2018年1月18日木曜日

祈り「信仰の本質~聖書を読み、祈ること」

聖書を読むこと

神を知ることは、人格を持っておられる神を個人的に知る事であり、祈りを通して神とかかわりを深めていくことです。神のみ言葉である聖書を読み、神の御声を聞くことが基本的な方法です。聖書には、私たちに対しての無数のヒントや呼びかけがあり、今の私に必要なメッセージ与えてくれる書物です。

聖書は、永遠の真理と言われますが、時代や人種、国境、文化などすべての違いを超えて、神さまが私たち人間に語りかけ、今の私たちの問題にその解答を与えてくれるのです。神の御心を知るというのは、聖書にあるそれぞれの時代に起こった出来事を通して、神はどのような方であり、人間はどのような者であるかについて、神の御見解が示されているのです。

聖書の時代と現代では、時代も民族、文化、習慣も異なりますが、その本質においては皆同じであり、神さまも同じです。ですから、聖書の時代の社会や文化の中に啓示された原則を読み取ることで、現代の問題への適用を学ぶことが出来ます。聖書こそ永遠の真理であり、あらゆる問題に対する神の御心、解答なのです。

現代語訳の聖書を読む

 日本語の聖書は、実はなかなか意味の分からないことが多い書物です。リック・ウオレンは、彼の著書「霊的成長をもたらす4つの習慣」(PDJ刊)の中で、いくつかの“現代語訳聖書”を読むことを勧めています。英語圏の聖書には、意訳の聖書で平易な文体で書かれ読みやすく、聖書通読にはとても良い翻訳があると書いています。

聖書は大別して、“「言語に忠実」な聖書”と「原文の意味に忠実」な聖書があります。英語圏では15種類以上の翻訳聖書があり、後者がリック・ウオレンの言う“意訳された現代語訳聖書”というもので十数種類出ていて、多くの人に読まれています。

日本では、多くの人が使われている聖書は、前者の“「言語に忠実」な聖書”ですので、理解を困難にしています。現代と聖書の時代では、時代も民族、文化、習慣も異なりますが、そのことが理解できるように訳されていないからです。「原文の意味に忠実」な聖書~意訳された現代語訳聖書は、このことを踏まえて分かり易く翻訳してあり、日本語では、『現代訳聖書』や『創造主訳聖書』がこれにあたります。

冬の花

自分の生活に照らして読む

 聖書を読むときは、自分の生活に照らしながら、祈り心をもって読み進めることで、今の自分に最も大切なメッセージをくみ取ることが出来ます。

 聖書を読まれるときに、出来ればもう1冊“「原文の意味に忠実」な聖書( 意訳された現代語訳聖書)”をそばに置かれて、必要な都度これを開かれると理解が進みます。何人もの方から、「英語の聖書は分かり易いです」とお聞きしますが、それは“「原文の意味に忠実」な聖書”だからです。

  先日ある方に「実に多くの牧師、伝道者の方々が、『現代訳聖書』を座右に置いて、読んでいるのですね。」と言われました。牧師にとっても、新改訳聖書、新共同訳聖書においては、分かりにくい所が出てくるのです。

 こうして読まれた聖書箇所について、心に触れた箇所について黙想する、その時にその段落ごとに「黙想」と「適用」の質問がついた手引書があれば、それを利用するのは、聖書のみ言葉と生活を結び付けてくれ、とても助けになります。静かに黙想し、自分の頭で考えて、自分のメッセージを発見し、適用・実践することについて祈りましょう。

「神の語られる御言葉は生きていて、力があり、両刃の刃物のように切れ味が良く、人の心の奥深くにある思いや意図をもあらわにする。」
(ヘブル4:12 現代訳聖書)

(現代訳聖書は、現在売り切れて、「改訂新版」を刊行すべく準備中です。)

2018118日    小坂圭吾

2017年12月26日火曜日

祈り「信仰の本質~神を知ること」

鎌倉・建長寺にて
神を知ること

数か月前に、東京神学校(東京都練馬区)の特別講義で「信仰の本質」について、お話を聞く機会を得ました。信仰の本質とは、神との親しい交わりをすること、神の行われることを見て全存在をもってかかわること、すなわち、神を知ることです。“神について知ること”と“神を知ること”はどのように違うのか、この二つは、全く違う事柄です。

“神について知ること”は、神についての知識を得ることで、聖書や神学の勉強をすれば、知識をたくさん得ることが出来ます。しかし、これは信仰の本質のための手段にすぎませんので、知識が増えても生活に変化が起こりません。

一方、“神を知ること”は、人格を持っておられる神を個人的に知る事であり、聖霊の力によってのみ可能です。これこそが、信仰の本質であり、神を知ることを通して、生活において根本的な変化がもたらされます。

リンゴの話

カトリックのデ・メロ神父が上記の二つの違いをリンゴのたとえで話しておられます。リンゴについて知っている人とは、リンゴがどこで栽培され、1本の木にどのくらいの実がなり、どんな種類があるかを知っています。リンゴを知っている人は、リンゴがどれほど美味しいかを食べてその味を知っている人です。神を知っている人というのは、神さまと言うリンゴを食べて、いかに美味しいか、味わったことのある人なのです。

私の周りを見渡してみますと、聖書の知識はそれほどなくとも、生活と祈りを通して、絶えず神と会話をすることをしながら、神さまに接し交わりをしていく。問題があれば、神さまに祈りを通してぶつけ答えていただき、困難を乗り越えていく。こうして、神さまがいかに素晴らしい方かを体験している。これぞ、神を知ることです。

人生は問題だらけ

私たちの人生は、問題続出の日々であろうと思います。自分の仕事、健康、経済的な問題、家族のこと、人間関係、教会のこと等々、問題らしいことは何も無いという日は、1年のうちに何日あることでしょうか?前向きに表現すれば、神に祈りをささげる願い、望みでいっぱいということです。

もちろん、内容の大きさは、大小さまざまだと思われます。楽観的であるなしにかかわらず、問題は問題であり、どのように向き合うかは、とても重要です。深刻な問題もあれば、来年以降の大きな課題というレベルの問題もあり、長期戦に構えてやるしかないこともあれば、もうヤマを越えてあと一歩で乗り越えそうだという事もあります。

 私の場合、今いくつ問題があるか、神に祈っている願い、望みがあるか数えてみると8~9個はあるかなと思います。かなり重要な問題もありますが、これは祈るしかない、全能の神様に信頼して祈るしかないと家人と家庭礼拝等で祈っています。自分で考えて対策を考えるよりも、神さまに働いていただくのが、最善最良の方法だと思うからです。「絶えず祈りなさい。」(テサロニケⅡ5:17)のとおりです。


 毎日の生活の中で、色々な問題が生じて、実にさまざまな祈りを神にしますが、自己中心の小さいお願い、毎日の具体的な願いも必要で大切です。それと共に、神のみ旨にかなった大きな望みも重要です。先に、私が数えた願い、望みの中で、小さい願いと大きな望みが、今日は、半々でした。

 2か月半ほど前ですが、右手の薬指を痛めて、腱鞘炎のようになりました。少し快方に向かい使っては痛め、一時は、2週間ほど出来るだけ使わないようにしました。そのため、快方に向かいましたが、この時は、祈りの課題の中で、小さい願いが大半を占めて、大きな望みの祈りと行動がおろそかになっていました。それに気が付いた時、この右手の薬指の損傷が、ほんとに大切なことを教えて下さったと感謝しました。

「すべてのことについて感謝しなさい。」(テサロニケⅡ5:18)

来る年も、神さまの祝福が皆様の上に注がれますように。生活と祈りを通して、神さまの愛の広さ、長さ、高さ、深さを知り、力強い歩みが出来るよう心からお祈りいたします。

20171225日    小坂圭吾




2017年11月11日土曜日

考えるヒント「正しく意思決定をする」

上高地
来年のカレンダーは、11月より始まり

11月に入りますと、ぼつぼつ来年のカレンダーが送られてくる季節です。先日送られて来たカレンダーは、今年の11月から来年の12月までのもの。今月から使えるので、今ある物と入れ替えて使い始めました。

いつ頃からでしょうか?カレンダーは1月から始まり12月に終わるものを、12月から始まり来年の12月までのものが出回り始めました。「よその会社のカレンダーよりも早く、弊社のものを使ってほしい」と考えて作ったのだろうと思われます。卓上カレンダーは、確かに来年の予定があると重宝するものです。

そういえば、今回の衆議院議員総選挙の開票速報ですが、少しでも多く我が局のチャンネルにあわせて欲しいと、どこも夜8時スタートを5分ほど早くスタートしていました。ドラマ番組のスタートも、夜9時スタートを5分ほど早くスタートする昨今です。涙ぐましい努力と言えば、そういえますが、そこまで競争をする必要があるかなと思わないでもありません。

毎日が意思決定

カレンダーが来て思うに「今年も色々とあったな。‐‐‐人生は、問題の連続だ!」と書くまでもなく、誰もが、色々な問題に毎日、毎時、意思決定を行っています。朝起きて、朝食に何を食べるか、コーヒーか紅茶か、家を何時に出るか等に始まって、ほとんどの時間、人々は何かを考え、意思決定を繰り返しています。毎日繰り返すこの意思決定も、上手な人と下手な人がいるのです。

例えば、ホテルでの朝食はバイキングだとすると、この時に何をどれほど取ってくるのか、どのように食べるのかによって、健康に良い食べ方であるかどうかが決まるのです。「食事のとり方を見れば、その人の人柄、健康状態等が分かる!」と言われることもありますが、確かにそうかもしれません。

世の中には、知恵のある人と呼ばれる方があります。あの人の判断は信頼できると言われる方は、いわゆる問題解決・意思決定を正しく効率的に進める方であろうと思われます。論理的な思考技術を持ち、問題解決・意思決定を行う人です。

“論理的な思考技術”と書きましたが、どのように考えて問題解決の結論を出すか、意思決定をするかは技術ですから、意識して磨けば、誰しもが上手になるのです。うまい人がどのように考えるか、その思考のプロセスを学んでいけば、私たちもうまい意思決定が出来る人になるのです。

経営学の先達であるP.F.ドラッカーは、クリスチャンとして、非営利組織の経営:教会経営に対してどのようにあるべきかを著しています。彼は、意思決定の重要性を書き、「正しく」行うように述べています。

KT法(ケプナー・トリゴー法)

先日、懇談をしている折に、「色々と学ぶことは多くあるが、“問題解決・意思決定の考え方、手法”は、学んでおく必要があるね。どの分野でも重要ではないだろうか。」との話がありました。それが引き金となり、問題解決・意思決定の入門その手ほどきを書くことにしました。

私は、かつて大手メーカーの人事・教育部門で、社員教育を長年にわたり担当しました。その時に、「KT法」という手法(問題解決・意思決定の手法)を学び、社員教育訓練の柱として全社的に導入、教育訓練しました。これは、C・ケプナーとB・トリゴーの両博士が、1958年にNASA(アメリカ航空宇宙局)を支援したときに開発をした意思決定手法に、基礎をおくものです。(日本そして世界の主要な国で用いられました。)

この社員教育訓練の経験をもとに、“入門その手ほどき”ともいうべきことを書いていければと思います。仕事、家庭、学校、趣味、人間関係等において、より良い決定、正しい選択をするヒントともいうべきことをご紹介していきます。これから、読まれる皆様に役立つものが書ければ、と願います。

20171111日    小坂圭吾

2017年10月18日水曜日

今を生きる「心のゆとりを持つ」


上高地・大正池
巨人軍のルール

野球のクライマックスシリーズたけなわの中、巨人ファンの方は、圏外のため失望であろうと推測します。私も熱の冷めた巨人ファンですが、かつての巨人軍の強さについての記事を読みました。川上哲司、藤田元司監督の時代は、巨人軍がほんとに強かった時代ですが、それにはそれなりの理由があるようです。

藤田元司監督が、巨人軍監督の座を去った後、その手記を週刊誌に連載しました。編集部の記者さんは、打ち合わせのため都内のホテルで藤田さんと会うのですが、失礼が無いように15分前にホテルのロービーに着きます。藤田さんはすでに来ておられ、これはいけないと次は30分前に、その次は45分前に行きますが、藤田さんは先に来ていました。

Pさんは、なぜこんなに早く来るのかを藤田さんに尋ねました。「巨人軍は、練習に午後1時集合と言えば、練習が開始できる状態になっていなければならないという意味ですから、1時間前に来て準備をするのです。その習慣があり、人との約束もたいてい1時間前に来てしまうのです。」当時の巨人軍の強さの秘密、準備万端がこの辺りにもあったのかもしれません。

高速道路渋滞で遅刻

この話を読んで、先日、月一度のある大切な会議に遅れたことを思い出しました。東名高速を使っていくのですが少し渋滞があり、一部一般道を使うもこれも渋滞があり失敗したのです。

もう20数年も前になりますが、著名なクリスチャン・ビジネスマンKYさんのお話しを思い出します。「私は、時間は必ず守る努力をしています。約束した時間の30分前には行くようにしています。車で行くのであれば60分前には着くように計画します。心にゆとりが持てます。」私も時間を守ることには十分心していましたが、この慎重さには教えられました。

以後、全く同じではありませんが、私もかなり余裕をもっていくように心がけていました。いつもなら30分前には、現地の近くに行くようにしていたのが、15分前くらいでも大丈夫と読んで行動し、十分な余裕を見ることがおろそかになったことが反省です。

良い習慣はやがて人格となる

渋滞に会いますと、運転しながら渋滞がどのくらいかなと考えながら、このままだと到着が何時くらいか都度予測し、普通の場合、まあゆとりがあるから大丈夫―。この時は、一般道路も思った以上に時間がかかり、抜け道にも回りますが、これはもう遅刻だなと途中で腹をくくりました。
自分に課していたルール(出かける少し前に渋滞を確認~インターネットで分かる便利な時代~30分前に現地に着くように出発する)をしっかりやらなかったのが、失敗の原因です。

自分にかなり甘かったなと思います。結果は、心にゆとりがなくなり、途中少しであろうともイライラが出てくるものです。ゆとりをもって、出発時間を15分ほど早くしておればよかった事柄です。1日の生活を振り返れば、無駄な時間はいっぱいあるはずなのに、いざ大切な時に出来ないということは何を意味するのでしょうか。

「良い習慣は、やがて人格となる」という言葉があります。人格とは、習慣となって現れる行動に他ならないということで、“根本的には、習慣の総計が人格である”というのです。良い習慣を身に着けるか、悪い習慣を身に着けるかでは、大きな差が出てくるのです。

そのことから言えば、時間を守ることについて、まだまだ自分の身についてない、心のゆとりが不足だなと思わされました。時間についてうるさ型の一人で、時間が迫ると家人に”もう出発の時間だよ!”と催促するのですが、昨今は「これは遅れそうだな。まあ待つことにしよう!」リビングで座って待つようになってきています。ですが、今回のこのあり様は、まだまだ心のゆとりが無いなと思わされ、「成長する余地ありだな!」と自分に言い聞かせます。

20171018日    小坂圭吾

2017年9月22日金曜日

今を生きる「自制心を養う」


JR線最高駅・野辺山
自制心の欠如

北朝鮮が核とミサイルの実験を次々実施し、これに対するアメリカ大統領の過激な発言が、緊張感を刈り立て、世界中に危機感が走ります。中国とロシアは、両者に対して“自制をして話し合いで解決すべきだ”と繰り返して述べています。自制という意味では、北朝鮮をここまで色々と陰で援助していた国も、これ以上の開発が出来ないように自制すべきことだと思われます。

私たちが抱えている色々な問題の原因は、自制心の欠如にあります。“自制する、自制心を持つ”ことは、人生というコースにおいて、自信と安心感を得ることができる重要な能力です。多くの人が、自制心に欠けて自分の人生に問題を抱え、何とかしたいと願いながら負けてしまっている現実があります。

スポーツ界の頂点に立つ選手たちにとって、自制心と自己訓練は欠かすことのできない要素です。2020年に向けて、オリンピック選手たちは、何年も体を鍛え、練習を積み重ね、食べ物に留意等の自制をし、レースに臨みます。私たちの人生レースは、どんなスポーツ競技よりも重要で、自制心は必須の要素です。

マシュマロ実験

アメリカ・スタンフォード大学の心理学者が、幼稚園児(4歳の子供)数百人に参加してもらい、次の実験を行いました。~被験者である子供は、何もない机と椅子だけの部屋に通され、椅子に座る。机の上には、皿の上にマシュマロがひとつ載っている。実験者は「これを君にあげるが、私が戻ってくるまで15分間食べるのを我慢したら、もうひとつあげるね。これを食べたら、ふたつ目はなしだよ」と言って部屋を出る。ドアを閉めたとたんに子供は、どうしたでしょうか?

子供たちの行動は、隠しカメラで記録されます。机を蹴ったりして目の前の誘惑に抵抗/マシュマロをなでる・匂いをかぐ/椅子を後ろ向きにしてマシュマロを見ないようにする等々。

映像分析の結果、マシュマロを見つめ触ったりする子供は食べる確率が高く、2/3の子供たちが待ちきれずに食べてしまった。我慢できた子どもは1/3で、目をそらすとかしてマシュマロから注意を逸らそうとする傾向があるとのこと。他の国でも実験がなされ、同様な結果を得たとのことです。

自制心を養うために

これは、「自制心」(セルフコントロール)と呼ばれている「将来のより大きな成果のために、自己の衝動や感情をコントロールし、目先の欲求を辛抱する能力」についての意義深い実験です。その後も追跡調査が行われ、4歳児における自制心の有無は、1819歳になっても持続しており、マシュマロを食べなかった子供は、全員が順調な道を歩んでいたとのこと~成績も良く、友人や先生との関係も良好、将来設計も出来ていた由。一方、マシュマロを食べた子供たちは、問題を抱えていたとの報告です。

「自制心を身に着ける」には、どうしたら良いのでしょうか。まずは、自分の生活の中で、自制心を養う必要があると思われる領域、そこにおける具体的な問題について、“自制心の欠如の責任は私にある”ことを素直に認めることです。

「人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。」(ヤコブ1:14)と聖書にあります。悪いと知りつつ悪いことをしてしまうのは、そうしたいという強烈な願望があるからです。人は、誘惑に負けて安易な道を選ぼうとするものです。自分の問題を認めて、それに向き合い見極めることです。

「私には、この問題があります。この部分について助けが必要だ」と、主なる神さまに助けを求めて祈ることから始めましょう。色々な祈りの課題がある中で、それを優先して祈らねばなりません。後回しになったりしていないでしょうか。過去に取り組み失敗をしたとしても、過去の失敗は捨て去り、あきらめないで、祈りながら取り組みましょう。

神さまに心をしっかり向けて祈り、事をなそうとするならば、自制心を養うことについて力と知恵をいただくことができます。何度か失敗したことであっても、あきらめずに取り組むならば、涙の谷を歩んでいたとしても、祝福の泉がやがてわいてくることでしょう。

「ああ、なんと幸いなことでしょう。あなたに頼って事をなし、あなたに心を向けている人たち。その人たちは、涙の谷も、祝福の泉に変えてしまいます。」

(詩編84:5-6 現代訳) 

≪参考資料:「人生を変える力~実り豊かな人生の秘訣」(リック・ウオレン著、PDJ刊)~御霊の9つの実に焦点を合わせながら、人生のジレンマに対する具体的な解決を聖書から提示している。リック・ウオレン牧師の数少ない著作の一つ。『人生を導く5つの目的』に引けを取らないほど、教えられる所が多い≫。

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2017年9月22日    小坂圭吾