2021年12月15日水曜日

喜び・感謝「自分史~挫折から信仰へ」

 

西伊豆・黄金崎

劣等感と優越感のはざまで

KGKで紹介された高田馬場教会は、高田馬場駅の近くにあり、日曜日には足しげく教会に通いました。尾山令仁先生のお話に心惹かれて、「なるほど良い事言うなあ」といつも感嘆させられました。

それで、聖書を本気で読むようになり、本格的に聖書研究を~教養ある人間形成の一環として、聖書研究は非常に結構だと考えていたのです。

実は、挫折したことが引き金で、大学入学後、予備校時代にもそうだったのですが、学生服の襟章(ツメ襟の所に大学の校章を付ける)が気になって仕方がありません。

電車、バス、道すがらすれ違う学生の襟章を気にし、優越感と劣等感のはざまで揺れていました。不合格だった大学の襟章を見ると劣等感を、それ以外であると優越感という私の心があることが分かったのです。

これは良くないことだと感じてもどうすることもできず、これが罪ということなのだろうかと思いつつー。

真理探究に没頭

当時の教会と言えば、狭く汚い教会堂でしたが、大学生の私には気にもならず、活気に満ちたその雰囲気に引き込まれていきました。日曜日の礼拝になると、狭い会堂はいっぱいになり、外で立って礼拝する人もいたほどです。

当時は、かなり厳しい理工学部の授業・勉強(実験とか演習があり、レポート提出があった)でしたが、大学の勉強よりも聖書の学びの方が面白く、多くの時間を割き、聖書の真理探求に没頭しました。

大学の授業があまり面白くなく、自分勝手に休講、授業をさぼったことを自戒しますが、勉強にはファイトが湧いてきません。一方で、教会には出来るだけ休まず通い、キリスト教関係の本をしっかり読みました。

理工系の学生でしたので、「キリスト教と科学は、矛盾しないのか?」と色々と研究しました。求道を続けるうちに、この天地を作られた創造主がおられる、目には見えないが神の存在を認めることが出来るようになりました。

人が人として歩むには?

神を信じてこの道を歩むという所までは至りませんが、「人が人として歩むには、この道しかないだろうな?」と感じていました。大学2年生の秋、教会新報に「キリスト教信仰は、私たちの何なのか」と題する主張が載っていて、それには考えさせられました。

イエス・キリストが私にとって何なのか?信じるとは何か?自問自答が続きます。そして、礼拝のメッセージで、「信仰をアクセサリーのようにして捉えて、それでいいのだろうか?」との問いが投げられました。

安曇野にて

信仰の決心そして確信を得る

「主に罪だと示された事を認め、悔い改めてこそ信仰である。教会でいくら奉仕をしたとしても、一番肝心のことが欠けていては、それは信仰ではない。」このメッセージには目が開かれました。

「私の救い主としてイエス・キリストを受け入れ、この方に従って歩むのが“人が人として歩む道である”。これに人生をかけて歩もう!」と信仰の決心をしました。

そのときは、罪ということはある程度わかりますが、自分がそれほど罪深い存在であるとは、思っていません。なぜなら、今までほぼ正しいことをしていると思っていたからです。

その後、しだいに理解が進んでいき、キリストが私の為に、私の罪の為に十字架にかかって下さったと、心から信じることが出来るようになり、信仰の確信を得たのです。

今にして冷静に考えて見ますと、ホップ、ステップ、ジャンプと3ステップで信仰の確信を持つに至りました。約2年間の求道生活でしたが、大学3年生の春に洗礼を受けました。

その時は、社会に出てもクリスチャンとして誇りを持ってやっていけると思えるようになり、内村鑑三が、「学生の信仰ほど、あてにならないものは無い」と言いましたが、そんなことは無いぞと思ったことです。

いつのまにか、優越感と劣等感のはざまで悩むことは、消えていました。本当に不思議なことです。2回続けての挫折は、その時には、感謝に変わっていました。

第一志望で受験した大学は、とにかく入学するのだというので選んだ学科で、あまり行きたくなかったのです。第二志望の方は、自分の適性も考えて選んだ学科(日本ではまだ少ない学科)で、ここが本当に良かった、助かった!と思いました。

私にとっての挫折は、私自身の小さな思いに過ぎません。ばらばらに思えるような人生の一つ一つの断片~第一の挫折は、第二の挫折につながり、やがて求道から信仰へと導かれて、つなぎ合わされていくことを知るのです。

挫折があればこそ、このような道へと導かれたのだと、本当に感謝しています。

「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られたものです。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」 (コリントⅡ 5:17)

2021年12月15日 小坂圭吾