2015年10月14日水曜日

聖書の不思議「ノアの洪水その証拠~グランドキャニオン」

           
          創造科学探査

先日、創造科学専任宣教師イ・ジェマン師の“創造科学探査の現場で創造主をほめたたえよ!”の記事(リビングライフ7月号)を読みました。創造科学探査は、グランドキャニオン地域を中心に、神様が聖書に書かれてあるとおりに行われたという事実を、その証拠を通して学ぶプログラムで、15年間で約300回も行われたそうです。

グランドキャニオンと言えば、私も約20年前に訪れた記憶がよみがえります。アメリカのロスアンジェルスに行った時に、ぜひ見たいなと、ロスから飛行機で日帰りのツアーでグランドキャニオンに行きました。その雄大な景色を見ながら、これこそ神様の造られた足跡なのだろうと思いながら楽しみました。
 
その時の日本人ガイドは、コロラド川の水がゆっくりとした速さで岩石を削ったと最も一般的な説明をしてくれたように記憶しています。「そのようなことで、この景色が出来るかな?無理な話ではないか!」と景色は素晴らしくとも納得のいかない説明であったなとの思いです。その時は、ノアの洪水との関係については考えが及びませんでした。

       創世記のノアの洪水

ノアの洪水についての聖書の記事は、創世記6章から8章に書かれています。求道中にこの箇所を読んだとき、神話とは思わず、不思議な話だなと思いました。神を信じてからは、天地創造の神のなさることですから、それはありうることだと受け止め、その通りに信じています。

ナイアガラの滝やロッキー山脈やカナダの雄大な自然、グランドキャニオンを見るにつけ、神の造られた自然の素晴らしさには、ただ感動です。長い間、残念ながらノアの洪水との関係は、考えも及びませんでした。

創造主訳聖書刊行委員会の働きに参加させていただくことがきっかけで、創造論について学ぶことが多くなり、「創世記の洪水コンサート」(イ・ジェマン著、宇佐神実監修、上田あつこ翻訳、Duranno Japan発行)を読む機会が与えられました。創造について確信がない人に、「地」が告げる創造の明らかな証拠と本の帯にあります。
 
私は、創造主が存在すると理解して信仰の入り口に立ち、やがて信仰に入り信仰の確信を持ちました。この本を読んで、私たちが目にする地形は、概ねノアの洪水によって形成されたと知ることは、神様が天地を造られたと得心がいく事になります。「創世記の洪水」は、まさに歴史的な事実としてその証拠が次々に示され、いかに進化論が虚偽の仮説であるかを知ることが出来ます。

 

聖書のノアの洪水の航海日誌を絵にすると、下記の通りです。


          グランドキャニオン

ノアの洪水の確かな証拠を明らかに見ることができるのが、このグランドキャニオンなのです。グランドキャニオンは、コロラド高原(アメリカ大陸の内陸西部の高く平らな高原地域)を縦断するまさに巨大な渓谷で、長さ446㎞、幅は広い所は30㎞、海抜は1500ⅿから3300ⅿに達する高原を深く削った渓谷です。渓谷の最も深い所で、1.8㎞にもなり、渓谷の上から見ると褐色のコロラド川が流れています。私が立った岩の上から谷底まで、1000メートルもあると言われると足がすくみます。

グランドキャニオンの形成過程は、地球物理学の教科書や科学雑誌には“長い歳月にわたる浸食作用によって削られ続けて出現した”と書かれ続けています。

しかし、最近の地質学者たちは、そのように考えてはいません。20006月に、グランドキャニオン村で、コロラド川の起源に関する前例のない大規模な会議・シンポジウムが開かれ、70人以上の地質学者が参加しました。
 
結論は、“長い歳月にわたる浸食作用により出現した”とは全く異なる解釈で、「今日では決して起こりえない大激変が原因であった」という事実に同意したのです。グランドキャニオンの深い渓谷の削られ方は、ゆったりとした流れによっては不可能であり、極めてまれな大規模の洪水によってのみ可能であると結論付けたのです。

グランドキャニオンの形成されたプロセスを、地層、化石等の調査から得た証拠をもとに説明を聞きますと、“創世記のノアの洪水が歴史的事実であることが良くわかります。

創造を信じる科学者たちは、世界の地層や化石を調べて、大洪水が起こったことを裏つける証拠を次々と発見しています。カナデイアンロッキー、アンデス山脈、アルプス山脈、ヒマラヤ山脈、エチオピア高原等々です。 

最後に、この「創世記の洪水コンサート」を読むと、聖書に書かれている天地創造の真実に確信を持つことができ、進化論が単なる仮説、理論にすぎないことを理解することができるでしょう。とても楽しく読むことが出来ますので、一読を心からお勧めします。私は、いつかチャンスがあれば、もう一度、グランドキャニオンを訪問し、創造主の造られた足跡をたどることができればと願っています。 

20151014日    小坂圭吾

 

2015年9月14日月曜日

聖書の不思議 「聖書に真っ向から反対した人~ベン・ハーの著者」

             

        
         小説『ベン・ハーの著者

かつて、聖書に真っ向から反対した人の話を何度か聞いた覚えがあります。名前はすっかり忘れていましたが、彼は、本気で聖書に反対する気持ちでいろいろと調査・研究をすると、聖書の真実性を裏付ける証拠がたくさん出て来て、否定できなくなってしまいました。ついに、彼自身がクリスチャンになってしまったというお話。この話を聞いてから、聖書に反対するならば、“真っ向から中途半端でなく取り組んでほしい”と勧めることだと思わされました。

その本気で反対した人の名前は、ルー・ウォーレス(1827~1905)。彼は、弁護士、州知事、南北戦争のときの北軍将軍、アメリカ合衆国の政治家および著作家であり、歴史小説『ベン・ハー』を書いたといえば、名前を知らなくても最も良く記憶されていることでしょう。

     徹底した無神論者の回心

彼は、徹底した無神論者で、聖書を読んだこともなく、キリスト教に敵対する感情を抱いていました。その彼が友人たちの前で「私はキリスト教を抹殺するために、キリストを否定する本を書くのだ。」と誓いました。
『ベン・ハー
彼は、キリスト教を攻撃するためだけに聖書を読み始めます。聖書には、多くの間違いがあるに違いないと期待して、読み始めます。一心不乱に、疑いの思いを持ちながら読んでいくのです。数年にわたり、彼は夢中で聖書を読み、アメリカやヨーロッパの図書館を回って山のような資料を集め、研究を続けました。資料を集めて調査をすればするほど、聖書の真実性を裏付ける証拠がたくさん出てきて、否定できなくなってしまいました。

旧約聖書をすべて読み終え、間違いを発見することができないことが、やがて自分の考えに対する疑いへと変わっていきます。彼の心に、予期もしない変化が起こり始めたのです。

続いて、彼は新約聖書を開き、読み始めます。イエス様が残酷な十字架にかかられる場面で、彼はついにくずれるように倒れて、神に祈ったのです。「イエス様、あなたは間違いなく神の子、私の救い主です。あなたを信じます。」

ジェームス王欽定訳(日本聖書協会より引用)
彼は、心から神を信じたのです。 “神を信じるクリスチャンは、くびきにかけられているのだ”と、彼は思っていたのですが、そこには、本当の自由と喜びと解放があることを知ったのです。

神の愛に感動する

神様の愛に感動し、キリストを信じる者となったルー・ウォーレス、このお話を聞くとほんとに感動しますね。聖書がいかに真実な書であるかが、彼の人生を通して、鋭く迫ってきます。これで終わりではなく、彼は、それまでキリスト教を抹殺しようと書き始めていたペンを折ります。聖書を否定する本を書くために集めた資料をもとに、今度は、イエス・キリストをあかしするために本を書く、それが、神様が新しくして下さった心によって書いた「ベン・ハー」です。 

新しく造り変えられたルー・ウォーレスは、それまでの輝かしい経歴であった自分の人生(それは徹底した無神論者、神を恐れない人生であったのですが)を、主によって導かれ、神様のために働く人生へと舵を切り替えたのです。

彼が書いたイエスキリストの愛と赦しを描いた作品は、ルー・ウォーレス自身の人生を重ね合わせたものかも知れません。4回も映画にもなった不朽の名作を通して、多くの方々をイエス様のもとへと導いています。


2015年9月14日    小坂圭吾

2015年8月8日土曜日

聖書の不思議「太陽が運航を止めた~消えた一日」

     
箱根大観山より芦ノ湖を望む

     聖書は神のみ言葉
聖書を読んでいますと、「神のみ言葉」であると信じていても不思議な事だなと思うところがいくつかあります。神様のなさることなので、それが真実であろうと受け止めているところが、科学の発展により、その奇跡の証拠が示されますと、「やはりそうだったのだ。聖書の言葉は確かだな。」と感じるのです。

今回取り上げるのは、“まる124時間太陽が運航を止めた”という聖書の記述です。具体的には、次の通りです。 ヨシュア記101214節、ヨシュアが主に大声で祈ると、イスラエルの民が敵を絶滅してしまうまで、太陽はほぼ1日天にとどまったままで、動かなかったとあります。②Ⅱ列王記20章8‐11節、ヒゼキヤ王の要請に従って、預言者イザヤは、日時計が10度あとに戻ることを祈ると、主はそうされたとあります。

この二か所を読むと、主は不思議なことをされるものだと思います。

     消えた1

アメリカのインデイアナ州の新聞『勝利の生活』に「どうしたら消えた1日を見つけることができるか」というタイトルの記事が掲載されました。

1960年代の始め、アメリカ大統領の命令により、月に人間を着陸させるための研究が、NASAで盛んに行われていました。月に着陸する時間を計算するために、宇宙科学者たちは、今から100年後、または1000年後の太陽と月、または星の位置を知るために徹底した計算をしなければなりません。
 
それまでに発見されている小惑星や遊星の軌道を計算し、人工衛星を打ち上げたときにそれらがぶつからないようにするためです。

ある日、科学者たちは、正確な時間を測定するために過去から未来までの時間を細かく区切ってコンピューターを作動させていた時、突然、コンピューターが止まったのです。時折、入力した資料に問題があるとか、出力された結果がほかの値と大きな誤差がある場合、コンピューターが止まることがあるのです。

札幌大通り公園の日時計
コンピューター技術者が言うには、「コンピューター自体には、何の問題もなく、正常です。コンピューターのプリントアウトによると、過去のどこかで、24時間がなくなっていると出ているのです。」全員で、資料を再検討し再入力もしてみるも、結果は、同じでした。論理的な説明や解答を見つけることができません。

みんなが困り果てていると、クリスチャンである科学者の一人が次のように言いました。「私が日曜学校に通っていたころ聞いた話ですが、旧約聖書の時代に太陽が一日止まったというのです。」みんなは半信半疑でしたが、聖書の内容を確認してみました。
 
それが前に記した①ヨシュア記101214節です。聖書に出てきた事件を参考に計算してみますと、ヨシュア記で太陽が止まっている時間は、ほぼ1日で、23時間40分でした。まだ説明できない40分が残っていました。

みんなが頭を抱えていると、クリスチャンの科学者が、別の聖書の箇所②Ⅱ列王記20章8‐11節を思い出したのです。10度とは、正確に40分を意味します。

  と②を合わせると、宇宙科学者たちが説明できなかった“消えた1日”を、正確に説明することができました。

     半信が事実に!

この記事を読んだときに、当然ながら、「聖書の記事は事実だったのだ!」と感動しました。私は、聖書記事については、神様のなさることだから真実であると信仰的にそのように受け止めています。半信半疑ではなく、疑ってはいなくても半信だった部分もあるかもしれません。このNASAの宇宙科学者たちは、“消えた1日”を聖書の中で奇跡的に見つけて喜んだように、私も大いに喜びました。

実は、この記事は、「I LOVE 聖書」(ジョン・クアウン著、小牧者出版)より引用させていただきました。聖書を愛する方々には、ぜひお読みになることをお勧めします。聖書に対する視野が、さらに大きくなることでしょう。

20158月8日    小坂圭吾

2015年8月7日金曜日

聖書の不思議「キリスト教の前提は何か」




      人は猿から進化?

中学生の時でしたか?学校の先生から“人の進化についての図”を見ながら説明を聞いた覚えがあります。「へえ、そうなのか??人が猿から進化したとは、ほんとかなあ?」それ以来、それらしき進化の話を聞いたこともなく、信じることもありませんでした。
大学生になってキリスト者学生会(KGK)主催のキリスト教講演会に導かれ、「人生とは何か?を探求しよう」と教会に行き始め、聖書を真剣に読み始めました。

最初に疑問になったのが、「科学とキリスト教は、衝突をするのではないか?」ということです。「科学とキリスト教について」色々と本を読みました。理性でわかることには限界があり、その理性の限界を超えた世界がある。時間に対しては永遠、有限に対しては無限、相対に対しては絶対という世界がそれです。

理性を超えたこれらの世界は、想像することは出来ても、それで止まってしまいます。人間の理性を超えた世界を知ろうと思えば、そちら側からの啓示による以外には手がありません。神の啓示を前提にしなければ、私たちは、何も知ることが出来なくなるのです。

    キリスト教の前提

自然科学においては、普遍的原理と仮説を前提にしています。この前提は、要件として存在的、肯定的、限定的でなければなりません。その前提が正しいか誤っているかを決するのは、その前提から導き出される結果が、適切に説明されているか、正しく当てはまるかどうかということです。 
    

ちょっと難しい話になりましたが、要は、キリスト教にも前提があり、この世界を創造された唯一の神がおられ、その神が、私たち人間を救うために示されたイエス・キリストによる救いの啓示が聖書であるということです。
したがって、創造主なる神がおられて、神が啓示された聖書の教えを人間に当てはめてどうなるかを見ることにより、この前提が正しいかどうかを判断するわけです。科学によって、神の存在、創造主の存在を証明することはできませんし、これからも証明されることはないでしょう。

科学によれば、神が存在する・神がこの世界を創造されたという「理にかなった証拠」を提供してくれます。しかしながら、神の存在を信じられるかどうかは、「信仰の問題」になるのです。

                            
私が見出したこと


私は、“この天地を創造主が造られた!”という前提に基づいて、この世界の起源をより適切に説明しているかどうかを調べ考えてみました。いろいろと本を読み調べました。これは、それほど難しいことではなく、この宇宙と自然界そしてこの人間の構造をつぶさに知ると、それは驚き以外の何物でもありません。

これは、早くに理解をすることができ、この世界の背後にデザインをされた方がおられることを素直に認めました。信じるというより、創造主がおられることを見出したのです。この時は、大学の勉強よりも聖書を読み、これらのことを調べることのほうが楽しく夢中でした。学校では、ほとんど教えられない壮大かつ神秘な世界を探求し、それも事実としてわかっている身近な事柄ばかりなのです。そのことに夢中で大学1年生の学業成績が芳しくなく、父に代わって兄から電話でひどく叱られました。(翌年から、学業成績はかなり取り戻しましたが!)           

創造主なる神が、私との関係でどうなのか、神さまを信じるとはどういうことか?「聖書は、人が人として正しく歩んでいくことを導いてくれる書物」であることはわかりますが、私の救い主を信じることがわかりません。ともかく、聖書をしっかり学ぶ、何か真実があるのではないかと求道する姿です。

教会やKGKの集会に出て聖書を読み学び、色々な本を読み漁り、やがて、この真実な道にかけてみるしかない、飛び込んでみないとわからないのではないかと導かれたのです。日曜日の礼拝の時に「この道にかけてみよう!」とイエスキリストを私の救い主として受け入れる信仰へのジャンプをしたのです。「人が人として生きる道が、そこにはある」と求めて見出したのは、全くの恵みによることです。
      
2015年6月15日    小坂圭吾


2015年5月14日木曜日

歴史探訪「備中高松城・水攻め」



ローカル線・JR吉備線
3月下旬、岡山へ12日の出張でしたが、早くに仕事が終わり、このまま帰路に着くにはもったいないと岡山観光案内所で手軽に行ける良い場所を案内してもらいます。豊臣秀吉の水攻めで有名な“備中高松城”にいざ出発です。

岡山駅からJR吉備線に乗車、2両編成の電車の座席はほぼ満席で、ローカル線としてはにぎやか。おじいちゃん、おばあちゃん、おばちゃんの顔を見ながら、やはり岡山の顏だなと、岡山県人には不思議とそれなりにわかるのです。

のどかな車内と車窓を見ながら20分あまり、「備中高松駅」で下車。駅前の看板地図を見ていると、そこへ数人の高校生の人が通り、「備中高松城へは、どのようにいけばよいの?」と聞いてみます。自分で行った経験がないような返事ですが(若い人たちには関心が薄い?)、言われた方角に歩くとやがてはっきりわかる地図あり。

更に10分歩くと、前方から中高年10人ほどのウオーキングの一団で「もうすぐですよ。この先を左です!」やはり中高年の方が確かです。

備中高松城・水攻め


1582年に織田信長の家臣・羽柴秀吉が、毛利氏配下の清水宗治の守備する備中高松城を攻撃します。

お城の周囲は沼地に囲まれ難攻不落で、黒田官兵衛の策により、城を大規模な堤防で囲み、折しも梅雨時で川の水をせきとめた堤防内には水があふれ、城は見事に水没、世に言う「備中高松城・水攻め」です。

平坦な低湿地の中の城に、数千人もの兵士らが籠って持久戦になったとは想像できません。水攻めの最中に、織田信長が討たれる本能寺の変が起き、秀吉はただちに和睦を結び、城主清水宗治は、「自分が切腹をして家臣の命が救われるならば」と承諾します。

浮世をば 今こそ渡れ 武士(もののふ)の 名を高松の 苔に残して」という辞世の句には、この気持ちが読み取れます。秀吉は、宗治を武士の鑑として賞賛したと言われます。
    
のんびり一人旅
初春の陽気に誘われながら、お城の跡、当時の堤防図、城主清水宗治の辞世の句と彼の墓等を見ながら、のんびりと散策しました。駅に戻る途中に少し大きなスーパーがあり、コーヒーも飲めそうなので立ち寄ります。

地元の人々が34人集まってコーヒーを飲みながら談笑しています。買い物に来た地元の人がそこの輪に入り、談笑して立ち去っていきます。2030分ほど、ぼんやりと彼らの話や光景を見聞きしつつ、都会では見られないなとうらやましい思いがしました。

のぞみ号の自由席に乗って帰路に、途中から乗ってきたお隣の方とお話をすると、何と旅行会社に勤めておられ、旅の秘訣を色々と耳学問することもできました。

半日のんびりとした時間でしたが、短時間であったとはいえ、見知らぬ土地を一人気ままに歩いて、精神面のエネルギーを蓄えることが出来ました。黒田官兵衛がどのような思いでこの土地をまわり、高松城の水攻めをやる策を考えたのか、彼の心を推察したりもしてみました。

全身の神経細胞も刺激され、心も体も大いに力をいただいた気分でした。人々とふれあいや見聞の喜びを実感し、感謝な一人旅でした。

2015514日    小坂圭吾