないのが、心気を養う方法である。」 (貝原益軒『養生訓』より、現代語訳)

身体に強い関心を持って養生せよと説いた貝原益軒ですが、養生の術として、心の平静を保ち、心の不安を除くことが第一と言っています。今で言うストレスをのぞき、平安な心で過ごすことが健康のもとなのです。

長い人生で、誰もが病気になりますが、その病気の原因に「ストレス」があり、不健康のもとをつくっています。「ストレス」には「悪いストレス」だけでなく「良いストレス」もあります。「良いストレス」とは、夢、目標、やるべき仕事、スポーツ、良い人間関係など、自分を奮い立たせる、勇気づける、元気にしてくれる刺激とその状態のことで、人生を豊かにしてくれます。

「悪いストレス」とは、過労、悪い人間関係、不安など、自分の体や心が苦しくなる、不愉快な気分になる、やる気をなくす刺激とその状態のことをいいます。「良いストレス」も度を過ぎると不健康になり、ストレス解消、たまったストレスをのぞくことは不可欠です。

心は七分目で軽く、感謝する

ストレス」について心がけている事ですが、それは、「腹は八分目、心を七分目で軽く」です。心については「計画や目標は七割達成できたら、まずまずと満足する」ことです。

このことを息子に話したら、「今の立場は、それでいいのだろうが、若いときは難しいのではないの?100%達成ではないの?」と反論されました。確かにそうかも知れないなと思いますが、そのときは納得したのですが、しばらくこのことを熟成させました。

結論は、やはり七割達成で満足!がよいと考えるに至りました。何事も、貪欲に取り組むことがよいことだと考えがちです。特に若いときに百点満点を狙って、70点だと甘いのではないかと思いがちです。

考えて見ますと、その時点で70点ならそれで満足する心、感謝する心を持った方がどれ程よいかわかりません。もちろん百点を目指していても、少し心を切り替えて『続きは明日できる』と感謝を持って終わるほうが、ストレスが少ないことは言うまでもないのです。

ストレスを強く感じる人には、常に百点満点でないと納得できない人が多いといわれます。『頑張る』という言葉で自分を追い込んだとしても、ときには肩の力を抜いて『ほどほど頑張ればそれでいい』というのはどうでしょうか。

『今日できなかった』ではなく、『続きは明日できる』という肯定的な表現が、気持ちを楽にしてくれます。うまくいかないことを急いで解決しようとしないで、しばらく放っておいて熟成を待つのもストレスの解消です。

私は、50代の半ばにビジネスをしながら、神学校に行く決心をしました。「その当時、人生80-90年だから、今ここで学びをしておいたほうが先にキット役立つだろう」。そのとき、私の尊敬する知人(牧師)が「是非、心を軽くして学んでください!」と言ってくださいました。

短い言葉でしたが、心の深くに入りました。普通4年で卒業ですが、経営の一端を担う仕事の責任もあり、1年は中断というときもありましたが、「ちょっとだけお休み!」と考えて、挫折することも無く、7年もかかりましたが無事卒業しました。心を軽くして!心は七分目で!これからも歩んでいきたいと思います。

「感謝の心を持つ人になりなさい。」(コロサイ 3:15 新改訳)

2020年2月17日 小坂圭吾

2020年1月24日金曜日

今を生きる 「良書を繰り返し読む」


葉山海岸
アメリカ歴代大統領

今年は、アメリカ大統領の選挙があります。歴代の大統領の中で卓越した力を発揮した米大統領と言えば、リンカーン大統領です。彼は、奴隷解放を宣言し、南北戦争を戦い抜き、国家分断の危機を乗り越えてきた世界中の人々が敬愛する大統領です。
リンカーン大統領が就任式の宣誓に用いた聖書ですが、前オバマ大統領は、それを就任式(20091月)で使いました。200年もしっかり保存されていることに、さすがだと思わされました。

オバマ大統領の就任式での開会の祈りを「人生を導く5つの目的」の著者:リック・ウオレン牧師がされました。太平でなく内外に困難山積の時代に就任したアメリカ大統領は、初代ワシントン、16代リンカーン、32代ルーズベルトですが、彼らは卓越した指導力を発揮した人々です。

一方、景気が良くて人々が浮かれている時代の大統領は、ほとんど忘れ去られたおり、何か考えさせられます。現トランプ大統領は、アメリカを二分するような政策が多く、歴史は彼をどのように評価するのでしょうか。 
良書を読む
先日、5~6年ぶりにお会いしたクリスチャンの方から、昨年、毎週日曜日の朝78人で『人生を導く5つの目的』をテキストにスモールグループを再開したとのお話を聞きました。

「みんなかなり前に読んだ本ですが、それ引っ張り出して来て、毎週学んで1年で終える予定です。」と話して下さいました。「この本は、4年ほど前に改訂新版を出しました。旧版は40章ですが、2章追加して42章になっています。」とご案内をしましたら、「じゃあ、若い人に案内をしましょうかね。」

この本は、2002年に英語版が出版されて以来、85ヶ国語を超える言語に翻訳され、全世界で8千万部以上が読まれています(4年前のデータ)。日本でも毎年着実に用いられており、近々再版を出す予定です。
今年になって、私も30数年前に読んだ「カーネギー話し方教室」(D・カーネギー著)の本を書棚から取り出して、読み始めました。きっかけは、ある雑誌に“古典の名言”と題して、デール・カーネギーの本の中から“話し方について、緩急をつけること、間を置くことに気をつけること”が紹介されていました。
昨年から人前で話すことがまた多くなり、話し方が気になり、学び直そうと取り出したわけです。ところが、30数年前の本ですから、開くとすぐに背中のノリが悪いのか、バラバラになってしまいました。もう絶版になっていますので、その後の訳の本を購入して読んでいます。 
繰り返し読む
本の読み方には、次のような読み方があります。速読(時間がない時、大量の情報の中からポイントを絞り読みたい時) 通読(基本的な読み方、初めから終わりまで通してサラッと読む) 熟読(ペンを持って重要な所に線を引き、考えながら読み込む)が代表的なやり方です。
                 
聖書を読むやり方は、最初のころは通読、それから熟読そして繰り返し熟読する方法ではないでしょうか。聖書ばかりか、「これだと言う本」を繰り返し読むことの大切さを感じています。

読む先に忘れてしまう私ですが、多くの方が、次々と本を読んでも忘れてしまうことが多いのではないでしょうか?良い本に出会うこと、「これだという本」を見つけて、何度も繰り返して、自分への適用を考えながら読む。環境や年齢の変化によって、その都度内容や伝わってくるものは違います。

特に、人生に関する良書を通して、その著者の経験を分かち合い、共に人生を体験することができます。著者の体験を通した洞察や困難な状況を乗り越えた経験則は、私たちの目を大きく開いてくれ、助けとなります。
「これだと言う本」を繰り返し読むことについては、1年に数冊読めれば良いのでしょう。心の実力をつけるために、ゆっくりと繰り返し読む人生に関する良書を、積み上げていければと願っています。
私たちクリスチャンにとっては、言うまでもなく最良の良書は、聖書です。毎日のデボーションは、繰り返し熟読そのものです。聖書のみ言葉は、読めば読むほど、私たちの人生のあらゆる事柄に指針となり、灯を与えてくれます。神を信じる道を守ってくださる主のみ言葉に、朝に夕に親しんでいきたいものです。
「そのような人たちは、御言葉を喜び、昼も夜も御言葉を深く思う。」(詩編 1:2 現代訳)
2020年1月24日 小坂圭吾

2019年12月12日木曜日

感謝「日本の精神・武士道~新渡戸稲造に学ぶ」


新渡戸稲造~旧5千札
旧5千円札の新渡戸稲造 

現在のお札、5千円札の肖像は?~樋口一葉ですが、1世代前のお札、旧5千円札の肖像?~新渡戸稲造でした。新渡戸稲造ってだれ?と聞かれると、政治家、学者、教育家と一言で答えるのは難しく、その働きが多岐にわたり大きな足跡を残しました。

何よりもこの人の与えた人格の影響力は、大きくかつ深い。彼は、北海道大学の前身である札幌農学校の草創期の卒業生(1881年)で、「少年よ、大志を抱け」で有名なウイリアム・クラーク博士が赴任した学校です。

新渡戸稲造は二期生だったので、入学したとき既にクラーク博士はアメリカに帰国され、直接指導を受けたわけではない。しかし、多くの感化を受けた一人です。

札幌農学校の臨時校長として招聘されたウイリアム・S・クラーク博士は、学者、教育者、指導者として立派な人物で、熱心なクリスチャンでした。日本のプロテスタント教会の歴史は、横浜、熊本、札幌に始まる3つのバンドより出発、この札幌バンドの基盤となったのが札幌農学校です。

クラーク博士は、日本での赴任期間がわずかに8ヶ月で、この短い歳月の中で、彼は計り知れない影響を生徒たちに残しています。キリスト教にもとづく人格教育に重きをおき、それに感化されキリスト教徒になった生徒が輩出します。

大志、夢、希望を持つ

彼が在職8ヶ月後に「少年よ、大志を抱け」と言って立ち去ったことは有名です。この言葉の最後には、「キリストにあって」との言葉があったという説は、クラーク博士の気持ちとして一番ぴったりするようです。

私たちの願いは、神に喜ばれる生き方をすることに他なりません。一人一人に与えられている賜物は違い、この地球上には、過去、現在、将来にわたって私という存在は2度と出てくることはありません。

クラーク博士は、言われます。私でなければ出来ない大志、夢、希望を、キリストにあってしっかりと描いて進むように!彼の人格教育の基がここ“キリストにあって”に込められているのです。

札幌農学校で学んだ新渡戸稲造は、クラーク博士の熱情あふれる人格教育に感化され、孫弟子としてクリスチャンになりました。彼は、人格形成としての武士道を幼い頃から道徳律として叩き込まれ、その武士道の精神とキリストの教えが相通じるものがあり、キリスト教を受け入れたのです。


世界的ベストセラー『Bushido―The Soul of Japan』~原書を英文で書く

彼が、アメリカで英文による『武士道』(『Bushido―The Soul of Japan』)を刊行したのは1899年(明治32年)38歳のときです。世紀の変わり目で、日清戦争と日露戦争の間にあたり、彼が海外向けに執筆する気になった動機について、序文に述べています。


あるときのベルギーの著名な法学者ラブレーとの会話のなかで、「日本人は、どのようにして道徳教育を授けているのか?」と問われたが返事が出来ず、アメリカで知りあった彼の奥さんにもうまく説明することが出来ない。

幼い頃から武士道を道徳律として叩き込まれたことから、日本には「武士道という道徳教育」があったというひとつの得心が生まれてきたのです。新渡戸稲造は、36歳になっていました。

その頃、病気療養のためにアメリカ・カリフォルニア州に滞在し、外国から日本を冷静にみつめる絶好の時であったでしょう。原書を英文で書き、サブタイトルに『The Soul of Japan』(日本の魂)とつけたのです。

英語で書かれたこの本は、世界の各国で翻訳され世界的なベストセラーとなりました。新渡戸稲造の『武士道』は、圧倒的な熱情と祖国愛とキリスト教に対する確信がつらぬかれて、読む者を高揚させてくれます。

第26代アメリカ大統領セオドア・ルーズベルトが読んで感動し、友人に配るばかりか日本びいきになったといわれます。

日本人のバックボーン

これほどに用いられた本『武士道』は、決して古めかし道徳でもなく、封建制度の因習を書いているのでもない。そこにある生き方は、人間としての普遍的な生き方・倫理観を内包した題材が多く見られます。現代の日本人がある意味で失いつつある「日本の精神」を格調高く描きあげているのです。

武士道の基本的な精神は、「義」を中心におき「仁」を心とし「礼」を型として表す「勇猛果敢なフェアープレイ精神」としています。このほかにも、「勇」(勇気と忍耐)、「誠」(武士道に二言がない)、「名誉」(命以上に大切な価値)、「忠義」(何のために生きるか)、「克己」(自分に克つ)等が説明されています。これらを読むと、私たち日本人のバックボーンにある精神、その素晴らしいものを思い起こさせてくれます。

武士道の生き方と言えば、私が小学校3、4年生だったとき担当してくださった内藤先生を思い出します。とても気骨のある優しい男の先生で、今思うに「サムライ」というニックネームが似合う立派な先生で、武士道に通じる日本人のバックボーンにある精神を教えられたように思います。

中学生の時には、岡山市立丸の内中学校の中村校長先生を思い出します。全校生徒千5百人くらいの中学で、月に1回くらい、全校生徒が校庭に集められ、校長先生のお話があります。必ずと言って良いほどに「勉学、品位、耐乏」の言葉を色々と噛み砕いて、話をされたように思います。

しっかり勉強をすること、品位については礼儀、勇気、優しさ、親切等について語られ、何事も耐え忍ぶように。今でも「勉学、品位、耐乏」の言葉を忘れることはなく、この校長先生の話には、武士道の精神が背後にあったのだなと感じます。その他、小学校、中学校ともほんとに素晴らしい先生方に教えられたなと感謝がわきあがります。
新渡戸記念庭園・肖像
武士道は、「いまにも消えそうな灯心」かもしれません。しかし、日本人の心に焼きついた武士道の徳目ともいうべきものは、消えるものではありません。その精神は、日本人である限り残り続けるでしょう。ぜひとも残って欲しいと強く願うものです。

それは、普遍的な生き方・倫理観を内包したものだからです。そして、武士道の精神は、キリスト教の精神と相通じるものがあり、聖書の言葉にもこんな言葉があります。 

「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。」(コリントⅠ 13:4-7 新改訳)

2019年12月12日    小坂圭吾

(追伸)新渡戸稲造は、カナダ・ビクトリアで客死し、ブリテイッシユ・コロンビア大学(UBC)内に、彼を偲んで新渡戸記念庭園が造られています。