2016年10月24日月曜日

今を生きる「鈍感になる」


         
沼津御用邸記念公園 
     休暇と言えば2週間

NHKテレビ番組で、オーストラリアへの旅を題材にした英語番組を見ていました。この国では、休暇と言えば2週間は取るのだと知り、日本以外の先進国では、それが当たり前なのでしょう。数年前にカナダ・バンクーバーに10日間旅した時、地元の人に「ちょっと短いですね。次回はもっと長い休暇で来てください。」と言われたものです。

今月、海外からのお客さんがあり、旅人をもてなそうと色々とお世話をしました。彼らは、2週間の休暇を取って日本滞在中に4か所の宿泊先を移動しながら、旅をつづけました。精力的に動いている彼らを見ると、あまり疲れを感じている様子もなく、旅を満喫して帰国しました。

若さの違いもあるでしょうが、なぜだろうかと考えて見ました。少し前に読んだ本で「もっと鈍感になろう」ということを考えていた時でしたので、これと関係するだろうかなと推察しました。

鈍感になる

旅人の彼らの姿は、いい意味で「鈍感になる」ことではないかと思わされたのです。ここでいう「鈍感」とは、にぶいとか、グズグズしているということではありません。鈍感になるとは、小さいことでクヨクヨしない、どうでもいいことで落ち込まない、ちょっとしたことで悩まない、失敗も仕方ないと割り切れる、大舞台でも緊張しないとか~~人生をスイスイと楽しく生きていくこと、自分らしく大らかに生きていくことです。


彼らは、細やかな配慮と感受性も高く、礼儀正しく、それでいて何か大らかでゆったりとした所が感じられます。彼らの人柄をそれなりに知っていますので、この“鈍感”について話題にして尋ねてみました。わかったことは、場合を考えながら選択をしているとの返事でした。ケースバイケースで、うまくスイッチを切り替えているのです。

彼らは、そもそもおおらかでゆったりした面があり、それができるのでしょう。それとなくわかってきたように思われます。私はと言えば、あらゆることに配慮しすぎていると周囲に言われることがあります。ですから、「もっと鈍感になろう」と思索していたのでしょう。


     図太く鈍感に

小泉純一郎元首相が、安倍内閣の自民党執行部に対して「政治の世界では、『鈍感力』が大切だ」と言って、支持率低下に一喜一憂していたことについて“げき”を飛ばしたことがあります。普段あまり「鈍感であること」の大切さを考えたことがなく、今回のことが引き金になり、単に鈍感になるばかりではなく、「神に信頼して、図太く、鈍感な自分になろう」と願わされています。

すべてのことを完璧にやろうとする一般的日本人の強さを、私も少し備わっているようですが、今一つ大らかにゆったりとした生き方が少ないかなと思います。そのわが身を振り返り、小さいことでクヨクヨしない、図太く鈍感に歩んでいけるように、神に助けを求めていきます。


かつて、ビジネス時代に培ったあらゆることを完璧に、時間は守る等の癖が、自分自身と周囲を疲れさせているかもしれません。日常生活の中でも、鈍感になって大らかにゆったりと歩むことを意識してやっていくことが大切です。神に信頼して、神の手の中ですべてをゆだねられる信仰を磨いていけらたと思わされています。



20161024日    小坂圭吾

2016年9月14日水曜日

今を生きる「それ相応の逆境を生きる」


         
                     順境もあれば逆境もあり

人生には、順境もあれば逆境もあります。「順境」とは、万事が具合よく運んでいるような境遇を言い、その逆が「逆境」です。この順境、逆境について何を基準にするのか、その判断は意外と難しい。“災いを転じて福となす”との言葉がある通り、時が経過しなければ判断できないのですが、逆境は、私たちすべてが免れないくらい多くあるものです。


「ホワイトハウスを祈りの家にした大統領リンカーン」(ジョン・クウアン著、小牧者出版)を読んだ時、リンカーン大統領が、どれほど失敗と挫折を重ねたかを知り驚きました。彼ほど逆境の中でありながらも、偉大な功績を残した人はいないのではないでしょうか。逆境に始まり、逆境の中に働き、逆境に終わった人と言ってよいかもしれません。

母をなくし、次男・三男を失い、事業に失敗(2回)、婚約者を亡くし、州議会、下院、上院、副大統領各選挙に落選が計6回。大統領になっても、奴隷解放、南北戦争のために内外において、多くの逆境と戦う日々でした。オバマ大統領もあこがれる素晴らしい人徳と業績を残す大統領・リンカーン、その挫折そして逆境を乗り越えた力こそが、信仰の力です。

新渡戸稲造という生き方

新渡戸稲造(にいとべいなぞう)博士~~世界的なベストセラー「武士道」の著者、偉大なる教育者、「国際平和の使者」と呼ばれたクリスチャン、旧5千円札の人~~彼の名著「修養」の中に、逆境について書いてある章があります。


逆境・災いには二つの種類があり、一つは自分自身で作る自業自得、もう一つは天の授ける天命、運命である、と書いています。いずれが多いかと言えば、自ら作る方がはるかに多いのです。

博士は、逆境だと思っている人の傾向として、ヤケになりやすい/他人のことを羨(うらや)ましく思う/他人を恨(うら)みやすくなると言っています。逆境に陥った理由を謙虚に自分に求めて、それは自分の責任であると思わない限り、逆境からの脱出はできないと忠告しています。


逆境を好転させるには、それに陥ったならば、これを避けることは悪いことではないが、逆境に耐え忍び、逆境の中から一つの修養の材料を求めて「善用」することを勧めています。人生を肯定的に捉えて「すべて善きこと」として受けて、積極的な生き方をしていこうということです。


リンカーン大統領の顏(右端)

     七転び八起きの信仰

リンカーンは、「失敗と不幸」をいやというほど味わいながらも、それを次の礎石として用いたのです。大統領になる前の彼は、政治家、事業家としての失敗に対して決してあきらめず、失敗という障害物を飛び石に変え、倒れても素早く起き上がり、自分の失敗原因を分析する知恵を、神様に求めました。

リンカーンは答えています。「サタンは、私が失敗するたびに『もうお前は終わりだ』とささやきます。しかし、神様は、『今回の失敗を教訓とし、さらに大きなことに挑戦しなさい』と言われました。私は、サタンのささやきより、神様の声に耳を傾けたのです。」

最後まであきらめないリンカーンは、人生に困難が訪れるたびに聖書の言葉をますます愛し、“失敗も不幸も”神様を愛する者にはすべてのことが働いて益となることを信じました。ですから、ますます謙遜になり、忍耐と強い信仰の持ち主となったのです。


リンカ-ン大統領時代のエピソードは、沢山あります。リンカーンが大統領に就任して最初の演説の時、彼を嘲笑しあざ笑う上院議員の無礼な攻撃に対して、全く不快感を表さず、温和な言葉で受け答えをして、周囲の者に感銘を与えました。/

長年の政敵と言われた人スタントンを南北戦争の陸軍長官に任命したことに、参謀たちは真っ向から反対・抗議しました。リンカーンは語ります。「イエス様は、敵を愛せよと言われました。彼は、もう私の敵ではなく、こうすれば、敵もなくなり、能力のある人の助けを受けることもできるし、一石二鳥ではありませんか?」スタントンは、リンカーンを最も偉大な人物と尊敬するようになったのです。/

南北戦争に勝利した時、リンカーンは次のように告白しています。「北軍の勝利は、祈りの勝利です。私たちは、南軍のロバート・リー将軍のような名将がいなかったことは、むしろ良いことで、祈りによって神様にさらに頼ることができたからです。」 

「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」
    (ローマ8:28)

 2016年9月14日    小坂圭吾

2016年8月16日火曜日

祈り「祈りの力」


     映画「War Room(祈りのちから)」

先月7月に映画「祈りのちから」を見ました。原題は「War Room」(戦略会議室)、戦争の実戦前に戦略を練り上げ指令する場所のことで、私たちの人生にとっては、それこそが「祈りの部屋」ということで、この映画では、祈りこそが戦いの武器であり、力である事を教えてくれます。

ビジネスマンの夫トニーと不動産仲介業の妻エリザベス、一人娘のダニエル一家。一見幸せそうな家族ですが、夫婦間に問題があり亀裂がある。そんな中で、エリザベスがある日仕事で、家を売却したいという老女クララに出会う。

エリザベスが問題を抱えていると気づいたクララは、彼女に信仰について尋ねる。ここからキーパーソンであるクララおばあちゃんが祈りについて勧める。そのパワフルな指導は、私もエリザベスと共に教えられ引き込まれていく。

クララおばちゃんは、自宅のクロゼットを案内し、そこはおばあちゃんの祈りの場所「ウオー・ルーム」であった。クロゼットの壁には、祈りのメモが張り付けられていた。祈りの課題、状況、かなえられた祈りがびっしりと‐‐‐。クララは、一週間に一時間、自分と会って信仰の話をしようと説得するのです。

     キャスト全員がクリスチャン

の映画は、ケンドリック兄弟(クリスチャン牧師兄弟)が、監督そしてプロデューサーをそれぞれ務めており、現代のクリスチャン映画作りに風穴を開けたと言われています。

二人は、「クリスチャンを勇気づけ、鼓舞する仕事をしたい。この作品でも、人々が今までよりも神の近くを歩んでいけるようにしたい。」と語っています。そして、映画のキャスト全員が、クリスチャンです。

二人は、何を行うにもまず祈ってやる。「映画のテーマは?」まず祈りが先である。「タイトルはどうする?」祈る。「撮影準備は?」「ロケーションは?」祈る、祈る、祈るのだそうである。当たり前と言えばそうであるがー。

この映画の一番のキーパーソンは、クララおばあちゃんであるが、なかなか女優の適任者が見つからず、ケンドリック兄弟は困り果てたそうですが、彼らは祈り、一人の敬虔なクリスチャンを見出すことができたのです。

      祈りの力

この映画会場の雰囲気は、何かいつもと違い、笑いと涙があふれ、あたたかい空気が流れていました。見終わって、思わずお隣のご夫婦に「いやあ、素晴らしい映画でしたね!」とお互いに言葉を交わしました。


この映画を通して、勇気づけられ、鼓舞されたことは、映画のタイトルそのものずばりです。クララおばあちゃんは、エリザベスの信仰が「気が向いたときにしか教会に行かず、祈りも心のこもらない“ぬるいもの”である」と気づきます。

クララはコーヒーを出しながら、「神は“ぬるい信仰”を好まれない。“熱い”か“冷たい”かであってほしい」と諭します。熱い信仰で祈ることこそが、人生における勝利のカギであると!人がどれほど行き詰まることがあったとしても、『祈り』こそ最強の力になるのだと、全編を通して教えてくれます。

熱心なクリスチャンであるクララは、かつて人生における危機、失敗経験の中で、全能の神に熱く祈ることにより、自分の悩み、苦しみ、告白、願を神にぶつけて乗り越えたのでした。祈りによって神様がどれほど力強く、適切な答えを出してくれるのか!彼女は、クロゼットを“奥まった祈りの部屋”としてそれに当て、これが一番の気に入った部屋なのです。



「わたしは、あなたの行いを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。‐‐‐むしろ、冷たいか、熱いかであってほしい。」(黙示録3:15)

私の記憶に間違いがなければ、クララおばあちゃんが最初エリザベスに出したコーヒーは、“ぬるいコーヒー”でした。何週間後には、エリザベスの信仰の態度が次第に熱くなってきて、“熱いコーヒー”を出すのです。このシーンは、映画の最後の方になって思い出され、熱い信仰でなければと私の胸を指しました。

神に対しては、いつも熱く、霊に燃えて勤勉でありたい。勤勉で怠らず、情熱を持って熱心に働き、自分のまかされた使命に生きる。そのためには、熱い祈りをささげ、上からの力を受けるものでありたいと願っています。

最後に、この映画を見ることを心からお勧めいたします。

2016816日    小坂圭吾


2016年7月14日木曜日

今を生きる「幸福な人生の秘密」


水戸・偕楽園
     ハーバード大学で75年にわたる研究

今年5月にNHK・Eテレで、スーパープレゼンテーション(TED)のプログラムで「史上最長の研究が明かす幸福の人生の秘密」が放映され、たいへん興味深く視聴しました。

この研究は、ハーバード大学が1938年にボストンにおいて始めたもので、“健康で幸福に生きるには、人生どんな選択をするとそのようになるのか?”約700人余の男性について、追跡調査を75年にわたって行い、結論を得たものです。

研究対象は、第1のグループにハーバード大学の学生たち、第2のグループにボストンの最貧困層の青少年たちで、当時19歳前後だった人たちですが、今生きているのは90歳代の人々が60人で、その多くは子供たち2000人が研究の対象になっています。

当時の若者たちは、工場労働者、医者や弁護士、アルコール中毒症になった人、大統領になった人、貧困層からトップに上り詰めた人、逆に転落した人と色々です。本人に会って話を聞き、健康状態を調べ、子供たちの話や夫婦の会話も録音するそうです。

    秘訣は良い人間関係

私たちにとって最も関心の高いテーマですが、史上最長の研究プロジェクトの責任者は第4代になっており、今も年間1億円の予算を投じて、情熱と忍耐をもって追跡調査・研究がおこなわれています。

この75年にわたる研究からわかったことは、“良い人間関係が、幸せと健康の秘訣である”ということです。若い人たちは、富とか名声とか成功することが一番だと考えますが、そうではないのです。

得られた教訓の第1は、人とつながりがある事が良いことで、孤独は良くないということです。第2に、身近な人との暖かい人間関係を築いていく人間関係の質が大切であり、それが私たちを守り、老化を防止してくれるのです。第3に、良い人間関係は、体だけでなく脳を守ってくれる作用があるとのことです。口喧嘩をすることがあっても、頼れる深い人間関係がある事が良いのです。

つながっていると感じる

この研究の結果を聞きながら、まさに聖書が教えている通りなのだ!との実感を強めました。良い人間関係と言っても様々ですが、社会的なつながりの数が多いというよりも、人間関係の中でどう感じるか、「つながっていると感じるかどうか」が重要なのです。

家族、教会(特にスモールグループの人々)、友人、地域の人々、仕事関係の人々の中で、人間関係がつながっていると感じられる良い人間関係を築いていくことが大切です。多くの数を必要とするよりも、身近な人々と質の高いつながり、関係を結ぶことが重要です。

私は、現在ある教会で、「人生で一番大切なこと~心がつながるコミュニテイをめざして~」(リック・ウオレン著、PDJ)をテキストにして、毎月1回スモールグループでご一緒に学び、分かち合いをしています。この学びの狙いは、互いの交わりを深め、心がつながる関係をしっかり築いていくことにあります。

それは、「共に(一緒に)」という言葉をあげることができますが、「共に(一緒に)生きる」ということであり、良いつながりを持って生きることです。人が集まるところには、問題もついてまわるのが人生の現実ですが、人とのかかわりの中でこそ、最もよく成長でき、体も心も脳も守られるのです。

十字架を思い描いてみますと、これを書く時は、まず縦の線(神と人との関係)を書き、次に横の線(人と人との関係)を書きます。人と人との関係が良い関係であるためには、神との関係が良くなければ実現できません。

神の愛をいただいた事によって、相手をそのまま受け入れ、問題があっても赦し受け入れ、良いつながりを築いていきたいと願っています。聖書の福音の要点「愛、受け入れ、赦し」を実践出来ればと、祈りつつ取り組んでいます。

2016714日    小坂圭吾




2016年6月10日金曜日

感謝「心の断捨離」


五月晴れの後楽園と岡山城
     のんびりと故郷に帰省!

先月久しぶりに、岡山県津山市の近くに住む高齢の姉夫婦を慰問のため、帰省しました。近年は、飛行機よりも新幹線の方が落ち着くので、こちらがよくなってきました。五月晴れに恵まれた旅行で、新幹線の中でのんびり、岡山駅に着いて10数年ぶりに後楽園を散策です。

何度も来たことがあり、歩きながら昔の思い出がよみがえってきます。カメラの絶景ポイントもいくつか発見し、途中で岡山名物・吉備団子とお茶をいただいて、まさにのんびりです。

2時間半余りの散策後に、岡山駅から津山線に乗り、約1時間余りローカル線の旅です。コーヒーを片手に周りの青葉若葉、旭川の水の流れをぼんやりと眺めながら、2両編成の電車は津山へと向かいます。津山駅からは途中までバスに乗り、迎えに来てもらいます。田舎の風景とその暮らしにどっぷりとつかりました。

三日間を過ごし自宅に戻った翌日、何か自分の心の中が変わったなと感じたのです。心に余裕ができたというか、忙しくやろうとしない、無駄なことはしなくなったという感じで、今もそのことは続いています。

     断捨離

これはいったいどうしたことなのか?このブログを書きながら、もしかして、“心の断捨離”ができたのではないかなと考えました。というのは、よりシンプルに考え、余計なことに手を出さないようになってきたからです。


「断捨離」というのは、ヨガの「断業」、「捨行」、「離行」という考え方から来ていることで、不要なモノを断ち、捨てることで、モノへの執着から離れ、身軽で快適な生活を手に入れようというものです。

モノも情報もあふれかえっている現代にあって、不必要なものを捨てるというプロセスを積み重ねると、身の回りをスッキリさせることが出来、自分の心をも整理して行くことが出来るということです。

現代は、いらないものをいかに捨てるかという知恵こそが、重要な事なのでしょう。

     心の片づけ

“断捨離”と言えば、“モノの断捨離”と共に、それ以上に大切なのが“心の断捨離”です。モノの片づけを通して、心の片づけもできるわけですが、“心の片づけ”に取り組むことだけもできます。

“心の片づけ”(心の断捨離)は、物を片付けるのと同じで、役立たない不要な考えを取り除き、より重要な事柄のために心の中のスペースを確保することです。定期的に心の中から不要なものを取り除くことですが、不要なものは、最初から入れないのが一番ではないでしょうか。

そうすることにより、余計なことで心配する、ストレスを溜めることから自分を守ることができます。心配事というのは、起きる前そして起きてから悩むことで2重にストレスになり、実際にはその90%は起こりません。

現代の私たちは、テレビやパソコン、スマホあるいは不要不急な買い物等々にどれほど余計な時間とお金を使っていることでしょう。それらを遮断して、静かな中にどっぷりと身をゆだねて、自分自身にしっかりと向き合ってみましょう。

私たちの心の中に入ってくるごみを綺麗にする“心の掃除と整理整頓”が、必須なのです。心の中の整理整頓は、毎日の積み重ねで心に余裕が生まれてきますが、あるタイミングでは、リフレッシュして心の大掃除が必要ともなります。


今回の岡山への旅には、せっかくの機会なので、あれもこれもしようといくつか用件が出てきましたが、どうもその気になれず、慰問とリフレッシュすることに目的を絞りました。

非日常の自然に触れ、今までと違った暮らしに触れ、自分も気が付かない中で癒されました。慰問の目的を果たし且つ心の中のごみが一掃され、リフレッシュされたことは、ほんとに恵みであったと感謝しています。



2016年6月10日    小坂圭吾