2016年5月13日金曜日

今を生きる「人間関係の十戒」

     朝の挨拶

今朝は、いつもより少し早く、我が家の玄関まわりの掃除、まずは塀の内側の掃除をしていました。ちょうど、小学生たちが学校に通う時間帯です。庭の塀越しに小学生が「おはようございます」とあいさつをしてくれ、思わずこちらも「おはよう!行ってらっしゃい」と返しました。「行ってきます」と気持ちよく返事をしてくれたのです。         

しばらくして、塀の道路わきを掃除していますと他の小学生が気持ちよく挨拶をしてくれました。今日は、ふたりの小学生と朝の挨拶を交わせたなと喜んだことです。

私の小学生の頃は、小学校に行く道中約30分、全ての人に挨拶を交わしたものです。努めて朝の時間帯には、こちらから「おはよう」を言うようにしていますが、今朝のように子供の方から率先して挨拶をしてくれると、ほんとにうれしいものです。

     人間関係の十戒

ファイルを整理していましたら、義理の父が30年以上も前に墨で書いた「人間関係の十戒」という書を見出しました。何かの新報からの引用のようです。最初にこのような言葉があります。

一、人に話しかけなさい、人から気持ちよく話しかけられるほどうれしいことはありません。

(朝の子供からの挨拶は、とてもうれしく感じたものです。二人の子供の挨拶に続いて、掃除が長く続いていたために、お隣の方がごみを捨てるために通られて、挨拶を交わすことにもなりました。その日の午前中は、なんと五人もの方々と話を交わすことになりましたが、単なる挨拶だけでなく、ホンの一言二言がさらに関係を深めることになります。)

二、しかめっ面をするには六十五の筋肉を動かさなければなりませんが、ほほえむのには、たった十五の筋肉を動かすだけで良いのです。だから人にはほほえみかけなさい。                       
三、人に会ったら名前を呼びなさい、その人の耳には自分の名前を呼ばれるのが一番美しい音楽に聞えます。

(しかめっ面の多い人のしわが多くなるのは、これが原因かな?と勝手に解釈しました。/名前を呼ぶことに心がけていますが、一番美しい音楽に聞こえるとは、そうかもしれないなと思います。)


     他人の為につくす

途中を少し省かせていただきますが、写真をクリックすれば大きな画像ですべてをご覧になることができます。

七、ほめることは惜しみなく批評は控えめに。
八、他人の感情をお察しなさい、思いやりはうれしいものです。

十、気をつけて奉仕の機会を見逃さないようになさい、人生で一番大きなこと       
  は他人の為につくすことです。

(この1週間ほど前から「子は親の鏡」という詩を書いたドロシ―・ロー・ノルト著「子供が育つ魔法の言葉」という本を読んでいます。著者は、“子は親の鏡”と言う詩を書いて、全世界中の人々に読まれるようになり、その詩の背景等を解説した素晴らしい本です。
 
その中に、「誉めてあげれば、子供は、明るい子に育つ」「やさしく、思いやりを持って育てれば、子供は、やさしい子に育つ」とあります。子供や孫たちに対して、このことを心がけたいと願います。/最後の言葉は、聖書の核心をついた言葉ですが、人生で最も大切なこと”愛“を表現した事柄ということもできます。これで締めくくっているのですね。)
 
義父は、大切だなと思う言葉を色々と書きとめて、ある程度まとまると自分の筆で書き、子供たちに配ってくれたもののひとつです。将来を担うのは、子供であり孫たちです。彼らのことを深く考えていくべき年代になりました。

聖書の愛から考えると、人間関係を良くする要旨は、他の人に仕える、奉仕をすることに他なりません。将来を担う子供たちに、大人の背中をしっかり見せて暮らしていきたいものだと思います。

2016513日    小坂圭吾

 

2016年4月14日木曜日

今を生きる「自分のやるべきことをやる」

    自分がやりたいこと

「自分がしたいこと、やりたいことをやりなさい!」とは、よく言われることです。“自分のやりたいことは全部やれ”とまで言う人もありますが、万人にあてはまるとも言えません。旅行や趣味等については、良いのかもしれませんが、自分の進むべき道や仕事に関しては、自分がやりたいことを、じっくり考えることが大切です。
 
企業に勤めていると、これから先何がやりたいかと希望を聞かれて申告しますが、自分の願いとは違ったところに配属されることもありえます。その時、自分がやりたいことは、適所ではなかったのだなとわかる方も多いことでしょう。適所でないと知って、自分のことが意外とわかってない!周りの人の方がはるかに良く見えていると気づくのです。

あるとき、私の子供が進路を大きく変えたいと言い出したことがあります。その理由は、「この道はどうも自分にあいそうにない!」とのことでした。楽な方向転換ではなく、これから勉強をして出直すとの覚悟が感じられ“そこまで考えたならば、良いのではないか”と思いました。
 
本人にしてみれば、最初やりたいと思って進んだことが、少し進んでみて違うなとわかってきたのでしょう。やりたいことから、自分としては、これをやるべきと少し見えてきたのかもしれません。素直に受け入れてやりよかったと思っています。

やるべきことは何か?

その頃、私の考え方として「人生多少の寄り道、わき道、回り道は、マイナスにはならない」と思えるようになっていました。(今では、もっと寄り道が長くても人生のプラスになると考えます。)

若い時に自分の道、やるべきことを確かに見つけることができれば幸いなことですが、誰しもがそのようにできるとは限りません。まあこの道かなと進んでダメであれば、方向転換をすることもあります。安易な方向ではなく、より困難な道に進むのであれば、良い決断であるとも言われます。

“やりたいこと”を考えて見ると、その中に変な欲望や思いつき等が混じっていて、ほんとにやりたいことではないことも多々あります。その時は良いように思われても、時間の経過や環境の変化、自分の心変わり等で、どうでも良いことがわかり、やるべきことも見えてくるようです。
 
仕事について、これからやるべきリストを作ったとして、優先順位の高い順にやっていくと、優先度の低いやるべきリストは、やがてやらなくても良いと消えていきます。それは、状況が変わったり、あるいは問題が解決されたりということもあるでしょう。優先度や重要性を考えることによって、やるべきことがはっきりとしてきます。

     優先度の高い、重要度なもの

次の聖書のみ言葉が浮かんできました。

「あなたがしようとすることを、主に任せなさい。そうすれば、あなたの計画は必ずうまく行く。」(箴言16:3 現代訳聖書)

ここで“あなたがしようとすること”とは、“やりたいこと”もあれば、“やるべきこと”もあるでしょう。人の心の中では、色々なことを考え、準備するかもしれません。やりたいと思っていることが、やがてこれこそやるべきことだと情熱が入ります。あるいは、やりたい、やるべきだと思った事を考えなおすこともあります。
 
私もやるべきかどうわからない時が起こりますが、その時は、1週間でも1か月でも寝かせておきます。どのような状況であれ、“それを成就されるのは主である”と、聖書は語っているのです。

自分がやりたい、やるべきと思うことの中に優先度の高い、重要なものがやるべきことに通じていき、さらに主がやってみたらよいだろうと後押ししてくださる事こそが、ほんとにやるべき事になるのでしょう。そのように考えながら、よりよく主に導かれながら歩みたいものです。               

2016414日    小坂圭吾

 

2016年3月21日月曜日

今を生きる「今こそ、新しいことに挑戦する」

         
          今が一番できる!

この数か月ほど、色々な方々の生き様(60~80代)を見たり聞いたり、本を読んだりして気がついたことに、「とにかく新しいことに挑戦している」と言われるのです。しかも、若い時ではなくとも「今が一番できるのだ!」ということ、今なのです。
 
人生を3段ロケットにたとえて、私はすでに3段ロケットを発射してかなり飛んでいるところ。考えてみれば、その人の人生にとっては何歳であろうとも、今という時が一番知識も経験も豊かな時であるはずです。
 
60代以降になりますと多少忘れることも多いかもしれませんが、総じていえることは、20代でも40代でも60代でも80代でも「今が一番何かができる時なのだ!」ということ、ちょっとした衝撃です!今が重要です。

新しいことに挑戦する

言葉を変えれば、今こそが“新しいことを発見し、挑戦するとき!”ということで、その気になれば、何か新しい発見があります。“人生は、何も新しいことに挑戦しなければ、世の中全般が進歩しているので、後ずさりをしているようなものだ”と教えられた記憶があります。
 
私たちは、とかく守りの姿勢に入りがちですが、小さなことで良いので、新しいことに挑戦する、あれやこれや工夫をして夢中になってやってみることが大事であると教えられます。

なぜショックを受けたのか?考えてみますと、何か新しいものに挑戦する気持ちが弱くなっていました。“今こそできる時だ”という気づきが、何か新しい気持ち、視点をもって取り組めそうで(うまく表現できないのですが)、何か今までとは違った気分です。今が新しい出発点!
 
今日から取り組めば、3年後、5年後、10年後にはあの時取り組んで良かったと必ずなるだろうと思うからです。ただ新しければ良いのではなく、軸はしっかりしてぶれないで何か新しいもの、良いものを見つける、たとえ小さいことでも良いのです。

何か新しいもの(Something New

自分の仕事や教会の奉仕、趣味、家庭生活、日常の生活の中に、それなりに何か新しいもの(Something New)を必ず見出すことができます。常に新しい何かを考えることが大事で、これが創意工夫とでもいうのでしょうか。40代の頃にこの“Something Newの考え方”を教えられ、大切にしてきた言葉です。
 
やり方を変える、違う方向に進んでみる、嫌がっていた気持ちはそばにおいてやってみる、今までのやり慣れたことをとにかく変える等々。旅行好きな筆者ですが、さっそく新しい方面を開拓しようとあれこれ調べてみますと、意外なことに同じ予算と時間で新しい経験が出来、みんなも楽しめるだろうとわかり、近々行く計画をしています。10数年前と比較すると、世の中も進歩し変わっていますので、面白い企画ができるのです。

毎朝のコーヒーを淹れることに“Something New”をやってみました。何人分淹れるか、出来立てのコーヒーの濃さは、コーヒー豆の量は、お湯の温度、むらす時間、ドリップのやり方、器をどの程度温めるか?等々、条件といい工夫することはいくつもあり、出来上がりも1回ごとに異なります。
 
おいしく淹れるために、あれこれ工夫して実行、自分で問題を見つけ答えを考えて次に実行する、PDCAのサイクル(PLAN→DO→CHECK→ACTION)を回していくのです。まあ毎日やることですから気楽に、前からやってきた経験に加えて新しい工夫をする、色々とやりつくしてかなり上達したようです。

3月になり、まさに春が来ました。曇りや雨の日が数日続き晴れた朝、何かと意欲も上がります。雨でもハレルヤ(晴れるや)!とは簡単にいかない筆者ですが、心を気楽にして楽しみながら、“今こそがやれる時だぞ”と新しいことに挑戦できればと願っています。

2016320日    小坂圭吾

2016年2月13日土曜日

健康余話「考え方が変わる」

 
         まさかの狭心症

昨年の秋に、狭心症の疑いがあり、検査入院をするように医者に勧められ、しぶしぶ検査入院しました。健康には自信があり、それなりに留意しているつもりでした。カテーテル検査をしたところ狭心症とわかり即手術、ステントが1本入りました。
 
1泊だけの入院でしたが、退院前に、食事についての指導を家人と一緒に受けました。要は、食事に気をつけるようにと、油ものや濃い味の物を避ける、特に日本人は、食塩を取りすぎであるとの説明がされました。そのことで、血液がドロドロになりがちで、血管が詰まるようになるのです。玄米、菜食、魚系を中心とした食事をとりながらも、こんなことが起こるのかと、私自身かなりショックでした。
 
家人にしてみれば、「さもあらん!」との反応です。濃い味が好きな私ですから、味付けについては、“妻は薄味、主人の味は濃く”と結婚して間もなくから、そのようにしていた由。この栄養指導を受けてから「これを機にできるだけ薄味にしよう!」といとも簡単・気軽に心で決めたようです。(他人事のような表現ですが。)

薄味に挑戦!?

病院から退院してから早速、薄味の食事に挑戦!?いえいえ、そんなに大げさではありません。要は、家人の食べる味つけと同じものを、私も食べるのです。30年ほど前に、教会で食生活の改善について教えられ、家人は、玄米、菜食そして魚中心の料理で、かつ薄味の食事にしています。私も玄米菜食に異論はあるはずもなく、味だけは濃い味が好きですので、家人は、2種類作る気遣いをしていました。「これは、少し味が薄いかな?」と注文を出していました。

数日して発見した?ことは、薄味だと素材の味がよくわかります。野菜のドレッシングを少なめにし、パンもバターは少なく、ジャムは付けないこともあり、パンそのものの味や、野菜一つ一つの味がよくわかります。煮物でも、一つ一つの素材の味がおどろくほどわかるのです。

 
数週間して、もう薄味がとにかくよいと定着してしまいました。特に努力をしたわけでもなく、家人も味付けを2種類作らなくて済むので、ほんとに楽になったと喜んでいます。今では、「これ少し味が濃すぎるね?」と前と逆の話をすることも多くなってきました。

先月、教会でコーヒーとおいしいカステラが出され、クリープがなかったのでブラックコーヒーを飲みながら交わりをしました。それを契機に、自宅でコーヒーを飲むとき、時にクリープなしでコーヒーを飲むようになり、本人も驚きです。

     考え方が変わる

“禁煙は難しいが絶煙は意外とやさしい”と言われますが、それに似た感じで、徐々に薄味と言わず、もう薄味しかないと思えば、それに一気に慣れてしまうようです。良いことに徐々にゆっくりではなく、気軽にやってみるかと踏み出してみるものでしょうか。

ふと、かつての私は、起床早朝が全く苦手だったことを思い出しました。5年ほど前に海外旅行に行くことになり、初日は4時前に起床でたいへん!妻は早起きは慣れたものです。海外旅行中は、毎日4時台に起床したと記憶していますが、意外と出来るではないかと、帰国後も良い習慣が定着したのです。
 
それまでも何度も早起きをしようと試みますが、失敗続き!それまでは、せいぜい1020分くらい早起きから徐々に早く起きることに持っていこうという方法でした。これで挫折ですが、7時前に起きる習慣が、4時ごろに起きざるを得ないことが何日も続くと、考え方が全く変わるのです。ふとしたことで、考え方が変わり、出来るようになったのです。

暮らしに新しいことを見つけて歩むこと、これからもしていければと願います。考え方を変えることのできた恵みを、主に感謝します。


2016213日    小坂圭吾

2016年1月14日木曜日

感謝「人生を導く5つの目的(2)」

        
 
         多様な学び方

この10年余、日本全国の教会では、この『人生を導く5つの目的』を教材にして色々な方法で学びをしてこられたと思います。40日キャンペーンに取り組み、礼拝でメーセージ/教会員の皆さんは1日1章ずつ読む/週に一度スモールグループで分かち合いというやり方です。あるいは、毎週礼拝説教あるいは祈祷会で取り上げてくださり、本書は個人で読むように指導された教会も多くありました。
 
ある教会では、礼拝で毎週1章取り上げてメーセージをされ、礼拝後にスモールグループで分かち合いをする教会もありました。昨今では、本書を教材にしてスモールグループで学び、分かち合いをしている教会が多いのではないかと思われます。

寒川キリスト教会・信徒訓練会

私も様々な形でご一緒に学びをしてきましたが、昨年は、神奈川県寒川町にある日本聖契キリスト教団・寒川キリスト教会(長谷川義信牧師)の信徒訓練会で、本書を用いてほぼ毎月1回奉仕をさせていただきました。“寒川”と言えば、首都圏では車のお守りで有名な寒川神社がある町です。神社の多いこの地で50年にわたり伝道牧会をしてこられ、特に信徒訓練には力を入れてこられた教会です。

 
 この教会では、3年ほど前から『人生を導く5つの目的』の本を教材に、毎月11章の学びをしてこられました。そのやり方は、信徒の方に該当箇所を事前に読んできていただき、牧師先生が皆さんに質問をしながら解説をしていくというものです。
 
  一昨年、長谷川先生(創造主訳聖書刊行会で委員としてご一緒しています)から、信徒訓練をやってほしい旨のご依頼を受け、最初はオーソドックスなやり方をしました。その後、信徒の霊的成長のためには、スモールグループで分かち合うことの方が最善だろうと思い、そちらの方法に方針転換をしました。

スモールグループによる学び方・進め方

やり方は、信徒の方には事前に読んでくるように促して、訓練会当日は、その要点をパワーポイントにまとめ、例話も入れながら15分ほどお話をします。その後、その章にふさしいと思われる質問を投げかけ、4-5人ずつに分かれて、“スモールグループの進め方ガイドライン”に沿って、質問についての分かち合いをしていきます。分かち合いは、一人2-3分程度、15分で打ち切り、まとめをして終わります。したがって、40分程度で終了です。

留意していることは、以下の3点です。
①信徒の方にはいろいろな事情があり、十分に読んで来ることができないことも配慮し、最低線の要点だけは話すようにしています。
②牧師や伝道師による話が深く響くときもありますが、自分で考え話したことや他の方の話を聞くことによって、わが身に深く入ってくることも多いのではないかと考えています。実際の信仰生活にいかに役立つように組み立てられるか、いかにその時の状況に合う質問を選ぶかに心を砕いています。
③できるだけ違う人と交わり分かち合うことにより、教会内でも交わりが深められるように工夫しています。 

昨年の最後に、長谷川先生にこのような信徒訓練について、どのように感じられたかについてお聞きしました。第一に、自分の口で語ることによって、自分なりに整理され、理解が深まっているのではないかと思う、と言われました(自分の経験でも、わかっていないことや理解できてないことが、話しながら整理されて来たことを思い出します)。
 
第二に、自分で語り、また他の人の話を聞くことによって、新しい発見をすることができる、とも言われました(私自身も、色々なスモールグループに参加するなかで、講師の話以上に、信徒の方の話のほうが深いと思わされたことがどれほど多かったことでしょうか)。
 
第三に、無口だと思っていた方が意外によく話をされることがあり、全般にみんな話したいのだなということが良く理解できましたとのことでした(自分の意見や話を聞いてもらうことは、人が健康に生きていくための必要条件ということなのでしょう)。質問によっては、どのグループも話がつきない、ということもありました。

先に書きました留意点は、やるたびに改善点や気づきが出てきます。これまでにも色々な講師を務めさせていただき、共に育てられている(教育ではなく共育)のだなと実感しています。本当に感謝な奉仕だと感じています。 

2016114日    小坂圭吾