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2021年3月4日木曜日

聖書の不思議「男と女の違いを認める」

ロダン:考える人
 ロダンの彫刻

先月、東京五輪組織委員会・会長の女性蔑視発言がきっかけで、“ジェンダー平等の問題”が大きく取り上げられました。“ジェンダー”あまり聞きなれない言葉で調べてみました。

生物学的な性差をセックスというのに対して、社会的、文化的に形成された男女の違いをジェンダーと呼ぶのだそうです。

日本においては、男は社会で働き、女は家庭を守るという性的分業が教育を通して刷り込まれ、女性にとっては社会で活動しにくい差別的な環境が形成されてきたように思います。それを何とか平等にしていこうと努力している日本ですが、世界的にはかなり遅れています。

ロダン作の有名な彫刻「考える人」、これは男性の象徴で、ひとり腰を下ろし静かに考え事にふけりたいのが男性です。一方、女性はと言えば、こんな姿を見かけることはめったになく、面白い人がこんな表現をしました。

「ロダンが女の彫刻を作ったら、タイトルは何だろうか?きっと『しゃべる人』に違いない。」なるほど!このように男と女は、大いに違うのです。

神さまは、創造の始めに人を男と女に、役割の違うものとして造られました。聖書には、男と女の違いについていろいろと書かれています。男と女の思考、態度、感情の違いについて、意外と理解されていないように思われ、男と女は違うことをお互いにしっかり認めることが必要なようです。

子供の姿

小さい子供に画を書かせると、男の子は、物を中心に描き、女の子は、人物を中心にその中に関係を描きます。女の赤ん坊は、人の顔をじっと見つめ相手と目を合わせる時間が長く、男の赤ん坊は、動くおもちゃを喜んで長く見つめています。

男の子は物とその仕組みに、女の子は人とその関係に興味を持ちます。女の子がする“ままごと遊びは、ここに関係を重んじる姿が見られ、母親になり、おばあちゃんになってもその姿は変わりません。

人と人との絆、つながりを求め一緒に歩むことは、女性が圧倒的に得意分野で、大家族におけるその中心は、母親か、おばあちゃんか、どちらにしても女性がつながりをつけているのです。

桃の花

男と女はとにかく違う!

かなり前に読んだ本に「話を聞かない男、地図が読めない女」(アラン・ピ-ズ、バーバラ・ピーズ共著)があります。今まで女性について正しく理解してないためにトラブルになっていたことを教えられたと、記憶しています。

特に夫婦関係においてよく出くわす事がらや、教会の姉妹達と交わりをしている時に出くわす事柄について、「そうだったのか!」と目からうろこが落ちました。

昨今も脳の働きの研究が盛んになり、男と女はその脳の働きが違っており、男と女の違いをめぐる多くの疑問が分かってきています。

一時流行語のようになった「地図が読めない女」については、それこそ多くの人が経験しています。地図を読んで理解するには空間能力が必要で、これは男性が圧倒的に優位で、女性の方が劣るからだそうです。

コミュニケーションついては、女性の方がまさって強く、言葉、顔の表情や手の動きといったボデイランゲ-ジを使って、女性は男性の3倍ものコミュニケーション活動をしているといわれます。

時折、朝こんなヘマなことをします。「僕のヨーグルトはどこにあるの?」妻はおいしそうにヨーグルトを食べていますが、私の分はテーブルのどこにあるのか、色々なものが置いてあるのでパット目には見つかりません。「目の前にあるでしょう!」「ウムー!」

またある時こんなこともありました。私が「冷蔵庫にジャムが見つからないね?」と尋ねます。「ほら、ここにあるじゃない?」「ウムー」

こんな経験は、どこの家庭でも男女の間に見られる光景だと思います。女は視野の範囲が広いので、冷蔵庫や食器棚にあるものをひとめで見渡すことが出来るのですが、男には見えないので、ゆっくり探さねばなりません。

現在の日本における離婚する夫婦の理由が、「性格が合わない」というものがありますが、夫婦は性格ばかりか色々と違うのは当たり前なのです。長い間付き合ってよく知っているご夫婦何組も思い浮かべて見ますと、ほんとうに違うなと思います。

男と女は、性格、考え方、感じ方、決断の仕方、行動の仕方がまるで違います。神様がご自分に似せて、男と女とを創造されましたが、その男女の違いを知れば知るほど、こんなにも素晴らしく創られたものだと感嘆させられます。

ですから、お互いに違いを受け入れ協力して歩めば、素晴らしいものが、生み出されていくのではないでしょうか?

「神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。」(創世記1:27 新改訳) 

「男は怒ったり争ったりしないで、どこにおいても聖い思いを持って祈りをささげなさい。‐‐‐女はつつましい服装で、適度に品位を保つように心がけるべきであって‐‐‐。」(テモテⅠ2:8~9 現代訳)

2021年3月4日 小坂圭吾

     

2020年6月24日水曜日

聖書の不思議「人生100年を心臓と付き合う」

山下公園・氷川丸
日本人の3大疾病

誰もが良く耳にする病気と言えば、悪性新生物(がん)、心筋梗塞(心臓関係)、脳卒中(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血も含む)ですが、これらは、日本人の3大死因につながるものです。

ガンを除いた心筋梗塞(心臓関係)と脳卒中は、血管が原因で起こるもので、血管が丈夫であれば、こういった病気にはならずに済むわけです。人間の血管の長さは、動脈、静脈、毛細血管をつなぎ合わせると約10万㎞、地球を2周半する長さです。

心臓は、血液を体内の隅々まで循環させるポンプです。心臓の形は、ハート状の筋肉の塊で、握りこぶしを二つ合わせたくらいの大きさで、左右の肺に挟まれ、胸の中央のみぞおちあたりにあります。成人の心臓は、重さ約250300グラム、1分間に約60~80回、1日に約10万回も収縮と拡張を繰り返しています。

体中に新鮮な血液を送りこみ(酸素と栄養素を供給)、同時に体内から戻ってきた血液を取り込む(二酸化炭素と老廃物を受け取る)役目を担い、“世にある限り休みなし”に働いている臓器です。これらのことを少しは学んでいましたが、ある日突然――。

狭心症の手術に驚き

5年前(201510月)胸の中央あたりがキュツと締め付けられる状況が、1日1~2回ほど起こりました。数分ほど平静にしておれば治るのですが、1週間後には、歩行中に同じような状況が何回か起こり、これはだめだと総合病院へ行きました。

色々と調べてもらい、何も悪い所が無い。しかし、担当のお医者さんにとっては症状が気になり“狭心症の疑い”ありで、入院してカテーテル検査をするように強く勧められました。入院がほんとに嫌だったのですが、お医者さんの説得と家人の後押しもあり、緊急入院しカテーテル検査をしました。すぐに原因が分かり、狭心症とわかり手術でステントが一つ入りました。

約2時間の手術&12日の入院をして、34日後には普通の生活ができるようになり、医学の進歩の恵みにあずかりました。そのままほったらかしにして置くと、心筋梗塞の可能性があり、ほんとに助けられて主に感謝しました。

次の年、ある委員会で四日市・創愛キリスト教会・堀越暢治先生とお話しする機会があり、「ステントが1本入りました」と申し上げたら、「僕は3本入っているよ!仲間入りだね。」と言われ、励まされました。

年中無休の心臓と知的デザイナー

狭心症の手術を受けて、意識は大転換です。日本人の死亡原因の第2位は、心臓病(心筋梗塞と狭心症)であり、これは生活習慣病です。次の3点を改善することが求められました。➀塩分を減らす。②脂質・コレストロールを取りすぎない。③ストレスを溜めない。これを契機に、食べ物は薄味に転じることになりました。


今まで味の濃いものが大好き!結婚してから、家人は薄味ですが、私には味付けを濃くしていたそうです。これを始めて知って驚き!(なんと能天気なんでしょう)、一気に薄味で良いとはならない。かなり努力をして5年が経過し、まだ私の方が濃い味ですが、コロナの影響もあり、昨今ほぼ家人と同じ薄味の味付けで満足できるようになっています。

ところで、この心臓について、更に勉強するようになりました。この心臓の機能は、「あって当然」あるいは「あまり存在を気にしてない」臓器かもしれませんが、驚くばかりの傑作な作品です。

24時間年中無休で、心臓が筋肉の収縮によって送り出す血液の量は、1分間に約5リットル、500ミリリットルのペットボトルにして10本分です。1日では、約1万5千本になり、私たちには、どのくらいの量なのか見当がつきません。これは「安静時」の量で、激しい運動時はこの5倍になるそうです。

このような心臓がどのようにして造られたのか?知れば知るほどその精巧な造りには、驚かされます。今や100年を生きる時代に、全く休みなく働いてくれる、私たちの命の根源でもある存在の心臓、あまりその存在を気にしてないが最も大切な器官です。


日本では、進化論が何となく信じられていますが、進化は証明された事実ではなく、証拠らしい証拠なく、進化論者は、証拠を探し求めているのです。心臓について少しでも調べていく、更に体の器官について調べていくと、驚異なことが続出します。

このようなことが、進化で出来る、偶然の重なりで出来るものとは考えられません。知的デザイナーすなわち創造主なる神さまが、これを造られたのだという聖書の教えこそがその通りであると納得がいくのです。

「あなたは私の体の精巧な器官を造り、母の胎内で組み立ててくださいました。私は、あなたをほめたたえます。あなたが私を造られたその御業は、実に驚異です。私は、そのことをよく知っています。」(詩編1391314 現代訳)

天地の造り主なる神さまに感謝致します。(更に興味のある方は、下記の参考図書をご覧ください。)

2020年6月24日 小坂圭吾

(参考)

➀「あなたがどこから来たのかわかる本~心臓外科医と探る生命の神秘」

(著者:今中和人、発行:いのちのことば社)―――人体の驚異に対する「驚き」は、人間存在の背後に創造主がおられるという驚きです。

②「人体の不思議発見~自分を正しく知るために」(著者:堀越暢治著、発行:いのちありがとうの会)―――耳、目、心臓の仕組み、病気が治る仕組み、誕生の仕組みが、イラストを中心に解説してあり、監修は医科大学教授です。

③「100年を生きる~心臓との付き合い方」(著者:天野篤、発行:セブン&アイ   
出版)―――天皇陛下執刀医、心臓病の方は、参考になります。

2017年8月9日水曜日

聖書の不思議「創造主なる神が存在される」

 
北海道・知床
天地の創造主

「はじめに神は天と地とを創造された。」(創世記1:1 口語訳聖書)
聖書の最初の言葉、特段の説明もなくおごそかに神秘的な言葉で書かれています。この言葉に感動を覚えたのは、大学1年生の時でした。その時に、創造主が存在し天地を造られたのか?と色々と調べました。全宇宙と地球がどのように運航しているか、人間、動物、植物がどれほど精密に複雑に造られているかを知り、この聖書の言葉を黙想してみますと、創造主がおられ天地を造られたのだと認めざるを得なかったのです。

進化論については、小学校の先生から聞いた記憶はあります。それよりも、天地の全てがいかに精密に複雑に造られ、正確に運航している様を知ると、進化論は考える余地もありません。天地の創造主が存在されると見出だしたのです。

この宇宙、地球、自然界、人間についてつぶさに調べると、この世界が偶然にできたのではなく、その背後にデザインをされた方がおられることを、やがて認めることとなり、多くの自然科学者が認めています。万有引力の法則などの発見をしたアイザック・ニュートンもその一人で、彼は、自然科学(物理・数学・天文)史上最大の科学者と言われています。

人が人として生きる道

創造主の存在が分かり、その神さまは、私との関係はどうなのか?神様を信じるとはどういうことか?を考えるようになります。多くの人々が、聖書を真剣に調べて、やがて神の存在を知り、神の子・イエスキリストを救い主として受け入れたことを聞かされます。聖書に反対している人さえも、そうなのです。

「聖書は、人が人として正しく歩んでいくことを導いてくれる書物」であろうと理解しても、神さま、救い主を信じることがわからないのです。私も同じような経験をし、ともかく、聖書をしっかり学んでいく、そこに何か真実があるのではないかと求道する姿です。教会の礼拝やKGKの集会に出席して聖書を学び、それに関する本を読み漁りました。やがて、この真実な道にかけてみるしかない、飛び込んでみないとわからないのではないかと導かれました。

日曜日の朝の礼拝の時に「この道にかけてみよう!」と決断し、信仰へのジャンプをしました。イエスキリストを私の救い主として受け入れるに至りました。「人が人として生きる道が、そこにはある」とひたすら求めて見出したのです。信じるとは、信頼することです。聖書を読めば、イエス・キリストがどれほど信頼できるお方かが分かってきますが、目に見えないお方、神さまですから、信仰のジャンプということになるのです。それは、全くの恵みによることです。

聖書の不思議

神を信頼し、信じて信仰を持ったとはいえ、聖書を読んでもわからないことがいろいろと出てきます。その時に、教会で指導されたことは、「聖書の中でわからないことが出てきても、次第に霊的な目が開けて、わかるときが来ます。わかるところだけをまず理解して進みなさい。」ということでした。

「信仰は体験である」と言われ、霊的な目が開かれなければ、理解できないとも言われます。よくわからない事柄といえば、イエス様の復活、奇跡、罪の三つでしょうか。“イエス様の復活”や“奇跡”については、全知全能の神が、超自然的な力を働かされれば、当然できないわけがない等々、それなりの説明や論理展開で、最初は理解をしていました。“罪”については、罪人と言われても子供のころから品行方正にしつけられて育ち、あまり悪いことはしてないしー。でも、やはり自分も罪人だろうなとこれまた浅い頭での理解レベルです。

聖書を読み、祈り、日々の問題を信仰により解決していく信仰の体験を積み重ねていきますと、いつの日か着実に心から「アーメン」とわかってきます。霊的な目が開かれるのです。罪と十字架と復活の関係が明確にわかり、奇跡も信じられます。聖書の言葉を自分に適用・実践して、その通りになる体験を積み重ねることにより、これらのことを信じようと思うまでもなく、その通りであるとわかってくるのです。

私にとって、創造主なる神が存在されることは、最初は知的理解でした。聖書を自分に適用し実践する信仰体験を積み重ねるに従い、今も生きて歴史を動かされる創造主、この小さい者も導いてくださる全知全能の主がおられると語る生き証人となりました。この幸いを心から感謝しています。

2017年8月9日    小坂圭吾

2017年6月21日水曜日

聖書の不思議「ビジョンは導く」

創愛キリスト教会
創愛キリスト教会・献堂式に出席

 先月、四日市市にある創愛キリスト教会の献堂式(顧問牧師・堀越暢治、主任牧師・宮崎聖)に参加致しました。堀越暢治(のぶじ)牧師が18年前に、新たな一つの家庭集会から始まり、創造主の慈しみと哀れみにより完成へと導かれたのです。4年ほど前、『創造主訳聖書』が刊行したころ、堀越先生の教会を訪問させていただくと約束したことが、献堂式に参加という形で実現しました。

新会堂建設は、主の恵みが特別に注がれるときでもあり、私も何度か会堂建設に携わる恵みにあずかりました。最初は、学生時代に韓国を訪問・謝罪の実として、日本軍による教会堂焼き討ち及びクリスチャン殺害事件のあった韓国・提岩里教会の再建です。

2回目は、30代の時、母教会(当時の高田馬場教会)の初めての新会堂建設の委員に加えられ、会堂献金の蓄えが少ない中、主がそれを実現してくださる様を体験しました。

3回目は、東京都より河川の治水工事の為に、会堂を移転してほしいと申し出があり、新築してわずか10年余の教会堂を東京都に売り払い、別の場所に会堂移転するというまさかの計画です。これを契機に千人会堂建設というビジョンに向かって歩みを進め(聖書キリスト教会・東京教会)、主なる神様が不思議な事をされる様を体験させていただきました。
献堂式

神の名について

創愛キリスト教会の特徴は?と言えば、聖書の創世記に記されている「創造」の真実を信じ、大切にしている教会です。人は、サルから進化した偶然の産物ではなく、天と地を造られたお方・創造主が、最高の傑作として造ってくださった存在です。

大学1年生の時に求道を始めた私は、まず創世記から読み始めたような記憶があります。「はじめに神は天と地とを創造された。」(創1:1 口語訳)何という素晴らしい言葉から始まるのでしょう。求道して間もなく、聖書を研究し天地の創造主が存在すると、素直に信じました。

 堀越暢治牧師が、18年前に開拓伝道を始められたのは、「神」の名は、日本では八百万(やおよろず)の神々と理解され、正しく伝わらないので「創造主」と呼び名を変えて伝道しようと決意されたのです。また、「神」という言葉を「創造主」に変えた聖書を作りたいと願われ奔走されました。

 堀越先生は、淀橋教会の峯野龍弘先生、韓国・オンヌリ教会(創造論に立って創造主なる神を宣教し今日のような教会に進展)故ハ・ヨンジョ先生の協力を仰ぎながら、創造主訳聖書刊行委員会を立ち上げて、念願の『創造主訳聖書』が刊行されたのです。

 日本人は、聖書の中で「神」と出てくると八百万の神と理解しながら読みますので、混乱が起こります。「創造主」と書いてあると“天地を造られた神”と理解しながら読むため、混乱が起こらず伝わりやすいのです。

創造をベースにビジョンに向かって

 創愛キリスト教会は、「創造をベースに99%へ福音を」というビジョンを掲げ歩んできた中、広大な土地・8000坪が与えられました。この土地の活用を模索する中、このたび新会堂が建設されました。

 旧会堂は、改修して「ノアの箱船記念館」としてオープンを予定、アメリカの創造博物館やアメリカから寄贈された化石、堀越先生が日本や世界中で自ら発掘した化石を館内に展示される由。創造の真実をダイナミックに伝える映像の上映、創造の歴史を学べる展示物(恐竜のオブジェやパネル)などの設置も行われるとのことです。

 さらに、ノアの箱船の出来事が真実であることを伝えるために、ノアの箱船の原寸大モニュメントの設置(全長150m ✕ 幅25m ✕ 高さ15m)による“ノアの箱船記念パーク”を作るビジョンに挑戦しています。これらの夢・ビジョンに向かって18年前に始められ、次第に形になりつつあることは、なんと喜ばしいことでしょう。

 聖書の言葉を固く信じ、創造主に思いをはせながら上からのビジョンをいただき、その実現に向かって前進する時、創造主が不思議な事をなしてくださるのです。“いのちの創造主”の素晴らしさをお伝えします。

 ・創愛キリスト教会のHPはこちら ↓


・創造主訳聖書はこちら ↓



2017621日 小坂圭吾

2015年11月12日木曜日

聖書の不思議「鳥に聞く~キツツキの話」

キツツキ(アカゲラ) (出典:ウイキペデイアより)
          獣や鳥に聞いてみる

創造主が天地を造られたことについて、聖書の中のヨブ記では、こんな面白い表現が記されています。「獣や鳥に聞いてみるとよい。彼らが答えてくれるだろう。あるいは、大地や海に尋ねてみるとよい。彼らが教えてくれるだろう。彼らは皆、これらが、主の御手の業であることを知っている。生きている者の命は、主の御手の中にある。」(ヨブ記13:7-10 現代訳聖書)

創造主が造られた獣や鳥の不思議について、私たちは、それほど関心を払っていないかもしれません。毎年、夏になると我が家の庭にも何十となく蝉が羽化するために出てきた穴のあと、その抜け殻があります。夏の風情を彩るあの元気の良いたくさんの蝉、その蝉の死骸を見ることは、ほとんどありません。ほんとに不思議です。

大空を自由に飛び回る鳥、特に渡り鳥は、食糧、環境、繁殖などの事情に応じて定期的に長い距離を移動(渡り)しますが、数百キロも旅をするそうです。夏鳥の代表にツバメ、冬鳥の代表にハクチョウ、知床で見られるオオワシがいます。
 
子供のころ、田舎の実家の軒先に巣を作るツバメのために、春先から夏の終わりまで、玄関先を開けておくとツバメが巣を作りました。ツバメは、特有の帰巣本能によって、同じ町、同じ軒下の巣に帰ってくるそうで、帰ってくる確率はとても高いとのことです。この渡り鳥ですが、その実態はまだ研究途中だそうです。

     キツツキこつこつ

子供のかるたに「キツツキこつこつ木をつつく」があります。子供と一緒にかるた取りの時、何度も読み上げた言葉ですが、そのキツツキの不思議について、ご紹介します。

「キツツキが木を激しくつつく時の威力は、信じられないほどのもの!キツツキの首には重力の何千倍もの負荷がかかり、ロケットの発射時に宇宙飛行士にかかる負荷の250倍に匹敵するとのこと。なぜ、これほどの衝撃に耐えられるのか。どうしてキツツキの脳は、飛び散ってしまわないのだろうか。
 
キツツキがこのような途方もなく、激しい振動に耐えられるのは、神の特別な知恵によるのだ。キツツキの頭部、くちばし、頸部が特別仕様で造られている。キツツキの頭骨は、とても丈夫に造られ、くちばしは、他の鳥類以上に強靭なノミのような形をしている。そればかりか、木を彫り出した木くずが、鼻孔に入らないような仕組みになっている。
 
また、くちばしと頭骸骨の間にスポンジのような組織があり、これが木を叩きつける時の衝撃を緩和している。この衝撃緩和装置は、極めてよくできているため、科学者たちの間でも、どんな人間の発明もこれには及ばないと言われている。加えて、
 
キツツキの頭には特別な筋肉がついていて、木を叩くたびにそれが頭蓋骨をひっぱる役割を果たしている。見事に調整された頸部の筋肉を備えることにより、頭がよじれてしまわないようにデザインされているのである。」
(注)『キリスト教信仰の土台(上)第9章 創造(Ⅰ)』(PDJ刊)より一部を抜粋 

キツツキが木をつつく目的は、巣穴を作るため/木の中にいる虫を食べるため
/音によってコミュニケーションを行うためと言われています。木をつついている様子を見たことはありませんが、このデザインされた複雑さには、おどろく以外にありません。自然の驚異によってこのように出来た、進化したとの説明は、とても納得のいくものではありません。

キツツキの精巧なつくりは、創造主のおどろくべきデザインによるのであり、そこに創造主の偉大さが余すところなく、表現されているのです。地球上の生物を注意深く観察するとき、創造の美しさに触れることができます。

「獣や鳥に聞いてみるとよい。彼らが答えてくれるだろう。~~~~彼らは皆、これらが、主の御手の業であることを知っている。」との聖書の言葉が、心に迫ってきます。 

20151112日    小坂圭吾

2015年10月14日水曜日

聖書の不思議「ノアの洪水その証拠~グランドキャニオン」

           
          創造科学探査

先日、創造科学専任宣教師イ・ジェマン師の“創造科学探査の現場で創造主をほめたたえよ!”の記事(リビングライフ7月号)を読みました。創造科学探査は、グランドキャニオン地域を中心に、神様が聖書に書かれてあるとおりに行われたという事実を、その証拠を通して学ぶプログラムで、15年間で約300回も行われたそうです。

グランドキャニオンと言えば、私も約20年前に訪れた記憶がよみがえります。アメリカのロスアンジェルスに行った時に、ぜひ見たいなと、ロスから飛行機で日帰りのツアーでグランドキャニオンに行きました。その雄大な景色を見ながら、これこそ神様の造られた足跡なのだろうと思いながら楽しみました。
 
その時の日本人ガイドは、コロラド川の水がゆっくりとした速さで岩石を削ったと最も一般的な説明をしてくれたように記憶しています。「そのようなことで、この景色が出来るかな?無理な話ではないか!」と景色は素晴らしくとも納得のいかない説明であったなとの思いです。その時は、ノアの洪水との関係については考えが及びませんでした。

       創世記のノアの洪水

ノアの洪水についての聖書の記事は、創世記6章から8章に書かれています。求道中にこの箇所を読んだとき、神話とは思わず、不思議な話だなと思いました。神を信じてからは、天地創造の神のなさることですから、それはありうることだと受け止め、その通りに信じています。

ナイアガラの滝やロッキー山脈やカナダの雄大な自然、グランドキャニオンを見るにつけ、神の造られた自然の素晴らしさには、ただ感動です。長い間、残念ながらノアの洪水との関係は、考えも及びませんでした。

創造主訳聖書刊行委員会の働きに参加させていただくことがきっかけで、創造論について学ぶことが多くなり、「創世記の洪水コンサート」(イ・ジェマン著、宇佐神実監修、上田あつこ翻訳、Duranno Japan発行)を読む機会が与えられました。創造について確信がない人に、「地」が告げる創造の明らかな証拠と本の帯にあります。
 
私は、創造主が存在すると理解して信仰の入り口に立ち、やがて信仰に入り信仰の確信を持ちました。この本を読んで、私たちが目にする地形は、概ねノアの洪水によって形成されたと知ることは、神様が天地を造られたと得心がいく事になります。「創世記の洪水」は、まさに歴史的な事実としてその証拠が次々に示され、いかに進化論が虚偽の仮説であるかを知ることが出来ます。

 

聖書のノアの洪水の航海日誌を絵にすると、下記の通りです。


          グランドキャニオン

ノアの洪水の確かな証拠を明らかに見ることができるのが、このグランドキャニオンなのです。グランドキャニオンは、コロラド高原(アメリカ大陸の内陸西部の高く平らな高原地域)を縦断するまさに巨大な渓谷で、長さ446㎞、幅は広い所は30㎞、海抜は1500ⅿから3300ⅿに達する高原を深く削った渓谷です。渓谷の最も深い所で、1.8㎞にもなり、渓谷の上から見ると褐色のコロラド川が流れています。私が立った岩の上から谷底まで、1000メートルもあると言われると足がすくみます。

グランドキャニオンの形成過程は、地球物理学の教科書や科学雑誌には“長い歳月にわたる浸食作用によって削られ続けて出現した”と書かれ続けています。

しかし、最近の地質学者たちは、そのように考えてはいません。20006月に、グランドキャニオン村で、コロラド川の起源に関する前例のない大規模な会議・シンポジウムが開かれ、70人以上の地質学者が参加しました。
 
結論は、“長い歳月にわたる浸食作用により出現した”とは全く異なる解釈で、「今日では決して起こりえない大激変が原因であった」という事実に同意したのです。グランドキャニオンの深い渓谷の削られ方は、ゆったりとした流れによっては不可能であり、極めてまれな大規模の洪水によってのみ可能であると結論付けたのです。

グランドキャニオンの形成されたプロセスを、地層、化石等の調査から得た証拠をもとに説明を聞きますと、“創世記のノアの洪水が歴史的事実であることが良くわかります。

創造を信じる科学者たちは、世界の地層や化石を調べて、大洪水が起こったことを裏つける証拠を次々と発見しています。カナデイアンロッキー、アンデス山脈、アルプス山脈、ヒマラヤ山脈、エチオピア高原等々です。 

最後に、この「創世記の洪水コンサート」を読むと、聖書に書かれている天地創造の真実に確信を持つことができ、進化論が単なる仮説、理論にすぎないことを理解することができるでしょう。とても楽しく読むことが出来ますので、一読を心からお勧めします。私は、いつかチャンスがあれば、もう一度、グランドキャニオンを訪問し、創造主の造られた足跡をたどることができればと願っています。 

20151014日    小坂圭吾

 

2015年9月14日月曜日

聖書の不思議 「聖書に真っ向から反対した人~ベン・ハーの著者」

             

        
         小説『ベン・ハーの著者

かつて、聖書に真っ向から反対した人の話を何度か聞いた覚えがあります。名前はすっかり忘れていましたが、彼は、本気で聖書に反対する気持ちでいろいろと調査・研究をすると、聖書の真実性を裏付ける証拠がたくさん出て来て、否定できなくなってしまいました。ついに、彼自身がクリスチャンになってしまったというお話。この話を聞いてから、聖書に反対するならば、“真っ向から中途半端でなく取り組んでほしい”と勧めることだと思わされました。

その本気で反対した人の名前は、ルー・ウォーレス(1827~1905)。彼は、弁護士、州知事、南北戦争のときの北軍将軍、アメリカ合衆国の政治家および著作家であり、歴史小説『ベン・ハー』を書いたといえば、名前を知らなくても最も良く記憶されていることでしょう。

     徹底した無神論者の回心

彼は、徹底した無神論者で、聖書を読んだこともなく、キリスト教に敵対する感情を抱いていました。その彼が友人たちの前で「私はキリスト教を抹殺するために、キリストを否定する本を書くのだ。」と誓いました。
『ベン・ハー
彼は、キリスト教を攻撃するためだけに聖書を読み始めます。聖書には、多くの間違いがあるに違いないと期待して、読み始めます。一心不乱に、疑いの思いを持ちながら読んでいくのです。数年にわたり、彼は夢中で聖書を読み、アメリカやヨーロッパの図書館を回って山のような資料を集め、研究を続けました。資料を集めて調査をすればするほど、聖書の真実性を裏付ける証拠がたくさん出てきて、否定できなくなってしまいました。

旧約聖書をすべて読み終え、間違いを発見することができないことが、やがて自分の考えに対する疑いへと変わっていきます。彼の心に、予期もしない変化が起こり始めたのです。

続いて、彼は新約聖書を開き、読み始めます。イエス様が残酷な十字架にかかられる場面で、彼はついにくずれるように倒れて、神に祈ったのです。「イエス様、あなたは間違いなく神の子、私の救い主です。あなたを信じます。」

ジェームス王欽定訳(日本聖書協会より引用)
彼は、心から神を信じたのです。 “神を信じるクリスチャンは、くびきにかけられているのだ”と、彼は思っていたのですが、そこには、本当の自由と喜びと解放があることを知ったのです。

神の愛に感動する

神様の愛に感動し、キリストを信じる者となったルー・ウォーレス、このお話を聞くとほんとに感動しますね。聖書がいかに真実な書であるかが、彼の人生を通して、鋭く迫ってきます。これで終わりではなく、彼は、それまでキリスト教を抹殺しようと書き始めていたペンを折ります。聖書を否定する本を書くために集めた資料をもとに、今度は、イエス・キリストをあかしするために本を書く、それが、神様が新しくして下さった心によって書いた「ベン・ハー」です。 

新しく造り変えられたルー・ウォーレスは、それまでの輝かしい経歴であった自分の人生(それは徹底した無神論者、神を恐れない人生であったのですが)を、主によって導かれ、神様のために働く人生へと舵を切り替えたのです。

彼が書いたイエスキリストの愛と赦しを描いた作品は、ルー・ウォーレス自身の人生を重ね合わせたものかも知れません。4回も映画にもなった不朽の名作を通して、多くの方々をイエス様のもとへと導いています。


2015年9月14日    小坂圭吾

2015年8月8日土曜日

聖書の不思議「太陽が運航を止めた~消えた一日」

     
箱根大観山より芦ノ湖を望む

     聖書は神のみ言葉
聖書を読んでいますと、「神のみ言葉」であると信じていても不思議な事だなと思うところがいくつかあります。神様のなさることなので、それが真実であろうと受け止めているところが、科学の発展により、その奇跡の証拠が示されますと、「やはりそうだったのだ。聖書の言葉は確かだな。」と感じるのです。

今回取り上げるのは、“まる124時間太陽が運航を止めた”という聖書の記述です。具体的には、次の通りです。 ヨシュア記101214節、ヨシュアが主に大声で祈ると、イスラエルの民が敵を絶滅してしまうまで、太陽はほぼ1日天にとどまったままで、動かなかったとあります。②Ⅱ列王記20章8‐11節、ヒゼキヤ王の要請に従って、預言者イザヤは、日時計が10度あとに戻ることを祈ると、主はそうされたとあります。

この二か所を読むと、主は不思議なことをされるものだと思います。

     消えた1

アメリカのインデイアナ州の新聞『勝利の生活』に「どうしたら消えた1日を見つけることができるか」というタイトルの記事が掲載されました。

1960年代の始め、アメリカ大統領の命令により、月に人間を着陸させるための研究が、NASAで盛んに行われていました。月に着陸する時間を計算するために、宇宙科学者たちは、今から100年後、または1000年後の太陽と月、または星の位置を知るために徹底した計算をしなければなりません。
 
それまでに発見されている小惑星や遊星の軌道を計算し、人工衛星を打ち上げたときにそれらがぶつからないようにするためです。

ある日、科学者たちは、正確な時間を測定するために過去から未来までの時間を細かく区切ってコンピューターを作動させていた時、突然、コンピューターが止まったのです。時折、入力した資料に問題があるとか、出力された結果がほかの値と大きな誤差がある場合、コンピューターが止まることがあるのです。

札幌大通り公園の日時計
コンピューター技術者が言うには、「コンピューター自体には、何の問題もなく、正常です。コンピューターのプリントアウトによると、過去のどこかで、24時間がなくなっていると出ているのです。」全員で、資料を再検討し再入力もしてみるも、結果は、同じでした。論理的な説明や解答を見つけることができません。

みんなが困り果てていると、クリスチャンである科学者の一人が次のように言いました。「私が日曜学校に通っていたころ聞いた話ですが、旧約聖書の時代に太陽が一日止まったというのです。」みんなは半信半疑でしたが、聖書の内容を確認してみました。
 
それが前に記した①ヨシュア記101214節です。聖書に出てきた事件を参考に計算してみますと、ヨシュア記で太陽が止まっている時間は、ほぼ1日で、23時間40分でした。まだ説明できない40分が残っていました。

みんなが頭を抱えていると、クリスチャンの科学者が、別の聖書の箇所②Ⅱ列王記20章8‐11節を思い出したのです。10度とは、正確に40分を意味します。

  と②を合わせると、宇宙科学者たちが説明できなかった“消えた1日”を、正確に説明することができました。

     半信が事実に!

この記事を読んだときに、当然ながら、「聖書の記事は事実だったのだ!」と感動しました。私は、聖書記事については、神様のなさることだから真実であると信仰的にそのように受け止めています。半信半疑ではなく、疑ってはいなくても半信だった部分もあるかもしれません。このNASAの宇宙科学者たちは、“消えた1日”を聖書の中で奇跡的に見つけて喜んだように、私も大いに喜びました。

実は、この記事は、「I LOVE 聖書」(ジョン・クアウン著、小牧者出版)より引用させていただきました。聖書を愛する方々には、ぜひお読みになることをお勧めします。聖書に対する視野が、さらに大きくなることでしょう。

20158月8日    小坂圭吾