2014年11月24日月曜日

健康余話 「インターバル速歩」


             枯れ木も山のにぎわい
 
先日、地元の小さなK教会の礼拝に1年ぶりに参加しました。礼拝後に知人の方から「今日は、昼食の交わりがあるので食べて行って下さい。」と声を掛けられました。そればかりか何人もの方から、名前を呼んで下さり、よくぞ覚えてくださっていたなと感動です。このように声を掛けられるとまたいつか来ようという気になりますね。

昼食を食べながら、お隣の方になぜここに来られたのかと聞かれ、「年に何回かは時間をとって、小さな教会の礼拝に参加をしています。“枯れ木も山のにぎわい”ですので、出席するだけでも意味があり、多少の趣を添えることができ,にぎやかになってよいのではと思っています。」 

        健康増進の『インターバル速歩』
その時に、知人の方から健康増進のために毎日ウォーキング、山登り、体を使うことにより、この3年ほど全く風邪をひいたことが無いとお話くださいました。これには大変な刺激でした。私自身、先月末に風邪をひき、咳とタンで10日間ほど痛めつけられた(?)ばかりです。体力作りについて少しやり方を変えねばと考えていました。それは、NHK“ためしてガッテン”で9月に紹介され、最近日経新聞にも掲載された方法で、「これは良いぞ!」と決心しました。

健康増進に効果的といわれるウォーキングとはいえ、近年の研究では、筋力・持久力の向上が見込めないと言われています。そこで開発されたのが『インターバル速歩』で、「さっさか歩き」と「ゆっくり歩き」を数分間ずつ交互に繰り返すウォーキング法です。筋肉に負荷をかけ「ややきつい」と感じる程度に3分間“サッサカ”で歩き、3分間“ユックリ”息を整える歩きをするのです。これを1セットとして、1日に5セット=30分間行うのです。5セットをまとめて行わなくて分割しても効果があります。

歩き方は、背筋を伸ばして目線は遠くを見て、かかとから着地し、歩幅は普段よりも大きめに。無理なく出来て、骨密度の増加や生活習慣病リスクの改善などにもつながる由。1週間に4日間が目標ですので、体力のない方も、忙しくて時間がとれないという人にもぴったりのトレーニング方法です。(下図は、JTRCのHPより転載しました。)

 

          意欲が高まる
 
このやり方は、数年も前から知っていましたが、今回ちょっとしたことから火がついて実行に移しました。日頃からウォーキングに励んでいますが、毎日かなりの努力と時間が必要です。これですとそれこそ気軽に出来て体力がつく、2-3セット歩いた後でも意欲が高まる等、生活の中で効果を実感できるのです。皆さまにもお勧めします。

風邪をひき“咳とタン”に苦しめられた10日間余でしたが、当座は苦しくいやなものですが、人生何か苦しいことがあれば、必ずやそれを通して主なる神様が“マイナスは必ずプラスになる”と教えて下さいます。これを契機に生活をゼロベースから見直しをすることになり、霊的にも色々と恵みをいただき、このような『インターバル速歩』のやり方を実行することにもなりました。まさに、恵みとしか言いようがなく感謝しています。

2014年11月24日    小坂圭吾

2014年10月12日日曜日

感謝「生涯現役」




カワセミに着目

昨年の秋、近くの公園(大きな池あり)に出かけた時、家人が見つけてくれたカワセミの写真を撮影することが出来ました。全長15-17cmくらいで、くちばしは長く、魚取りが上手な鳥です。渓流や池沼などを見下ろす木の枝に静かにとまり、水中の獲物をとったり、水面をかすめて一直線に速く飛んだりしています。羽色が鮮やかで、その美しさは多くの人々に注目されています。
 
 先日、知人のUさん(ジェネシスジャパン)から面白いお話を聞きました。新幹線500系の先端部は、カワセミのくちばしの形状をヒントに作られたとのことです。カワセミは、時速100km以上で水中に飛び込んで魚を捕まえる。新幹線の車両開発・技術者たちは、この事に着目をして、大掛かりな実験装置とスーパーコンピューターを駆使しシミュレーションをしました。その結果、カワセミのくちばしの形状が騒音と空気抵抗を著しく減らす理想的な形であることが分かりました。創造主の造られた自然界に見られる凄い技術をヒントに、多くの技術開発が行われています。

社会的現役

東海道新幹線が昭和39年に開業して、新幹線は開業50周年を迎えました。財務省は、これを記念した百円硬貨を来年3月めどに発行する運びです。東海道など各地域の新幹線の代表的な車両をあしらった5種類の硬貨のデザインを公開(東海道新幹線のN700A、山陽新幹線の500系、東北新幹線のE5系等々)、代表的な車両を斜め前から見たデザインとなっています。鉄道ファンには、心わくわくの事で、これからもますます“現役”として大活躍をする新幹線です。

 ところで“現役”というと、はじめてお会いする方に「まだ現役ですか?」とよく聞かれます。「年相応にガタがきてメインテナンスに努めながら、現役です。」とお答えしています。人間は、生きている限りは生命生活の「現役」であり、生涯現役というのは、当たり前の話ではないかと思います。多くの方が尋ねられる「まだ現役ですか?」という意味は、“会社的現役”であるかどうかという意味ではないかと思われます。

私の場合は、第一の現役の途中に第二の現役である“パーパス・ドリブン・ジャパン”設立をサドルバック教会より要請され、きりの良い所で第一の現役を退任し、第二の現役に切り替わりました。息子と二人で会社を起こし自分で現場を作り、現役です。会社的現役と言っても良いかと思いますが、社会的に役立つ現場を持ち、主体的に自分の行動を決めて働いていますので、“社会的現役”だと申し上げます。そう考えれば、ボランテイアもNPOに参加している人も、皆さん現役です。収入のあるなしは、関係ないのです。
      



     生涯現役である!

2014年のノーベル物理学賞が日本人3人に授与されたニュースは、日本にとってたいへん勇気づけられる受賞です。少ない電力で明るく青色に光る発行ダイオード(LED)の発明と実用化に貢献した業績が、高く評価されたものです。赤崎勇氏(名城大学教授)は、85歳ながら大学の教授として現役として現場を持っておられ、ほんとにお元気そうです。

 ところで、女性は「現役でなくなる」とはあまり言いませんね。家人に聞きましたら、「生涯現役でしょう!」とあっさりと言われてしまいした。彼女たちは、組織とは関係なく、「日常生活」という現場を担っています。子&孫育て、趣味、仕事、家事すべてが現場ですから、その現場は生涯自分の現場だと、多くの女性方が思っているのではないでしょうか?それは、生きることそのものが現役なのです。

生涯現役であることについては、男性は、スイッチを切り替えないとなかなかそのように考えられないでしょうか?私も、先輩方の後ろ姿や神学校の学長のお話を聞きながら、生涯現役でありたいものだと考えるようになりました。ですから、ガタの来ている体にもメインテナンスをきちんとして、それなりに活動したいと思っています。そして、どんなことでもよいので現場を持って、社会に貢献していくことを願っています。生活者に戻って、地域も家族も私の現場として、責任を持って仕切っていく事が大切ではないでしょうか?そして、誰もが生涯現役であると言える国でありたいと願っています。

2014年10月12日    小坂圭吾
 

2014年9月9日火曜日

今を生きる 「見ていても見えない」

 
      関心があると見える
私はコーヒー好きで、1日1-2杯は自分でコーヒーを入れて飲みます。コーヒーショップは、値段の高いところは抵抗を感じ、安くておいしい所、よく利用するのがドトールコーヒーです。今や国内に1500店舗を構える日本最大のコーヒーチェーン、“たかが200円コーヒー”と言いますが、かなり前になりますが、全身全霊を賭け育て上げた名誉会長・鳥羽博道氏からドトールコーヒー誕生のお話を聞きました。

今から40年ほど前に、鳥羽さんが喫茶業界のヨーロッパ視察ツアーに参加したときのことです。「朝シャンゼリゼを歩いていると、地下鉄の駅から出てきた通勤客の多くが、近くのカフェに次々と入っていく。つられて店内に入ったら、驚き!テーブル席が空いているにもかかわらず、立ってコーヒーを飲む客。不思議に思ってメニューを見ると、値段が違った。テラスで飲むと150円、店内のテーブル席だと100円、立ち飲みだと50円。これだ!と思いましたね。」これこそが喫茶店の最終的な業態ではないかと思った鳥羽さんは、ドトールの誕生をこの時思い付いたとのことです。

その現場をツアーで一緒の人たちも見たのですが、鳥羽さんは、この喫茶業界の先々はどうしたらよいか?の強い問題意識を持って行かれたので、その現場を見てひらめいたのです。本人の言葉を借りれば、「関心があると“見える”」のです。関心、問題意識が無ければ、見ていても見えないのです。
  
      
「翼よ、あれがパリの灯だ」

もう30年以上も前のことですが、アメリカ・ワシントンにあるスミソニアン航空宇宙博物館を訪ねたことがあります。そこには、歴史に残る飛行機やロケットの実物が所狭しと展示されており、初めて宇宙を飛んだというアポロ宇宙ロケットもありました。博物館の入口に入ってすぐのところには「翼よ、あれがパリの灯だ」で知られる、ニューヨークからパリまで33時間半に及ぶ飛行に成功したリンドバーグのスピリット・オブ・セントルイス号が吊り下げられていました。まじまじと良く見たことは覚えています。

ところで、この飛行機の窓はどこにあるのでしょうか?「翼よ、あれがパリの灯だ」との感激の言葉からして、操縦席の正面の窓から見えた光景に感動し、この言葉が出たであろうと考えます。実は、座席からは直接前方が見えず、機体側面の窓から顔を出して前を見なければならなかったのです。可能な限り空気抵抗を減らすことを優先し、窓はわずかに胴体の両側に小さく取り付けらるのみとなったのです。リンドバーグは、その小さな横窓からパリの灯を確認したのです。スミソニアン航空宇宙博物館でしっかり見たのですが、実はそうではなく、見たつもりになっていて実はよく見てなかったという実例です。(写真は、その時に撮影したものです。)

     見ていても見えない
私たちの毎日の生活において、“見ていても見えない”ことがなんと多いことでしょう。たとえば「神の恵み」についてですが、数えて見よ主の恵み(神の恵み)とあるごとく、数えだしたら数え切れないほど神の恵みはあります。そうは思っていても、正直それを数えることをしません。

では、「神の恵み」とは何でしょうか。「神の恵み」とは、ふさわしくない者に神が与えてくださる良きものです。”ふさわしくない者に”がポイントですが、これが実に分かっていない自分があります。当然のことのように思っていることが、実は“恵みだ”ということが多くあるのです。心で分かっていないために見えないのです。

先日も帰宅途中に「どうも今日はいやな事が多かったな」と思いつつ、コーヒーショップに入り振返ってみました。そして、良かったことや、うまく行った事柄をとにかく挙げてみました。神の恵みをとにかく数えてみました。出てきました。かなりーーー。自分の努力で無く恵みだと思うこと、素晴らしいことが上がっていました。自分で良いことを見ていてもそれが見えず、悪いことや失敗のみが見えて、今日はイマイチだったと失望しがちです。静かに考えてみれば、見えてなかったことが案外見えてくるのです。神の恵みが実感できるのです。

「あなた方は、ーーー見るには見るが、見えない。ーーーその耳は聞えにくくなっていて、その目は閉じている。」(マタイ13:14-15 現代訳)

2014年9月9日    小坂圭吾

2014年8月23日土曜日

今を生きる 「雨ニモマケズ」



 

    夏の暑さにも負けぬ
  もう半年も前になるでしょうか。家人から見せてもらったメモが、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」(あめにもまけず)です。彼女がサインペンで書いたA4用紙1枚のメモを読んで、「ほんとに素晴らしい詩だね。いつかブログにでも使いたいね」と彼女から取り上げた(?)のですが、ボックスを整理していたら出てきました。

 お盆を過ぎたのに残暑厳しく、一方では天候不順と落差が大きいこの頃、ともあれまだ暑さは去りそうになく、ふとこの詩を読んでみますと“夏の暑さにも負けぬ”と言う言葉があり、「愚痴など言っておられないぞ」と思わされました。一読して、何かさわやかな風を感じるようでした。

 この詩は、宮沢賢治の代表作のひとつともされるものですが、彼の没後に発見された遺作のメモであり、一般には詩として受容されています。「雨ニモマケズ/風ニモマケズ」より始まり、「サウイフモノニ/ワタシハナリタイ」で終わる漢字交じりのカタカナ書きですが、現代文での表現で、まずはお読み下さい。

「雨にも負けず」
雨にも負けず 風にも負けず
雪にも夏の暑さにも負けぬ
丈夫なからだをもち 慾はなく 
決して怒らず いつも静かに笑っている
一日に玄米四合と 味噌と少しの野菜を食べ
あらゆることを 自分を勘定に入れずに
よく見聞きし分かり そして忘れず
野原の松の林の陰の 小さな萱ぶきの小屋にいて
東に病気の子供あれば 行って看病してやり
西に疲れた母あれば 行ってその稲の束を負い
南に死にそうな人あれば 行ってこわがらなくてもいいといい
北に喧嘩や訴訟があれば つまらないからやめろといい
日照りの時は涙を流し 寒さの夏はおろおろ歩き
みんなにでくのぼーと呼ばれ
褒められもせず 苦にもされず 
そういうものに わたしはなりたい

対句のような表現が用いられ、最後のセンテンスになるまで主語(私)が明かされません。ですから、自分の事を言っているようにも受け止めることが出来、“そういう者に私は成りたい”と共感できます。この詩を読んだことは、過去に何度もありますが、その時に応じて感じたことや感動したことが違ったと思われます。同じものを読んでも、その年令に応じて感じる事や新しい発見があるのは、それまでの人生経験やその時の状況が、それをしてくれるのでしょう。


シンプルな生活
共感したことは、実に質素な生活ですが、弱い人々の事を思いやり、人々のために心をかけていく生活です。具体的には、野原の小さな萱ぶきの小屋に住み、玄米四合と味噌と少しの野菜を食べて暮らし、東奔西走して、人々を慰め励ます生活です。そして、健康には留意しているので、丈夫な体を持っている。
 
新約聖書の福音書の中に、バプテスマのヨハネが出てきますが、彼はまさしくこのようなシンプルな生活ながら、使命観を持って歩む質実剛健、質素な生活だったことを思い起こします。

私たちの毎日の生活は、煩雑で多忙な生活ですが、大切な一歩が後回しになりがちです。人生で重要なことは、そんなに多くはなく、実に多くの無駄なことをやっていると言われます。やる前に考えています。発言しています。私たちの行動を3日間、こまめに何をやったか、時間は何分かかったかを記録し静かに反省をしてみると、沢山の無駄なことに気付くと言われます。

そこまでもしなくても、今やっている中で、一番無駄なことは何かと自問自答すると、きっとあるはずです。無駄なことをやらない、止める、考えない、言わないと!これこそ、御霊の実の自制ですが、聖霊により頼んで、美しい自制の実を結ぶ者となりたいものです。自分の生活をシンプルな生活にして、重要なことに力を注ぐことが出来ればと願います。
                           
2014年8月23日     小坂圭吾