2022年8月4日木曜日

今を生きる「良い習慣を身につける」

 

散歩途中のサルスベリ
朝の散歩

ここ3か月ほど、朝の習慣が大きく変わりました。朝2030分ほど欠かさず散歩をするようになったのです。妻のリハビリを兼ねて、どちらかというと妻のお供をしているというのが正しいかもしれません。

歩く習慣は、かつてから妻の方が圧倒的に強く、毎日朝の散歩は言うまでもなく、買い物でもあるいはボランテア活動でも、バス・電車に乗るのに待ち時間が長いと簡単に歩いて行き帰りするのです。

ある時は片道40分でも、何の苦もなく歩くという散歩の達人かもしれません。本人が言うには、バスや電車を待っている時間に着いてしまうからというのですが、健康的なことは言うまでもありません。多少の雨でも傘をさして、平気の平左で歩くのです。

私はというと、週3回の運動が必要だというので、さあ今から歩くぞと気合を入れないと始まりません。


習慣が変わる

その習慣が大きく変わりました。朝5時ごろ起きると、洗面を済ませて、さあ散歩に行こうかとどちらからともなく言って歩き始めます。雨が降っても傘をさし、今のように猛暑日の日は、日傘をさします。

週4回は色々とごみ出しもあり(月、火、金、土曜日)、それも兼ねて歩き出します。それまでは、ごみの量が多いとき週に1回程度、車で運んでいました。それが、たとえごみが多くても各人が2個づつ持てば何とか運べるので、車でゴミ出しは無くなりました。

今日はあまり歩きたくないなと思っても、相棒がいれば、行こうかとなります。やはり、一人よりも二人の方がいいのです。

朝早く歩いていると、色々な方に出会います。コロナ禍が厳しい折、マスク無しで歩く人は少数ですが、私たちも同様です。朝の挨拶「おはようございます!」を必ずするようにしていますが、全く返事をしない人や仕方なく小さな声で返す人が、かなりいます。

妻は「面倒くさいのでしょう!」といいますが、返事が返ってこなくても声だけはかけようと努めています。考えてみれば、小学校の時、学校への行き帰り(片道30分)に挨拶をするように言われ、出会う全ての人に挨拶をして身に付いたのです。

ブラタモリ                                    散歩といえば、『ブラタモリ』がNHK総合テレビで、もう13~4年くらい断続的に放送されていますね。司会を務めるタモリさんの冠番組とも言われて、私も機会があれば見ています。

街歩きの達人・タモリさんとともに、街並みをブラブラ歩く、ある目的を持って見て歩くと大きな発見があるものだと教えられます。散歩して気が付く昨今の大きな変化は、家の建て替えが多くなったことです。まだまだ使えるのにと思いながらも、取り壊して建て替えの家が、散見します。

高齢化していろいろな事情で変わっていく地域の事情を、垣間見ています。日本有数の健康長寿の町ですので、さもありなんと思います。

そういえば、先日の朝の散歩のとき、7~8人の人々が道路のわきで何かを待っていました。通りすがり、どちらとも言うこともなく同時に朝の挨拶をしました。男女3人ほどの声が聞こえました。

これほど元気な挨拶は珍しいな何だろうか?と通り過ぎて、付近を散歩して帰ってくると、テレビか何かの撮影をしていることがわかりました。そうか、彼らの中には挨拶がきちんとできる人がいるのだなと思い当たりました。

本を手放さないリンカーンの銅像

良い習慣

良い習慣を身につけ持続していけば、気持ちも上向きになり、良いリズムを作ってくれます。人生は劇的により良いものとなるとも言えます。このことで私がすぐに思い出すのが、アメリカ大統領・リンカーンです。

聖書をよく読み、絶えず祈り、かつきわめて熱心な読書家で、彼は幼いころから『本の虫』と呼ばれていました。学校教育を正式に受けることが出来なかった彼は、独学で勉強しなければならず、昼間は仕事をし、夜は本と格闘したのです。

働きながらも本を手放さないリンカーンの銅像がありますが、彼は読書習慣によって大いに成長し、創造的なリーダーになったのです。

良いことを習慣化するには、どうすればよいのでしょうか?最初は「今日だけ」と思ってやり始めて2回、3回と同じことを続けてしまうと、いつしか気づかぬうちに習慣になってしまうこともあります。

1度や2度だけでは習慣化できないということで、大事なのは毎日続けることです。毎日続けていると気づけば自然と習慣になっており、意識せずともできるようになります。

まずは、自分で本気でやろうと思うことから始まるだろうと思いますが、周りの人のアドバイスや一緒にやる人がいると継続できることでしょう。誰しも、半端な気持ちですと結局楽な選択をしてしまいます。

リンカーンの手には常に本があり、毎年、自分の身長ほどの本を読むことを目標にしていたそうです。肉体の健康には食事が必要であり、内面の成長のためには本を読むことが必要であることを生涯忘れなかったのです。その中に、聖書が大きな位置を占めていたことは言うまでもありません。

 「私は、夜明けの見張りよりも先に目覚め、あなたのみことばに思いを潜めます。」(詩篇119:148)

2022年8月4日 小坂圭吾

2022年7月4日月曜日

感謝「苦難・ガンと闘う(その3)」

 

あじさいの寺
食道がん手術

大変だった抗がん剤治療2サイクルのところを1サイクルにしてもらい、いよいよ食道がん手術となります。コロナ禍ですので、私は自宅待機し、手術前に電話をしてお祈りをしました。

その日は、自宅で一日中、1時間に一度くらい祈りながら過ごしました。このような過ごし方は、神学校のリトリート以来のことです。病院で待機するよりは、家で落ち着いてお祈り等をして過ごせた1日でした。

がん治療も、日進月歩で割腹することなく出来る時代になりましたが、それでも、大部分の食道や胃を切り取るのかと冷静に考えると大変な手術でした。

9時から19時過ぎまでかかり、終了してから、メスを入れて下さった医師からの電話が来ました。「目で見る限り、がん細胞の全て取り除きました!」との声に、ホット安堵しました。ICUでの5日間が過ぎて、一般病棟に移りました。

教会の知人・I兄ですが、がん手術で割腹手術をされ、その傷跡をスマホに撮ったものを見せて説明してくれました。

「僕は、こんなに大変な手術を受けましたが、今は、こんなに元気です。奥様のためにお祈りしています。」と何度か話を聞かせてもらい、元気をいただきました。彼の手術を聞かされ、確かに日進月歩していることを実感しました。

LINEによるコミュニケーション

入院してから、妻とのコミュニケーションは、LINEを使ってのやりとりです。短いコメントだけでなく、写真や、Yutubeに掲載された礼拝メッセージや聖歌・讃美歌等をはじめ、本人に役立つだろうと思うものを色々と送るのです。

入院生活が長くなるとかなり弱っている時もあり、元気の良いYutubeの内容は、適当でないことがわかる等、試行錯誤が続きます。

「元気つける言葉、素晴らしいとの言葉は不要である。ただ事実だけを言ってほしい。」と言われたときは、弱い病人に対する配慮の足りなさを思わされます。


相手の状況もほとんどわからず、言葉だけでのやりとりですから、なおさらです。人の心の痛みを理解する、苦しみの人をどのように慰めたらよいのか、新たな経験の積み重ねです。

彼女は、ICUから一般病棟に移り、始めて食事をしたとき、「手術後、初めて重湯を食べた時は、本当にうれしかった」と後日語ってくれました。

この2か月あまり、のどに詰まりほとんど食べられなく、忍耐した日々でした。入院中に食事の時間になりますと、周りの人々に提供される食事の良い匂いに絶えられず、病室から出て一人他の所でその時間を過ごしたそうです。

早く手術をしてほしいと何度も言っていましたが、このつらさは、体験者でなければ言えない事かと思います。

最もがんにかかりにくい人

私たち家族にとって、最もがんにかかりにくいと思われた妻が入院して手術をすることになり、マサカもまさかの出来事でした。健康面で色々と考えてみるに、妻は十分に心がけていましたし、病気をしない、医者不要だったのです。

突如そうではないということがわかり、本人も私たち家族にも、神様の深い意味があるのだろうと考えさせられます。

渡辺和子さん(岡山・ノートルダム清心女子大学の元学長、カトリックのシスター)が、岡山・玉島教会・河野進牧師からいただいた詩を紹介しておられます。(Yutube「キリストの香り・どんなことにも感謝しなさい」)

「天のお父さま、どんな不幸を吸っても、はく息は感謝でありますように。すべては恵みの呼吸ですから。」

彼女が読むこの詩に、心動かされました。人生には、様々な不幸が押し寄せてきますが、すべては恵みの呼吸ですからとは、どんなことにも感謝しなさいと聖書にある通りで、感謝できる理由がここにあると言っても良いのかもしれません。

渡辺和子シスターは、この詩に感動され、大学の正面玄関に飾り、生徒たちにもこのことを教え続けられたそうです。

幸いなことに、妻は、手術後の経過も良く順調に回復をして、2週間余りで退院しました。今自宅で、療養を続けています。

これまでのガンとの闘いは、それと分かるまでに約2か月、入院して検査、手術そして退院まで約2か月半弱、退院後今日まで約2か月強になりますが、大変な山が3つ4つあったように思います。

多くの方々の祈りに支えられて来たこと、かつ医療関係者の方々に、心から感謝申し上げます。

「あなたがたの会った試練は、みな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に合わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。」(コリント 10:13)

いくつかの試練を本人と共に乗り越えられたのは、主が用意された脱出の道があったからです。高齢でガンというかなり厳しい試練は、私たち夫婦にとって、家族にとっても、恵みもまた多かったなと振り返ることが出来ます。

妻の完全回復には、あと数か月くらい必要かもしれませんが、この経験を他の人のために生かすことが出来ればと願っています。マサカの出来事は、主にある限り、それも恵みであり、謙遜になる出来事であり、成長の糧でもあり、人生の味付けなのかなと思います。

個人的には、神様との関係がより密になったことが最大の恵みであったと思います。

2022年7月4日 小坂圭吾


2022年6月3日金曜日

感謝「苦難・ガンと闘う(その2)」

新型コロナウイルスの第6

新型コロナの感染が始まり既に2年半、今や第6波と言われ、23日に全国の新規陽性者が10万人を突破。政府は19日から321日まで「まん延防止等重点措置」を適用しました。

今は収まりつつありますが、まだ手を抜くことは出来ません。一方、屋外で人との接触の少ない散歩等では、マスクは不要であると言われホットしています。

私は、散歩では全くマスクは着用せず、厳冬の時とか、花粉症が厳しいときだけ着用する程度です。4月くらいまでは、ほとんどの方が散歩でマスク着用をしていましたが、5月からマスク無しの方にお会いするようになりました。

不思議なことに、車の中でマスクをしている方は多く、乗り降りの際の手間を考えて、そのままの気持ちも理解できます。早く、よほどの人ごみでない限り、マスクは不要であるとなってほしいものです。

コロナ禍での入院

コロナ禍が続いている中での緊急入院となり、入院するとき「出来るだけ早く行って下さい!」とのことでしたので、それでも聖書とスマホと少しのお金は持って入院です。

入院患者との面会は、家族であろうとも禁止!予想していたことではありますが、さてさてどうしたものか?このような時代にあって、電話とLINEが、素晴らしいコミュニケーションの武器になりました。

普段ほとんど使ってないLINEでしたが、子供たちがLINEグループを作ってくれ、試行錯誤する中から、家族全員のグループが一番使いやすいとのことで、これで毎日、何回もやりとりをすることになりました。

入院しました大学病院は、家から車で20分程でした。最初の病院で検査を受けて、どうやらガンの可能性が大だと言われ、この処置が出来る病院は大学病院レベルしかなく、紹介された3つの大きな病院の中、通うのに近い方が良いだろうと選びました。それは、かつて人間ドックで行ったことのある病院でもあったのです。

ガン治療について

今にして考えてみると、ガンであると本人に対して通告することは、今では当たり前の時代なのですね。とは言え、最初の医師の言い方は、もう一歩丁寧に相手の気遣いしながら話されたら、更に良かっただろうと思いました。

家人も私も、信仰者として冷静に聞きましたが、いきなり言われて、出来るだけ早く入院と言われ少しバタバタした感じで、大変だなとの思いにつながったようです。

入院して1週間ほどは、どこがどのように悪いのかと検査が続き、検査に全く慣れてない家人は、つらい嫌だ!の声が続きました。家族は、大いに愚痴を、わがままを私たちに医者に言えばいいと励ましました。

検査の結果、食道がんとはっきりして、治療方針が示されます。日本でも王道と言われる治療の道筋があり、その説明を聞き、セカンドオピニオンを聞こうと思いましたが、調べた結果、必要なしと理解しました。

治療に入りますが、次に大変だったのが抗がん剤治療でした。手術前に行うのが効果大であると5日間連続で行われました。この治療はもう二度とやりたくないと本人は言いました。

ラインを通して声だけからの理解ですが、「抗がん剤治療はつらく、安楽死させてくださいと担当の先生に言ったよ!」との発言は、よほどつらかったのでしょう。神を信じていればこそ言えた言葉ではあります。

これを2サイクルやることは、とにかく嫌だとの家人の声に同意して1サイクルで終わせてもらいました。しばらくして、教会で抗がん剤治療をされた家族の方にお話を聞く機会があり、本人のつらいことの大変さとそれ以上に家族の大変さの経験を聞かしていただき、やはりそうだよなと少し楽になり、力をいただきました。

悔いの無いように徹底して!

このような中で、次男家族からガン患者を支えた経験者としての貴重なアドバイスをもらいました。「ガン患者に対しては、本人がやってほしいと思うことは、その意向に沿って悔いのないように徹底してやってあげることが一番大切だよ。」

彼らは、そのようにやった経験があればこそ、この言葉には重みを感じました。それ以来、意識してそのように努めましたが、家族の行動がこの線で動いている、不十分であったかもしれませんが、良い動きであったことは感謝でした。

何も持たずに入院でしたので、最初の3週間ほどは、毎日のように必要なものを聞いては持参する、不要なものを持ち帰るという日々でした。入院を聞いた娘がバンクーバーから帰国し、また、長男家族が近くに住んでおり、近いことは何かと助けられました。

加えて、家族の者たちが今までに経験してきたことから、これをしたら、あれをしたらと提案やら色々とやってくれました。人生経験を重ねていると、こんな時に何かと生かされてくるものだと感謝の日々でした。

 「人からしてほしいと思うことを、そのとおり人にもしてあげなさい。」         (ルカ 6:31 リビングバイブル)

2022年6月3日 小坂圭吾

2022年5月18日水曜日

感謝「苦難・ガンと闘う(その1)」

 

お見舞いの花

緊急入院

今年の2月、家人が緊急入院することになりました。それまで、数か月間、食べても喉につかえる、戻すことを起こして、色々と試行錯誤を繰り返し、医者にも診断してもらいますが、よくは分かりませんでした。

やっとのことで、胃カメラによる検査によりガンであろうと推定され、近くの大学病院に緊急入院をすることになりました。あれから3か月間、家人と家族によるがんとの闘いの始まりです。

ガンと言えば、今や病気する方々の二人に一人は、ガンにかかる時代と言われます。私の周りでも、かなりの方々がガンと闘っておられます。

身近な事柄とは言え、その対処の方法を心得ているわけでもなく、かなり大変だろうなとは思っていました。

緊急入院ともなれば、心備えもあるわけではなく、マサカの出来事に毎日あれやこれやと忙しく1日が過ぎていきます。

本人も家族もつらい日々

ガンと確定すると、家族全員によるがんとの闘いですが、本人ばかりでなく家族もつらい日々となります。なぜもう少し早くに、家人を連れて医者に行かなかったか?との思いが頭をもたげてきます。

家人は、医者に頼らず自分で出来る治療をする、検査されるのが苦手でしたので本人の判断に譲り、遅くなったかもしれません。しかし、医者に行くそのタイミングも神様が最善に益としてくださったのであろうと、信仰により受け止めました。

まずは、半年くらいは介護にあたることになるのだろうと、私自身の生活をシンプルにする必要を感じ、臨戦態勢?を敷くことにしました。色々と仕事を整理し、あるいはストップさせてもらいました。

もう一つは、ガンに対しての知識が無いので、インターネットで調べる、図書館に行ってガンに関する本をあさりました。

色々な視点からの本がそろっていて、医者の立場で、家族の立場で、患者を支える立場で、ジャーナリストの立場で書かれた本と、ここまでそろっているのかと驚きながら読みました。

10冊ほどの本を精読し、これはと思う本は購入して、自分の書棚に入れ読み返します。ガンにかんする医学の進歩は日進月歩ですから、その点を心して読む必要があります。

中には、セカンドオピニオンとして読むような本もあり、王道の本はこれだなと選別しながら、読んでいきました。その結果、治療がされていくことをしっかり理解しながら、過ごすことが出来ました。


苦難の意味するもの

しばらくしたある日、作家の三浦綾子さんが書かれた「苦難の意味するもの」の記事に出会いました。

彼女は、若い頃から病気ばかりされていましたが、重症の帯状疱疹にかかり、翌年には直腸ガンにかかり手術をされ、その後に書かれたものです。三浦綾子さんの半生は、「病多い半生と言える」と彼女は書いています。

周りの人々から、「信仰があるのに、なぜ病気をするのか」「篤い信仰を持っているのに、神様はなぜ、あなたを病気にするのでしょう?」と言葉を発せられる。

人々は、苦難は因果応報の思想に根差してのことであると考え、それは罰なのである。しかし、聖書の中でイエスキリストは、「罰ではない。神の御業がその上に現れた苦しみなのだ」と明確に答えられたのです。

彼女が、若いとき13年間の療養生活の中で読んだ聖書のみ言葉は、どれほど慰めや力を与えられたか計り知れない。彼女と同様に、世界中のどれほどの人々が慰められ、力づけられた事か。

生まれつき体の不自由な人、病気の人、人間関係や経済問題で苦しむ人々等、様々な苦難に会っている人々にとって、イエスの言葉は、どれほど多くの人々を立ち上がらせたことであろう。

苦難の意味は、「神の御業が彼の上に現れるため」と説かれているからであると語り、更に続きます。


私は癌になったときにティーリヒの、『神は癌をもつくられた』という言葉を読んだ。その時、私は文字通り天から一閃の光芒が放たれたのを感じた。

神を信ずるものにとっては、「神は愛」であり、その愛なる神が癌をつくられたとしたら、その癌は人間にとって、必ずしも悪いものとは言えないのではないか。

私達は「苦難」を取り違えて受け取っているのではないか、私はティーリヒの言葉にふと思った。

(神のくださるものに、悪いものはない)私はベッドの上で、幾度もそうつぶやいた。すると、この癌という神からの素晴らしい贈り物に変わっていたのである。

いつしか私は、妙な言い方だが、(私が度々病気をするのは、もしかしたら、神にえこひいきをされているのではないか)と思うようになった。

私は肺結核、脊椎カリエス、帯状疱疹、癌と、次々にたくさんのプレゼントを神からいただいてきた。そしてその度に私は平安を与えられてきた。

この平安を思うと、私は全く、神のみ業としか言い様のない気がする。肺結核もカリエスも、長い忍耐と根気のいる病気であり、死んでゆく者の多い病気であった。

経済的にも危機にさらされる病気であった。だがその中で得たやすらぎは、説明のしようのないやすらぎであった。(「婦人之友」1982年12月号)


(神のくださるものに、悪いものはない)との言葉を、幾度もベッドの上でつぶやいた三浦綾子さん、私も同じようにつぶやきます。

(全ては、神様が造られた。そして神のくださるものに、悪いものはない)。つらい病気に耐える、長い忍耐と根気のいる病気との闘いは、経験者でなければ言い表せないものだろうと思います。

三浦綾子さんがこのように書かれたことを読むときに、苦難の意味を聖書の光によってとらえ直し、信仰によって受け止め、力と慰めをいただきました。そこには、深い意味のある事を学びたいと思います。

「苦しみに遭ったことは、私にとって良いことでした。それによって、私は御言葉を学ぶことが出来ました。」(詩編 119:71 現代訳)

2022年5月18日 小坂圭吾


2022年4月5日火曜日

喜び「バカになる、寅さんシリーズ50周年記念作品」

郵便局の年賀状より

50周年記念作品

先日、NETFLIXで寅さんシリーズ50周年記念作品である「男はつらいよ お帰り 寅さん」を再度見ました。一作目の公開から50周年となる201912月に公開された作品です。

これは、新撮された登場人物たちの”今”を描く映像と、4Kデジタル修復されて蘇る寅さんのシリーズ映像を見事に紡ぎ合わせた新たなる『男はつらいよ』の物語です。

生みの親である山田洋次監督自身が「今まで観たことのない作品が出来た」と驚かれたほどの映画、50年の歩みがあったからこそ完成したものです。私もこの寅さん映画の大ファンで全て見ています。

何度も映画館にも足を運びましたが、あの観客席の和やかな雰囲気は、他の映画では経験した事が無いなと思い出します。

渥美清の寅さんが、団子屋「とらや」の裏手にある印刷工場で働く若い工員たちに、親愛の情を込め「労働者諸君」と呼びかけるとき、あるいはおいちゃんが、甥の寅さんの愚行を眺めながら思わず「馬鹿だねぇ」と溜息ながらに嘆く時、観客席は爆笑に包まれる。

このおかしさは、その場にいる者には複雑な内容が瞬時に観客に伝わり、大きな笑いとなります。寅さんの言葉には、この種の味わい深い、面白おかしいセリフが随所にあります。

「寅さんの人生語録」ですが、一見すると陳腐なセルフの羅列に見えますが、寅さんを知っている人には、何とも愉快なのです。

誰がしゃべっても面白いというわけではなく、渥美清の寅さんが話すときに、その言葉の深い奥行きとニュアンスが出てくるのです。かつて、楽しみながら寅さん研究に励んだものです。

若いときの思い違い

この寅さんは「バカを地で行っている」のです。「頭がいい」わけでもなく、「知識がある」わけでもなく、学歴などあるはずがなく、ただ向上心はあります。人間の価値はと言えば、学歴や頭の良し悪しではなく、知恵が働くかどうかで決まることを教えているともいえます。

寅さんを見始めてから、「バカになる」事について考えさせられました。若い時には、知っていることが良い、尊いことでに走りたがる。そういう時は、知らぬ人がバカに見える。

年を重ねると人は理屈では動かないことを知り、知識だけではつまらないことに気づくようになる。若いときの思い違いを悟るのです。

利口がバカらしくなり、これが『利口バカ』だと悟るのです。人がバカに見える間は器が小さく、努めてバカになると不思議に人望が集まり、これぞ利口なのかもしれません。

自分のばかげたこと、失敗したことをオープンに話す人に人が集まり、ドンと自分を落とした話は、人々の心にすんなりと入っていきます。バカの利口という言葉もあり、口では『バカになる』といっても、それができる人は極めて少ないのです。


寅さん映画を見る理由

寅さん映画の公開は、昭和44年(1969年)8月で観客動員数(映画館に足を運んだ人)が54万人、人気はうなぎ上りに上がり、やがて100万人、150万人、昭和47年の第9作「男はつらいよ、柴又慕情」(マドンナ・吉永小百合)から更に人気上昇し189万人、経済の右肩上がりにつれ(?)200万人を軽く突破する観客動員数が続きます。

最大の観客数は、昭和4812月公開の第12作「男はつらいよ、私の寅さん」(マドンナ・岸恵子)で241万人でした。その後、超ロングランになりますが、140万人から220万人の人々が毎回この映画を楽しんでいます。

48作までの観客動員数を合計しますと約7970万人、日本人口の2/3が見たことになります。作家の井上ひさし監修の「寅さん大全」の本の中で、人々はなぜ四分の一世紀もの間、このシリーズを倦むこともなく観てきたのか、その理由の一部を掲載します。

「寅さんは、一種の自由人で好きなときに好きなところへ行くことができる。成人男子の7割前後が給料生活者、給料と引きかえに自由を束縛されている。だから身軽な寅さんに憧れ、彼を観るために映画館に出かけてしまうのだ。」 

「渥美清の演技がまたすばらしい。渥美が寅さんか、寅さんが渥美か、どちらがほんとか分からないぐらいすばらしい。」 「どちらがほんとか分からないようにするために、彼はこの25年間、出演をほとんどこの映画1本に絞ってきた。そこが偉いね。」 

「彼のその誠実さが当然、寅さんにもにじみだし、お客さんは寅さんを信用する。」  「寅さんと妹さくらとの情愛にいつも打たれる。」 「マドンナが毎回、変わるのが楽しみ。そのマドンナもそのときそのときの旬の女優が選ばれる。」 

「寅さんに妙に向学心があるのがおもしろい。」 「万事金の世の中に人の情けが生きていて、それがうれしくてほっとする。」理由をあげれば、際限がありません。まったく同感です。

キリストにあってバカになる

職場、学校、地域の中を見渡してみると、なんとなく人望のある人を見出すことが出来ます。その人は利口ぶっている人ではなく、バカぶっている人・バカになっている人ではないでしょうか。

本人がそのことを意識してなくて、自然体のままかもしれません。その人と話すと暖かみを感じ、親しみを感じます。その人のまわりにはいつのまにか人が集まり、会話も楽しくはずみます。

私たちクリスチャンも小利口に生きるのではなく、バカになって生きること出来ればと思います。あるがままの自分で飾らずに生きていきたいのですが、これがなかなかできない。

一人一人は、それほど立派でもなければ賢くもない。パウロのキリストにかける情熱、生き方を見ると、よくもあんなことが出来るなと思われることが多くあります。

キリストにあって、もはや失うものなど無いのではないか?神様から示されたことに正面から、情熱をもって、バカになって取り組む!キリストにあってバカになり「明るく、やわらかく、愉快に」生きたいと願います。

「もし、あなたがたの中で、自分は頭が良いなどと考える者がいたら、そんな愚かな考えはかなぐり捨てて、ばかになるがよい。というのは、この世の知恵などは、神の御前では実につまらないものである。」(コリント3章18-19節 現代訳)

2022年4月5日 小坂圭吾