2021年7月16日金曜日

喜び・感謝「キリシタン・黒田官兵衛~父なる神の許し」

 

黒田官兵衛

軍師・黒田官兵衛                               NHK大河ドラマ・『軍師官兵衛』(2014年)を見られた方も多いのではないでしょうか? この大河ドラマは、初めて黒田官兵衛を主人公として描かれ(主演は岡田准一さん)、官兵衛の幼少時代から始まり、信長に認められ、秀吉に愛され、家康に一目置かれる存在となる官兵衛の波乱の人生を描いています。

戦国時代が舞台の大河ドラマに、必ずといっていいほど登場する豊臣秀吉をして、「次の天下人」と恐れさせたのが天才軍師・黒田官兵衛と言われています。

過去の戦国もので、官兵衛が登場した大河ドラマはいくつもあり、官兵衛を主人公に据えたことは、その生涯を描くだけのエピソードや魅力に富んだ人物だったということです。

彼は、能力だけでなく人間的にもとても優れていた人物であり、戦国の乱世を終わらせるために時代が必要とした軍師だったわけです。

キリシタン・黒田官兵衛                            黒田官兵衛については、「キリシタン・黒田官兵衛」(雑賀信行~さいかのぶゆき~著、雑賀編集工房)を読み、理解を新たにしました。

キリシタンとは、16世紀以降明治まで行われた日本におけるキリスト教(カトリック)またはその信徒の総称です。

この本では、戦国武将ならではの活躍はあまり言及しないで、キリシタンとしての側面を掘り下げています。

実は、官兵衛がキリスタンだったという史料が非常に少なく、そのようなものを残せば、キリシタン禁制の時代において余計な災いを招くと、黒田家により廃棄・抹消されたであろうと思われます。この本の著者は、それを掘り起こして書いています。

官兵衛が神を信じたのは、織田信長が豊臣秀吉に「中国攻め」を命じて、秀吉の参謀として活躍していた時です。有岡城主・荒木村重が、謀反を起こし、その説得に単身乗り込みますが、土牢に幽閉されます。

そこで見た藤の花が、官兵衛にとって「救い」となり、神を信じるに至ったと言われています。  

神を求める                                    黒田官兵衛は33歳でしたが、その4年ほど前、高山右近と出会います。キリスト教について話を聞き、右近からキリスト教についてやさしく説いたものを贈られ、宣教師からの話も聞き、思いを巡らしたことでしょう。

彼の求道中に、謀反に出会って狭い土牢に閉じ込められ、身動きもままならず、最低限の食物を与えられるだけで、いつ解放されるかもわからない生き地獄の中で日々を送ることになったのです。  

「なぜ、こんな目にあったのか?まったく何もできない!!妻、父母、人質の息子はどうなるだろうか?秀吉様、信長様はどうしているのだろうか?これで終わりだな?

それにしても、謀反を起こした者への対処が甘かったなあ。謀反を裏で糸を引いていたのは、私の主君である小寺政職だったとは?何とも悔しい、悲しいことだ。」 

藤の花

悶々とした日々が続き、堂々巡りの思いを巡らしたことでしょう。そんな官兵衛にとって、励ましとなったのが一房の「藤の花」だったのです。

その美しい可憐な花に勇気づけられて、天地の創造主の存在、誰に見放されても神様は見守って下さると生きる望みをつなぎ、神の存在を信じることが出来たのです。

更に多くの宣教師やキリシタン信者の話を聞き、時が来て救いに至ったのです。それからの官兵衛は、軍師そしてキリシタン大名として更に大きな活躍をしました。

秀吉によるキリシタン宣教師追放令が出されますが、彼は、最高権力者である秀吉の圧力に屈することなく、キリスト教信仰を生涯守り生き抜いたのです。            

父なる神の許し                                  私たちの人生において、苦難と言われることは、必ず襲ってきます。人生は、問題の連続です。人生がうまくいっているときは、イエス様の教えや、神様のことを知っている、そのように生きているつもりになっています。

しかし、苦難を通してでなければ、深く神様のことを知ることは出来ないとも言えます。苦難と言えば、ヨセフが牢屋に入れられる、ダニエルがライオンの穴に、エレミヤが泥の穴に投げ込まれる、パウロが難船に3度も遭う等、聖書にはあります。

父なる神は、これらの事をあえて許されたのは、苦難を通して彼らが神と親しくなるためです。自分ではなく、神により頼むようになるのです。神が主権を持っておられるので、思いがけない不幸な出来事さえも、神のご計画の中で起こっていることです。

どのような状況にあっても、そうした悪いものから良いものを引き出してくださる、益として下さる神様です。父なる神に期待し、忍耐をもって前進し、喜び、感謝しましょう。

「神がすべての事を働かせて、益として下さる。」(ローマ8:28)

2021年7月16日 小坂圭吾                      

2021年6月17日木曜日

今を生きる「無くてならぬものは多くはない」

 


梅雨入り~傘の日

614日、関東甲信地方が、梅雨入りしました。少し遅れての梅雨入りで、さわやかな日が続いたのは、感謝なことです。611日は傘の日だそうですが、日本洋傘振興協議会が、梅雨入りを表す入梅(にゅうばい)に合わせて制定したのです。

日本洋傘振興協議会によると、日本での傘の消費量は、年間で12000万本〜13000万本! (この数字は世界一とか!)人口換算しますと、1人・年間1本ですね。

私の場合、せいぜい5~6年に1本かなと思います。数年前に、息子が置いていったビニール傘、小さく軽くて便利に使っていたのですが、スポーツセンターに置き忘れて、後日行きましたが、ありませんでした。

先月、手軽で使いやすいので初めてビニール傘を買い求めました。どこに売っているのか?コンビニにはなく100円ショップにあり、値段を聞いて100円、驚きました。このビニール傘ですが、しばしば電車の中やホテル、駅の中に忘れられる、捨てられている光景を見ることがあります。

風雨の強い日に壊れ捨てられた、オフィス、スポーツセンターの傘立てに溜まっている、忘れ物や落し物として回収され・・・。ビニール傘は、安いのでまあいいか!となりがちですが、これぞもったいないことです。エコにつながる小さなことですがー。

エコの時代

昨今「エコ」という言葉は、十分に定着したかの感があります。日々の生活でしばしば「エコ」という言葉を耳にし、何となく「環境」「省エネ」といった言葉と結びつきます。

エコだ、エコバッグ、エコカー、エコカー減税・・・そもそも「エコ」とは?調べてみました。「エコ」という言葉は、「ecology」エコロジー (生態学・自然環境)という英単語の略称で、現在では「環境にやさしい」という意味で使われることが多いようです。

「エコ」と言えば、10数年前のエコ買い替えの思い出(?)があります。エコ買い替えキャンペーンが日本全体で行われ、やや抵抗感がありました。「無理をしてまだ使えるものまで買い替えたら、もったいない。廃棄物がたくさん発生する。使い切ったものを買い替えるのは良いが・・。」

その当時、リビングのエアコンを買い換えるかどうか、新しい製品は、電気使用量が少なくエコになっている、ここで買い替えると廃棄物になることの狭間でした。10年をとっくに過ぎていれば、製品としての寿命は十分使い切ったなと思い決断しました。

当時エアコンといえばMメーカー品といわれたもので、17年間トラブルなし。工事した電気屋さんも「聞いたことが無いくらい長く使いましたね。」のコメントでしたが、「もったいない」の観点は、重要だなと思ったものです。

無くてもよいものは減らす

今月になって、家人がいろいろと断捨離を始めました。少し物を減らそうと考え、いらないものを見つけて、捨てたりリサイクルショップに出しました。物というのは、整理整頓をしてもどんどん溜まる一方になりがちです。

私も刺激されて、物置き(1坪ほど)の整理をしました。56年前までは、必要だろうと思っていた物、もったいないから置いておこうと思った物、その間全く使うこともなかったことがわかり、家人も不要だと言うことで、ごみに出すことになりました。かなり整理して、すっきりしました。

季節の変わり目ですから、クリーニングに出そうと考えました。すると、家人が「それは、クリーニングに出さなくても、家で洗濯できるよ!」と言い出しました。もう何年もこの季節になるとクリーニングに出していた物ですが、考え方を変えて、家で洗濯しました。これは、大変なエコになりましたね。

私たちの生活は、意外と無駄なことをやっていることが多いものです。時間で言えば、20~30%は、無駄なことをやっていると言われます。

止めた方が良いこと・やらなくて済むことをやっている/今までの流れで(習慣で)やっているが、違うやり方をするともっと良いことがある/物を減らすと不便に思えても、慣れるとそれはそれで良いことがわかる等々。

要は、暮らしの中で不必要なものを見つけて、無くても良いものは減らすことです。おもてなしで色々と思い煩っていたマリヤの姉マルタに、イエス様が言われた言葉を思い起こし、シンプルな生活になればと願います。 

「無くてならぬものは多くはない。いや、一つだけである。」

(ルカ10:42 口語訳)

2021年6月17日 小坂圭吾

2021年5月15日土曜日

祈り「思い煩いを神にゆだねる」

 

横浜・山下公園(横浜ローズ・ウイーク)

海外ドラマ「ザ・クラウン(The Crown)」

全国的に新型コロナウイルス「第4波」が急拡大し、緊急事態宣言の地域の拡大と期間延長がなされました。長きにわたる巣ごもりを余儀なくされる中、Netflixの存在を知り、評判のよい海外ドラマ「ザ・クラウン(The Crown)」を引き込まれるように見ました。

実際の英国王室を忠実に再現した実話に基づくヒューマンドラマで、25才の若さで即位した女王エリザベス2世は、今なお大きな影響力のある英国史上最高齢君主で、その素顔を浮き彫りにしています。

制作費は100億円以上、宮殿内部や衣装の細部までこだわりが感じられます。分けても、戦後間もないイギリスの政治・外交の動きがつぶさにわかり、歴史を俯瞰して「そうだったのか!」と目が開かれるものがありました。

40編を3か月かけて見ましたが、政治・外交における英国君主としての立場と、家族や夫への想いとの間で悩みながら、立派な女王へと成長していくドラマを楽しみました。

ドラマゆえの脚色はあるとはいえ、この君主としての凛とした立ち振る舞いは、次々と起こってくる問題に対して、とても使命感が無ければできることではないなと思わされます。

50年以上もその役割を果たしていることに驚きを覚え、閉ざされた王室の中で、彼らは問題を抱え、どれほど悩んだことでしょう。私たちも同じです。

信仰を持ってがんばる

人生の中で色々と起こってくる問題、「嫌だなぁ~。辛いなぁ~。苦しいなぁ~」等の思いが起こり、ともすれば弱気になってしまう自分があります。「もういいよ」「投げ出しちゃえ~」とささやきかけるもう一人の自分、誰もがそんなもう一人の自分に打ち克とうと努力したことがあるはずです。

「嫌だ、辛い、苦しい」等と思うこと全て自分自身であり、そんな弱い自分を認めることが、自分自身に打ち克つことのできる出発点のように思います。『自己と戦い打ち克つ』~~これを私たち日本人には、”なにくそがんばると言う姿勢なのかもしれません。

ともかく、一生懸命、一心不乱にまず打ち込んでみることだと、私の若い時代ですが、クリスチャンとして信仰を持ってがんばることを強く教えられたものです。私も少なからず、信仰をもって努力する、がんばることをしてきました。

がんばりのDNAを持った日本人クリスチャンは、“信仰を持ってがんばる”と言いながら、いつのまにか「とにかくがんばる」姿に変わっていることがあります。とかく陥りがちな私たちの姿で、色々なことが気になり、心を配り、とにかく遣り抜こうとする姿です。

素晴らしいことですが、神さまとの関係を見失い自分中心になっている姿に変わっているかもしれません。がんばり過ぎてやがて疲れ果て、忍耐もできず「もうがんばれない」となるのです。



思い煩い~神にゆだねる
体力と気力があるときは、信仰に持ってがんばることで何とか切り抜けることは出来るかもしれません。その過程においては、色々な問題に葛藤し、悩み、不安になり、それを乗り越えていくことになります。

問題が多いと思い煩いもまた多くなります。私たちは、思い煩うことの名人と言っても過言ではなく、何とか自分でがんばることから脱却したいと思うようになります。神にゆだねる事が必要だと気づいてくるのです。

「神様、これを何とか切り抜けることが出来るよう力をお与え下さい!」この祈りしか出来ないのですが、次第にどうすればいいのか少しずつ分かってきます。

「神様、いま思い煩いでいっぱいで、いらいらしています。あの事、この事、色々とどうしようかと不安です。どうしたらいいのか、必要なことを教えて下さい。」

真剣に今の状況を祈ることだと少し分かって、聖書を開いて読んでいると、今の状況にふさわしい聖書のみ言葉が飛び込んできて、神にゆだねようとなるのです。そうすると、イライラ、不安が解消してくることに気づきます。

「成るしかならないのだから、今はこれだけをやる。あとのことは、神様が最善にしてくださるだろうから、その時になって、祈って考えるようにしよう。」

このようにかなり訓練されてきましたので、失敗もありますが、自分でがんばり過ぎないで、神にゆだねることが少しずつ出来るようになりました。とても心穏やかな信仰の道かなと思っています。 

「何も思い煩ってはいけない。思い煩うことがあれば、どんなことでも、それを聞いてくださる神に、感謝の心を持って申し上げるがよい。」(ピリピ4:6 現代訳)

2021年5月15日 小坂圭吾

2021年4月8日木曜日

今を生きる「肉の消費量を減らし地球温暖化防止」

 

借景(お隣の桜・満開!)
桜が満開

今年は、日本の多くの地域で桜の満開時期が早まり、観測史上もっとも早い満開となりました。我が家では、お隣に大きな立派な桜の木があり、借景をさせていただき、昼食を食べたり、コーヒーを飲みながら楽しんでいます。

京都地方気象台は326日、桜の満開時期を迎えたと発表。日本気象庁が観測を開始した1953年以来もっとも早いとのこと。大阪府立大学の生態気象学研究グループは、京都御所の資料、日記、詩集などの花見に関する記述を調査し、桜に関する最も早い記録は紀元812年であることを発見しました。

その中で最も早かった満開日は327日で、1236年と1409年、1612年の3回が記録されている。近年、桜の開花時期が早まっているのは、「地球温暖化の影響を受けた」可能性が高いと科学者らは指摘しています。

桜の開花時期のデータは古くから記録があるため、非常に価値が高いとされています。

地球温暖化
この数年を振り返ってみますと、春らしい穏やかでさわやかな日がかなり少なくなりました。5月には夏日(25以上)になることも早く、衣替えといえば6月との意識が、5月の連休から半そで姿になることもしばしばです。


地球温暖化の原因は、二酸化炭素(CO2)など地球の温度を暖める「温室効果ガス」が増えたことです。18世紀後半に英国で始まった産業革命で石炭など化石燃料の使用が急に増え、CO2排出が増加したのが、地球温暖化の始まりです。

現在の状況はと言えば、産業革命前に比べてすでに気温は約1度上昇しました。これにより、極端な大雨や寒波、干ばつなどの異常気象や氷河や氷床の減少による海面上昇など、温暖化の影響と考えられる被害が起こっています。

日本では、大型台風が直撃する頻度が高まり、オーストラリアや米カリフォルニア州では異常乾燥による山火事が頻発し、北極や南極の氷床は、びっくりするほど減少しています。被害を伴いながらの地球からの警告は、他人事ではなくなっているのです。

私たちに出来ること

地球温暖化の主要な原因は、「人類による活動そのものにある」と言われています。今や待ったなしの地球温暖化対策が行われていますが、“人類による活動”~豊かさや便利さ、快適さを求めて、様々な開発がなされてきたことによる人類のつけが回ってきた、と言っても良いのではないでしょうか。

それを享受していた時は、それほど悪いと思っていなかったことが、積み重なって悪影響を及ぼしていたのです。温暖化の悪影響を小さくするには、二酸化炭素など温室効果ガスの排出量を少なくするしかありません。

私たちの身の回りでは、このための色々な活動が行われています。冷暖房の温度を控えめに設定/自家用車の使用を控えて、バスや鉄道を利用/自家用車のアイドリングストップなどの「エコドライブ」/レジ袋に代わってマイバッグなどを携帯する等々です。

肉を食べるのを減らし地球温暖化を防止

最近読んだ以下の記事には、大変驚きました。

「肉の消費量を減らせば、地球温室効果ガスを効果的に減らせる」~その内容は、家畜の牛などは、温室効果の高いメタンガスを多く排出し、食肉産業による牧場づくりのためのアマゾン森林帯等の伐採(7080%が消滅)が進み、飼料や肥料の生産や輸送などで排出する温室効果ガスの排出量は、全体の18%が畜産業関連と言われています。

この割合は、自動車などの輸送機関で生じる温室効果ガス13%を上回るのです。このようなことから、欧米では、「週に一日肉を食べないことで地球温暖化を防止させよう」との運動が、10年ほど前から広がっています。

私はと言えば、魚野菜中心の生活で肉を食べることは少ないのですが、健康面だけでなく、地球温暖化を防止する最も効果ある食事法として、周りの人たちにも勧めたいと思っています。

私たちの日常生活は、豊かで便利で快適な暮らしとなり、それらを享受してきました。地球温暖化によって、それらの軌道修正をしています。肉を食べることについては、日本人の寿命が大きく伸びた一因とも言われ、おいしい食べ物でもあります。

一方で、世界的には温暖化に影響大であったとは、つゆ知らずの事でした。それを少しだけ食べないことによって、地球温暖化防止に大きく貢献できるのです。それと分かったときに、修正して行動するしかありません。少し視野を広く、深く、高く持って、行動できればと思わされます。 

「この地上で、将来何が起こるかということを、見通すことのできる者はいない。」(伝道者の書 712節 現代訳) 

2021年4月8日 小坂圭吾

2021年3月4日木曜日

聖書の不思議「男と女の違いを認める」

ロダン:考える人
 ロダンの彫刻

先月、東京五輪組織委員会・会長の女性蔑視発言がきっかけで、“ジェンダー平等の問題”が大きく取り上げられました。“ジェンダー”あまり聞きなれない言葉で調べてみました。

生物学的な性差をセックスというのに対して、社会的、文化的に形成された男女の違いをジェンダーと呼ぶのだそうです。

日本においては、男は社会で働き、女は家庭を守るという性的分業が教育を通して刷り込まれ、女性にとっては社会で活動しにくい差別的な環境が形成されてきたように思います。それを何とか平等にしていこうと努力している日本ですが、世界的にはかなり遅れています。

ロダン作の有名な彫刻「考える人」、これは男性の象徴で、ひとり腰を下ろし静かに考え事にふけりたいのが男性です。一方、女性はと言えば、こんな姿を見かけることはめったになく、面白い人がこんな表現をしました。

「ロダンが女の彫刻を作ったら、タイトルは何だろうか?きっと『しゃべる人』に違いない。」なるほど!このように男と女は、大いに違うのです。

神さまは、創造の始めに人を男と女に、役割の違うものとして造られました。聖書には、男と女の違いについていろいろと書かれています。男と女の思考、態度、感情の違いについて、意外と理解されていないように思われ、男と女は違うことをお互いにしっかり認めることが必要なようです。

子供の姿

小さい子供に画を書かせると、男の子は、物を中心に描き、女の子は、人物を中心にその中に関係を描きます。女の赤ん坊は、人の顔をじっと見つめ相手と目を合わせる時間が長く、男の赤ん坊は、動くおもちゃを喜んで長く見つめています。

男の子は物とその仕組みに、女の子は人とその関係に興味を持ちます。女の子がする“ままごと遊びは、ここに関係を重んじる姿が見られ、母親になり、おばあちゃんになってもその姿は変わりません。

人と人との絆、つながりを求め一緒に歩むことは、女性が圧倒的に得意分野で、大家族におけるその中心は、母親か、おばあちゃんか、どちらにしても女性がつながりをつけているのです。

桃の花

男と女はとにかく違う!

かなり前に読んだ本に「話を聞かない男、地図が読めない女」(アラン・ピ-ズ、バーバラ・ピーズ共著)があります。今まで女性について正しく理解してないためにトラブルになっていたことを教えられたと、記憶しています。

特に夫婦関係においてよく出くわす事がらや、教会の姉妹達と交わりをしている時に出くわす事柄について、「そうだったのか!」と目からうろこが落ちました。

昨今も脳の働きの研究が盛んになり、男と女はその脳の働きが違っており、男と女の違いをめぐる多くの疑問が分かってきています。

一時流行語のようになった「地図が読めない女」については、それこそ多くの人が経験しています。地図を読んで理解するには空間能力が必要で、これは男性が圧倒的に優位で、女性の方が劣るからだそうです。

コミュニケーションついては、女性の方がまさって強く、言葉、顔の表情や手の動きといったボデイランゲ-ジを使って、女性は男性の3倍ものコミュニケーション活動をしているといわれます。

時折、朝こんなヘマなことをします。「僕のヨーグルトはどこにあるの?」妻はおいしそうにヨーグルトを食べていますが、私の分はテーブルのどこにあるのか、色々なものが置いてあるのでパット目には見つかりません。「目の前にあるでしょう!」「ウムー!」

またある時こんなこともありました。私が「冷蔵庫にジャムが見つからないね?」と尋ねます。「ほら、ここにあるじゃない?」「ウムー」

こんな経験は、どこの家庭でも男女の間に見られる光景だと思います。女は視野の範囲が広いので、冷蔵庫や食器棚にあるものをひとめで見渡すことが出来るのですが、男には見えないので、ゆっくり探さねばなりません。

現在の日本における離婚する夫婦の理由が、「性格が合わない」というものがありますが、夫婦は性格ばかりか色々と違うのは当たり前なのです。長い間付き合ってよく知っているご夫婦何組も思い浮かべて見ますと、ほんとうに違うなと思います。

男と女は、性格、考え方、感じ方、決断の仕方、行動の仕方がまるで違います。神様がご自分に似せて、男と女とを創造されましたが、その男女の違いを知れば知るほど、こんなにも素晴らしく創られたものだと感嘆させられます。

ですから、お互いに違いを受け入れ協力して歩めば、素晴らしいものが、生み出されていくのではないでしょうか?

「神は人をご自身のかたちとして創造された。神のかたちとして人を創造し、男と女に彼らを創造された。」(創世記1:27 新改訳) 

「男は怒ったり争ったりしないで、どこにおいても聖い思いを持って祈りをささげなさい。‐‐‐女はつつましい服装で、適度に品位を保つように心がけるべきであって‐‐‐。」(テモテⅠ2:8~9 現代訳)

2021年3月4日 小坂圭吾