2015年4月11日土曜日

感謝「日常の暮らしに満足し、感謝する生き方」



      壱千万円差し上げます!             
昨年読んだ雑誌の記事に、こんなお話がありました。
ある金持ちが新聞に広告を出しました。「現在の自分の暮らしに心から満足している人は、私の所に来てください。それを証明できたら、壱千万円差し上げます。」

その広告を見た数多くの人が、金持ちの家に押しかけ、口々に自分がどんなに現在満足しているかを熱弁しました。1か月過ぎても、だれも壱千万円を受け取る人はなく、長い行列はしだいに短くなり、そのうちに誰も訪れる人はいなくなりました。

それは、金持ちのある質問に対して、だれも答えることが出来なかったからです。金持ちの質問はこれです。「あなたが本当に今の暮らしに満足しているなら、どうして壱千万円をもらいに来たのですか?」(リビングライフ201410月号)


     財産と富
実に考えさせられるお話です。日常の暮らしに心から満足し、感謝するには、私たちの心の姿勢が問われる事柄です。特に、財産と富に対する私たちの欲は、限りがありません。

財産が増えると消費も膨らみますので、その欲は限りがなく、まだまだと不足を覚え執着するのです。

財産が増えて消費した結果、欲しい物を買い、行きたい旅行をし、おいしいものを食べ一時的な楽しみを味わうことは出来ます。

やがてその喜び、満足も消えていきます。財産が増えると悩みも増える、安らかに眠ることも出来ないと言われます。

もう10数年も前のこと、ある小さな町の出来事が、新聞記事が載りました。「市民のあるおばあさんがM市に壱億円余を寄付されました。福祉のために用いてくださいと!」写真と共に掲載された記事でしたが、現金で持参されたとありました。

こつこつと貯められて素晴らしいことをされたお話ですが、おばあさんは、寄付されて満足と共に安堵され、翌日からよく眠れたであろうと推察します。

    満足し感謝する
神さまは、私たちの人生に与え、許されたものを味わい楽しむようにしておられます。労苦をも含めて楽しみ味わうのが知恵だと言われます。日々食べたり飲んだりして、自分に与えられた仕事を喜んですることで、その日を楽しむことが好ましい満足な生き方です。

人生にある様々な労苦も、私たちの人生に神が与えられた事柄で、それも味わいながら乗り越え、その代価として財産を与えて楽しませて下さるのです。

神さまが与えてくださった領域で最善を尽くし誠実に労苦するならば、私たちの心を満足と感謝で満たして下さいます。その感謝は、信仰の表現であると共に信仰の物差しです。

多くを与えられ、持っている人は、喜んで良いものを差し出す人生を生きるようにとも、神さまは言われます。主は、必ずや満足と感謝を与えて下さいます。

「実に神はすべての人間に富と財宝を与え、これを楽しむことを許し、自分の受ける分を受け、自分の労苦を喜ぶようにされた。」(伝道者の書 5:19)

2015411日    小坂圭吾



2015年3月31日火曜日

コーヒーブレイク 「忍耐強く、一カ所を掘り続ける」



     光通信に変更する
先日、通信会社K社のある営業マンが突然訪問してきました。要件は、今までの電話料金、携帯電話料金、プロバイダー料金をK社に一括統合して光通信に変更する、料金は高くならないというものでした。

話を10分あまり聞いて、「回線スピードが速くなり、料金も一緒とは良い話だね。ADSLから光回線に変えましょう。」と契約をしました。その時に営業マン曰く!「よくぞ、忍耐強く今日まで待たれましたね!」

「そうだね。この数年、光通信に変えませんか?とN社の人が十数回も売り込みの電話をしてきたね。現在使っている回線スピードで困っていないので、料金が高くなるだけだから、全てお断りしたよ。」

最初の回線からADSLになり、今や光通信の時代です。そのうちに、今までと同じ料金以下で光回線が使えるときが来るだろうと予測していました。今週その工事があり、4月から少し通信スピードが安定して早くなるようです。 

     一カ所を掘り続ける
忍耐強いと言えば、アメリカのサドルバック教会が、神様から教えられ実践してきた“健康な教会形成”の取り組みです。“健康になるための聖書的原則”を追求し実践していく、そのために原則、手順、実施方法を見出し、テストし、適用、改善をすることに15年もの日時を費やしてきた情熱です。

当事者の方々は、忍耐と思って続けたわけではありませんが、結果として、忍耐強い取り組みであったのです。この聖書的な原則は、これまでも日本の多くの教会がある意味で実践をしてきたことを深く掘り下げ、集大成されたものとも言えるでしょうか。

「5つの目的が教会を動かす」(リック・ウオレン著、いのちのことば社)の序章には、これらの事が書かれており、一か所を掘り続けてきたことが良くわかります。

私たちパーパス・ドリブン・ジャパン(PDJ)も20045月に設立して、“健康な教会形成”ミニストリーの一翼を担って歩んできました。このミニストリーが日本に根付くには、10年は必要であろう、いや20年、30年それ以上の歳月が必要なのかもしれません。

日本の中で実践され、土壌に消化され定着するには、まだまだと思いながら、一カ所を掘り続けて感謝な10年が経過です。

 
     何か新しいもの
“一カ所を掘り続ける”それは「継続は力なり」とも言い換えることもできます。この言葉の中でいつも考えていることは、“何か新しいもの(Something New)”との考えを持ちながら取り組んでいます。ただ新しければ良いのではなく、軸は何かを見ながらぶれないで何か新しいもの、良いものを見つけ出していく事です。

“健康な教会形成”という一つの穴を掘り続けていますと、日本という土壌に対して、これはうまくいくがここは難しいかな、こうすればよいのかなと何か良いものが感じられて来ます。それは、地域教会という現場を扱っている方々が、いちばん良く知っておられることでしょう。日本と言えでも、地域に拠っての穴の掘り方もまた違うのではないかと思います。

最近、囲碁を復活させ(?)習い始めています。定石と言われることを色々と復習し、いざ相手との手合わせをするとなかなかうまくいきません。相手は、定石通りには打ってこないからです。

定石について本質がまだ十分理解できてないということです。やはりその本質をしっかりつかむには、穴を掘り続けていく、学び習い続けていく必要があります。

教会が健康になる準備をし、神さまが良い波を創り続けておられることにうまく乗るには、忍耐強く掘り続けることです。一途に、同じ場所を掘り続けて行けば、大きな喜びを見出すことが出来る、それだけは確かなことだと思います。

2015年3月30日    小坂圭吾

2015年2月25日水曜日

健康余話 「食品添加物について」



     食品の裏側~知れば怖くて食べられない
食品添加物については、多くの方々がそれなりに知っておられることでしょう。健康と食の安全については、少しは理解をしているつもりでしたが、食品添加物の実態については、良く知りません。先月ふとしたきっかけで「食品の裏側~みんな大好きな食品添加物」(安部司著、東洋経済)を読む機会を得ました。実態を知り、ほんとに驚きました。


私たちは、自分が食べている「食品」がどのようにつくられ、その裏側でどのような添加物が使われているかを知りません。一流メーカーが作っている、生協、大手スーパーが売っているから大丈夫ではありません。

この本の著者は、大学で化学を専攻して食品添加物の専門商社に勤め、「食品添加物の神さま」とまで言われるまでに研究され、食品添加物という魔法の粉を作り売りまくった方です。

この魔法の粉、食品添加物を使うことは、食品を長持ちさせる、色形を美しく仕上げる、味を良くする、コストを下げる等のメリットがあり、かつ手間暇かけず簡単に「食品」を作れるのです。著者は、ある時、自分の作っている食品添加物の「安全性」という重要な問題に気付き、その会社をすっぱりと辞めたそうです。

     食品添加物のメリット
現在、日本で認められている食品添加物は、約1500種類。このうち天然香料と一般飲食物を除くと約800種類です。食品添加物には、もちろん大きなメリットがあります。

スーパーやコンビニでお弁当、おにぎり、サンドイッチ等を手軽に買って食べることが出来るのは、加工食品の発達のおかげで、食品添加物が大いに貢献しているわけで、安くて便利さを享受できているのです。

はるか昔から使っている豆腐を作る“にがり”、まんじゅうのふくらし粉である“重曹”は、無くてはならない食品添加物で、まだまだいくつもあります。

これらを数えていくと、生活クラブ生協が許容している食品添加物は80種余で約10%まで減らしているそうです。(厳しいチェックですね!)確かに生活クラブ生協の食品には、ほとんど食品添加物が入っていません。

この本を読んで1~2週間は、少し添加物が恐ろしくなりました。スーパーやコンビニその他しっかりした店をまわった所、どこも添加物が入った食品ばかりで、お弁当、おにぎり、菓子類、パン一つも買うことが少し嫌になってきます。


    ではどうするの?
調べた結果ですが、食品の裏側を見て、原材料表示をしっかり読めば、色々とわかってきます。おにぎりでも、種類により添加物は違います。

同じような食品でも添加物が少ないものもあり、出来るだけ少ないものを買う努力をしています。

何が添加物かということですが、台所にない物は、食品添加物だと思って注意!有効期限が長いもの、加工度の高いものほど、色々な添加物が入っています。

出来るだけ添加物の少ない食品を選ぶ、どんな添加物が入っているかを知って、週の内に半分位は、そのような日があって良いと許容することが賢い方法です。食事をする時、神さまの祝福と守りをしっかり祈って食べればよいと思います。

昔から、味にはうるさい方でしたが、今は味以外にも注意が行くようになりました。「これは、大地の自然な食材だけの味だね。」「これは、自然な味ではないか?もしかして食品添加物が入っているかな?」と少しわかるように---。米、野菜、果物、魚など食材の素晴らしい岡山のいなかで育ちましたので、そのことが少し分かるのが感謝なことです。

2015年2月25日    小坂圭吾

2015年1月22日木曜日

今を生きる「やるしかない」



年賀状をみて十二支を数える
今年は未(ひつじ)年ですが(この漢字「未」は要するに羊のこと)、年賀状を見て十二支を思い起こし、指折り数えてみます。羊は古くから家畜として親しまれ、羊の毛は織物、肉や乳は食用にされるなど、大変身近な動物です。

「羊」という字は、ヒツジを正面から見たときの角と上半身を表した形で、後ろ足までの全体を表した形が「美」で、成熟したヒツジの美しさを表しています。

羊がつく漢字も多く、義、祥(めでたいこと)、翔(かける)、羨(うらやむこと)、善、美などよい意味をもつものに用いられています。今年も、義を重んじ、善を心がけ、美を追い求める年にしたいものです。

    インフルエンザ香港A型
今年の新年会(家族)は3が日の内に全員集合で行い、だれも風邪をひくことなく元気だなと思って3日後のこと、次男の嫁が“インフルエンザ香港A型”に感染したとの連絡が入りました。小さな孫が二人いますので、とにかく預かろうと我が家に連れてきます。孫二人とも元気なこと、当たり前ですね。

長男から電話で、長男家族の経験から「孫からやがて感染するよ!」と警告され、インターネットで“インフルエンザ”について調べて心の準備をするように言われます。色々と分かりますが、感染するかもしれないが他に代わる方法がないので、「感染も覚悟して、やるしかないね」と夫婦で腹をくくって孫の世話をしました。


3泊4日も預かると、孫の母親も治り家に帰しましたが、その時点で3歳の孫が発熱、やがて私たちも発熱、そして1歳の孫が発熱しました。(不思議なことに次男だけは、守られました。)

初めてインフルエンザに感染!早くに医者に行かねばと休日診療所をさがして医者に診てもらったところ、簡単な検査で「インフルエンザ香港A型です」と言われ、薬も1回飲むだけでOK、良く出来た仕組みだなと感心したものです。

丁度のこの時期は、インフルエンザの大感染の時期で、テレビでもその報道が盛んにおこなわれていました。     

    これもまた体験
4日間の孫の世話に続いて、私たち夫婦は、6日間のインフルエンザとの戦いで、大事に至らずに治りました。インフルエンザで発熱して寝込みましたが、次男の家族には貢献できたことでしょう。

感染と言っても、2人が同時ではなく1日ほどずれていましたので、どちらかが多少とも元気ですから楽な面が多々ありました。インフルエンザのちょっとだけ大変な経験をして、他の方々に今後アドバイスをしてあげることが出来、これもまた良い体験でした。

インフルエンザにまもなく感染の危険が大であるとわかった時、“今ここで(Here & Now)何をすればいいのだろうか?”とふと考えました。

その時点で、医者に行って相談をするのが良いのかな?とも思いました。そうすれば、確かに予防処置もあった事でしょう。「感染も覚悟して、やるしかないね」と考えていましたので、行動には移すことはしませんでした。

将来の事については、私たちには何が起こるか予測が出来ません。感染して熱が出るか、日頃食事に気をつけ、体力作りしているので感染しないかもしれません。どうするのが最善なのかもわからないことがあります。

ただ言えることは、全てを益にして下さる主なる神さまに祈り、信頼して、ゆだねて歩む事しかないということです。そして、リスクはあってもより良いと思われた事については、迷わずに主なる神様にゆだねて歩む事なのでしょう。

2015年1月22日    小坂圭吾

2014年12月10日水曜日

感謝「忘れる恵み」


     今年はどんな年でしたか?
今年もあと半月余りになりました。皆さんにとって、今年はどんな年でしたか?この1年をふと思い起こすに、楽しいこと、つらいこと、嫌なこと等が思い起こされますが、つらいこと、嫌だったことは意外に記憶に鮮明なように思われます。

時間が経過すれば、忘れていくようですが、その嫌なことも乗り越えていますと、感謝なことの方に寄り添っての事柄となります。我が家の家庭礼拝では、「伝道者の書」を学んでいますが、神は、私たちの人生に“順境の日と逆境の日”の両方を与えてくださるとありますが、そうだなと思います。

     病気もまた良し
今まで風邪と花粉症以外に大病の経験はありませんが、この数年、記憶に残る病気やけがをしました。昨年は腰痛(姿勢を改善し完治、ウオーキングとストレッチで維持)、今年は“じんましん”です。この“じんましん”の原因はわからず、医者からもらう薬を辛抱強く飲んでいまして、今一歩で完治するでしょう。

8月中旬にかかり、当初はつらかったのですが、3か月ほど経過してこの病気を通して色々な恵みを発見し、感謝の気持ちが湧き上がりました。

第1に、食べ物に十分に注意するようになり、自然食中心に体に悪いものはできるだけ避けるようになりました。我が家では、もう30年以上も前から家人が玄米食、自然食中心でやっていますが、そのことをより深く理解するようになったのです。

第2に、体重が3KGも減り、努力しなくとも標準体重になりました。標準体重までいけば、きっと減るのは止まるだろうと話していましたが、そのようになりました。

第3に、生活全般を見直して、シンプルな生活に、霊的なことに更に重点を置くようになりました。色々と心の垢(あか)がたまり、無駄なことをしている事等の整理、断捨離が出来たのです。

     
     忘れる事の恵み
人間はいやなことは忘れるようにうまく造られているなと感じます。“じんましん”がすぐに癒されず苦戦をしている時、ふと家人が、結婚して間もない時にこの病気にかかっていたことを思い出し(日記に確かに書いてあり)、更に小学校の頃にこの病気にかかったと実の姉が教えてくれました。本人は全く記憶にありません。

つらかった、嫌だった気持ちを再現しても良いことはあまりなく、忘れることは、素晴らしいことだと思います。どんどん忘れること、過去に引きずられないようにすることは、一つの知恵ですね。

私も、過去の嫌な事でうまく消化できてないこともありますが、ふと思い出したときには、その良い面や相手の状況などを考え直したりして、「きっぱり終わりにしよう」とけじめをつける祈りをするようにします。そうしますと、同じことを思い起こしても、嫌なことではなくなるものです。今回のじんましんは、さすがに忘れる事はないでしょうが、感謝な面をしっかり記憶するようにしたいと思っています。

2014年12月10日    小坂圭吾