2025年1月24日金曜日

喜び・感謝「クリスチャンに引退なし」

 

2006年1月大雪(大寒の頃)

冬の湯けむり

1年で一番寒い季節と言われる「大寒」、朝の寒さは厳しく、朝起きの時間が遅くなりがちで、5時半から6時ごろ起床が6時から6時半になり、日の出が遅く6時過ぎに雨戸を開けてもまだ暗く寒いのです。

リビングのガスストーブには、5時半ごろにタイマーセットで火をつけて、ある程度暖かくなった頃にリビングに降りて行き、キッチンの石油ストーブに火をつけます。

かなり古い石油ストーブですが、しっかりその役割を果たしてくれて、とても暖かいのです。朝食が終わるころ、石油ストーブの上にかけてあるヤカンより湯けむりが上がっているのに気が付きます。

朝の太陽に照らされて、その湯けむりの何とも言えない穏やかな風景、「トー、トー、トットー、トットー」と音を立てながら、冬の心地良い趣を感じるひと時です。

じっと見つめますと、その湯けむりは、どれ一つとして同じものはなく、私たち一人一人が全く違うように造られていることを思い起こさせられます。この湯けむりは、上に上にと立ち昇っていくのです。

前のものに向かって進む

私たちクリスチャンは、後ろの物を忘れて、前のものに向かって進む、新しいことにチャレンジしていくことを求められます。何歳になろうとも、神から与えられた使命を果たすために走り続けることが求められます。

過去の良いことや悪いこと、成功や失敗、順調だったことや挫折した事、栄誉や屈辱、喜びや悲しみ、今も続いている痛み等々、一生の間には、しわの数以上に様々なことがありますが、それらを打ち忘れ前のものに向かって進むのです。

新しい年を迎えて今年はどのような年にしようかとそれぞれが考えたことだと思いますが、要は「過去を忘れ、常に未来に向って、今ここで現在を力強く生きる」ことが求められています。

昨年の秋から、良書に親しむということで、過去に読んだものを取り出してきて、あれこれと読みました。「人生の目的」が気になり、その本もじっくりと読みましたが、次のような事柄にぶち当たりました。

神の御前に立つ

私たちはみな、いつか神の御前に立つことになります。聖書によれば、永遠の世界に入る前に、神さまの審査を受けることになるのです。

「私たちはだれも皆、自分のことについて神に申し開きをしなければならない。」(ローマ14:12 現代訳)

神の審査に対して、どのような申し開きをするのか、その質問についても神さまは教えて下さっています。

第一の質問は、「私のひとり子イエスに対して、あなたはどのような態度をとりましたか」というものです。ポイントは、「あなたは、あなたのために主イエスがして下さったことを受け入れ、彼を愛し、信じましたか」ということです。

神は、私たちが神の御子キリストを知り、愛し、信頼するようになること、神の赦しと救いを受け取ることを願っておられるのです。

第二の質問は、「わたしがあなたに与えたものを、あなたはどのように活用しましたか」というものです。

神が私たちに与えて下さった才能、機会、情熱、経験、人間関係、家族、財産等々をどのように、神さまの目的に従って、有効に活用したかということです。


クリスチャンに引退なし

昨年の秋から、聖書や書籍を読み祈りながら過ごす中で、上記の質問について深く考えさせられました。

第一の質問に対しては、当然ながらしっかり答えられますが、第二の質問に対しては、今までそれなりに努力をしてきたつもりですが、実はこれからどうするかが問われました。

現役、そして第二の現役としてそれなりにやりながら、それなりの年齢(77歳喜寿)を重ねて第二の現役も卒業とさせていただくとけりをつけました。コロナとも重なり、そのような運びになりました。

しかるに、今後も生涯現役でやるしかないのではないかとそれとなく思ってはいました。

今回の学びや恩師の生き方を思い起こしながら、年齢も関係なく、力がある限り、神の目的に従って、自分に与えられたものを人々のために有効に活用しなければならないのだとの思いに導かれました。

クリスチャンには引退は無く、特に伝道・宣教については、私でなければ伝える人がいない人がいるということです。身近にありながら、伝えることをあまりしてないことを悔い改めました。

たとえ、年を老いても「祈る」という働きは、生涯続けることが出来るのです。これから新たな思いを持って、一歩前に進んでいきたいと願います。

「全世界に出て行って、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。」

(マルコ 16:15 現代訳)

2025年1月24日 小坂圭吾

2024年12月13日金曜日

感謝「1年を振り返って~良いことを習慣化する」

横浜港シンボルタワー

今年は暑かった!地球温暖化が進んでいる

今年を振り返ると感謝なことが多く思い出されますが、まずは暑い日が多かったなと思います。とにかく、今年は暑かった!地球温暖化がほんに進んでいると感じます。

神奈川県のたより・12月号は、黒岩祐治・神奈川県知事が「地球温暖化を止めるために、一人一人意識し行動していきましょう!」とこぶしを挙げて、叫んでおられます。

神奈川県内でも、大雨や台風の激甚化、海藻類が繁茂する藻場(もば)の消失、熱中症や感染症の増加、高温により米やミカンなど農作物への影響が出つつあります。

一番わかりやすいのが、最高気温35℃以上の猛暑日が急増し、22日も観測されました。40年前は1日でしたが、私は、その頃から横浜に住んでいます。

我が家のエアコンは、当時リビングに1台、今は各部屋に備え付けて、真夏には2台はフル回転です。私は寒いのも暑いのも苦手ですが、温暖な気候に育ったせいでしょう。

妻は北海道育ちですので、寒いのは平気、暑いのも私ほど苦手ではないようです。私にとって、今年の漢字は「暑」です。

温暖化ストップのために

温暖化をストップするためには、CO2などの温室効果ガスの削減が必要です。脱炭素社会の実現に向けて、国も県も企業もそれぞれに取り組んでいますが、私たちにできることは何か?

一番に太陽光発電設備の設置を、県は勧めています。設備費のために数百万円もかけることは、大変ハードルが高いのですが、初期費用を0円で設置できる仕組みもあるようです。

私もすでに設置していますが、そのような仕組みもなくローンを組みました。6年ほどでローンは返済し、電気代の節約と余った電力を売っています。地球にも財布にもやさしい太陽光発電です。

色々と出かけたとき、今までなかったところに太陽光発電の設置を見つけると、「やっているねえ!」とうれしくなります。

今すぐに身近に出来ることはと言えば、無用な電気を消すことです。毎月お世話になる散髪屋のおかみさん(実に腕がいい)と話していたら「我が家では、使わない電気を消しまくっています!」と話してくれました。

毎日の暮らしの中でのごみの分別ですが、月・金曜日~一般ごみ、火曜日~瓶・カン・ペットボトル&紙、土曜日~プラスチックと分類して、歩いて2分の公園側のごみ収集場に捨てに行きます。

そのついでに夫婦2人で1015分散歩ですが、日課としては重要です。公園ではラジオ体操をしている人々、夫婦での散歩、一人歩きの人、犬の散歩の人々と朝の会話です。

寒い朝が苦手な私ですので、時々、妻にお願いと言って私はさぼりです。

千葉県久留里・清水渓流広場

良いことを習慣化する

4回のごみ捨ては、今や習慣化していますので、朝の運動もかねて貴重な時間となっています。

ごみの分別と言えば、もう50年近くも前に、南足柄市に住んでいた時、ごみの分別が始まりました。最初は、手間なことだが良いことだと思いました。

その後、この横浜に引っ越してきて、ごみの分別が十分でなく、数年経過してから、南足柄市と同程度の分別になりました。我が家では、生ごみは、コンポスターを庭に設置して、生ごみを入れて堆肥を作っています。

このコンポスターは、月に1度は、庭のあちこちに場所を変えています。そのため、庭の土地は、とても良い土壌になっていて、土を掘り起こすとミミズが出てきて、孫たちが、喜んだり怖がったりー。

ともあれ、良いことを習慣化するということは、何事であれ、それは楽に出来ることに繫がります。更に言えば、それをしないと気持ちが悪い、忘れ物をしたような気分にもなるのです。

清水渓流広場(濃溝の滝)

習慣については、次の言葉を読んだとき、私の目が開かれました。

「人格とは習慣の総計であり、習慣的に現れる行動のことです。」(リック・ウオレン著『人生を導く5つの目的』第22日~210頁)

これを読んだとき、人格の意味と共に、習慣の大切さがはっきりと認識できました。神に喜ばれる習慣を取り入れることによって、キリストの品性を身に着けることにつながるのです。

この1年を振り返り、良いことで習慣化したことは何かなと考えますと、夫婦二人で毎朝家庭礼拝を持つことかなと思います。ほぼ3年前から始めて、すっかり定着しています。

一人で聖書を読むよりも、二人で分かち合いをしながら読めば、深い学びに繫がります。祈りも深まります。

それまでは、月に一度あるいは数回、あるいは思いついたときとか試行錯誤でした。毎日やり始めて、神さまからの恵みが色々と降り注がれ、感謝です。

更に色々と良い事について習慣化して、更なる成長をと願っています。

「私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの恵みと主を知ることにおいて、成長していきなさい。」(第二ペテロ 3:18 現代訳)

2024年12月13日 小坂圭吾

 

2024年11月12日火曜日

喜び 「人生は一緒に生きるがベスト」

 

紅葉(バンクバーよりの便り)
良書を読み返す

今年も思い返しては、昔読んだ良書を取り上げて読んでいます。

10年ぶりに読んだものが『よく生き、よく笑い、よき死と出会う』(アルフォンス・デーケン著/新潮社)、私の所属する教会で講演をしていただき、その時に購入して読みました。

これを読んでブログを書こうかなと思いましたが、もう少し死についてて研究を重ねることにしました。

5年ぶり読んだ本が『三浦綾子さんのことばと聖書“100の祈り”』(込堂一博著/いのちのことば社)、この本の著者(牧師)は、旭川に導かれて三浦綾子さんと交流があり、本書を書かれました。

著者とは、ある教会の日曜礼拝でお会し、その時この本を買い求めました。

最近何となく人生の目的が気になり、何年振りかに新しい本を手に入れ『人生を導く5つの目的』(リック・ウオレン著/PDJ)を読んでいます。

1日1章、ペンとマーカーを持ちながら1章を読み終えると、質問について考えます。教えられたことについては、家庭礼拝で時々分かち合いをしています。

関係こそ人生のすべて 

『人生を導く5つの目的』を始めて読んだ時、私が最も衝撃を与えられた事は、神は、関係こそ人生のすべてであると言われるという箇所でした。関係は人生のすべてであって、一部ではないということです。

神を愛し、人を愛することが最も大切なことは理解していますが、関係こそすべてという具体的なレベルで実行できているか、認識しているか?きわめて弱かったのです。特に人との関係のため力を入れることは、優先順位のトップにありませんでした。

優先順位が高いというのは、どれだけの時間をそのために費やしたかによって図ることができます。関係こそすべてということに気がついてから、そのことの努力をするようになりました。

人間関係は、煩わしいことも多くありますが、お互に交流することを通してこそ、私たちの人格もまた磨かれていきます。

一緒に生きる

色々と良書を読み返し(再読・再々読等)ますと、新しく読む本以上に、教えられることが確実にあり、そうだったなと新しい気づきもあり、良書を読み返す楽しみです。色々と本を読んだ後で、誰かに話したくなるものです。

他の人に話すことによって、新しいことに気が付く、相手の反応でより深められるといったことを経験します。話すことによって自分の記憶に更に残っていくとも言われます。

他の人に話す、分かち合うことは、そこには互いに交流し、交わることが当然ながら起きてきます。私たちは一人で孤独に生きていくのではなく、他の人々と関わりを持ちながら、共に神の目的に生きるように計画されました。

私たちは、互いに他者を必要としている存在であり、周囲の人々と一緒に生きることが神さまのご計画であり、二人は一人に勝るのです。

一緒に生きるとは、交流・交わりを持ち、その友情を深めることで、その関係の中で最も大切な「愛に生きる」ことを学んでいくのです。


ヤマアラシ

ヤマアラシのジレンマ~一緒に生きるがベスト

ドイツ哲学者の作った寓話に由来して、精神分析医が名付けた『ヤマアラシのジレンマ』というお話があります。

「二匹のヤマアラシが温めあおうと近づいたら、お互いの針で刺し合ってしまい、あわてて離れる」というコミュニケーションの魅力と煩わしさを表したお話です。

聖書では、人が互いに交わりを持ち、一緒に成長し、仕え合い、共に礼拝し、伝道することを神は望んでおられると教えています。では、針の問題はどうすればいいのでしょうか?寓話が出した答えは、『適度な距離を保つ』という妥協案でした。

聖書が提示するのは、「キリストのことばを心に住まわせ、競争意識を持たず、要求よりも互いの理解につとめる」ことが根本的な解決方法です。神様に頼れば『針があるからこそ成長できる』と言うことさえできます。

人と交わりを持ち、他者と『一緒に生きる』ことを目指せば、お互いの針が必ず気になってきますが、神様に頼ることによって成長できる素晴らしい世界があります。

時に嫌なことや煩わしいこと以上に良いものが与えられる、神が与えてくださる恵みがそこにはあります。『人生は一緒に生きるがベスト』~年を重ねることを通して、学んだ恵みを感謝致します。

「鉄で鉄を研ぐように、人の心も他の人の心との触れ合いによって成長する。」         (箴言27:17 現代訳)

2024年11月12日 小坂圭吾 


2024年10月18日金曜日

祈り「人生はテストである」

衆議員解散の報道

第50回衆議院総選挙

自民党総裁選は石破茂総裁が選ばれ、野党の立憲民主党代表選は野田義彦代表が選定されました。その後、国会が召集され石破茂総裁が総理に就任し、衆議院は10月9日解散されました。

第50回衆議院選の日程が「15日公示―27日投開票」と決まり、事実上の選挙戦に突入しています。総裁選も代表選も、この経過を新聞、テレビでつぶさに見て、党員になったつもりで誰に投票するかを考え、自民党は石破茂氏に投票するとしました。

石橋茂氏が決選投票の厳しい中で当選を果たし、本当に良かったと感じています。今回の総選挙は、自民党にとっては、大変厳しい選挙になりそうです。

石破茂総理はクリスチャン

石破茂氏は、キリスト教プロテスタント信者であることを公言してはばからない人です。もう10年ほど前ですが、友人が招待してくださり「国家晩餐祈祷会」に出席した時、石破氏があいさつをされ、曾祖父のことについてお話をされたことを覚えています。

石破内閣がスタートして解散まで、どのようになるかテレビを通じて色々な角度からの番組を見ました。

あるテレビ番組で、作家で元外務省主任分析官である佐藤優氏(同志社大学神学部卒、カルバン派教会出身のクリスチャン、石破茂研究を密かに行ってきた由)が出演されて、「石破氏のことは同じ信仰者として考えていることが良くわかる」と他の解説者とは違う視点で語られました。

私も改革長老派の教会の一員ですので、“さもあらん!”と佐藤氏の話に共感しました。石破茂総理の信仰的背景を少し紹介いたします。

神代植物公園・バラ園

牧師である曽祖父の強いDNAを継承

「政治が感動を起こさなければいけない。有利だからやる、不利だったらやらない。それは私の生き様ではありません。」と語る石破茂氏、過去最多の5度目の自民党総裁選への挑戦でついに勝利しました。

彼には、愚直で誠実といったイメージがあり、安倍一強という権力と敵対し、長らく閑職に干されようとも立ち上がり、不屈の精神の持ち主ですね。それは、彼のキリスト信仰心であろうかと思われます。

石破氏は、小さい頃から母親に連れられて日本基督教団鳥取教会に通い、そこで18歳の時に洗礼を受けました。

鳥取から上京し、慶応義塾高校、慶応義塾大学に進学後は日本キリスト教会世田谷伝道所(現世田谷千歳教会、改革派の流れをくむ教会)に出席し、教会学校の教師も務めました。

石破氏がしばしば語られる先祖のことですが、母方の曽祖父は、同志社英学校(後の同志社大学)の創立者である新島襄から洗礼を受けた金森通倫(みちとも)です。

熊本バンドの一員として新島襄先生に弟子入りをして牧師になり、一番弟子と言われて新島先生が病に倒れられた後、同志社の総長代理となられました。石破氏は、この曾祖父のDNAを受け継いでいるとの意識があるようで、4代目のクリスチャンです。

石破氏が総理として神さまの御心にかない、その御用のために神様が十分にお用い下さるようにと、皆で執り成しのお祈りをしていきたいと思います。

神さまの視点から~人生はテストである

石破氏は、神さまによって自民党総裁に選ばれたと思っていると推察致します。過去最多の5度にわたり自民党総裁選へ挑戦して勝利できたのは、キリスト信仰による以外に考えられません。

私たちが人生をどう見るかは、私たちの人生を決定し方向が決まるのです。神さまの視点から私たちの人生をみる~それは聖書によりますが、私はイメージとして、人生はテストであると理解できたとき、大きく目が開かれました。

これは、聖書全体に見られる考え方です。私たちの人生はテストの連続で、神はテストを用意し、私たちがどのように応答するかを見ておられます。

様々な問題、失敗や成功、衝突、病気、失望落胆、人間関係のもつれ、猛暑や長雨等の天候に対して、どのように応答しているでしょうか。

神さまは、非常に小さいことも誰が見ていなくても、すべてに目をとめておられます。人生はテストであると分かると、人生に無意味なことなど一つもない、一つ一つが私たちの成長に欠かせないもの、試されることによって成長し、その真価が明らかになるのです。

ばらばらに見えるような人生の断片が、神さまにあっては全てが意味を持ってつながっているのです。

アブラハム・リンカーン

アメリカ大統領のアブラハム・リンカーンの人生ですが、「失敗と不幸と挫折」という文字が、彼の生涯について回りました。彼は、聖書と祈りにより力をいただき、倒れても素早く起き上がりました。

彼は決してあきらめない~選挙において7度も落選するも七転び八起きの信仰により、困難が訪れるたびに慰めと力を得る聖書のみことばを愛し、すべてのことが働いて益となることを信じたのです。

ある新聞記者にリンカーン答えています。「わたしは、多くの失敗を経験し、失敗のたびに神さまのみこころを学びました。

サタンは、『もう終わりだ』とささやきますが、神さまは、『今回の失敗を教訓としてさらに大きなことに挑戦しなさい』と言われ、私は神さまの声に耳を傾けたのです。」

私たちも、神さまのテストに失敗しようとも、聖書と祈りにより力をいただき乗り越え、信仰が練り上げられ、成長させていただきましょう。

「試練に遭っても、それに耐え抜く人は幸いである。それを耐え抜いたら、神を愛する人々に約束された、勝利者への命の冠を頂くことができるからである。」(ヤコブ 1:12 現代訳)

「主はいつも地上をご覧になっていて、主に心を向けている人がいれば、その人に力を与えてくださいます。」(歴代誌 16:9 現代訳)

2024年10月18日 小坂圭吾

 

2024年9月14日土曜日

喜び・感謝「天国を目指して、走り抜く」

国会議事堂
総裁選・代表選はいかに?

いよいよ岸田首相の後継を選ぶ自民党総裁選が告示されました。過去最多の9人が立候補し、上位2人の決選投票にもつれ込む公算が大のようです。

一方、野党の立憲民主党も代表選が行われ、4人が立候補し論戦を交わしています。各候補者はそれぞれに支持を集めるべく走り回っています。

私は、それぞれの党員であれば誰に投票するかを考えるべく、熱心に新聞を読み、テレビでの討論を見ています。さてさて、この結果はどのようなことになるでしょうか?

そういえば、今から15年ほどまえ、当時の民主党の圧勝により政権交代がなされた直後、当時の民主党議員のお世話でJASS(日本セカンドライフ協会)の仲間と国会議事堂を訪問したことを思い出しました。

国会議事堂訪問

その時は、衆議院議員選挙直後であり、特別国会開催に向けての準備もされつつありました。1936年(昭和11年)に完成した国会議事堂は、70年来のリニューアル工事で、昔の汚れを落として白い輝きを取り戻して、花崗岩の外壁が現れていました。

かつて、アメリカのワシントン国会議事堂を訪問したときのことを思い出し、それと比較して、さすがに日本らしい立派な造りであると思いました。

床は大理石、赤じゅうたん、窓と天井にはステンドグラス、中央広間の壁画等々です。議事堂の正面向かって右が参議院、左が衆議院となっていて、両院の議場はほとんど同じですが、参議院のみ議場の正面中央が国会開会式のときに天皇陛下が臨席されるお席があります。

中央広間には、議会政治の基礎を築くのに功労のあった伊藤博文、大隈重信、板垣退助の銅像が建っています。台座の4人目は、誰にするか決まらなかったために空席でしたが、「政治に完成はなく、未完の象徴」との意味もあるとのことです。

日本の政治は、今後どのようになるのか、私たちが祈っていくべき課題です。

練習8割がカギ、走り抜く

今月の読売新聞に、マラソン1510勝の戦績を残した時代の証言者瀬古俊彦が連載されています。彼の活躍ぶりは、あちこちで見ましたが、今では正月の箱根駅伝の解説者としておなじみです。

この連載記事を読みますと、「マラソンは素質2割、練習8割で、練習をどれだけ積めたかが、大きなカギを握る」と書いてあります。

具体的にその練習の様子がつぶさに書いてあり、素質だけで走っていた瀬古選手が、「練習が8割」を実行して、次々と大きな大会で優勝する様子を見て、驚きであり感動を与えてくれました。

そこに至るには、中村清監督という良き指導者との出会いがあった事も忘れてはなりません。まさに練習を積み重ねて走り抜き、マラソンは楽しく、自由自在に走れたと言っています。

天国を目指して

私たちも、自分の仕事、家庭、教会等において、自分のやるべき働きに一所懸命取り組み、走っています。クリスチャンの目指すゴールは天国ですが、この天国へのマラソンを走り抜きたいと思います。

若い時は、自分の力で走り抜こうとする事が多く、それでも何とかなる時もあります。しかし、やることが一杯でいらいらしている自分、疲れきっている自分が多いのではないでしょうか。

その事に気がつき、神様にお祈りしますと不思議と平安と力が与えられます。神様を忘れて自分でがんばる姿は、神さまのエネルギー、スタミナを欠いた状態、車でいうガス欠です。

自分で変にがんばらないためには、主との関係をしっかり保ち、聖書を読み祈ること、そんなこと当たり前!そうです。当たり前のことがきちんとできれば、熟達したクリスチャンなのだと思います。

マラソンは、どれだけ練習を積み重ねたかがカギですが、私たちには、それにあたる毎日聖書に親しみ、主に祈る生活をやっていきますと、自分でがんばろうと力を入れなくとも、案外、物事はスムースに進みます。

スムースにと言う意味は、ジグザグはありますけれども、主の御手の中で導かれていきます。人生というマラソンにおいて、このエネルギー不足、スタミナ不足にならないように毎日、聖書とお祈りによって神さまのエネルギーを補充していただきましょう。
 

「主はいつも地上をご覧になっていて、主に心を向けている人がいれば、その人に力を与えてくださいます。」(歴代誌2、16:9 現代訳)


2024年9月14日 小坂圭吾